2 / 14
2,
しおりを挟む
トーリアにはハルがいる。
僕はハルにだけは会いたくなかった。
ハル……バルハルド・リー・ベルガは、僕たちザーハルツ侯爵家に代々仕える地方男爵の現当主だ。
数年前にお父さんが病気で亡くなって後を継いでる。
地方男爵は、王都で中央政府の政務を補佐する上位貴族に代わって彼らの所領を経営する役割を担うことが多い。その代わり、所領収入の一部と男爵の固有領土の保護を仕える上位貴族から受けている。
僕は昔、5歳年上の優しくて綺麗なハルが大好きだった。いや、今でも好きだ。
だから子供の頃は年に何度もハルがいる西海沿岸のトーリアに行った。ハルはその度に歓迎してくれて、一緒に過ごした。
帰る頃にはいつも寂しくなって一緒に王都に来てって縋ってたっけ。
思えば土着の男爵家の人に無茶なお願いをしてたもんだ。
けど、僕にはもうハルに合わせる顔がない。
8年前いつものようにトーリアで夏を過ごしていた。
ハルが育てた馬によく一緒に乗って遊んだんだけど、その日僕は一人で乗ってみたくなったんだ。馬の機嫌があまり良くないとハルは止めたけど、僕は駄々をこねてワガママを通した。
そして案の定、その時の僕の技術じゃ気が立った馬を制御しきれなくて暴走した馬から振り落とされた。落ちる僕の体をハルがどうにか抱きとめてくれたけど、ハルが転がった地面には運悪く朽木が突き出していた。
それで、ハルは夜を溶かしたみたいな綺麗な瞳を一つ失ってしまった。
命は助かったけどハルは怪我からくる高熱にうなされて寝込んだ。
そしてようやく容体も落ち着いてそろそろ話せるだろうという時、僕はハルのそばを離れて王都に逃げ帰ってしまった。
怖かったんだ。
ひょっとしたらハルは僕を恨むかもしれない。
面と向かって責められたら、辛くて耐えられないと思った。
でもそれ以上に、許されるのが怖かった。
ハルなら僕を恨むより許してしまうと思った。優しい人だから。
けど、僕はハルの瞳を奪ってしまった僕を許せない。
だから、ハルに許されるわけにはいかなかった。
僕がしたことを知ってる人は少ない。
王都で知ってるのは両親とヴァーノ君くらい。
フェン兄さまは元々父さまが使用人と浮気して作った子供で、トーリアから戻った後塞ぎ込む僕のために世話役としてうちで働き出したから詳しい事情までは知らない。
僕も話さなかった。兄さまもきっと僕を許してしまうと思うから。
ヴァーノ君が僕をトーリアに行かせたいのは、トーリアに隣接する王の直轄領で横領が疑われるからのようだ。
直轄領であるセラキアには西海最大の船着場であるカンテ港があり、年々税収は増え重要な財源になっている。
そういえばヴァーノ君、先日視察に行った後あの港湾総督は怪しいと言っていたっけ。
ただ証拠がない、どころか横領の兆候すらない。
なのに、多分してると思うから財務副官のお前が極秘裏に調べてこいと手紙には書いてあった。
トーリア領はカンテ港に近いから、トーリアを所有するザーハルツ家の人間は隠密調査にはうってつけだ。
でもヴァーノ君、僕がハルに会いたくないの知ってるくせに……
「と、父さま、横領なんてないですよ。僕たち調べたじゃないですか。」
国庫の財務長官である父さまに反論する。
そう、ヴァーノ君が怪しいというので、父さまと二人でちゃんとセラキア関連の徴税資料は調べたのだ。
しかし怪しいものは出てこなかった。
「けど王子が言うんだから調べないと。あそこの総督は前々から王弟寄りだから、万一資金が王弟派に流れていたりしたら大変だ。頼むよアモル。行ってきてくれ。」
じゃあ父さまが行ってきてよ、と言いたいのをグッと堪える。
現地調査は副官の仕事だ。
僕は重い気分で王都を出発した。
僕はハルにだけは会いたくなかった。
ハル……バルハルド・リー・ベルガは、僕たちザーハルツ侯爵家に代々仕える地方男爵の現当主だ。
数年前にお父さんが病気で亡くなって後を継いでる。
地方男爵は、王都で中央政府の政務を補佐する上位貴族に代わって彼らの所領を経営する役割を担うことが多い。その代わり、所領収入の一部と男爵の固有領土の保護を仕える上位貴族から受けている。
僕は昔、5歳年上の優しくて綺麗なハルが大好きだった。いや、今でも好きだ。
だから子供の頃は年に何度もハルがいる西海沿岸のトーリアに行った。ハルはその度に歓迎してくれて、一緒に過ごした。
帰る頃にはいつも寂しくなって一緒に王都に来てって縋ってたっけ。
思えば土着の男爵家の人に無茶なお願いをしてたもんだ。
けど、僕にはもうハルに合わせる顔がない。
8年前いつものようにトーリアで夏を過ごしていた。
ハルが育てた馬によく一緒に乗って遊んだんだけど、その日僕は一人で乗ってみたくなったんだ。馬の機嫌があまり良くないとハルは止めたけど、僕は駄々をこねてワガママを通した。
そして案の定、その時の僕の技術じゃ気が立った馬を制御しきれなくて暴走した馬から振り落とされた。落ちる僕の体をハルがどうにか抱きとめてくれたけど、ハルが転がった地面には運悪く朽木が突き出していた。
それで、ハルは夜を溶かしたみたいな綺麗な瞳を一つ失ってしまった。
命は助かったけどハルは怪我からくる高熱にうなされて寝込んだ。
そしてようやく容体も落ち着いてそろそろ話せるだろうという時、僕はハルのそばを離れて王都に逃げ帰ってしまった。
怖かったんだ。
ひょっとしたらハルは僕を恨むかもしれない。
面と向かって責められたら、辛くて耐えられないと思った。
でもそれ以上に、許されるのが怖かった。
ハルなら僕を恨むより許してしまうと思った。優しい人だから。
けど、僕はハルの瞳を奪ってしまった僕を許せない。
だから、ハルに許されるわけにはいかなかった。
僕がしたことを知ってる人は少ない。
王都で知ってるのは両親とヴァーノ君くらい。
フェン兄さまは元々父さまが使用人と浮気して作った子供で、トーリアから戻った後塞ぎ込む僕のために世話役としてうちで働き出したから詳しい事情までは知らない。
僕も話さなかった。兄さまもきっと僕を許してしまうと思うから。
ヴァーノ君が僕をトーリアに行かせたいのは、トーリアに隣接する王の直轄領で横領が疑われるからのようだ。
直轄領であるセラキアには西海最大の船着場であるカンテ港があり、年々税収は増え重要な財源になっている。
そういえばヴァーノ君、先日視察に行った後あの港湾総督は怪しいと言っていたっけ。
ただ証拠がない、どころか横領の兆候すらない。
なのに、多分してると思うから財務副官のお前が極秘裏に調べてこいと手紙には書いてあった。
トーリア領はカンテ港に近いから、トーリアを所有するザーハルツ家の人間は隠密調査にはうってつけだ。
でもヴァーノ君、僕がハルに会いたくないの知ってるくせに……
「と、父さま、横領なんてないですよ。僕たち調べたじゃないですか。」
国庫の財務長官である父さまに反論する。
そう、ヴァーノ君が怪しいというので、父さまと二人でちゃんとセラキア関連の徴税資料は調べたのだ。
しかし怪しいものは出てこなかった。
「けど王子が言うんだから調べないと。あそこの総督は前々から王弟寄りだから、万一資金が王弟派に流れていたりしたら大変だ。頼むよアモル。行ってきてくれ。」
じゃあ父さまが行ってきてよ、と言いたいのをグッと堪える。
現地調査は副官の仕事だ。
僕は重い気分で王都を出発した。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
350
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる