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北海道旅行
しおりを挟む飛行機が安定飛行状態に入ると、ベルトのサインが消える。座っていたスチュワーデスさん、(今はキャビンアテンダント(CA)さん、って呼ぶらしい)が立ち上がりサービスを開始すると、周りから伝わる緊張感が弛緩する。
「ふふふふ」
「わ、笑わないでよ」
「ご、ごめんなさいお兄様、本当に飛行機初めてだったんですね」
「うん」
「ジェットコースターの時もそうでしたけど、高い所苦手なんですか? お兄様」
「高い所というより、なんか周りの緊張感と、あのフワッとするのが好きじゃないのかも」
「周りの緊張ですか……お兄様らしいですね」
「僕らしい?」
「いいえなんでも無いです、ふふふふ」
「もう、また笑う~~」
「ごめんなさい、でも、お兄様って可愛くて」
「男に可愛いは誉め言葉じゃないから、知ってるから」
僕はそう言うと泉から目を離し窓の外を覗く。眼下は雲しか見えず、目の前には青い空が広がっている。初めての飛行機、初めての北海道、そもそも修学旅行以外で旅行に行くって事自体殆ど経験が無い。
ましてや泉と二人きりで旅行だなんて……これ夢かと思えてくる。
「お兄様、お飲み物はどうされます?」
「あ、えっと……コーヒーかな」
「コーヒー2つお願いします」
CAさんがワゴンで飲み物を配っている。何があるのかもよく分からないけど、定番のコーヒーはあるだろうと泉に伝える。泉は慣れた感じで2つ頼むと2つ受け取り、自分のテーブルで僕の好みの量のクリームと砂糖を入れて渡してくれる。
「あ、ありがとう」
僕がそう言って受け取ると泉は何も言わずにニッコリ笑う。
ああ、なんだろう……この何も言わなくてもわかってる感、凄く心地いい。
ちなみにいつもは割愛しているけど僕は最近泉とよく話はしている。特に怪我をしてから家でずっと一緒にいた為毎日かなりの時間話をしていた。
お互いの事はあまり話さなかったと言ったけど、それは会話が無かったわけじゃない。同じ学校、同じクラス、泉には負けるけど僕もそれなりに勉強は出来る方なので各教科の授業の話、テストで出そうな場所、癖のある先生の物真似などして二人で笑い合っていた。
泉でも凛ちゃんとでも、あまり緊張せずに話せるのはやはり愛真のお陰だって思った。このままの調子でクラスの男子と話せるなんてとても思えない、緊張で言葉が出ないと思う。そこは本当に愛真に感謝している。
今までずっとしたかったクラスメイトとのそんな他愛もない会話、夢と思っていたこんな会話を今は泉と凛ちゃんと出来る様になって、僕は本当に幸せだった。
そして、更に夢にも思わなかった泉と二人きりの旅行……まあ、旅行というよりか帰省に近いんだけどそれでも二人きりで泊まり掛けの旅なんて、夢でも妄想でもした事がない……まさかこんな事になるなんて……そう思った瞬間また緊張が走る。僕の幸せの閾値は低い、だから最近の出来事はもう宝くじが当たった様な幸福が毎日押し寄せてきている感覚だ。
この間は辛うじて怪我をしたという事で免れたけど、これ以上の事があったら、死んでしまうんじゃないかとさえ思ってしまう。いや、既にもう一生分の運を使い果たしてしまっているんじゃないかとさえ思ってしまう。ま、まさか……この飛行機が……
「お兄様?」
「へ?」
「額に汗がびっしょり、まだ怖いんですか?」
「あ、いや、そんな事は」
「もうすぐ着きますからね」
泉はそう言うと僕の手に自分の手を重ね、そして僕の手を返すと自分の手の平に僕の手の平らを合わせ更に握ってくれた。僕の手は今緊張で汗がびっしょり付いているのに……にもかかわらず、何も言わずにギュっと握ってくれる。
「だ、大丈夫だから」
僕は汗で気持ち悪いかもと手を離そうとしたが、泉は更に強く握り締める。そして何も言わずに僕を見つめニッコリといつもの様に笑ってくれた。
…………可愛い過ぎかよ僕の妹は……
そのまま着陸まで、泉はずっと僕の手を離さずに握り続けてくれた。
◈◈◈
定刻通りに飛行機は新千歳空港に到着、降りるなりその景色に圧倒された。
そう、今は1月北海道は冬、写真や映像ででしか見た事の無い雪景色が広がる。
機内からターミナルに向かい手荷物を受け取ると中に入れておいた厚手のコート取り出しその場で着込む。真冬の北海道……ワクワクと同時に怖さも感じていた。
何度も来ているのか、特に迷いもなく泉はターミナルを歩いていく。
僕は泉に付いていくと、泉はターミナルの外に。
「寒!」
その寒さに、白さに圧倒される。しかし泉は驚きもせずにそのまま歩きターミナル入口の前から少し離れた所で立ち止まる。
すると待っていたかの様に僕達の前に黒い大きな車がスッと止まった。
止まるやいなや、運転席からスーツ姿の若い女の人が降りて来ると、泉の前で立ち止まり頭を下げた!
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「お久しぶりです」
「お寒いのでまずはお乗り下さい、お荷物は私が」
「ありがとう」
そう言うとその女性は扉を開け乗る様に促す。
「真様もどうぞ」
「さ、様!」
「……」
僕がそんなびっくりしている反応をしているのに、その若い女性は何も言わずに車の扉を開けたままでいた。
「お兄様?」
先に乗り込んだ泉は僕にどうしたの? というような表情で見ている。
いや、こんなシチュエーション初めてなんで。
映画でしか見た事無いシーンにびっくりするも、そこで立ち尽くすわけにも行かず、僕はそのまま車に乗り込むと、スーツ姿の女性は直ぐに扉を閉め、荷物を手早く積み込み運転席に乗り込んで来た。
そしてゆっくりと車は動き出す。一体どういう事か……ひょっとして泉ってやっぱりとんでもないお嬢様なの?
僕は今飛行機に乗ってる以上の緊張感に襲われていた。
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