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第5話:隣人の窓と赤い靴
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第5話:隣人の窓と赤い靴
『鏡のような窓』
雪がまた強くなってきた。
街灯の光を受けた雪が、まるで銀色の砂みたいに舞っている。
「……寒いね、ミリエル」
リナは人形の頭を撫でながら立ち上がった。
座っていると、体温が奪われるのが早すぎる。
足の裏はもうほとんど感覚がなく、ただ“硬い”ということだけが分かった。
「マッチ……売らなきゃ」
ふらふらと歩き出し、通りの向こうに明かりのついた家を見つけた。
大きな二階建て。
クリスマスが終わっても飾りが残っていて、窓から橙色の光が漏れている。
リナは自然と、そこに近づいていった。
「きれい……」
窓は大きく、外から中がよく見えた。
曇りガラスじゃない。
透明なガラスで、まるで“世界の中”が丸見えだった。
その家の奥、ソファの前で――
少女が笑っていた。
「……あ」
リナは思わず息を呑んだ。
その子は、リナと同じくらいの年齢に見えた。
髪の長さも、背の高さも、ほとんど同じ。
でも着ている服は、ふわふわの白いワンピースで、毛布みたいに柔らかそうだった。
そして何より――その子の足元。
「赤い……靴……」
鮮やかな光沢のある、真っ赤な靴。
エナメルのつるりとした光を反射して、窓の前でぴかぴか揺れていた。
「……きれい……」
思わずつぶやいた声が、あまりに小さくて自分でも驚いた。
少女は赤い靴を履いたまま、ピアノのそばでくるりと回った。
白いワンピースがふわっと広がる。
父親らしき人物が笑いながらその様子をスマホで撮っていて、母親はケーキを手にして声をかけている。
「ほら、〇〇ちゃん、こっち向いて!」
「パパ、見て!ジャンプしても痛くないよ!」
「まあ、素敵ね。サンタさんからの靴、気に入った?」
「うん!すっごく!」
楽しそうな声が、窓越しでもはっきりと聞こえた。
リナは動けなくなった。
体が、まるで氷でできているみたいに固まった。
「いいなぁ……」
小さな声が、夜に落ちた。
自分の足元を見る。
リナの靴は、ところどころ破れた黒いスニーカー。
底は薄くて、雪が染み込み、靴下はとっくに濡れていた。
「……あたしの……こんなの……」
リナはつま先をぎゅっと丸めた。
破れた靴の隙間から、風が皮膚に直接触れる。
「なんで……なんで、同じ年なのに……」
胸がひりひりした。
怒りじゃない。
悲しみとも違う。
もっと静かで、冷たくて、どうにもできない種類の痛みだった。
「ミリエル……ねぇ……あの子、あたしと歳も同じくらいなのに……なんでこんなに違うの……?」
人形を胸に押しつけるように抱きしめた。
布の冷たさが、逆に涙を誘う。
窓の向こうで、少女が父親に抱きついた。
「パパ、大好き!」
その声が、くっきりとリナの鼓膜に届いた。
「……」
リナの喉が、ぎゅっと詰まった。
「……呼ばれてるんだ……名前……」
あの少女は、たくさん呼んでもらっている。
パパにも、ママにも、サンタさんにも。
呼ばれるたびに、笑っている。
その一つ一つの声が、暖炉の火みたいに、あの子の心を暖めているのだ。
「いいなあ……」
その言葉を飲み込んだ瞬間、胸の奥で何かがひび割れた。
「いいなあ……! ずるいよ……!」
声が漏れる。
泣くつもりなんてなかったのに、涙が勝手にあふれた。
「なんで……? あたし、何か悪いことした……?」
答えはない。
窓を叩けば泣き止ませてくれる人がいるあの子とは違う。
窓の向こうで、少女が笑って赤い靴をトントンと鳴らした。
その音が、ガラス越しにリナの心臓を叩く。
「……そんなに、きれいに笑えるんだ……」
リナの足元に、ぽたりと涙が落ちた。
涙は雪に落ちてすぐ消えた。
「触れない……あの子の世界には……触れられないんだ……」
ようやく気づいた。
幻影だけじゃない。
本当の世界でも、触れられないものがたくさんある。
家族。
名前を呼ぶ声。
暖かい空気。
笑い声。
新しい靴。
「……惨めだな……わたし……」
笑おうとしたけれど、喉が震えて、うまく声にならなかった。
唇が乾いてひび割れ、鉄のような味がした。
窓に手を触れた。
ガラスは冷たくて、氷みたいに硬い。
「……同じくらいの歳なのに……鏡みたい……なのに……」
窓の向こうの少女。
窓のこちらのリナ。
本当に鏡だったらどんなによかっただろう。
触れれば、少しは近づけたのに。
「ミリエル……」
リナは手を離し、人形を強く抱いた。
「……わたし、どこで間違ったんだろう……」
雪が、窓の光を受けて白く跳ねた。
家の中の賑やかな音が、波のように胸を押し返す。
「……あの中には、あたしの席、ないんだよね……」
リナは一歩だけ後ろに下がった。
でも、足元がふらりと揺れて転びそうになった。
「あっ……」
とっさに電柱に手をついた。
手のひらが痛い。
でも、それより胸が痛かった。
「もう……いいよ」
小さな声。
降参したような声。
「赤い靴、きれいだったな……」
そしてもう一度、自分の靴を見る。
「……こんな靴でも、走ったこと……あったんだよ……おばあちゃんと……」
息が白く揺れた。
「おばあちゃん……呼んでよ……」
その願いは、窓を越えられず、
夜に溶けていった。
『鏡のような窓』
雪がまた強くなってきた。
街灯の光を受けた雪が、まるで銀色の砂みたいに舞っている。
「……寒いね、ミリエル」
リナは人形の頭を撫でながら立ち上がった。
座っていると、体温が奪われるのが早すぎる。
足の裏はもうほとんど感覚がなく、ただ“硬い”ということだけが分かった。
「マッチ……売らなきゃ」
ふらふらと歩き出し、通りの向こうに明かりのついた家を見つけた。
大きな二階建て。
クリスマスが終わっても飾りが残っていて、窓から橙色の光が漏れている。
リナは自然と、そこに近づいていった。
「きれい……」
窓は大きく、外から中がよく見えた。
曇りガラスじゃない。
透明なガラスで、まるで“世界の中”が丸見えだった。
その家の奥、ソファの前で――
少女が笑っていた。
「……あ」
リナは思わず息を呑んだ。
その子は、リナと同じくらいの年齢に見えた。
髪の長さも、背の高さも、ほとんど同じ。
でも着ている服は、ふわふわの白いワンピースで、毛布みたいに柔らかそうだった。
そして何より――その子の足元。
「赤い……靴……」
鮮やかな光沢のある、真っ赤な靴。
エナメルのつるりとした光を反射して、窓の前でぴかぴか揺れていた。
「……きれい……」
思わずつぶやいた声が、あまりに小さくて自分でも驚いた。
少女は赤い靴を履いたまま、ピアノのそばでくるりと回った。
白いワンピースがふわっと広がる。
父親らしき人物が笑いながらその様子をスマホで撮っていて、母親はケーキを手にして声をかけている。
「ほら、〇〇ちゃん、こっち向いて!」
「パパ、見て!ジャンプしても痛くないよ!」
「まあ、素敵ね。サンタさんからの靴、気に入った?」
「うん!すっごく!」
楽しそうな声が、窓越しでもはっきりと聞こえた。
リナは動けなくなった。
体が、まるで氷でできているみたいに固まった。
「いいなぁ……」
小さな声が、夜に落ちた。
自分の足元を見る。
リナの靴は、ところどころ破れた黒いスニーカー。
底は薄くて、雪が染み込み、靴下はとっくに濡れていた。
「……あたしの……こんなの……」
リナはつま先をぎゅっと丸めた。
破れた靴の隙間から、風が皮膚に直接触れる。
「なんで……なんで、同じ年なのに……」
胸がひりひりした。
怒りじゃない。
悲しみとも違う。
もっと静かで、冷たくて、どうにもできない種類の痛みだった。
「ミリエル……ねぇ……あの子、あたしと歳も同じくらいなのに……なんでこんなに違うの……?」
人形を胸に押しつけるように抱きしめた。
布の冷たさが、逆に涙を誘う。
窓の向こうで、少女が父親に抱きついた。
「パパ、大好き!」
その声が、くっきりとリナの鼓膜に届いた。
「……」
リナの喉が、ぎゅっと詰まった。
「……呼ばれてるんだ……名前……」
あの少女は、たくさん呼んでもらっている。
パパにも、ママにも、サンタさんにも。
呼ばれるたびに、笑っている。
その一つ一つの声が、暖炉の火みたいに、あの子の心を暖めているのだ。
「いいなあ……」
その言葉を飲み込んだ瞬間、胸の奥で何かがひび割れた。
「いいなあ……! ずるいよ……!」
声が漏れる。
泣くつもりなんてなかったのに、涙が勝手にあふれた。
「なんで……? あたし、何か悪いことした……?」
答えはない。
窓を叩けば泣き止ませてくれる人がいるあの子とは違う。
窓の向こうで、少女が笑って赤い靴をトントンと鳴らした。
その音が、ガラス越しにリナの心臓を叩く。
「……そんなに、きれいに笑えるんだ……」
リナの足元に、ぽたりと涙が落ちた。
涙は雪に落ちてすぐ消えた。
「触れない……あの子の世界には……触れられないんだ……」
ようやく気づいた。
幻影だけじゃない。
本当の世界でも、触れられないものがたくさんある。
家族。
名前を呼ぶ声。
暖かい空気。
笑い声。
新しい靴。
「……惨めだな……わたし……」
笑おうとしたけれど、喉が震えて、うまく声にならなかった。
唇が乾いてひび割れ、鉄のような味がした。
窓に手を触れた。
ガラスは冷たくて、氷みたいに硬い。
「……同じくらいの歳なのに……鏡みたい……なのに……」
窓の向こうの少女。
窓のこちらのリナ。
本当に鏡だったらどんなによかっただろう。
触れれば、少しは近づけたのに。
「ミリエル……」
リナは手を離し、人形を強く抱いた。
「……わたし、どこで間違ったんだろう……」
雪が、窓の光を受けて白く跳ねた。
家の中の賑やかな音が、波のように胸を押し返す。
「……あの中には、あたしの席、ないんだよね……」
リナは一歩だけ後ろに下がった。
でも、足元がふらりと揺れて転びそうになった。
「あっ……」
とっさに電柱に手をついた。
手のひらが痛い。
でも、それより胸が痛かった。
「もう……いいよ」
小さな声。
降参したような声。
「赤い靴、きれいだったな……」
そしてもう一度、自分の靴を見る。
「……こんな靴でも、走ったこと……あったんだよ……おばあちゃんと……」
息が白く揺れた。
「おばあちゃん……呼んでよ……」
その願いは、窓を越えられず、
夜に溶けていった。
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