お祭りの花嫁に強制参加させられたら本当に神様の嫁になってしまった

琴音

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帝の代替わり編

43 本当の意味で「獣」になるには

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 僕はお弁当と水筒を手に、軽やかな足取りで山を登った。ここに来るまでは少しの運動ですら息切れしてたのに今は楽々と登れる。

「いい天気だ」

 木漏れ日の美しさに立ち止まる。見上げる空は優しい青色。風は乾いていてくすぐったい。土と緑の香りが春を告げ、小鳥の鳴き声も軽やかに響く。遠くからキジのケーンと透きとおる鳴き声。いつもの山だね、僕はまた歩き出した。

「あ、イオだ。畑だったか」

 この山道の途中に僕らが普段食べるための畑があり、イオはここに野菜を採りに来るんだ。畑の管理はまた別の人で苗を植えている。森の平らな部分を切り開いて作った畑のようで、畑の周りは森のまま。でもここは山菜採りの場所でもあってね。タラの芽を日当たりのいい場所に畑のように植えている。まるで人のような(真似たそうだ)こともする。

「イオーッお弁当ありがとう!」

 何かの収穫してた手を止め、僕に手を振ってくれる。

「悩む時間も楽しむ時間も夏樹様には気が遠くなるほどございます。苦悩も楽しみなさいませ」
「あははっありがとう」

 邪魔になるからまたねと僕は歩き出した。ここの使用人は翠よりみな年上で、成人したての若い方は……屋敷の人に少しと農作業の人くらい。みな人生経験豊富だ。そもそも成人の年齢が違うから知識量は人とはまるで違うんだ。

 竜はかなり遅く、他の動物たちの成人は五十年過ぎが多い。そして子供でもこの世界は働くからなあ。昔の丁稚のようにね。自営や農家は当たり前に頭数に入れられる。俗にいうサラリーマンのような家庭の子は、お店や職人と呼ばれるような仕事に就くかな。人のような情報関連もあるか。新聞や雑誌、他諸々。僕が想像し得る仕事はなんでもある。

「でも江戸時代と現代が混ざってるんだよね。それなのにきちんと回っている。不思議だよね」

 ここの文化は「人の世のいいとこ取り」というか、「気に入った部分」だけ取り入れている感じだ。みんなは快適に生きるために、何が必要かだけで選択していると言う。人とは感性も違うかららしい。納得するしかない。

「着いたあ」

 畑から三十分もせず着く。春先の水の多い滝。岩場の草はお日様に照らされてキラキラ雫をまとい美しい。僕は大きな岩の前にきて岩にお弁当を置いた。敷物用に風呂敷を持ってきたんだ。大きめのをね。それを敷き座る。

「獣は本能を捨ててはいない。お前からはぼんやりと見えるその行動の中に、体力の温存や季節を感じている。風を読み、音を聞き分けあたりを警戒してもいる」

 翠が寝る前に話してくれた言葉。

「暇そうにぼーっと庭を見ている時は天気を感じようとしてるとか、時間すらも感じているらしい」

 感覚器官が違うし暇の考え方自体が違う。獣に暇などという時間はなく、ぼんやりは体力温存の意味が強いそうだ。あたりを警戒し観察しながら休む。この「休む」こと自体に意味がある。敵の襲撃に備える体力が必要だかららしい。この世界の人は無意識にこれを常にしているそうだ。

「人のように暇を持て余すって感覚は我らには分からん。頭では理解するがな」

 そう言って笑った翠を思い出した。

「安全な世界に生きている現代人には無理だなあ。意識的にすればできるだろうけど、無意識下では……無理だ」

 わんわんは、人がこの世界に慣れた頃困ることの一つだと教えてくれた。人間は敵の襲撃に怯える生活をしなくなって久しい。野生の動物が身近な人たちはまた別だろうが、都会の人はねえと苦笑いしてたしなあ。

「御子たちは「人間」という獣だ。天帝から力を賜り、長生きになって少しの力を使うだけ。放っておけば獣よりすぐ死ぬ弱い生き物でしかない」

 とても強い力を受け取ったとしてもそこは変わらない。生き物としての弱さはどうにもならないらしい。どの時代の御子も同じだそうだ。うーむ。

「悩むだけ損かもね」

 僕は敷物に寝転がった。翠に何かしてあげたいは愛してもらう分を返したいがきっかけ。だけどそう考えること自体人だと言われた。寄り添い共に過ごすだけでいいのにと。立場の上下、やってもらったから返すとか。人は面倒くさいとまで言われたもんね。

「オスとメス、夫と妻。立場が違えばやることも違う。当たり前だろう……かあ」

 少し強い風が吹き、滝の霧雨のような水分がこちらに流れてきた。湿気を含む風についほほ笑んでしまう。僕はどうやっても「みんなのような考え方」にはならないんだと自覚した。ならばどうするのが正解なのかと、目の前の揺れる草を見つめうつらうつらしていた。

「お腹すいた……」

 何もしなくてもお腹は減るもの。僕はムクリと起き上がり弁当の風呂敷を広げる。小さなお弁当サイズの重箱が三段。お箸とおしぼりもあった。

「なにかな」

 順番に広げた。俵型のおにぎりに海苔が巻いてあるのが下段。中段には色んな煮物や卵焼きにかまぼこ。上段には僕の好きなキジの塩焼きなどの焼き物。水筒のふたを緩めると、ほうじ茶の香りが立ち上がる。

「豪華なお弁当……」

 僕は手を合わせいただきます。ゆっくりと味わうように食べた。僕はこれを今後も当たり前に過ごすんだ、翠の妻として。前に僕はお客様なの?と聞いたけど、「僕が」お客様根性だっただけだ。いつかみんなと同じになるなんて夢を見てたから。ならないんだよ。ならないけど、この世界の住人になるんだ。

 人としての特性を理解し、違いをきちんと把握。そしてその上でどう受け入れてもらうか。いえ……受け入れてもらってますが、僕の意識の問題だな。

「無意識に自分の異質さに気がついてたのか……分かんないけどさ」

 何もかも美味しいお弁当。僕は最後のキジ焼きを口に入れ噛みしめる。大好きな物は最後に残す派。よく噛んで飲み込みお茶を飲む。はあ~……

 見上げる空には白い雲がゆったりと流れる。水の音と、風に揺れる木の葉のざわめきに、周りの音が掻き消える。そして落ち着くと滝の音だけが辺りに響く。

「優雅な時だなあ……」

 僕はごちそうさまでしたと手を合わせ、お重を重ね風呂敷に包む。藪がガサゴソ音を立て、そちらを向くとカモシカが僕を見てギョッとしたような顔をする。そして僕をジーッと見つめる。確認しているのか見つめ続ける。フンと鼻を鳴らすと、スタスタと歩いていなくなった。

「天然記念物で食べちゃダメなんだよね、確か。でも……以前食卓にいた気が……牛だか鴨だかの不思議なお味で美味しかったけどさ。マオが、罠にかかってたって」

 人の法律などここは関係ないもんなあ。絶滅危惧種とか言われてもなんだ?の世界なんだろう。

「まずは自然を感じる。ここから始めようかな」

 見ているようで見ていなかった山の自然。来た頃のように何にでも興味を示すんだ。まずはここから。さすれば獣にもなろうて。なあんて昔の語り口が頭に思い浮かんだ。こうして自然を感じ、ゴロゴロするのも体力温存だ。力は攻撃にならないけど身は守れる。集中力が必要だけど。

 僕はこの日から時々山で一人で過ごすことを日課とするようになったんだ。



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