お祭りの花嫁に強制参加させられたら本当に神様の嫁になってしまった

琴音

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花嫁〜獣の世界編

4 神……?

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 激しい耳鳴りと急激な吐き気で気を失った僕は目を覚ました。覚ましました……よね?

 僕の目に飛び込んできた景色はどこかのお屋敷の一室で、見たことない天井だった。首だけ動かしてキョロキョロすれば和式の客間のよう。床の間に掛け軸と生け花、隣には飾り棚がある。床柱は優美な曲線と深い色。自然にこの色になったと分かる色合いで、この家の歴史を物語っている。襖絵に見覚えはない。

「ここはどこのお家だろう。倒れて救護されたんだろうけど……」

 起き上がろうとするとすでに衣装は脱がされ浴衣を着ていた。伝統柄の藍色の格子柄のものだ。よく見れば襖側に着物用の衣紋掛けがあり、衣装の打ち掛けは掛けられている。帯など小物はその下。漆塗りの黒いお盆にきれいに畳まれている。

 そして、問題は何の音もしないこと。人の気配がしないんだよ。明かりも枕元の行灯あんどんだけ。蛍光灯は?と上を見上げたけど何もない。外からは秋の虫の大合唱ではあるけど、人の気配が全くしないんだ。

 ここはどこのお家なんだろう?あの神社の近くにこんな伝統的な造りのお家はないし、村外れでも車の音がしないなんてあり得ない。今日は祭りで、屋台も少なからず神社の参道には出てていた。屋台の動力モーターの爆音は?そして年に一度の観光客が溢れる季節のはず……ヤダ怖い。僕は起き上がり布団に座ったまま動けなかった。

「外出れば分かるかな」

 僕はそう思い片膝をつき立ち上がった。そして虫の声のする廊下であろう障子戸を開けた。目の前に広がる暗闇。満月は過ぎてて明かりは少ない。

「嫌だあ。見覚えないの景色だよ。僕あれからどうしたんだろ。つか本気でここどこだよ」

 視線の先には黒い山々が見える。そして明かりは見えない。生け垣も塀もない庭なのにその先には何もない。いや庭はあるけど……低木の生垣のようなものはあるか。暗くてよく分からん。

「よし、人を探して帰ろう。きっと母さんたちが心配しているはずだ」

 僕はそう思い障子戸を閉めて振り返ったら人がいてビクッとした。

「起きられたか?」

 襖を開けて腕をついて佇む若者……というか、なんだこの男。雪斗じゃない。売れっ子アイドルよりかっこよくて、浴衣がとても着慣れているようで似合っている。襖に軽く寄りかかる姿はモデルのようだ。そして頭の上で白い物がピコピコ動き、お尻には白く大きな尻尾が揺れていた。はい?この状況が理解できず、ここどこ?とか聞こうと思ってたけど口だけ動いて声にならない。

「ごめんな。少し力が強かったようだ」

 力とは?いやいやそれよりここどこよ。僕は帰りたいんだ。あのね狐みたいなコスプレお兄さん。お祭りだから耳つけて仮装してるんだよね。よく出来てるよ。そんでね僕は帰りたいの。花嫁衣装は後日取りに来て、浴衣は洗濯して返します。玄関どこ?と話したつもり。だけど口をパクパクしただけ。

「声が出ないか。ふん」

 口からは息が抜けるだけ。あれ?なんでと「あー」と声を出そうとしたけど、はあ~って息が抜けるばかり。これ耳鳴りのせい?耳鳴りで声が出なくなるとかなんの病気だよ。体に不都合は感じない、耳鳴りもない。ならば身ぶり手ぶりでしようと顔を上げると、ふわりと抱かれ顔が近づき柔らかい……ンッ……ん?

「少し待て。こうすると声は出る。されるがままになってろ」

 柔らかな唇が重なる。ぬるりとするこれは舌?僕はこんなキスしたことない。キス自体ない!「やめて!」と暴れたけどものすごい力で抱かれて動けない。それに男とするのは違う!

「暴れんな俺の御子」
「やめて!あ、声出た」
「そうだろう」

 彼は鼻で笑うような笑みを漏らし、名残惜しそうに唇が離れる。目の前には頬を染めたいい男の顔が鼻がぶつかる位置にいる。別に女の人でなくてもこれだけ近いと僕も照れる。キスもあるし。真っ赤になって彼を見つめた。

「あ、あの……救護してくれたんですよね。ありがとうございました。親も心配してると思うので今日は帰ります。そして後日お礼に参ります。本日は帰りたく……」

 すっげえ不思議そうな顔をして僕を見る。なんで?と彼は一言。あなたの気持ちはいいのよ。とりあえず僕は帰るんだ。

「玄関はどちらですか?」
「帰るか……帰るところなどもうない」
「へ?ありますよ。この村は僕の生まれ育った村ですし、実家もあるし両親と祖父は存命です」
「そうじゃない」

 仕方ないなあって微笑むと世界が明るくなる。行灯だけの明かりから部屋が蛍光灯くらいの明かるさになった。照明あったんだど上を向くと、天井の一部が明るい。……デザイン的なものか。そうだよね。こんな和室なら照明はない方が素敵よね。

「あの……」

 僕は明るくなった場所で彼を見た。頭の耳は動物のそれそのもので、腰から下にふかふかの狐っぽい太さの尻尾が揺れていた。それも飾りの毛皮ではなく、まさしく生きている獣のものに見えた。髪の色も暗めの銀色。ほほう。なんの仕事してるのかな。この色ができるってさ。僕は普通の会社員だから少し羨ましかった。まあ、僕がこんな色に染めても似合わないけどさ。

「耳と……尻尾は…偽物ですよね?お祭りの仮装で、お面みたいなつもりの」
「触るか?」

 ニヤリとするその顔は偽物じゃないと言っているようだった。いやいや、そんなはずないよ。この人はどこかの親戚の人で、この日は近隣の村や街からも人が来る。病院に連れて行く途中にそこまでではない判断で、急遽彼のおうちで寝かされてたんだ。きっとそうだ。僕はそう思い込もうとしていた。そしてもう一度。

「玄関はどちら?」
「御子はやっぱりかわいかった。俺の目に狂いはなかったな。夏樹」

 僕はスルリと離れた彼がなぜ僕の名前を知っているんだ?と恐怖を感じた。やはりこんな人は村にいない。観光客かどっかの家の親戚か。僕に近い年頃……より少し上に見える。それでも三十前後に見えた。ちなみに僕は二十五。この年頃で知らない人はいないんだよ。

「なぜ会ったこともないあなたが僕の名前をご存じなのですか」
「さてな。なんでだろうな」

 フフンと鼻を鳴らし彼は楽しそうである。まさかいい歳こいて誘拐された?祭りの花嫁道中の気分悪くなったところから?大胆だな。いやそこじゃないかもだけど。

「僕は……誘拐でもされましたか」
「それは違う。お前が自らここに来ることに同意した。俺は……いやまあそれはおいおいな」

 言い淀むと何もわからないってのは辛いよなと。明日話そうかと思ってたんだが今話す?って。話して下さい。現在の状況が不安すぎますと伝えた。

「そうか。聞きたいか」
「当然です。知らないおうちの人にお世話になってるのか、不埒なあなたに誘拐されたのか知りたいです」
「フフッ誘拐だけはない。不埒とか失礼だよ」

 まあいいや、顔を見せろって。いえいいです怖いから。僕は歩みよる彼の歩数に合わせて後退り。

「お前ねえ。自ら嫁に来たんだから大人しくしなさい」
「え?嫁とはなんですか?」

 呆れ顔のいい男は嫁だよ俺の御子って。自信満々というか、さも当然そうである。僕は嫁に出た覚えも婿に行った記憶もございません。

「はて?結婚した覚えはございませんが?」
「確かにまだだったな。花嫁道中でお前が倒れてさ。まあいいかと頂戴したから」
「話が見えませんが?」
「抱かせろよ。それから話すから」
「嫌です。脈絡が理解できません」

 むーんと二人で見つめ合う。庭からは秋らしい虫の声が遠くから聞こえ膠着状態だ。すると彼はため息を漏らした。

「ったく。神の嫁入りの祭りに参加したろ」
「はい。雪斗と一緒に参加しました。珍しい男ばかりの嫁入り祭りになりましたが……あ?あれ?」

 あれのことを言ってるのか?あれは祭りで本物の嫁入りじゃない。それどころか僕は男だから婿入りだろうよ。そこじゃないだろ僕。要点はそこじゃなくて……考え込むとふわりと胸に抱かれた。

「かーわいい。ずっと来て欲しくて……願いが叶った」

 改めて抱かれると嫌じゃない。なんだか収まりがよく感じる。ハッ僕にそのケがあったのか!いやねえよ。股間はぜひ女性に使いたい。そして、愛の結晶の子供が欲しい。僕一人っ子だったから二人は欲しいかな。子育ても積極的に関わり育休も取って……ちっがーうッ

「嫌がらないのか?」
「なんか……あの……」

 彼の体温が気持ちよくて……など言えない。身を任せてもいいのかもなんて……こらこら。僕の頭は何考えてんだ。でも、こんなふうに誰かと抱き合ったことなくて……人の体温って気持ちいいんだな。

「俺の寵愛を受けてたからしっくりくるだろ」
「寵愛?」
「そうだ」

 彼は僕の顎に触れ上を向かされた。農作業などしたことないであろう柔らかな手。見上げる彼は幸せそうに目を細める。

「キスしていい?」
「嫌です。この状況の説明が先です。いや違います。しちゃダメ」
「硬いなお前。いろいろしてからでもいいだろ」
「いえ。ほんのり察してますが、言葉にしていただけますか?それとお名前はあるのですか?」

 ああ名前ね。名乗ってなかったか。それはすまぬと額にチュッ

 おい!油断も隙もねえな!と言えば、ケチくさいこと言うなと言いながらも表情が凛々しく変わった。ならば名乗ろうと僕から数歩離れた。始めが肝心だからなって。すると彼の周りの景色が歪み……

「我はそなたの村を含めその一帯を治める山神、すいと申す。我が父の死去伴い我に代替わりした。それ故に今回の祭りは本物の神への嫁入りだったのだ。ようこそ我が妻よ」

 昔の貴族のような衣装に変化へんげした。束帯そくたいってのかな。最上級の礼服に見えた。白の生地に金色の糸の稲穂や村の神社の紋の文様。そして彼は目を伏せ軽く頭を下げる。手にはたわわに実った稲穂を掲げて。

 僕の前に……なんて威厳のある姿だろう。景色も彼の周りにだけ神社の内殿が見え、見覚えのある山々がぼんやりと背景にある。身が引き締まる思いがした。

「夏樹。我はずっとお前を見ていた。この日をずっと待ちわびていたのだ」

 この非現実的な光景に僕の頭は完全にフリーズ。美しい神様から目が離せなかった。


    
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