「BREAKOUT ―秘密のヒーローたち―」

春秋花壇

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第2話 Secret Hero

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第2話 Secret Hero

朝の街は、昨日と同じように動き出していた。
車のクラクション、コンビニのBGM、焼きたてパンの匂い。
でも、ユウの中では何かが決定的に変わっていた。

「昨日のこと……夢じゃないよな。」

制服の袖に残る小さな血のシミを見て、ユウは呟いた。
あの夜、焦げたアスファルトの上で手を差し伸べた男――レン。
“守りたいだけだ”と静かに言ったあの声が、まだ胸の奥で響いている。

信号が青に変わる。
人波に押されるように歩き出したとき、
ふと、通りの向こうに見慣れた後ろ姿を見つけた。

黒いパーカー。
フードの隙間から覗く、短く切られた黒髪。
ユウの心臓が跳ねた。

「……レン?」

彼は交差点を抜け、路地裏の古びたビルに入っていった。
ユウは考えるより先に走っていた。
息を殺して扉の隙間から覗くと、
薄暗い部屋の中で、レンが誰かと話している。

「今夜、また“掃除”がある。」
低い声。
机の上には、銃でもナイフでもない――古い手帳と小型の通信機。
レンは無表情のまま、それを指先でなぞった。

「……あんた、本当にやるのか」
「やるしかない。誰かがやらなきゃ、この街は腐る。」

相手の男が出ていき、静寂が戻った。
ユウの喉が鳴った瞬間、
「――そこにいるのは誰だ」
レンの声が飛んだ。
次の瞬間、ドアが開き、ユウは捕まえられていた。

「お前、何してんだ!」
「ち、違う! たまたま……!」
レンの指が腕を掴む。熱い。
近すぎる距離に、ユウは息を詰めた。

「見たのか」
「……少しだけ」
「ここで見たことは誰にも言うな。」
その目は夜のときよりも冷たく、けれど――どこか痛みを含んでいた。

「レン、あんた……何者なんだよ。」
レンは少しだけ視線を逸らし、
ポケットから包帯を取り出して、右腕の袖をまくった。
そこには、無数の古傷。
新しい傷口に貼られた絆創膏が、微かに薬の匂いを放っている。

「……裏で動く奴らがいる。表じゃ見えない“闇”を片づけるためのチームだ。」
「チーム?」
「“BREAKOUT”。本来は、犯罪を暴くために作られた非公式のネットワークだった。でも、今は……誰が敵かもわからねぇ。」

レンの声がかすれた。
部屋の蛍光灯の下で、彼の顔色がやけに白く見えた。
ユウは思わず言葉を失う。
昨夜のヒーローの姿と、目の前の人間的な疲労が結びつかない。

「英雄なんて呼ばれたくない。」
レンがぽつりと言った。
「ただ、お前が笑えばそれでいい。それだけなんだ。」

その言葉が、ユウの胸の奥でゆっくり広がっていく。
気づけば、彼の手の中のコーヒーカップが震えていた。
苦味が舌の上に残る。
まるで、何かを飲み込むことを拒むように。

「笑うなんて……そんな余裕、俺にはないよ」
「余裕じゃない。笑うってのは、選ぶことだ。」
レンの声が、静かに落ちてくる。
「どんな地獄でも、光を選ぶ奴が、ほんとの強さを持ってる。」

窓の外、午後の陽光がガラスを照らした。
街のざわめき。子どもの笑い声。
その全てが、ここだけ止まっているように感じた。

ユウはゆっくりと立ち上がり、レンの方へ歩いた。
そして、そっとその腕に触れる。
包帯の下、微かに鼓動があった。

「……痛い?」
「慣れた。」
「嘘つけ。顔に出てる。」

レンは小さく笑った。
その笑みは、どんな光よりも温かく見えた。

「ユウ、お前には何もさせたくない。ここは危険すぎる。」
「でも、放っておけないよ。昨日、助けてくれたんだろ? だったら今度は俺の番だ。」
「お前が生きてるだけで、十分だ。」

レンの指先が、ユウの頬の血を拭った。
消毒液とコーヒーの混じった匂い。
時間が止まる。

「レン……あんた、ほんとは優しすぎるよ。」
「優しさなんて、弱さの裏返しだ。」
「なら、俺も弱いままでいい。あんたと同じで。」

その瞬間、レンの目が少しだけ揺れた。
言葉にできない何かが、ふたりの間に流れた。
街のざわめきが、遠くへ遠くへと霞んでいく。

そして――
レンはゆっくりとユウを抱きしめた。
鼓動が重なり、互いの呼吸が溶け合う。
包帯のざらつきがユウの頬をかすめた。

「……ありがとう。俺を見つけてくれて。」

その囁きは、風よりも静かで、炎よりも熱かった。

外では、夕陽が沈み始めていた。
街のネオンが再び灯る。
誰にも知られない場所で、
ひとりの“秘密のヒーロー”と少年の世界が、確かに動き出していた。

次話(第3話)では、夜の“任務”を通じてユウがレンの過去と“チームBREAKOUT”の存在を知る展開になります。
タイトル案:「夜の裂け目」
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