白い庭

第6話 庭の夜明け

第6話　庭の夜明け

まだ夜の名残が空に漂う時間、庭には薄い霧が立ち込めていた。白薔薇も白百合も、朝露に濡れて光を反射している。草の匂い、湿った土の匂い、わずかに漂う花の香り――すべてが目覚めの静寂を包み込む。

蓮は小さなため息をつき、庭の端に立つ。目の前には、淡く光る白百合と、誇らしげに咲く白薔薇。指先で花弁に触れ、冷たくしっとりとした感触を確かめる。

「悠……こんな朝を、二人で見るのは初めてだな」
蓮の声はまだ眠りに揺れる空気の中で、少しだけ震えていた。

悠は蓮の隣に立ち、肩越しに夜明けの光を眺める。紅い光が白い花々を染め、庭全体が淡い水彩画のように揺れている。

「……そうだな。夜明けを一緒に見るなんて、考えもしなかった」
悠は静かに返す。香る土、朝露の冷たさ、花弁の柔らかさが手のひらに伝わる。蓮の隣で息をするだけで、不思議な安心感が胸に広がる。

「蓮……俺さ、正直、自分の孤独を誰かに見せるのは怖かった。誰かに踏み込まれたくなくて、ずっと距離を置いてた」
悠の声は低く、夜明けの光に溶けるように柔らかい。蓮は心臓が少し速くなるのを感じた。

「俺も……同じだ。だから、悠と一緒にいる時は、妙に落ち着くんだ」
蓮は小さな声で打ち明ける。夜明けの光が二人の影を長く伸ばし、互いに寄り添うように見えた。

「……心を開くって、こういうことなのかもしれないな」
悠はそっと蓮の肩に手を置く。触れる手の温もりに、蓮は息を飲み、ほんの少しだけ顔を背ける。だが、その距離は心地よく、拒むものではなかった。

庭の反対側では、美羽と梨花が白百合の手入れをしている。手袋に雨の跡が残り、指先で葉や花を整える。

「ねえ、美羽、白百合って、手をかけるほど応えてくれる気がする」
梨花がつぶやく。花弁に朝露が残り、太陽の光を受けて微かに輝く。

「ええ、私もそう思う。手をかけると、花も少しずつ元気になるのね」
美羽の声は静かだが、花に込める思いが伝わる。手に伝わる温もり、湿った土の感触、朝露の冷たさ――五感すべてが花と心をつなぐ。

「梨花、私……あなたと一緒にいると、少しだけ心が軽くなる気がする」
美羽は微かに笑む。梨花も笑顔で返す。

「私も、美羽と一緒だと、安心するよ。花も人も、手をかければ応えてくれるんだね」
朝日が庭に射し込み、白百合の花弁が透けるように輝く。花と人の存在が、互いの孤独を少しずつ溶かしていく。

蓮と悠も、庭の中央に立ち、互いの視線を交わす。沈黙の中に言葉以上の理解があり、心の距離がゆっくりと縮まるのを感じる。

「……俺たち、性指向は違うけど、こうして支え合えるんだな」
蓮がつぶやく。悠は微笑み、うなずく。

「そうだな。理解とか愛とか、形はいろいろでも、支え合うってことは同じだ」
その言葉に、夜明けの光が庭を優しく包む。白薔薇も白百合も、まるで二人の心の変化を祝福しているかのように香りを漂わせる。

四人の奇妙な同居生活は、朝の庭でまた一歩進んだ。
孤独に向き合い、心を開き、性指向を超えた絆を少しずつ育む――白い庭は、そのすべてを静かに見守っていた。

蓮は悠の肩に軽く触れ、悠もまたそっと手を返す。沈黙の中、朝の風と花の香りが二人を優しく包み、心の奥に小さな温もりを残した。

美羽と梨花も、白百合を整えながら微笑む。手に触れる花の感触、香り、朝の冷たさ――すべてが、互いを理解する力になる。

庭の夜明けは、静かで穏やかで、そして確かに、四人の心を少しずつ溶かしていくのだった。