殿下のやることを全面的に応援しますッ 〜孤立殿下とその側近 優しさだけで突っ走るッ〜

琴音

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前編 ユルバスカル王国編

61 なに言われても納得が出来ない

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 この別荘に来てから先生はお部屋で助手の方と研究三昧。私はジョンと街歩き。

「美味しい。さすが我が領地の牛さん」
「でしょう。私の腕もあるけどねアハハッでも姫様いいの?お家帰らなくて」
「うん。みんなの顔みたいからいいの」
「そう?殿下は寂しくないの?」
「分かんない」

 屋台のくし焼きを食べながらおかみさんとおしゃべり。まだもやもやが晴れなくて帰る気にもならない。

「俺もそろそろ帰った方がと思いますよ」
「いいの!」

 喧嘩したんだろうけどさあって笑われた。私にも覚えはあるからねって。妊娠中はちょっとしたことがしゃくに障るんだよねえって。そうなのよ。やっぱり女性は分かってくれる。

「もちろん。でもあたしゃ姫様と殿下が楽しそうにしてるのを見るのも好きだよ。落ち着いたら仲直りね」
「うん……」

 ほらもう一本おまけだよって今度は鳥ねって。ありがとう。屋台でおかみさんとおしゃべりしてたらみんな気がついて姫様姫様と人が集まった。これ食べろ持って帰れとオレンジや春先の葉物をくれる。

「ありがとう」
「元気な赤ちゃん産んでね。楽しみだね」
「そうそう。姫やせっぽちだから少し太れ。ほらイチゴ。俺の畑の初物だ。食べて」
「ありがと」

 来るたびに何かもらうのは気が引けた。

「気にすんな。姫ののおかげでこんなことが出来るんだから」
「そうそう。姫が色々実験とか言って畑に水撒いたり、法を変えたりな」

 最初は色々こちらが損してる気分になった。奴隷にお金払え、解放しろなんてクソ喰らえと思ったそうだ。だがやってみれば街の雰囲気も明るくなり、不審な人は減った。奴隷の人もお金使うから売り上げも上がる。自分たちの考え方も変わったそうだ。

「みんなの力よありがとう。私の力じゃないの」
「違うよ。枠組みが変わるということは領主の力さね。胸張ってくれよ姫様」
「んふふっありがと」

 女は特に喜んでるからねって奥様方。歩き疲れて食べてたからまたねと馬車に乗り込んだ。

「姫大人気ですね」
「ありがと。でも結果になったのもみんなのおかげなの」

 さっきもらったいちごを一緒に食べながら、

「そうだけどさ。俺は以前は色んな領地に派遣されたんですよ。商会や卸の人足がこれだけ生き生きしているのもすごいんですよ」
「そうかもね。奴隷って存在が人の心悪くすると私は思うの。自分より下だと思う心が湧くのだと思う」
「ええ。分かります」

 馬車をガタゴトゆっくり走る。そんな話をしているうちに別荘に上がり切ると、車寄せに馬車が停まっていた。見覚えのある家紋付き……まあいい。ジョンに手を取ってもらって降りる。

「明日がお休みだから殿下ですね。きっと」
「うん」

 楽しかった気分が減った。私は足取り重く部屋に入るとお母様とサイラス。なにゆえお母様?

「お母様ごきげんよう。なぜここに?」
「おかえりなさいティナ。んふふっサイラスに泣きつかれたの。ティナを怒らせて帰ってこないって」
「は?」

 キッとサイラスを睨む。違うんだよ世間話で話しただけ。ならわたくしがと着いてきたんだ。他意はないと。ふ~ん。ロッティに私の分のお茶を淹れてもらい一口。ふう美味しい。

「ティナごめんなさいね。この子心配しただけって言うけど、わたくしから見てもティナが怒るのは無理ないと思いました」
「ですよね?相談はして欲しかったです」

 ええと憂いたお顔をなさって頰に手を当てサイラスをキッと睨む。いま評判ガタ落ちなのサイラスって。なんで?私がここにいるからかな。

「違うの。妻が妊娠中に妾を連れ込んでるって噂になってるの」
「やっぱりそんなつもりだったの?私の勘違いじゃなかったのか」

 違うわって間髪入れず怒鳴る。本気で違うからと頭をワシャワシャと掻く。

「あんまり忙しくないところで様子を見る。ものになるなら他の省庁に行かせるって彼女の父の頼みだったの!」
「聞いてる」

 感情のない声で答えた。するとなんで女性はすぐにそっちになるんだよってカップのお茶をグイッと飲み干す。

「違うんだよ。この間廊下で彼女転んだんだ。足を挫いて医務室に抱いて連れて行ったから…そのな?」
「「ふ~ん」」
「なんだよ母上まで!」

 疑われてるのはそれだけじゃなくて、まるでティナの代わりのようだわなんて聞こえてきたのですが?とお母様。やめろよホントやめてと肩を落とす。

「そりゃあ事務仕事をしてもらってるんだから、そうなふうに見えることもあるだろ」
「へえ……わたくしは違うことをみながら聞きましたが」

 お母様もたまに見かけてて、あらいやだって思う感じはあったそう。ふ~ん。だから先週来なかったのかほ~ん。

「それは違う。城の夜の催しだ」
「そう」
「なにしに来たのよ母上。別れさせにでも来たのか?」
「嫌だわ違うわよ。ティナのおなかの様子と久しぶりにこの地を見たかっただけ。ずいぶん来てなかったから」
「そうですか」

 いい街になってるし、ティナも元気そうだし言う事なし。あなたがしっかりしないからそんな変な噂が出るのです。反省しなさいって。

「わかってますよ。そんなのは重々ね」
「ならいいです。セガール案内を」
「はい。妃殿下こちらへ」
「え、お母様?」

 立ち上がりスタスタとセガール様と。え?

「後はふたりで話しなさい。親が交じるといいことはありませんから。じゃあまたねティナ」

 はあ……手をヒラヒラさせてあっさりと帰って行った。街の見学がメインだったのか。ほほうお母様面白い。

「母上の話しは聞かなくていい。みんなの勘違いだから」
「ふ~ん」
「君ねえ」

 あきれたような顔をする。信用するけど、ほんの耳かき一匙分疑う。

「妊娠中の妻を抱けない鬱憤から浮気する夫の第一位の理由だそうです。街のみんなの総意でした」
「バカ!どんだけ我慢してると……」
「ならばそういった方をお召になれば?」

 ムッとして睨まれた。ちょっと口が滑った。これはマズい。滑り過ぎ。さすがに顔が見れなくて下を向いた。

「本気で言ってる?」
「ごめんなさい。これは心にもないことを言いました」
「ムカつくのはいいが言葉は選んでくれ」
「はい」

 長い沈黙。耳がキーンとするほどに静けさで物音ひとつしない。別荘だしお掃除のメイドさんひとりとロッティとコックさんだけ。先生はどっか行った。別荘は静まり返っている。

「お引き取りを」
「え?」
「まだ気持ちの整理が付きません。もう少し猶予を下さいませ」
「なんで?」

 なんでだろうね。一番幸せな時をこんなケンカで過ごすのはよくないと分かってる。でもここにいてみんなと顔を合わせられるのはとても楽しく嬉しい。週に一~二度街に出るだけで仕事してる気分にもなれるし。たまにセガール様のところにも行くから仕事してる気分になれるの。そんな話をした。

「俺より民か?」
「違います。仕事してる気分になれるからです。みんなと触れ合ってると排除されたのを忘れられるから」
「排除なんてしてない!」
「その気持ちが強いのです。私があの日までしてた仕事は?ダチョウは?エサ代は?とかね」

 エサ代は母上が父上からもぎ取ってる。本当にしたんだよって。へえお母様強い。

「賢者の仕事を割り引かせてるんだ。こんな時援助しなくてなにが父親かとな」
「お母様ありがとうとお伝え下さい」
「ああ。君の仕事はカールたちがしている。彼女にはさせられないから」
「ふ~ん」

 もう三週間だぞ?仕事でもないのにこんなに家を空けるなんて酷いって。いやいや先に殴ってきたのはあなた。私は殴り返しただけ。

「そうだけどさ……許してよ。もうさ」
「はあ。どの面下げてでございます。私の尊厳を傷付けましたからね。あなたは」
「そこまで?俺は優しさのつもりで」
「先生の言った通り、ありがた迷惑でごさいます」
「だろうけどさ。変な敬語もやめろ」
「いいえ」

 あーあ。やっぱり子など作らなければよかったとポツリ。ほほう私は立ち上がり彼の横に立った。なに?と見上げる彼の胸ぐらを掴みペチッと頰を打った。

「痛い。なにすんの!」

 頰に手を当て驚いた顔をする。私はムカつきどころか激怒。

「言っていいことと悪いことがある。その言葉取り消せ!こちらは命を掛けているんだ!」
「ごめん……失言でした」
「とりあえず帰れ。帰りなさい」
「え?」

 子の命まで……知ってはいたけどここまで来て言われると腹も立つ。追い詰めすぎてるのかもしれないけど無理なんだもん。こんなところが私は子どもなんだろうけどそれでもって気持ちが湧く。自分のこんなところ嫌い。もう気持ちがグチャグチャなの。引きどころが分からないの。涙で視界が滲む。

「なんで泣くの?ごめんね」
「私はあなたとの赤ちゃんだから……ふぅ……ううっこんな仕打ちを受けても……ううっ」
「ごめんね……ごめんティナ」

 胸に抱かれた。久しぶりの彼の腕の中だけど、どこかいつもの安心はなかった。きっと私の空回りなんだろうけど、ここまで暴れては執務室どころか、帰る場所もなくなるかも。

「俺君の気持ちに添えなかった。それは謝る。でもね愛情のつもりだったんだよ」
「うん……」

 それは分かってるの。でもね私の気持ちを優先して欲しかった。つわり中も働く人はいる。でも私は立場上難しいから引いたの。だからこそ戻りたかったの。なんで分かってくれないのと自分の気持ちしかない。

「うん。こめんな」
「その声は分かってない。適当に謝っておけばいいと言ってる声です」
「違うよ。どう言ったら伝わる?怒ってるのは分かるんだ。でもね一度引き受けたら簡単には解雇など出来ないしまだまだ未熟。他の省庁では潰れるかもしれない感じの子なんだ。だからね」

 「いいなあ」そんな感想を持った。私が大臣の側近に上がった時は怒鳴られながらだった。見てれば分かるとどこへでもついて歩き、いたらなければ他の先輩文官に怒鳴られもした。優しさなどみんな持ち合わせてない時代で、みんなそんなだったから辛いと感じる暇もなかった。そっか……今はそんなふうに大切にされるのか。ダメだ卑屈に磨きがかかってる。

「サイラス。私の気が済むまでここにいさせて下さいませ。なにを聞いても彼女もみんなも羨ましいとしか思えないのです。お願いします」
「そう……分かったよ」

 申し訳ありませんと頭を下げた。

「頭を下げなくていい。ごめん。なんとかするから」
「しなくていいです。彼女を育ててやって下さいませ」
「ティナ……そんな顔しないで」

 無理やり笑った。どんな顔をしてるかは分からない。苦しそうに笑ってるのかもしれないけど、今はお傍にいたくない。毎日不満をぶつけそうなの。いつもお傍にいたからそれが当たり前で、知らないあなたに不安になるの。

「いい顔は出来ません。申し訳ありません」

 再度頭を下げた。ごめんね本当にごめんね。俺の勝手な判断で君は……ごめんと。でも優しさだったのは忘れないでって。うん。分かってるのそれは。胸が苦しくて堪らない。わがままだと分かってる。でも心が自分自分になってて変えられないの……




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