「BREAKOUT ―秘密のヒーローたち―」

春秋花壇

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第6話「BREAKOUT」

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第6話「BREAKOUT」

赤い非常灯が、壊れかけた心臓のように点滅していた。
鉄の匂いが混じる湿った空気の中、レンはユウの前に立ち、震える息を押し殺す。
外からは、靴音と銃のスライド音。倉庫の壁が一発、また一発と撃ち抜かれ、粉塵が舞った。

「……逃げられないね」
ユウの声が、風のように小さく揺れる。
「逃げないさ。俺たちの明日を、取り戻すんだ」
レンの言葉は、火花のように短く鋭く、だがどこか温かかった。

硝煙の匂いが鼻を刺す。ガラスの破片を踏みしめるたび、乾いた音がした。
非常灯の赤が二人の頬を染め、影を深く伸ばす。
汗が首筋を伝い落ち、レンは手のひらで銃を握り直した。
「俺が前に出る」
「ダメだ、ひとりじゃ――」
「黙れ。お前を守るって決めた」

その瞬間、倉庫の窓が砕け散った。
夜風が吹き込み、焦げた鉄と血のにおいを運ぶ。
ユウは思わず身を伏せ、耳を塞いだ。
レンはその体を抱き寄せ、頬を寄せる。
髪の匂いがした。雨上がりのような、懐かしい香り。
「……怖いよ、レン」
「俺もだ。でも、それでも行く。お前と一緒なら」

体温が伝わる。心臓の鼓動が、互いの胸の奥で響き合う。
世界が崩れていく音よりも、二人の息づかいの方が鮮やかだった。

「どうしてそこまで……」
ユウが問うと、レンは微笑んだ。
「もう隠せないから言う。お前がいない世界なんて、俺には意味がない」

ユウの目に涙が浮かんだ。赤い光を反射して、きらりと揺れる。
「俺……ずっとレンが好きだった。バカみたいに、ずっと」
「……言うのが遅い」
そう言って笑ったレンの声が震えていた。

ドアが蹴り破られ、銃口がのぞいた。
レンはユウの手をつかみ、走り出す。
爆音。光。世界が白く焼ける。
耳鳴りの中、ユウの息づかいだけが現実だった。

「目を閉じろ!」
レンが叫ぶ。
熱風が背中を押し、床の鉄板が軋んだ。
ユウはレンの胸の中で小さく身を丸める。
彼の心音が、爆発のリズムと混じって、奇妙に落ち着く。

煙が晴れると、壁の一部が崩れていた。
外の夜気が流れ込み、冷たい風が頬を撫でる。
赤の光が消え、かわりに月の白が二人を照らした。

「……行こう」
レンが手を引く。
瓦礫を乗り越える足音が、静かな夜に響く。
外は思ったよりも明るく、遠くの街の光が揺れていた。

ユウは立ち止まり、レンの袖を掴んだ。
「待って。逃げるだけでいいの?」
「他に何がある」
「これから、生きるんだよ。あの暗闇を抜けた先で」
ユウの瞳に、月が映る。
それは希望の形をしていた。

レンは黙って頷き、彼の頬に触れた。
冷たく、そして確かに生きている肌。
その触感に、胸の奥で何かがほどけていく。

「心の檻から抜け出すんだ。Breakoutは、そういう意味だろ?」
ユウが笑う。
風が髪を揺らし、潮の匂いがした。遠くでサイレンが鳴る。
世界がまだ続いていることを、二人の呼吸が教えてくれる。

「もう逃げない。もう、隠さない」
レンはユウを抱き寄せた。
背中に感じるぬくもりが、確かな現実だった。

「これが俺たちの始まりだ。終わりじゃない」
その言葉に、ユウの瞳が柔らかく光った。
夜が明ける。
雲の切れ間から、最初の朝の光が差し込む。
頬を撫でる風はあたたかく、瓦礫の匂いの中に新しい世界の匂いが混じる。

二人は肩を並べて歩き出した。
背後では、崩れた倉庫がゆっくりと煙を上げていた。
それは、過去が燃え尽きていく音だった。

ユウが小さく笑う。
「ねえレン、朝の風って、こんなに気持ちよかったっけ」
「さあな。誰かと感じるのは、初めてだ」
二人の笑い声が、冷えた空に溶けていく。

そして、夜明け。
彼らの背を包む光が、
すべての鎖を断ち切るように眩しかった。

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