「BREAKOUT ―秘密のヒーローたち―」

春秋花壇

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第7話「守りたい笑顔」

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第7話「守りたい笑顔」

カーテンの隙間から差し込む光が、白いシーツの上をゆっくりと滑っていた。
レンは薄く目を開け、知らない天井を見上げる。
頬に触れる風がやさしく、どこか甘い匂いがした。
――ハーブティー。ミントとカモミールが混じった香りだ。

「……気がついた?」
声の方を向くと、ユウが椅子に腰かけていた。
白いシャツの袖をまくり、手元で包帯を巻いている。
その指先が震えているのを見て、レンは小さく笑った。

「そんな顔すんな。生きてる」
「笑うな、傷が痛む」
「お前が笑うと、痛みなんか消えるよ」

ユウの手が止まった。
言葉よりも先に、涙が零れた。
頬を伝って落ちた雫が、包帯の上に小さな円を描く。

「……馬鹿だよ。あんな無茶して」
「お前を助けたかっただけだ」
「それで死んだら意味ないだろ」
「でも、生きてる。こうして、お前の声が聞こえる」

レンはゆっくりと体を起こそうとしたが、脇腹に走る痛みで息を呑んだ。
ユウが慌てて背を支える。
その手のひらが熱い。
火照りにも似た温度が、布越しに伝わってきた。

「まだ寝てなよ。医者が安静にって」
「ここ、どこだ?」
「郊外のモーテル。仲間が運んでくれた。今は誰も追ってこない」

窓の外では、風に揺れる木々の音がしていた。
遠くで小鳥の声。
街の喧騒も銃声もない。
それが信じられないほどの静けさだった。

「……変だな。こんな静かな朝、いつ以来だろう」
レンが呟くと、ユウが微笑んだ。
「“日常”ってやつだよ」
「日常、か」
その言葉を転がすようにレンは口にし、ゆっくりと笑った。

ユウは湯気の立つマグカップを手渡した。
薄い琥珀色の液体が揺れる。
「飲める?」
「……ありがと」
唇をつけると、温かさが舌の上で広がった。
草の香り、少しの甘み、そして――ユウの手のぬくもり。

「この匂い、好きだ」
「ミント。落ち着くでしょ?」
「いや、お前の匂いが混ざってる」
「な、何言って……」
ユウが耳まで赤くなり、俯いた。
レンは満足そうに目を細める。

光がふたりの間に柔らかく降り注いでいた。
包帯の白が眩しく、ユウの指先がその上をなぞるたび、レンの肌がわずかに震える。
「痛い?」
「平気。……お前が触ると、痛みよりくすぐったい」
「……もう、黙ってろ」
「そう言いながら、手を離さないじゃないか」
ユウは顔を背けたが、口元が緩んでいた。

窓の外、光が風にきらめく。
ユウはそっとカーテンを開けた。
空気が入れ替わり、室内に草の匂いと初夏の光が流れ込む。
レンは目を細めた。
「……眩しい」
「でも綺麗だね。生きてるって、こういうことなのかも」

ユウの言葉に、レンの胸がじんと熱くなる。
あの夜の血と煙の匂いが、遠い記憶のように薄れていった。
代わりに、彼の笑顔がある。
光の中で透ける頬、少し眠そうなまつげの影。
それを見るだけで、心臓が静かに跳ねた。

「ユウ」
「ん?」
「守りたい。もう誰にも、お前を傷つけさせない」
その声は低く、まっすぐだった。
ユウは笑うでもなく、ただうなずいた。
「……なら、まず自分を守って。俺が悲しむから」
「了解」
レンが軽く頷いたとき、ふたりの間に小さな沈黙が流れた。

その沈黙は、心地よかった。
時計の針の音、鳥のさえずり、風の通り抜ける音――すべてが日常の調べのように響いていた。
ユウはベッドの縁に腰を下ろし、レンの額の汗を拭った。
タオルから漂う石鹸の香りが、やさしく鼻をくすぐる。

「ねえレン」
「ん?」
「……また笑って」
レンは目を細めた。
「さっき笑うなって言ったくせに」
「今はいい。笑ってくれたら、俺も笑える」

レンはゆっくりと笑った。
傷口が引きつるように痛んだが、その痛みすら心地よかった。
ユウもつられて笑う。
「ほら、痛いだろ」
「痛い。でも、お前が笑うと痛みなんか消えるよ」
ユウの手が、そっとレンの指に重なった。

ふたりの影が、差し込む陽光の中で一つになった。
外では風が揺れ、カーテンが小さくはためく。
ミントの香りが漂う部屋で、時間がゆっくりと流れていく。

その穏やかな朝が、どれほど尊いものか――
二人とも、ようやく知った。
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