クラスでカースト最上位のお嬢様が突然僕の妹になってお兄様と呼ばれた。

新名天生

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冷たい空気

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 玄関から真っ直ぐ伸びた廊下の奥に他の部屋とは全く違う扉があった。
 その扉の前にたどり着くと、メイド長様は僕らの一歩前に出た。
 そして一呼吸間を空けて扉をノックすると中から返事が、かなり小さな声だったが確かに聞こえてきた。

「失礼します」
 メイド長様はそう言って部屋に入る、続いて泉が、そして僕も緊張しながら部屋に入った。

「奥様、泉様と、真様がご到着されました」

 物凄く広い部屋、高級そうな調度品の数々、寝室というにはあまりに広すぎるその奥にベットの上で半身起こしている綺麗な女性が……あれ? お婆さんじゃないの? でも泉はまずお婆ちゃんに挨拶をするって言ってたし……

「よく来たね」
 その女性はそう言うと泉と僕の前に立つメイド長様が横を向き一歩下がった。
 それを見て、泉がベットに向かって歩き出す。僕は一瞬ボーッとしてしまったが、慌てて追いかけた。

「お婆様、お久しぶりです。お身体のお加減はいかがですか?」

「泉が来てくれたから、今は調子がいいよ、よく来たね、ゆっくりしておいで」

「はいお婆様、ありがとうございます」
 泉はそう言うと丁寧にお辞儀をした。その泉の姿に僕は若干の戸惑いを感じた……相手がお婆ちゃん、泉の祖母だというのに妙に他人行儀な気が……

「それで、貴方が真君ね」

「あ、はい、初めまして、真です」

「…………」
 泉のお婆さん、お婆さんと言うにはあまりに若い、どう見ても四十台後半……お婆さんと言うにはかなりの抵抗がある。そして、その目は鋭く僕を睨む様に見つめてくる。
 昔の僕なら耐えられない様な冷たく鋭い視線……僕はなんとか目線を外さずに見つめ返していた。

「ふふふ、気弱そうに見えて意外に芯はあるみたいだねえ」

「お婆様、お兄様をあまりいじめないで下さい!」

「ふふふ、ごめんなさいねえ、真君……」

「いえ……」
 先程の鋭い目付きから一転慈愛に満ちた笑顔に変わる……まるで泉の生き写しの様な笑顔に……

「とりあえずここではなんだから、後でゆっくり話しましょう、真くんをお部屋に案内してあげて」
 泉のお婆さんは僕から目を離すと後ろに控えていたメイド長様を見ながらそう言った。

「畏まりました……」
 メイド長様は丁寧にお辞儀をすると扉の方に歩いて行く。
 その行動に僕はまた戸惑った。泉をここに置いて付いていけば良いのかと……
 挨拶と言うにはあまりに短い、そして泉は動こうとしない、このままい泉を置いて出ていって良いのか?

「お兄様、申し訳ありません、先にお部屋で休んでいてください、私お婆様と少しお話を致しますので……」

「あ、うん……」
 泉にもそう促され僕は一礼をして部屋を後にした。なんだろう、何かを感じる……負のオーラと言うか……
 前にも言ったけど、僕は透明人間だった。ただのボッチって言うな!
 
 そう自慢じゃ無いが(本当に自慢じゃ無いが)僕はただのボッチじゃない。周りの空気を読み、目立つ事をしない事によって存在を消す事が出来る……ううう、自分で言っててまた悲しくなってきた。

 まあ、何が言いたいかと言うと、僕はヒエラルキーと、その場の空気に凄く敏感なんだ。
 そしてこの家のヒエラルキーの頂点は勿論お婆さん……でもこの部屋の空気はかなり冷たい、学校では感じた事の無いくらいの負のオーラが漂っている……

 そして……何より驚いたのは泉だ……泉がこの家に着いた途端に笑顔が消えた。
 あの慈愛に満ちた、いつもの笑顔は、僕にいつも向けてくれていたあの笑顔は……一切無い……

 一体何があったんだ? 間違いなく何かがあった……まあ、恐らく泉のお兄さんが関係しているんだろう……そして、ここに泉の過去が、僕の知らない泉の過去があるのは間違い無い……そう断言出来た。

「真さまこちらです」

「あ、はい」

 お婆さんの部屋数から出ると右手にエレベーターが……まあこれだけ大きな家、エレベーターくらいじゃ驚かない。そのエレベーターば地下1階から3階迄のボタンが付いていた。大きな洋館の地下……僕は一瞬地下に閉じ込められるんじゃないかと思ったが、メイド長様は3階のボタンを押した。エレベーターは以前テレビで見た個人宅のそれよりも大きい……でもやはりビルとかにあるエレベーターとは違い、狭くゆっくりと動いて行く。メイド長様と二人きりでの密室に……緊張が増す。
 ちなみにメイド長と言っても、さっき見た3人と年齢は同じくらいで、恐らく20代前半、泉や凛ちゃん……まあついでに愛真もそうなんだけど、アイドル顔負けの3人と仲良くして貰っているせいか、それが当たり前に感じてしまっているせいか、最近少々な可愛さじゃ、なんとも思わない、可愛いって思わない僕……ああ、また嫌われる事を……でも本当の事だから仕方ない。

 そしてその僕、今の僕から見ても、メイド長様は遜色ないくらい可愛くて綺麗だった。
 
 密室で二人きり……何か喋った方が良いのか、僕はメイド長様の後方から話しかけるタイミングを伺った。

「お嬢様は学校ではどうお過ごしされてますか?」
 僕が話しかけるタイミングを伺っていたのを知ってか? 僕の方には振り返らず、背を向けたままメイド長様は僕にそう話しかけてきた。

「え! あ、えっと、いつも笑顔で皆の人気者で、僕とは違って凄く友達沢山いて、あ、僕と比べる事自体が間違ってい、あ、これも必要ない、えっと」

「ふふふ、真さまって面白い方ですね……あ! 失礼致しました」

 僕をチラリと見ると、照れた様に笑うメイド長様に僕はドキッとしてしまう。

 そう言っている間にエレベーターは3階に到着した。エレベーターから降りて廊下を歩く、とにかく広いので部屋から部屋への移動も一苦労だ。
なん部屋か通り過ぎた後、ある部屋の前でメイド長様は止まりそのままノックもせずに部屋の扉を開け中に入った。僕も続いて部屋の中に入る。

「真さまのお荷物はこちらに運んで起きました」

「あ、はい……」
 そこは明るく綺麗だけどシンプルな造り、老舗のホテルの様な部屋だった、恐らく客間なのだろう、ツインベットは綺麗にセットされていた。二つとも……

「えっと……泉は」

「お嬢様のお部屋は2階になります、3階は全て客間になります」
 ツインベットを見て一瞬泉と一緒に……なんて思ってしまったけど、さすがに無いよね。

「それではお食事の準備が整いましたらお迎えに上がります、何か御用がございましたら、ベット脇に呼び鈴がありますのでいつでもお呼びください」

「あ、うん……ありがとう」
 ベット脇のテーブルの上に、ファミレスに置いてある様な呼び鈴が置いてあるのを確認して僕はそう言った。

「それでは失礼致します」
 そう言って扉を閉めようとするメイド長様に僕は大事な事を聞くのを忘れていた事に気が付く。

「あ! 待って」

「……はい?」

「えっと……その……名前を、そのまだ聞いてないって言うか、えっとほら、なんて呼べばいいか」

「ああ、大変失礼しました、私メイド長を務めさせて頂いております、安桜あさくらと申します」

「あさくら……さん」

「安い桜と書いて安桜です。私の事は安桜とお呼び下さい」

「あ、はい……」

「それでは失礼致します」
 安桜はそう言うともう一度お辞儀をしてゆっくりと静かに扉を閉めた。

「安桜……さんか……」
 僕は少しの間扉を見つめ安桜さんが部屋から遠ざかって行く気配を感じた後、ゆっくりと振り返り部屋の奥の窓に向かって歩く。

 既に暗くなって居た為、先程車で走ってきた時に見た景色はもう見えない……このとんでもなく広大な土地に立つ大きなお屋敷、でも泉のせいか、お婆さんのせいか、それとも雪のせいか冬の北海道のせいなのか、何か寂しそうな、そんな雰囲気がしていた。

 そして僕は外を見ながら結局聞けなかった事に今、とてつもななく後悔していた。

「安桜さん……下の名前はなんて言うんだろう……」
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