月の破片を受け取って 〜夢の続きはあなたと共に〜

琴音

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四章 戦とアンジェ

アンジェとベルント 1(番外編)

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 アンゼルムは王都の学園を卒業し、成人の儀も済み、その後は父上の跡目を引き継ぐため奮闘していた。当然天啓もあったため、黒の賢者としての心得や術、剣術の訓練も並行で行う。当然この間も領主としての仕事も、エルムントら家臣に指導されていた。

「ベルントまたかよ」
「アンジェ来てくれたのか!」
「ああ」

 アンゼルムが侯爵家に到着するとベルントは迎えには出て来ず、彼の屋敷の者に作業をしているから裏に回れと言われ、俺は作業場に向かった。

 カツンッカツンッカンカンッ

 リズムよく鋼を叩く音が作業小屋からする。彼はお抱えの職人と、煤だらけになり夢中で剣を打っていた。相変わらず美しい顔に似合わない作業着と、がさつな言葉遣いで職人と楽しそうだ。

「アンジェ今な、父上のところに来た注文を手伝っているんだ。シュタルクの王族だぞ!」
「へえ。すごいな」

 おう!と満面の笑みで自信に満ちたベルントらしい笑顔だ。

「我が国は農作物だけと思われがちだが、うちの侯爵家は武器で世界中を相手に特注品を用意する。大喜びされてるんだ」
「ああそうだな。お前はすごいよ」

 だろう?とアンゼルムの言葉に嬉しそうにベルントは答えた。アンゼルムは俺ももうすぐ独り立ちするんだ。父上がこの調子なら出来るだろうって言ってくれたと報告すると、ベルントも今の俺はそこそこの冒険者からの細かい注文だけだが、独り立ちすれば甲冑も大剣もきっと作ってくれって者が現れる。冒険者はみんな俺の成長を待っててくれてるんだと、弾けるように笑った。

「俺も領地だけだが、お前と変わらない頃に継ぐ予定だ。そしたら……」
「ああ。結婚しよう!ふたりで上り詰めようぜ」

 嫁にするには荒々しいアンだが、ひたむきに自分の技術を高めようとする姿はいつ見てもいいとアンゼルムは思っていた。この姿を見ていると、自分もベルントに負けられない、彼に見合うノルンにならねばと気持ちを常に持っていた。
 ベルントは職人に少し休憩をすると作業場から離れ、アンゼルムと屋敷に向かう。彼は客間に通され、ベルントをお茶を飲みながら待った。

「おまたせアンジェ」

 扉から入って来たベルントは作業着のつなぎのままで、着替えもしていなかった。

「おま……着替えるくらい……」
「ん?この後また作業に戻るからいいだろ」

 洗浄の魔法だけでここに来るか。もう少し貴族のしきたりを守れとアンゼルムは責めたが、ベルントはなんで?と気にもしていない。

「面倒くせえよ。俺は職人として名を馳せるんだ。そのためには細けえことはどうでもいい」
「そうか……」

 アンゼルムはため息をついたが、それよりアンジェと抱きついて来て、キスしてと求めてくる。この屋敷に来ると寝室が付いている客間に通される。したくて仕方ないとベルントの要望だったから。彼はお茶会で夫婦の話を聞いたらしく、アンゼルムを毎回襲ってくるのだ。彼も年頃だし拒否はしきれず応じていた。

「俺好きなんだ。抱いて」
「ああ」

 ほとんど話も出来ずベルントを抱くばかりだが、それも俺たちらしいかとアンゼルムは納得していた。

「ハァハァ……入れて…」
「ああ」

 脱げばベルントはアンらしい体つきで艶かしく美しい。アンゼルムは淫らに喘ぐベルントの脚を開き押し込む。

「あーーっアンジェの大きくて……んんっ」
「クッ……」

 ベルントの要望に応え愛し合う。本来婚前交渉など貴族にはあり得ないが、俺はベルントと婚約はしたからと、どちらの両親もうなじを噛まなければと認めてくれていた。貴族で婚前で子はありえないからと注意はされていた。

「ハァハァ……足んない。もっとして」
「うん」

 こんな感じでお互い行き来しながら過ごし、二十歳になった初夏に結婚した。アンゼルムは幸せだった。ハンネスや仲間たちはベルントはやめておけと彼に詰め寄ったが、その理由に納得出来ずアンゼルムは突っぱねた。幼い頃からかわいく荒々しいが、前向きなベルントは彼には眩しく見えていた。みんなが言うほどベルントは悪くない。ただ、自分の欲に忠実なだけだ。そう思っていた。

「アンジェ……あのさ」
「なんだよ」

 結婚式は両家の金をふんだんに使い、盛大に行われ、祝福されたアンゼルムは幸せの絶頂だった。
 そして長い式が終わり番の儀式の日。ベルントのうなじを噛んでも、なぜか激しく求めるような感情も欲も沸かなかった。なぜだと不思議だったが、アンゼルムが期待しすぎていたのかなと思い直した。

「番になるってこんなもんなの?」
「ああ。そうなんじゃないか?」

 ベルントもなんか違う気がするという。彼が職人から聞いた話とは大分違ってて、あっさりしてるって唸る。アンゼルムもそうは思うが、みんなが話を盛っているんじゃないのかと言うと、

「そうかもなあ。気持ちいいのは前からだし、でも、前となにが違うと聞かれても分からんな」
「まあ……」

 交わること自体は前からしてるから感動が薄いのかなと、多少おかしいと思いながらもふたりは納得することにした。
 その後はベルントは鍛冶の制作も続けながらアンゼルムの妻としてお茶会や晩餐会、舞踏会に連れ立ったが、問題ばかり起こしアンゼルムは胃が痛かった。

「だーってみんな俺の言うことをいちいち否定するんだよ、特にシリウスは嫌味だ。ムカつくんだよ」
「ベルント……ムカつくから殴っていいって話ではない」
 
 アンゼルムは自分の気持ちだけではなく、相手の話を聞く姿勢も大切なんだよ。社交とはそういうものだろろ?と諭したが、シリウスが悪いとベルントは反省しない。

「シリウスが悪いでもいいが、もう少し自重してくれ。お前の両親もうちも皆の批判に晒さられているんだ」
「はーい。気をつけまーす」

 そう返事はしてくれたが、ベルントはなにも変わらず、とうとうエルマー様にまで怒鳴り散らかした。そしてベルントだけでの出席は全て出禁となった。いくら身内でも庇い切れない悪いなって。ハルトムート様にも、もう少しマナーを守らせろとアンゼルムは叱られた。皆が楽しんでいる場での問題行動が目に余ると叱られたのだ。当然アンゼルムの両親も諌めたが聞きやしない。ベルントの両親にもアンゼルムは苦情を言ったが、

「アンジェはそんなベルントでいいと言ったんだろ。俺たちはお前との結婚を渋った。ベルントは嫁に出すには気性が荒く、躾もきちんと出来てはいない。嫁に出す気は俺たちにはなく、職人として生涯家に留め置くと言ったはずだ」
「クッ……はい」

 そうだ、親にまで外に出すべきアンではない。生涯職人として家に置くつもりだと言われてたんだった。マナーも何もかも最低限しか覚えず、勉強は下から数えたほうが早い。それでもくれと言ったのはお前だ。俺たちは悪く言われようが構わん。ベルントを躾しきれずに来たが、こんな子でもかわいいゆえ親として覚悟はしている。泣き言を言うなら離縁して戻せとアンゼルムは言われ、追い返された。

「俺がベルントを愛してるのを知ってるくせに、酷い言いようだったよ」
「だろ?俺は変われない。と言うか、アンらしく出来ないんだ。俺なりには頑張ったんだけど、なんか納得出来なくて頭に入らないし、我慢って難しいんだ。アンジェ、俺が本気で嫌なら番を解消して離縁してくれても構わないよ」

 ニコニコ微笑み、なんでもないことだとベルントは言う。

「な、なんでそんなことを口にするんだ。俺はお前をこんなに愛してるのに!」

 アンゼルムが声を荒げると、ベルントは不思議そうに小首を傾げた。意味がわからないというふうに。

「俺はアンジェを愛しているとは思っているよ。でもな……番としてどこかおかしいとも感じているんだ」
「どこがだ。説明しろよ!」

 うーんと考えて、やはり番になっても前とほとんど愛情が変わらない。愛しているのは本当だが、世間が言うほどの愛情を感じているかは分からない。ベッドで繋がっても、もうアンジェでは満足出来ないんだ。これはおかしいんだと軽い調子でベルントは話す。

「それは……俺がお前の求めに合わせられないから……」
「違う。他の番はそんなことは言わないんだよ。アンは番のすることを全部喜ぶんだ。好きだって言葉でも嬉しいって思うそうなんだ」

 それはアンゼルムも知っていた。彼もさすがにこの関係はおかしいと感じて、恥を偲んでハンネスたちに聞いたから。でもアンゼルムはそれでも愛してるし問題はないと思っていた。

「そう?」
「そうだ」

 ベルントはアンゼルムがそう言うならここにいると言ってくれた。こんな、どうにもならない不安が話題に出始めた結婚二年目、シュタルクの祝典からの帰り道、両親が峠の崖からの転落事故で亡くなった。この少し前にはクヌートが結婚し貴族街に屋敷を構え出て行っていて、とうとうこの屋敷はアンゼルムとベルントのみとなった。

「この屋敷、こんなに広かったかな……」

 仕事が終わり自室に向かう廊下でそんなことをアンゼルムは思った。なんだか人の気配の少ない屋敷に、物悲しさを感じてしまっていた。
 夫婦としてはすきま風が吹き始めてもベルントは相変わらずで、アンゼルムは仕事が満載。やらなくてはならないものばかりで、他のことを考える余裕は少なかった。そんな日々を必死で生きていたが、ベルントが結婚五年目の冬、病に倒れた。
 そのまま入院させて、金は惜しまないと治療したが、薬もポーションも魔法すら効果は薄く、数年後余命を宣言され退院。もう治療することがなくなって痛みを取る薬、進行を遅らせる薬での緩和治療に移行したからだ。

「アンジェごめん……グスッ俺……もうダメなのは分かってる。番を解消してくれ」
「嫌だ。お前は治る、きっと鍛冶場に戻れるさ」

 ポロポロと涙を零し悔しいと泣く。治してまた鍛冶場に立つ夢はなくなったんだ。なら最後に新しいアンゼルムの嫁を見せてくれと突然言い出した。俺の後アンジェを大切にしてくれる人を見てから死にたいと泣いたのだ。どういう脈絡かとアンゼルムは思ったが、ベルントは一応俺を愛してくれていて、行く末を案じてくれたんだと思った。

「ベルント……俺はこの先一人でも構わないんだ。妻はお前だけでいい」
「それはダメだ。公爵家が途絶えるのはさすがの俺でも不味いのは分かる。俺と番でいるといい人を見つけられないだろ?」

 そうだが、アンゼルムがクヌートがいるからそちらから養子を貰えば済むと言うと、それはダメだと。当主の子どもに意味があるんだよとアンゼルムに縋って泣く。

「お願いだよ」
「……分かった」

 この日を境に番を解消して、アンゼルムは嫁を探しだした。しかし、上手く見つけることは出来なかった。ベルントに今日は舞踏会だったんだろ?いい人いた?と聞かれることにも彼は正直なところ、疲れていた。
 
 身内にも、そんなに聞かれるのが嫌なら本気で探せとせっつかれた。仕方なく見合いをして見ると気乗りせずの方ばかり、そんなことを一年近く繰り返した。
 アンゼルムはその環境に疲れて、どうでもいいと投げやりな気分になっていた。身分と家の実益で近づいて来る者はいたが、相手も親の言いなりで辛そうな顔をしていたから、こちらから断った。仕事も忙しいし、ここらが潮時かとアンゼルムはなんとなく考えていた。




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