『コールドムーンの夜に——寄生虫と言われた妻の逆転劇』

春秋花壇

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第7話「あなた、生活保護よりも家計に入れてないのよ」

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第7話「あなた、生活保護よりも家計に入れてないのよ」

 大地が青ざめた顔で立ちつくしている。
 コールドムーンが差し込むリビングは、
 いつもより寒々しく見えた。

 わたしはゆっくりと椅子に座り、
 ノートパソコンを静かに開いた。
 キーのひんやりした感触が指先に伝わる。

 ――パチン。
 冬の夜に響く、小さな音。

 大地が震えた声で言った。

 「……な、何してんだよ」

 「ううん。ちょっと“現実”を見るだけ」

 「現実……?」

 「ええ。“あなたがどれほど家計に貢献していないか”をね」

 大地の喉がごくりと動く。

 パソコンの検索欄に、
 わたしは淡々と文字を打ち込んだ。

 ――『板橋区 生活保護費 自動計算』

 クリック。
 画面が切り替わり、必要項目の欄が並ぶ。

 「夫 33歳」
 「妻 33歳」
 「子ども 9歳」
 「子ども 7歳」

 ひとつずつ年齢を入力していく。
 指先が少しだけ震えたのは、
 怒りでも悲しみでもなく、

 ――“安心感”だった。

 大地がかすれ声を出す。

 「な、何だよそれ……」

 「わたしたち家族がもし“完全に無収入”だったら、
   国がどれだけ保障してくれるかを計算してるの」

 Enterキーを押す。

 画面がふっと明るくなった。
 そして、数字が表示された。

 あなたが受給できる生活保護費
 265,412円/月

 大地が息をのんだ。

 わたしは続けて画面を読み上げる。

 「生活扶助 175,232円」
 「児童養育加算 20,380円」
 「住宅扶助 69,800円」

 画面の数字は冷たく、正確で、
 嘘の一切ない“国の基準”そのもの。

 わたしは軽く笑った。

 「ねぇ、大地。あなたさっき言ってたわよね?
  “俺が稼がなきゃ、お前らは生きていけない”って」

 大地は声を失っていた。

 その沈黙を破るように、わたしは言った。

 「でも実際にはね――」

 わたしはパソコンを大地のほうへ向けた。

 「あなたは、生活保護の最低ラインさえ
   家計に入れていないのよ」

 大地の顔から、完全に血の気が引いた。

 「な……何言って……」

 「大地、あなたが家に入れている生活費、毎月三万円よね?
  医療費、食費、光熱費、大部分はわたしが出してる。
  あなたの浪費の穴埋めまでね」

 「お、俺だって……頑張って……」

 「じゃあ聞くけど」

 わたしは家計簿を開いた。

 コールドムーンの光が紙に落ち、
 文字が冷たく浮かび上がる。

 「あなた、この一年で“家族のために使ったお金”と
  “あなた自身の浪費”のどっちが多いと思う?」

 大地は答えられない。

 わたしはページを開いたまま、
 淡々と読み上げた。

 「外食……28,000円」
 「飲み会……123,000円」
「パチンコ……216,000円」
 「友人への貸し……190,000円」

 大地の肩がかすかに震えた。

 「……ウソだろ……いや、これは……」

 「全部、あなたのクレジット明細よ。
  嘘なんて一つもないわ」

 そして、生活保護の画面へ再び視線を落とした。

 「国が家族四人を“生きさせるために必要”とする最低額は……
   月に26万5千円」

 わたしはゆっくり言葉を続けた。

 「でもあなたは、生活費を“3万円”しか入れてない」

 「……っ」

 「パチンコ一回分より低い額で、
  家族四人を養ってるつもりだった?」

 「め、芽衣……違っ……俺……」

 声がかすれている。
 それを見ても、もう胸は痛まない。

 悲しむ段階は、もうとっくに過ぎた。

 わたしはゆっくり席を立ち、
 コールドムーンの光が差し込む窓のそばへ移動した。

 白い月光が足元を照らす。
 影が細く伸びている。

 「大地。
  あなたが“寄生虫”と言ったとき、
   たしかに少しだけ傷ついたわ」

 大地が顔を上げた。

 「で、でも俺は……!」

 「でもね。
  現実の数字を見たらわかったの」

 わたしはゆっくり振り返った。

 「――寄生していたのは、
   あなたのほうだったんだって」

 大地の顔は蒼白だった。
 指先が震え、唇がわずかに開いている。

 「お、俺は……俺は寄生なんて……!」

「じゃあ聞くけれど」  


 わたしは一歩近づき、
 大地の胸の前に生活保護の数字を突きつけた。

 「あなたは、国が“最低限必要だ”と定めた額より
   23万円以上少なくしか、家に入れてないのよ?」

 「…………」

 「国に劣る夫を、どう呼べばいいのかしらね?」

 大地は椅子に崩れ落ちた。
 その動きが、まるで膝から崩れ落ちるように重かった。

 わたしは画面を閉じ、
 静かに深呼吸した。

 部屋に冷たい空気が流れ込む。
 わたしの中の怒りは、
 いつの間にか氷のように澄んでいた。

 「……明日、話をするわ。
  わたしと子どもたちの未来のために」

 大地は震えながら顔を上げた。

 「め、芽衣……明日って……何を……?」

 わたしは窓の外の月を見た。
 青白い光が、わたしの頬に落ちた。

 「決まってるでしょう?」

 わたしは静かに言った。

 「あなたと、わたしたちの
   “関係の終わり”の話よ」

 風がひゅうと鳴り、
 コールドムーンがさらに明るく照らした。

 大地の冬は、
 本当に始まった。

それでも、大地

長い人生では、夫が病気になったり失業したりして

やめなくして生活保護以下のお金しか入れられない時期がある。

だけど、そんな時こそ、夫婦が礎となって

子供たちが安心して「ただいま」と言える家にするのが夫婦じゃないのかな?

なのに、あなたはわたしを「寄生虫以下」だとののしる。

そんな家から子供たちを、何をどう感じ、どう受け取り、どう学んでいけばいいのかしら?

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