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第4話 護衛
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第4話 護衛
夜が、深い水の底のように静まり返っていた。
古びたアパートの一室。
雨に濡れた靴を脱ぎ捨て、ユウは壁にもたれて座り込んだ。
「ここ……どこ?」
「安全な場所だ。」
レンは短く答え、カーテンを閉める。
室内には小さなランプの光だけが揺れていた。
コンクリートの冷たさが、まだ肌に残っている。
息をするたび、胸の奥が焼けるように痛んだ。
レンの横顔を見て、ユウは小さく問う。
「……ずっと、こうやって生きてきたの?」
「誰かを守って、誰かを失って。その繰り返しだ。」
「それが、あんたの“正義”なの?」
レンは黙っていた。
代わりに、濡れた髪から水滴が落ち、床に音を立てた。
やがて、シャワーの音が響く。
薄い壁越しに、水が肌を打つリズムが伝わってくる。
ユウは目を閉じた。
さっきの銃声の残響と、今の水音が、頭の中で混ざり合っていく。
「……守るって、こういうことか」
小さく呟いた言葉は、誰にも届かない。
でも次の瞬間、背後のドアが軋んだ。
「何か言ったか?」
レンがシャツ一枚で出てきた。
肩に白いタオル。
滴る水が鎖骨を伝い、ランプの光を反射していた。
「な、なんでもない」
ユウは顔を背けた。
しかし心臓の音は隠せなかった。
ドクン、ドクン――
それが部屋の静寂の中に響いているようで、恥ずかしかった。
レンがゆっくりと近づく。
「寒いだろ。こっち来い。」
そう言って、毛布を投げた。
その手の動きが、妙に優しくて、ユウは胸の奥が痛くなる。
「お前、熱があるな。」
「ないよ。」
「顔、赤い。」
「……あんたが近いからだよ。」
レンの目がわずかに揺れる。
そしてふっと笑った。
「生意気言えるなら、まだ大丈夫だ。」
二人の間に沈黙。
時計の秒針と、外の雨音。
その間を縫うように、ユウの呼吸が浅くなる。
「……レン。」
「ん?」
「俺、もう逃げたくない。
でも、怖いんだ。
あんたがどっか行っちゃいそうで。」
レンの手が止まる。
数秒の間をおいて、
彼はベッドに腰を下ろし、ユウを見つめた。
「逃げない。」
「本当に?」
「お前がここにいる限り、俺もいる。」
ユウは唇を噛んだ。
そんな約束、信じてはいけないのに、
胸の奥が温かくなってしまう。
シャワーの名残が部屋の空気に漂う。
湯気の中に、石鹸と肌の匂い。
ユウは毛布を握りしめた。
「……守るって、こういうことか?」
レンが小さく息をつく。
「違う。これは……」
言いかけて、口を閉じた。
「黙ってろ。」
「え?」
「聞こえる。」
レンが低く呟く。
次の瞬間、外の廊下で足音がした。
心臓が跳ねる。
レンは銃を手に取り、ユウの前に立つ。
「離れるな。」
ドアノブがわずかに回る。
ユウの呼吸が止まった。
その音さえ敵に聞こえそうで、唇を押さえる。
……沈黙。
だが、足音は遠ざかっていった。
張りつめた空気が、ゆっくりと解けていく。
「……もう大丈夫だ。」
銃を下ろすレンの手が、微かに震えていた。
その震えを見て、ユウは思わず言葉を失った。
「怖いの、あんたも?」
「誰だって怖い。
怖いから、守るんだ。」
その声は、雨の音よりも優しかった。
ユウは毛布を外し、レンの背にそっと手を伸ばす。
冷たい肩。
触れた瞬間、互いの体温が混ざった。
「レン……」
「言うな。」
「でも……」
「今は、黙ってろ。」
ユウの唇が震える。
息の熱が近づく。
シーツの擦れる音。
指先が触れ、逃げ場のない距離に変わっていく。
レンの手がユウの後頭部を包み込む。
目を閉じた瞬間、
外の雨が一層強くなり、世界がその音に溶けた。
胸の鼓動が混じり合う。
それは恐怖でも、安堵でもなく――
ただ、生きている証そのものだった。
「……守るって、こういうことか」
ユウが再び呟いた。
レンは息を吐き、額を寄せる。
「違う。
これは……お前を離せなくなる音だ。」
夜が明けることを、誰も知らなかった。
ただ、ふたりの呼吸だけが、
確かにこの世界に存在していた。
次話(第5話)は「裏切りの予感」。
レンの仲間が動き出し、ユウの存在が公安内部に漏れ始めます。
レンの「護衛」は“愛か任務か”――次の選択が、彼らの運命を分けます。
夜が、深い水の底のように静まり返っていた。
古びたアパートの一室。
雨に濡れた靴を脱ぎ捨て、ユウは壁にもたれて座り込んだ。
「ここ……どこ?」
「安全な場所だ。」
レンは短く答え、カーテンを閉める。
室内には小さなランプの光だけが揺れていた。
コンクリートの冷たさが、まだ肌に残っている。
息をするたび、胸の奥が焼けるように痛んだ。
レンの横顔を見て、ユウは小さく問う。
「……ずっと、こうやって生きてきたの?」
「誰かを守って、誰かを失って。その繰り返しだ。」
「それが、あんたの“正義”なの?」
レンは黙っていた。
代わりに、濡れた髪から水滴が落ち、床に音を立てた。
やがて、シャワーの音が響く。
薄い壁越しに、水が肌を打つリズムが伝わってくる。
ユウは目を閉じた。
さっきの銃声の残響と、今の水音が、頭の中で混ざり合っていく。
「……守るって、こういうことか」
小さく呟いた言葉は、誰にも届かない。
でも次の瞬間、背後のドアが軋んだ。
「何か言ったか?」
レンがシャツ一枚で出てきた。
肩に白いタオル。
滴る水が鎖骨を伝い、ランプの光を反射していた。
「な、なんでもない」
ユウは顔を背けた。
しかし心臓の音は隠せなかった。
ドクン、ドクン――
それが部屋の静寂の中に響いているようで、恥ずかしかった。
レンがゆっくりと近づく。
「寒いだろ。こっち来い。」
そう言って、毛布を投げた。
その手の動きが、妙に優しくて、ユウは胸の奥が痛くなる。
「お前、熱があるな。」
「ないよ。」
「顔、赤い。」
「……あんたが近いからだよ。」
レンの目がわずかに揺れる。
そしてふっと笑った。
「生意気言えるなら、まだ大丈夫だ。」
二人の間に沈黙。
時計の秒針と、外の雨音。
その間を縫うように、ユウの呼吸が浅くなる。
「……レン。」
「ん?」
「俺、もう逃げたくない。
でも、怖いんだ。
あんたがどっか行っちゃいそうで。」
レンの手が止まる。
数秒の間をおいて、
彼はベッドに腰を下ろし、ユウを見つめた。
「逃げない。」
「本当に?」
「お前がここにいる限り、俺もいる。」
ユウは唇を噛んだ。
そんな約束、信じてはいけないのに、
胸の奥が温かくなってしまう。
シャワーの名残が部屋の空気に漂う。
湯気の中に、石鹸と肌の匂い。
ユウは毛布を握りしめた。
「……守るって、こういうことか?」
レンが小さく息をつく。
「違う。これは……」
言いかけて、口を閉じた。
「黙ってろ。」
「え?」
「聞こえる。」
レンが低く呟く。
次の瞬間、外の廊下で足音がした。
心臓が跳ねる。
レンは銃を手に取り、ユウの前に立つ。
「離れるな。」
ドアノブがわずかに回る。
ユウの呼吸が止まった。
その音さえ敵に聞こえそうで、唇を押さえる。
……沈黙。
だが、足音は遠ざかっていった。
張りつめた空気が、ゆっくりと解けていく。
「……もう大丈夫だ。」
銃を下ろすレンの手が、微かに震えていた。
その震えを見て、ユウは思わず言葉を失った。
「怖いの、あんたも?」
「誰だって怖い。
怖いから、守るんだ。」
その声は、雨の音よりも優しかった。
ユウは毛布を外し、レンの背にそっと手を伸ばす。
冷たい肩。
触れた瞬間、互いの体温が混ざった。
「レン……」
「言うな。」
「でも……」
「今は、黙ってろ。」
ユウの唇が震える。
息の熱が近づく。
シーツの擦れる音。
指先が触れ、逃げ場のない距離に変わっていく。
レンの手がユウの後頭部を包み込む。
目を閉じた瞬間、
外の雨が一層強くなり、世界がその音に溶けた。
胸の鼓動が混じり合う。
それは恐怖でも、安堵でもなく――
ただ、生きている証そのものだった。
「……守るって、こういうことか」
ユウが再び呟いた。
レンは息を吐き、額を寄せる。
「違う。
これは……お前を離せなくなる音だ。」
夜が明けることを、誰も知らなかった。
ただ、ふたりの呼吸だけが、
確かにこの世界に存在していた。
次話(第5話)は「裏切りの予感」。
レンの仲間が動き出し、ユウの存在が公安内部に漏れ始めます。
レンの「護衛」は“愛か任務か”――次の選択が、彼らの運命を分けます。
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