月の破片を受け取って 〜夢の続きはあなたと共に〜

琴音

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四章 戦とアンジェ

アンジェとベルント 2(番外編)

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「今更お前の耳に入れてもいいことはないが……」

 ある日、アンゼルムの屋敷にハンネスとシリウスがベルントの見舞いに来てくれた。泊まりで来てくれ、ならばと遅くまでサロンで酒を傾け、昔話に花を咲かせていた。久しぶりの気のおけない者たちに囲まれて、アンゼルムは心から楽しんでいた。ハンネスは酔いが回ったのか、アンゼルムがこのことを知らないでいるのはよくないと突然話し出したのだ。

「何の話だ?」
「うん……」

 ベルントは元気な頃、アンゼルムとの番としての関係がおかしいと感じて他のノルンと……そのなってハンネスは話し始めた。

「うん。知っている」

 ふたりはええ?っと驚いた。アンゼルムも薄々感じていて少し調べていたのだ。彼との夜の生活で満足してたのがいつからか足りない、こうして!と注文が増えた。アンゼルムはなんだ?とは思ったが、情交の好きなやつだから、どこかから聞きつけて、他の人と試したいのかと始めは思っていた。だけど……

「知っててそのまんまかよ!」
「ああ。それでも俺はベルントを愛してる。問題ないんだ」

 マジかとシリウスも絶句し、それでいいのか?と問われたがアンゼルムにとっては今更どうでもいいこと。もう死ぬのを待つだけだしと。今はまだベルントは自分で歩けるけど、いつまで持つかも分からない。進行を遅くするしかもう出来なくなってるしなあと、他人事のように彼らの話しを聞いていた。

「俺たちが結婚を反対したのを覚えているか?」

 ハンネスの言葉にアンゼルムはもちろん覚えていると頷く。だけどあの頃のアンゼルムには聞く気はなかった。彼はベルントをとても愛していたから、そんなことは聞き入れる気持ちは毛頭なかったのだ。

「今でも後悔はしていないよ」

 アンゼルムは優雅にワインを口にした。その様子にふたりは少しイラついた顔をした。

「アンジェ、その気持ちはたぶん初めから間違っている。ベルントを尊敬することと愛することは違う」

 そうだな。そうかもしれないが、アンゼルムは番を解消しようが気持ちは変わらないと話した。シリウスは失敗を認めたくなくてそう思い込もうとしてるだけだ。認めろとアンゼルム詰め寄ったが、アンゼルムは呆れたように、

「ハハッ認めるもなにも……俺とベルントはもうすぐ終わるんだ。新しい嫁も見つからないし、領地のために生きるよ」
「アンジェ!お前そんなやつだったか?なあ!」

 そう言われても仕事は忙しいし、世界はいつどこで煙が上がってもおかしくない。その準備もなにもかもすることだらけだろ?ひとりの方が楽だよと、アンゼルムはふたりに微笑んで見せた。もう遅いんだよって思いが強かったから。

「なあ。本当のところを聞かせろ。ベルントをいい匂いと感じてたのか?気持ちは愛してただろうが、番前の気持ちなどその先の人生にはあまり意味はない。匂いで判別するのが番選びの最も大切なことだ。他は二の次なんだ」
「フッ確かに。そうだな……」

 アンゼルムはふたりは気心が知れているのもあり、酔いも手伝ったのか気持ちを話すことにした。

「ベルントの匂いはなあ。優しい野の花の香りは……俺の好みの香りではなかった。嫌いでもないが、特別どうとは思わなかった。情欲に繋がらない香りだな」
「やはり……」

 アンゼルムにとってそんな物はどうでもよかった。ベルントと一緒にいたかっただけなのだ。明るく元気に突っ走る姿を見ていたかっただけ。彼とは正反対の性格だったけど、物事に夢中になってる姿に好感が持てたのだ。
 例えばだが、川を渡りたい時は、アンゼルムは丁寧に石を並べて向こう岸に行こうとする。対してベルントは適当な大きさの石を投げ込むか、川にある石を見つけてそれを足場に渡る。万が一、滑り落ちてずぶ濡れになろうと気にしないって彼の気持ち、その違いが楽しいと思っていたのだ。

「ベルントは昔からなにかを深く考えたりはしない。行き当たりばったりで、職人の仕事以外は丁寧な行動はしないを知っていただろう」
「うん。俺はそれでよかったんだ」

 自由奔放でいつも笑顔で……ふふっとアンゼルムは微笑んだ。あの突拍子のない行動も楽しかったのだ。だが、ふたりは、

「もっと強く止めていればよかった。ここまで性格が違うと夫婦として合わないんだよ。番になっても前と変わらなかったんじゃないのか?」

 アンゼルムはよくわかってるじゃないか、シリウスと微笑んだ。

「そうなんだ、愛しさの量が増えなかったし、異常に求めもしなかった。それでも俺はよかったんだ」
「ベルントはよくなかったんだよ!だから!」

 アンゼルムから失笑が漏れた。そうだな……俺のわがままで彼を不幸にした部分もあったかもなと口角を上げた。でもアンジェを愛してるとベルントは言ってくれていた。それは嘘じゃないだろうとアンゼルムは思っていた。

「嘘じゃないが足りない。政略結婚ならそうなるのも分かるが……」

 シリウスは最近婚約したと話してくれた。婚約者が愛しくとても好ましい匂いもして、当然情欲を誘う匂いだと。他国の貴族だが、婚約者は年若く、まだ先の話だが結婚が楽しみと話してくれる。

「おめでとう」
「ありがとう……そうじゃない!お前も幸せになるんだよ!」
「うん」

 ハンネスはアンゼルムを睨みつけた。なんだよとアンゼルムは見つめ返した。

「アンジェ、今週城でヘルテル王国の使者の歓迎の舞踏会がある。必ず出て探せ。ダメなら俺も探してやる。まだ、社交界に出ていない者で合う人がいるかもだし」
「俺も探すよ。公爵家当主が独り身なんて……」

 アンゼルムは首を横に振った。彼らの言葉を嬉しくは思ったが、もう面倒臭い気持ちが強かった。成人してからいいことがなにもない。仕事を間違いなく実行するだけでも大変なのに、ベルントも倒れた。なにもかも上手く行かない。
 両親もあっけなくハーデス様の元へ帰ってしまった。クヌートもハルトムート、ユリアンも助けてくれるが、外に出たクヌートは自分の生活もあるため、領地に関しては無理も言い難く、自分で背負い込んだ。

「もういいんだ。ベルントが誰と寝ようがそれすらどうでもいい。お前らが言うように番の本能が弱く、情事はつまらないものだった。あれが一人で楽しんでるような。俺も元々欲も薄いから、ベルントが外で楽しめたのならそれでいいんだよ」

 諦めたようなアンゼルムにふたりはガタンと立ち上がり、ハンネスはアンゼルムの胸ぐらを掴み平手打ち。本気で叩くなよ。痛いだろと苦笑いをした。

「アンジェ先を見ろ!今が辛くてもきっとお前を愛してくれる人はいる。諦めるな!」

 アンゼルムは頬を擦りながらハンネスににっこりと微笑んだ。もういいんだよ、俺は疲れてるんだと思ったが、言わずに、

「ありがとう。だが期待はしてないんだ。クヌートの子の誰かが家を継いでくれればそれでもう……」

 なんで諦めるんだよと、ふたりはアンゼルムの代わりに涙をこぼした。なんでお前ばっかり苦労をしてるんだと声を殺してすすり泣いた。結婚の選択の間違いがここまで人生を狂わすのかと、なんでお前だけとふたりはどうすればお前を助けられると問う。
 アンゼルムはありがとう、でももういいんだ。俺はベルントと一緒にいられて辛いことも多かったが、幸せでもあったんだと笑うしかなかった。

「俺はそういう巡り合わせなんだ。唯一のわがままが幸せに繋がらなかった。それに人生とは上手くいかないものだと思ってれば、ダメージも少ないだろ。公爵家に生まれ、何不自由なく暮らせても、幸せになれるとは言い切れないんだ。そんなものだよ」
「諦めないでくれ。俺たちを頼ってくれよ」
「ありがとう」

 アンゼルムはその週の舞踏会に気乗りはしなかったが、シリウスやハンネスの手前仕方なく出席した。彼はやる気もなかったから、最低限の社交で後ろに下がり、ぼんやりと踊る人を見つめていた。もう知ってる顔ばかりで声をかける気にもならない。みんな幸せそうでいいな。夫婦仲良くてさ。そんな羨望の気持ちで、キラキラと光る魔石の光の中で踊る人々を見ていた。

「俺は神に嫌われることでもしたのか?みんなこんなに幸せそうなのに」

 ベルントのこと以外覚えはないがそう感じ、アンゼルムの心にそんな言葉が浮かんだ。加護はあるから別のことでさ。なにか不興を買ったんだろうなあ。領地や大臣の仕事に関わることではない、それは上手くいっているから。ならなんだ?俺がベルントとのことでわがままを通したことがダメだったのか?とか、徒然に考えていた。

「フッもしかしたら俺自体が嫌いなのかもな」

 悪いことなどなにもしていないつもりだった。幼い頃の記憶がある所から、黒の賢者になるんだと自分を律し、わがままはベルントとの結婚だけ。勉強も仕事も自分を殺して頑張ったんだ。神に嫌われる要素はないだろ?でも現実はこんなだと、下を向いてフッと笑う。

「弟は妻にデレデレで見せびらかしてさ。俺もしたかったな。俺は他人に叱られるばかりだったけど」

 彼が出来たのは見せびらかすよりベルントを差し出して、みんなに糾弾大会をさせるくらい。そして彼の隣で頭下げて「申し訳ごさいません」と深々と俺は頭を下げ続けるんだ。なんの拷問だよ。ったくと、輝くダンスホールを見つめていた。

「いい家に生まれれば幸せになれる。お金があれば幸せになれるなんて幻想だ」

 衣食住が整えば不幸を感じないなんて領民はよく言うが、嘘だ。そりゃあ飢えるほどで雨風凌げないのは問題だけど、そんな者は我が国にはいない。奴隷も浮浪者もな。そのへんの助け合いの法は多く、自ら捨てなければそうはならない。なのに俺はと、アンゼルムは考えれば考えるだけつらくなって行った。

「グダグダ考えても変わらんな」

 そのうちダンスを見ているようで見ていない、みんなが羨ましいって気持ちに心が沈んで、アンゼルムはダンスの演奏さえ聞こえなくなっていた。ひとりぼっちだと強く感じていた。

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