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青い空と暖かな風はトーリアで僕が好きなものの一つだ。
西の海から吹き上げる温かい風と、北の山脈から湧き出る豊かな水源、それと東に広がる平野のおかげで、ここでは作物も良く育つ。
海沿いのカンテ港に準ずるいくつかの港は賑やかな商都を作っていて、山から取れる鉄鋼で僅かばかりだけど工業もある。
トーリアは素晴らしい場所だ。
地震が多いのと戦争に弱いのが玉に瑕だけどね。
8年ぶりに見上げるスッキリ晴れ渡る空模様に少し胸が弾む。懐かしいな。
けど、これから会わなきゃいけない人の事を思うと僕の心は冬の王都の空みたいにどんよりした。
何となく時間稼ぎがしたくなって、領内に入ってすぐの宿場町で休憩する。
休んでいると宿屋の主人がやってきた。
「今知らせを走らせました。リー・ベルガ男爵様がお迎えにあがりますのでしばらくお待ち下さいませ。」
「え!?」
「すぐ近くで待機されていますので。お待たせして申し訳ございません。」
呼んでないんだけど……
というかわざわざ迎えにこなくてもこっちが行くんだから城で会えばいいのに。
確かにリー・ベルガ家はザーハルツ家に仕えている家柄だけど、彼らも貴族な訳で雇われてる召使いでも従属している奴隷でもない。
あくまでも統治上の主従関係があるだけだ。
主従関係にある男爵は便宜上自分の領地ではなく主人の地方城に住むこともよくあるけど、それだって主人の代理人として執務をするためで主人の世話を焼くためじゃない。
それがわざわざお迎え?
ってことはえ?今からハルに会うの?
まだ心の準備が……
ワタワタしてるうちに部屋のドアが開いた。
昔の面影を残し、綺麗なまま男らしくなった顔立ち。首元で切りそろえられた滑らかな黒髪と深い夜のような瞳。
記憶より更に高くなった身長は、僕と頭一つ以上の差があるだろう。スタイルがいいからシンプルだけど質のいい上品な装いがすごく似合っている。
ため息が出そうな洗練された出で立ちの中でぽつんと浮いたシミのような黒い眼帯を見て心臓がずんと重くなった。
「ハル、久しぶりだね……」
「アモル様、お越しになるのをお待ちしておりました。」
微笑みながら静かな声で言われて嬉しさで涙がでそうになる。
ああ、ハルだ。
僕の大好きなハル。
8年経っても、会っただけであの日と同じ気持ちで胸がいっぱいになるものなんだ。
ハルがゆっくり近づいて、椅子に座る僕の足元に跪く。
僕をまっすぐに見つめる生き生きした右の深い色の瞳と、それがもう一つあるはずの左側を覆う黒い布。
とたんに逃げ出したい気持ちに駆られるのをグッと堪えた。
「アモル様、忠誠のキスをしてもよろしいでしょうか?」
「え、あ、うん。」
ハルが手を伸ばしてくるだけで体が緊張する。
落ち着け僕。
主家の人に会った時の臣下の挨拶だろ。
ハルは椅子の横に流していた僕のマントを手に取りそこに恭しくキスをした。
「……」
……長いんだけど。
……な、何か匂い嗅いでない?
旅の間着けてるやつだから汚いのに……
「アモル様。」
やっとマントを離したハルが続ける。
「は、はい。」
「御手にもよろしいでしょうか。」
「あ、どうぞ」
うん、より忠誠を示すために複数箇所やるんだよね。
よくあるよくある。
僕は右手を差し出した。
少し節の目立つ長くて綺麗な指がそれを丁重に握り指先にキスを落とす。
何か単なる儀式なのにドキドキしてきた。
「……そちらの御手もよろしいでしょうか。」
まさかのおかわり要求。
「はい。」
左手を続けて差し出す。
ちょっと犬になった気分。
新しい手にも念入りにキスをして、ゆっくり唇が離れる。
「アモル様。」
「はい。」
「おみ足に忠誠のキスをしても……」
あ、これ切りがないやつだ。
「うん。大丈夫。もういいから。」
「しかしまだ私の忠誠が伝えたりません。」
「伝わってる。いいから。」
「左様でございますか……」
そんな残念そうにしなくても。
食い下がってくるハルをいなして、とりあえず話を続ける。
「ハル、わざわざ迎えにきてもらってごめんなさい。ありがとう。」
「礼には及びません。アモル様にお仕えするのが私の喜びですので。今日はこちらでお休みになられますか?」
「いや、まだ日も高いし少し休んだら出るよ。もう今日のうちに城に着く距離でしょう?」
「かしこまりました。お疲れでしょう。足をお揉みします。君、すまないがすぐに湯桶を持ってきてくれ。」
宿の従業員に命じた後、ハルがしゃがんだ状態で僕の編み上げブーツの紐に手を掛ける。
「ちょっ!?ハル!?」
「お任せください。痛くはしませんので。」
「そうじゃなくて、そんなことしなくて良いってば。」
「しかし主人がお疲れになられていれば癒すのが下僕の務め……」
いやいや、君はそういうのじゃないでしょ!君は下僕じゃないよ!?
しきりに止めたけどハルの押しが凄まじく強くて結局マッサージしてもらった。
ハルの揉みほぐしはすごく上手で疲労が吹き飛んだ。
西の海から吹き上げる温かい風と、北の山脈から湧き出る豊かな水源、それと東に広がる平野のおかげで、ここでは作物も良く育つ。
海沿いのカンテ港に準ずるいくつかの港は賑やかな商都を作っていて、山から取れる鉄鋼で僅かばかりだけど工業もある。
トーリアは素晴らしい場所だ。
地震が多いのと戦争に弱いのが玉に瑕だけどね。
8年ぶりに見上げるスッキリ晴れ渡る空模様に少し胸が弾む。懐かしいな。
けど、これから会わなきゃいけない人の事を思うと僕の心は冬の王都の空みたいにどんよりした。
何となく時間稼ぎがしたくなって、領内に入ってすぐの宿場町で休憩する。
休んでいると宿屋の主人がやってきた。
「今知らせを走らせました。リー・ベルガ男爵様がお迎えにあがりますのでしばらくお待ち下さいませ。」
「え!?」
「すぐ近くで待機されていますので。お待たせして申し訳ございません。」
呼んでないんだけど……
というかわざわざ迎えにこなくてもこっちが行くんだから城で会えばいいのに。
確かにリー・ベルガ家はザーハルツ家に仕えている家柄だけど、彼らも貴族な訳で雇われてる召使いでも従属している奴隷でもない。
あくまでも統治上の主従関係があるだけだ。
主従関係にある男爵は便宜上自分の領地ではなく主人の地方城に住むこともよくあるけど、それだって主人の代理人として執務をするためで主人の世話を焼くためじゃない。
それがわざわざお迎え?
ってことはえ?今からハルに会うの?
まだ心の準備が……
ワタワタしてるうちに部屋のドアが開いた。
昔の面影を残し、綺麗なまま男らしくなった顔立ち。首元で切りそろえられた滑らかな黒髪と深い夜のような瞳。
記憶より更に高くなった身長は、僕と頭一つ以上の差があるだろう。スタイルがいいからシンプルだけど質のいい上品な装いがすごく似合っている。
ため息が出そうな洗練された出で立ちの中でぽつんと浮いたシミのような黒い眼帯を見て心臓がずんと重くなった。
「ハル、久しぶりだね……」
「アモル様、お越しになるのをお待ちしておりました。」
微笑みながら静かな声で言われて嬉しさで涙がでそうになる。
ああ、ハルだ。
僕の大好きなハル。
8年経っても、会っただけであの日と同じ気持ちで胸がいっぱいになるものなんだ。
ハルがゆっくり近づいて、椅子に座る僕の足元に跪く。
僕をまっすぐに見つめる生き生きした右の深い色の瞳と、それがもう一つあるはずの左側を覆う黒い布。
とたんに逃げ出したい気持ちに駆られるのをグッと堪えた。
「アモル様、忠誠のキスをしてもよろしいでしょうか?」
「え、あ、うん。」
ハルが手を伸ばしてくるだけで体が緊張する。
落ち着け僕。
主家の人に会った時の臣下の挨拶だろ。
ハルは椅子の横に流していた僕のマントを手に取りそこに恭しくキスをした。
「……」
……長いんだけど。
……な、何か匂い嗅いでない?
旅の間着けてるやつだから汚いのに……
「アモル様。」
やっとマントを離したハルが続ける。
「は、はい。」
「御手にもよろしいでしょうか。」
「あ、どうぞ」
うん、より忠誠を示すために複数箇所やるんだよね。
よくあるよくある。
僕は右手を差し出した。
少し節の目立つ長くて綺麗な指がそれを丁重に握り指先にキスを落とす。
何か単なる儀式なのにドキドキしてきた。
「……そちらの御手もよろしいでしょうか。」
まさかのおかわり要求。
「はい。」
左手を続けて差し出す。
ちょっと犬になった気分。
新しい手にも念入りにキスをして、ゆっくり唇が離れる。
「アモル様。」
「はい。」
「おみ足に忠誠のキスをしても……」
あ、これ切りがないやつだ。
「うん。大丈夫。もういいから。」
「しかしまだ私の忠誠が伝えたりません。」
「伝わってる。いいから。」
「左様でございますか……」
そんな残念そうにしなくても。
食い下がってくるハルをいなして、とりあえず話を続ける。
「ハル、わざわざ迎えにきてもらってごめんなさい。ありがとう。」
「礼には及びません。アモル様にお仕えするのが私の喜びですので。今日はこちらでお休みになられますか?」
「いや、まだ日も高いし少し休んだら出るよ。もう今日のうちに城に着く距離でしょう?」
「かしこまりました。お疲れでしょう。足をお揉みします。君、すまないがすぐに湯桶を持ってきてくれ。」
宿の従業員に命じた後、ハルがしゃがんだ状態で僕の編み上げブーツの紐に手を掛ける。
「ちょっ!?ハル!?」
「お任せください。痛くはしませんので。」
「そうじゃなくて、そんなことしなくて良いってば。」
「しかし主人がお疲れになられていれば癒すのが下僕の務め……」
いやいや、君はそういうのじゃないでしょ!君は下僕じゃないよ!?
しきりに止めたけどハルの押しが凄まじく強くて結局マッサージしてもらった。
ハルの揉みほぐしはすごく上手で疲労が吹き飛んだ。
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