「BREAKOUT ―秘密のヒーローたち―」

春秋花壇

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第5話 Dead or Alive

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第5話 Dead or Alive

夜の街を裂くように、サイレンの音が遠くから響いていた。
レンの無線機に、低い声が流れる。
「ターゲットが動いた。“BLOOM”が餌を撒いてきたぞ」
彼は眉をひそめた。
“餌”――それが誰を指すか、すぐにわかった。

ユウだった。

一瞬、喉が詰まる。
息を吸っても、肺が動かない。
雨の匂いに混じって、硝煙の予感がした。
まるで空気そのものが燃えているようだった。

「くそっ……」

レンは銃を装填し、暗い路地を駆け出した。
胸の奥が焼ける。
鼓動が、まるでカウントダウンのように鳴り響く。
“間に合え、間に合え――”
その願いだけを抱えて、彼は夜を裂いた。



廃工場。
崩れた鉄骨、割れたガラス。
床には油の匂いが染みついている。
中央には椅子。
そしてそこに縛られたユウの姿。

「……レン?」
ユウの声はかすれていた。
口元には布。頬に乾いた血。
周囲には黒ずくめの男たち。
銃口が冷たく光を返していた。

「よう、公安さんよ」
低い声。
男の片手には、起爆スイッチ。
「お前が来るのを待ってたんだ。ヒーローさん。」

レンの目が細くなる。
「目的は何だ」
「交渉だよ。お前の命と、このガキの命。どっちを残すか選べ。」

「ふざけるな」
レンは銃を構えた。
だが、ユウが首を振る。
「ダメだ……来るな!」

次の瞬間、男の親指がボタンにかかった。
――ピッ。
空気が凍る。

「離れろ、ユウ!!」
レンが叫ぶ。
だが遅かった。
閃光。
爆風。
世界が白く弾けた。



耳が聞こえない。
何も見えない。
ただ、焦げた鉄と煙の匂い。
頬をなぞるのは、熱風と涙の塩味。

ユウは意識の隙間で、
誰かの叫ぶ声を聞いた気がした。
――生きろ、ユウ。

目を開けると、
瓦礫の中でレンが彼を庇っていた。
背中に鉄片が突き刺さり、血が滲んでいる。

「なんで……なんで来たんだよ……!」
「お前を……置いていけるわけ、ないだろ……」

レンの呼吸が荒い。
胸が上下するたび、血の泡が浮かんだ。
それでも、ユウを見つめる目はまっすぐだった。

「生きろ、ユウ。」
「嫌だ……一緒に生きたいんだ!」

ユウは震える手でレンの頬を掴んだ。
その体温が、まだ確かにそこにある。
煙の中、涙と血が混ざって頬を伝う。

「お前が生きることが、俺の任務だ。」
「そんなの、任務なんかじゃない!」
「違うな……今はもう、俺の――願いだ。」

レンはわずかに笑った。
その笑みが、ユウの胸を締めつけた。

遠くでまた爆音。
天井の鉄骨が崩れ落ちる。
レンはユウの手を掴み、出口へと引きずった。

「走れ!」
「でも……!」
「いいから、走れ!!」

足元の床が軋む。
炎が迫る。
ユウの視界が揺れる。
レンの背中が、光と煙の中で赤く染まっていく。

――生きて、ユウ。
その声が、風に溶けた。

彼らの手が、再び触れる。
熱い。
けれど、その熱は生の証だった。

「行け、ユウ……!」
「嫌だ! 一緒に……!」
「お前が未来を見るんだ。俺の代わりに。」

レンがユウを突き飛ばした瞬間、
背後で再び閃光。
轟音。
衝撃波。

ユウは地面に倒れ、視界が白に塗り潰される。
耳鳴り。
そして――沈黙。



しばらくして、
雨が工場の残骸に降り注いでいた。
焦げた鉄の匂いに、冷たい雨が混ざる。
ユウは瓦礫を押しのけながら、かすれ声で叫ぶ。

「……レン!!」

返事はなかった。
ただ、手のひらの中には、
焦げ跡のついた通信機と、
あの夜、レンがくれた絆創膏が残っていた。

それを胸に抱きしめ、
ユウは泣いた。
涙が鉄の味を運ぶ。
生きていることが、こんなにも痛いとは思わなかった。

――生きろ、ユウ。
耳の奥で、その声がまだ響いている。
「……あんたも、生きててくれよ。」

雨がすべてを包み込み、
煙の向こうで、かすかに誰かの影が動いた。

それが幻なのか、希望なのか。
ユウには、もうわからなかった。

ただひとつ、確かなのは――
彼はもう、逃げない。

生きる。
たとえ、死と隣り合わせでも。
それが、レンが残した最後の命令だった。

――Dead or Alive。
愛は、生き延びる。

次話(第6話)は「残響 ―Echo―」。
テーマ:爆発後の生存。ユウが病院で目覚め、レンの“死”を告げられる。しかし無線に残された声が彼を呼ぶ。
希望と絶望の境目の章です。
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