「BREAKOUT ―秘密のヒーローたち―」

春秋花壇

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第1話 夜明け前の衝突

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第1話 夜明け前の衝突

アスファルトが焦げた匂いを放っていた。
夜の雨が上がったばかりの裏通り。
ユウの頬を伝う血が、冷たい夜風にさらわれる。

「……クソッ」
拳を握ったまま、ユウは壁に背をつけた。
足元には、壊れたスマホと、転がる鉄パイプ。
遠くのビルの屋上で、電光掲示板が点滅している。
《BREAKOUT ―限界を破れ―》
その言葉だけが、この街の眠らない夜を煽っていた。

不良たちは笑いながら去っていった。
「おい、ガキ。お前みたいなのが街をうろつくなよ」
声が遠ざかる。
ユウの耳の中では、自分の鼓動だけが響いていた。

そのとき――靴音。
コツ、コツ、とリズムを刻む足音が、闇の向こうから近づく。
ネオンの青が、影をゆらす。

「……おい。大丈夫か」

振り返ると、そこにいたのは、黒いパーカーの青年だった。
頬の傷に光が走る。
濡れた髪の先から、雫がぽとりと落ちた。

「お前、何者だ」
ユウは息を荒げながら、壁に寄りかかったまま睨んだ。

青年はポケットから小さなスプレー缶を取り出し、ユウの腕に吹きかける。
ヒリッとした痛み。
消毒液の匂いが、血の鉄臭に混じる。

「俺は……ただ、守りたいだけだ。」

低く、しかし確かな声だった。
夜風が吹き抜け、青年――レンのパーカーの裾が揺れる。
街の光を反射して、彼の瞳の奥が一瞬だけ炎のように光った。

「守る? 誰を?」
「お前も、俺も。――この街で、まだ息してるやつ、全員。」

ユウは思わず笑った。
痛みと、涙と、少しの希望が混ざった笑いだった。

「ヒーロー気取りかよ」
「違う。ただの逃げ損ねた奴さ。」

レンは空を見上げた。
雲の切れ間から、わずかに夜明けの光が滲み始めていた。
その光が、彼の横顔を淡く照らす。

「……あんた、本当に何者なんだよ」
「名前は、レン。昔、同じように殴られてた奴を助けられなかった。それだけだ。」

沈黙が落ちた。
遠くで新聞配達のバイクの音が響く。
夜が終わろうとしていた。

ユウは血のついた手を見下ろし、指先を握った。
冷たい。けれど、その中に微かに残る体温が、確かに“生きている”と告げていた。

「……なあ、レン。」
「ん?」
「俺、もう逃げたくない。あんたみたいに、誰かを守れるようになりたい。」

レンはゆっくりと振り返る。
その目は、夜の残光を吸い込んで、静かに燃えていた。

「なら、立て。ユウ。」
「……でも、足が……」
「立て。痛みは、生きてる証だ。」

その言葉に、ユウの胸が熱くなった。
立ち上がった瞬間、膝が震えた。
レンがそっと肩を貸す。
近い――。
レンの体温、汗と革の混じった匂い。
その温度に、ユウの頬がわずかに赤く染まる。

「この街、夜が長すぎるだろ」
レンが呟いた。
「でも、いつか夜明けは来る。俺たちが、そう信じ続ける限り。」

ユウは頷いた。
遠くの空が、ほんの少しだけ白み始める。
焦げたアスファルトの匂いに、朝の風が混じった。
光が、ふたりの影を長く伸ばしていく。

――夜明け前。
秘密のヒーローたちは、まだ誰にも知られていない。

次話(第2話)は「光と闇の境界」
テーマ:ユウがレンの“組織”を知る。裏社会で動く者たちの正義と危うさ。
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