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26. 禁忌の代償
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「ギルニアの残党にさらわれました!」
凍りついた空気は、ウィリアムの怒鳴り声によって破られた。
「どけ!」
ウィリアムは靴音を響かせ大股で歩き、エドワードの机の前、先ほど自らが跪いていた場所に片膝をついた。
「何をする気だ!」
「レオノアのところに行く。オスカー!」
「これやると僕死にそうになるんですけどね~……さすがに断れないや。はいはい。行きましょうか。白い塔のところでいいですよね」
ウィリアムの肩にオスカーが手を乗せた。
「待て!転移するつもりか?レオノアの居場所も分からないのにどうやって」
「あ、それはですね、僕の見たイメージを使うんです」
けろりとした様子で答えた。
「なッ………!」
「こんなこと普通はしないんですけどね。緊急事態なんで今回は仕方ないっていうか。あっ、これ知った人はみんな自分の心の中まで読まれるんじゃないかって心配するみたいですけど大丈夫ですよ。一応禁魔術ですし。体に触れないと分からない……ですよね?えッもしかして触れなくても分かったりしてます?」
聞いた二人は愕然とする他ない。転移魔術自体、自由自在に誰もが使えるようなものではないのだ。発つ側・着く側双方に陣を描き、力のある術者が詠唱して初めて成功する。それをこの男は単独で、しかも到着地点も明確でないまま行うというのか。
「行くぞオスカー。集中しろ」
「はいはいお待ちを」
二人の足元に放射状の光の線が浮かび上がる。ウィリアムの髪がふわりとなびいた。
「待てッ!私も行く!」
「俺も!」
「えーやめておいた方がいいですよ絶対。転移中に座標を探るから結構時間かかるし、僕、毎回気分悪くなって目を回しちゃうんです」
「そんなんどうでもいいから!ウィル!おいちょっと止めろって!」
光の線が内側に向かってサーッと引いて行く。ウィリアムは立ち上がり舌打ちした。強行したいのはやまやまだが、術の展開中に邪魔をされては困る。かといって、悠長に場所を選んでいる時間はない。ことは一分一秒を争うのだ。
「邪魔をするな!」
「だから俺たちも一緒に」
「ふざけるな。大人しくここで待て」
「ふざけているのはお前の方だ。レオノアに危険が迫っているのにこんな所で待っていられるものか」
「ああもう、そういうの一旦置いておけって。ウィル、俺たちも一緒だ。連れて行ってくれ」
一歩も譲らない意思を露わにした二人を説得する方が面倒だと思ったのだろう。苛立ちを飲み込み殺気の宿る目で一瞥すると、また片膝をついた。
「……座標が不明なまま飛ぶ。途中ではぐれても探すことはできない」
「自分の身は自分で守るさ。悪いが相乗りさせてもらうぞ」
ウィリアムとオスカーのすぐ後ろに立つ。フィリップは固い表情で並ぶ兄を見た。性格は全く違うがお互いの思考は熟知している。エドワードはレオノアの防御魔術を解いた自分を殺したいと思っているに違いない。それも、ウィリアムの探査を阻むためにしたことだ。自分の嫉妬が原因でレオノアに危険が及んでいる。エドワードの焦燥はウィリアムにも劣らないだろう。
今は余計なことに気を取られている場合ではない。オスカーはウィリアムの肩に手を置き集中するように目を閉じている。床についたウィリアムの手の平を中心に光の線が浮き走り、描かれた円の中にビシビシと音を立てて呪文と図形が現れた。
…………信じられん。これほどのものとは……!
ウィリアムの中にある膨大な魔力量は知っていた。だがそれをこれだけ近くで感じるのは初めてのことだ。エドワードも頬を引きつらせている。床から圧力が押し寄せ、風を頬に感じた。これは本気でしがみつかなければと腹の底に力を入れたフィリップは、眼底を焼く光に思わず目を閉じる。
ながされるッ……!
轟々と音が聞こえる。馬を全速力で走らせた時の、何倍もの速さで進むと空気がこんな音を立てるのではないか。いや。これは空気じゃない。
魔力の流れか!……クッソ……!あいつ、こんな力をどこに隠してやがった……!
上も下も判別がつかない。激流にながされもみくちゃにされる木の葉になった気分だ。
まだか。まだ着かないのか。フィリップはオスカーの言葉を思い出す。ぼく、毎回気分悪くなって目を回しちゃうんです――。
そんな生易しいもんじゃないだろ、クソッタレ!
一番に願うことは言うまでもなくレオノアの無事。二番目は、二度とこんな目に遭わずに済むことだ。吐き気をこらえ奥歯を噛みしめながら、フィリップは心の中で叫んでいた。
ズシャ、と頬に砂利の感触がして、突然重力を感じる。
「ウィル!」
レオノアの声だ。ああ、よかった。無事だった…!
「レオノアを放せ」
うん?レオノア……誰かに捕まってるのか……?くそ、しっかりしろよ俺の足!
「レオノアから離れろ!!」
エドまで叫んでる。ヤバい。懸命に両腕を突っ張って上体を起こし、ふらつきながら立ち上がる。よろけながら頭を振った。とたん視界がグラリと歪み、こみ上げる嘔吐感を喉をひくつかせながら飲み下す。どうにかやり過ごして目を開けば、足元でオスカーが転がったまま呻いていた。
「近寄るな!」
「…………レオノアに剣を向けるなど…………」
二人とも完全に逆上している。視線の先にいたのは……ああ!レオノア!無事だ、よかった……!
粗末な作りの家の前。両手首を鎖で縛められたレオノアは、剣を手に持つ屈強な男に腕を取られていた。その男は顔に傷を負い血だらけで、着ているのは……神父服?
違和感を覚えた。男は確かにレオノアに剣を向けている。だが、自分の要求を相手に飲ませようと交渉するためなら、もっと……そう、レオノアを盾にしようとするのではないか?剣を近く、首元にでも突きつけながら。
「何が望みなんだ」
レオノアがサッとこちらを見る。縋るような目。この違和感の理由は、差し迫った危機感の欠如だろうか。自分のことを案じているのではない。何か……レオノアが自分の周囲の、大切に思っている者を助けたいという時に似ている。
辺りを見回す。背後には高く白い塔が聳えていた。オスカーが見た場所はここで間違いないのだろう。だが……本当に、オスカーの視た未来は本当にこれだったのか?
「お前たちの国は、常に自分たちのことしか考えていない。自分たちだけが平和で、富み、幸せに暮らせばいいと、そう思っている。だから私たちが攻め込まれ大勢の人が死んでも、何一つしようとしなかった!」
「何を言う!ナジェンラが言い出したことだ。リングオーサのように富み、強い軍を持っている国と下手に軍事協力してしまえばいつ侵攻されるか分からん、交易のみに止めると」
「そのような理屈、我々市民が納得できると思うか!お前たちが力を貸してくれさえしていたら……それなら、私の娘はあのような無残な姿で死ぬことはなかったのだ!」
首筋の毛がゾワゾワする。フィリップは言いようのない不安に、地面でグニャグニャと蠢くオスカーに飛びついた。
「オスカー!起きろ!」
「うう……やめでぐだざい……」
「いいから早く!何か変なんだよ!」
頬を叩き肩を揺さぶる。
「ウィル!違うの。先生は悪くない、私を助けてくれた!」
「…………レオニー。じっとして」
男がレオノアから離れた。ウィリアムが右手を上げる。一瞬ホッとした。戦場のウィリアムを見たからこそ知っているが、あいつが本気で相手を瞬殺しようとするときには左手で術を放つ。右手を出すということは、命まで奪う気はないということか。レオノアの前で血を見せたくないだけかも知れないが。かといってのんびりしては居られない。
「おいオスカー、お前が視たのは剣を持つ大男の神父か?」
フィリップの言葉を咀嚼したオスカーは目を見開いた。がばっと起き上がり、またばったり倒れそうになったところをフィリップが支えた。
「だめ!だめなのウィル!先生を傷つけないで!わざとなの。死のうとしているのよ!」
オスカーは一瞬で見て取ったのだろう。ハッと息をのむと叫んだ。
「団長!それ違います!!別のやつです!!!」
全てはもう手遅れだった。
レオノアは素早い動きで立ち上がり、ウィリアムの前に飛び出した。なびく長い黄金の巻き毛。纏った白いケープがフワリと広がる。ドッ、と鈍く重い音だけが聞こえた。
「レオノア!!!」
頽れるレオノアをウィリアムが両腕で抱きかかえた。背中から貫通した矢が胸元に突き出している。あまりにも場違いで無骨なその武器が、なぜレオノアの身体を貫いているのか。こんな時で無ければ、あり得なさに笑ってしまっただろう。こんな……レオノアの身体から流れた血で、ケープの白が染まっていなければ。
「……な、んだよこれ……。何でレオノアにこんな……!」
もつれるような足取りで近寄ったフィリップが言う。エドワードは眦が裂けそうなほど目を見開き、呼吸すら止め一歩も動けなかった。
「…せ…ん……い……」
「レオニー!」
レオノアが口を動かす。横たえてやりたくとも背から胸へ大きく存在を主張する弓矢がそれをさせてくれない。
「せ……んせ………」
「分かった、先生だな。安心してレオニー。先生には何もしないよ。静かにして。傷に障るから」
レオノアの顔を覗き込みながらウィリアムが囁く。傷に障るも何も…………。フィリップは周りにある全ての物を破壊したい衝動を必死に抑えた。誰がみてもこの傷は致命傷だ……!
レオノアは自分の伝えたいことを理解してもらえて安心したようだ。わずかに微笑みながらまた口を開いた。
「ウぃ………ル」
「しぃーっ、静かに。レオニー、いい子だから」
魔力の化け物であるウィリアムは治癒も当然のように使えるが、元々の属性からか相性が悪く得意ではないと言っていた。この矢が刺さったまま術を施しても根本的な治癒に至らず、かといって矢を抜けば治癒する前に失血死するだろう。この最愛の存在、我が身よりも大切な愛しい人。目の前でその命が消えることを、なす術もなく見ているしかないなんて。
レオノアがウィリアムを見つめ、嬉しそうに目を細めて唇を動かした。声はなかったが、その形だけで何を言ったかわかる。
だいすき
「…………っ!レ、オニー」
抱きしめたいが傷を思うとためらってしまう。逡巡の次の瞬間、レオノアは一つ呼吸をした。そして、それっきり。あの鮮やかな緑の瞳から、光が消えた。
「レオノア!!!!」
エドワードがようやく呪縛から逃れ駆け寄ったとき。レオノアの瞳にはもう、何も映っていなかった。
「う、そだ……そんな……レオノア」
両腕を差し伸べる。エド兄さま、そう言っていつもこの腕に収まっていた。柔らかく小さな身体。いつも抱きしめて、キスして。ああほら、遠くで雷の音が聞こえるよ。早く隠れないと。早く、早く。
光を失った瞳。花びらのような唇は薄く微笑んだまま。赤い血がひと筋伝った。レオノアが血を流している。駄目だ、そんな。レオノアはいつも人のことばかり心配して、自分のことは後回しだ。だから僕がいつだってレオノアのことを守ってやらないと。痛いだろう?だってこんなに血が……。
「うわああーーーーっ」
髪をかきむしりながら地に伏せる。耐えられるはずがない。レオノア。僕のお姫さま。代われるものなら自分の命を投げ出しても惜しくはなかったのに。
「殿下、なぜこのようなことに……」
「団長……僕のせいです。僕がもっとちゃんと、伝えてさえいたら」
神父が剣を落として近づいていた。滂沱の涙。オスカーはいつもの軽口が嘘のように青ざめ、震えていた。
そしてレオノアを抱きとめたまま微動だにしないウィリアムは――。
「……レオニー?」
小さな小さな声。
「ちょっとだけ待っていて。ほんの少しだけ。いい子だから」
背に手を回した。身体から突き出していた矢に触れると、それは切断されぽとりと落ちた。ようやく横たえることができる。つややかにそよぐ緑の芝のうえにそっと下ろし、今度は胸の矢じりに手をかける。
「痛くないからね。安心して」
宥めるように言い、素早く抜き取った。赤黒い傷跡からこぽりと血が溢れた。それを隠すように右手を乗せる。
手のひらから漏れる光。傷を修復しているのだろう。そんなことをしても……。フィリップは言葉にできず目を伏せた。横たえられたレオノアの白いケープが広がっている。フードの中から零れ落ちたシロツメクサ。まるで白い翼を広げ、羽毛を散らしたかのような姿。生まれ変わりの王女……こんなことになるなら。神話と同じ死しか無かったのなら、なぜ今レオノアが生を受けたのか。唇を噛むフィリップは、血の味を感じながら世の全てを呪った。
カシャ、と音を立てて手枷が外れ、痣になった手首をウィリアムが指先で触る。みるみるうちに傷が消えた。足の裏も。素足で逃げなければならないような目に遭わせてしまった。優しい仕草で撫でれば、つるんとしてかわいい足が戻ってくる。これでいい。まぶたにに口づけて目を閉じさせる。指先で血を拭われれば、眠っているとしか思えないレオノアの姿があった。フィリップの目から堪えきれなくなった涙があふれだす。レオノア。俺のかわいい妹。拭っても拭っても止まらない涙をそのままに、元通りのレオノアに会わせてくれたウィリアムに礼を言おうとしてふと……疑問に思った。
どうしてここまで冷静なんだ?
「レオニー、いい子だ。よく頑張ったね」
ウィリアムがレオノアを抱き上げた。一体何をするのかと尋ねるまでもない。側にある家のドアを開けようとして、ふと気づいた様子で振り返った。
その視線の先にいたのは、弓を手にした茶色の髪の小柄な男。まだ若い。自分のしでかした結果に怯えたように立ちすくんでいる。
ウィリアムは全くの無表情だ。レオノアの頭を自分の肩に乗せ、右腕だけで抱きなおすと、その男に向かいおもむろに左手を上げた。
――ッいかん!
ギャーッと悲鳴が聞こえた。咄嗟に防御を張ったが、ウィリアムの放った熱線に焼かれたようだ。フィリップの防御が無ければ瞬時に炭と化していただろう。高温の空気にあぶられた男が痛みにのたうち回る様子を見れば、本人にとってどちらが良かったのかは分からない。
フィリップとしては、妹を死に至らしめた憎い犯人だ。だが、思惑を探り黒幕を吐かせる必要があると思っただけのこと。最終的な運命は死しかない。
抗議されればそう告げるつもりのフィリップだったが、ウィリアムはすっかり興味を無くしたように、今度こそ粗末な家の扉を開いた。鍵をかけていたとしても、この魔力の持ち主には何の意味も無かった。
薄暗い室内をぐるりと見まわし、遠慮する素振りも見せずに進む。奥の扉を開けばそこは寝室だった。レオノアを片手で抱いたままシーツを剥がし床に放る。後ろからついてきていた神父が意図を察したように、クローゼットから新しいシーツを取り出し手早くベッドにかけた。
そうっとベッドに寝かせた。ああ、本当に眠っているようにしか見えない。黄金の波うつ髪。ミルクにほんの少し、バラの花びらを溶かした肌。あの美しいエメラルドの瞳は瞼で隠されている。
「レオニー?」
なあに、ウィリアム
「いい子だ。よく我慢したね」
わたし、がんばった?
「ああ。とても頑張ったよ。……会いたかった。どうして居なくなってしまったの?」
……だって、わたし
「いや、いいんだ。こうしてまた会えた。何か聞きたいことがあったの?それなら何でも聞いてくれたらよかったのに」
ほんとう?
「レオニー。前も言ったよね。レオニーの心が手に入れば、他には何も要らなかった。君は俺の光。人生そのものだって」
うれしい。……ウィル、だいすき
「大好きだよ。レオニー」
ベッドに腰掛けた。髪に指を絡め、頬を撫で、肩から手首までを撫でおろす。たまらなくなって、笑んだ形の唇にキスをした。
「だ、団長、駄目です、そんなことしちゃ」
オスカーが泣きそうな声で言う。無視されるかと思っていたが、意外にも視線を返された。
「だって、団長。そんなことしたら団長死んじゃいますよぅ」
「――レオノアのいない世界で、なぜ俺が生きていられると?」
「だって団長、僕が、ぼくのせいで……っ」
冷静に返されて、とうとう泣き出した。あのオスカーが。フィリップは嫌な予感しかしない。
「ウィル、お前一体何を……」
「オスカー、視ろ。レオノアを視るんだ」
ビク、と身体を揺らし、ウィリアムを見る。
「俺のことはいい。レオノアを視てくれ」
唇をわななかせながら目を閉じる。ボロボロ涙がこぼれた。
「わ、らってます」
「…………」
「王女殿下、笑ってます。花に囲まれて……天使みたいに綺麗です。嬉しそうに……わらって、」
「そうか」
ウィリアムは微笑んだ。こんな顔、今までレオノアの前以外でしたことはないだろう。安心し、心を許し――思い残すことなどないと言いたげな。
「待てよお前、」
「――禁魔術を使う気か。……そうなんだろう?」
寝室の入り口に立つエドワードが言う。髪を乱し、目を血走らせている。
「禁魔術?」
「話に聞いたことがある。自らの魔力を全て使い、命を費やして死者を復活させる術があると。眉唾ものだと思っていたが――お前、それを」
……反魂の術……!
「いくら何でも、そんな」
「……僕の魔力も使ってくれ。お前ならできるだろう」
エドワードはベッドのすぐ側に行くと片膝をついてウィリアムを見上げた。リングオーサの誇り高き王太子であるエドワード。彼が跪くのは王であるカールに対してだけだ。それが……。
「いや。俺一人でやる」
「しかし、そうすればお前の命は」
「覚悟のうえだ。……さすがに禁魔術の中でもこれだけはやったことがない。他人を巻き込んでどうなるか、全く予想がつかないんだ。だから」
「お前が死んだらレオノアが悲しむだろう!!!」
エドワードは怒鳴った。
「たとえレオノアが蘇ったとして、お前の命と引き換えたと知ったらどんなに……ッ。レオノアは、お前のことを心から愛していた。自分を助けるためにお前を犠牲にしたと、それを知ったら……!」
ウィリアムは微塵も動かされる様子がない。エドワードは懸命に感情を抑えようとしたが、どうしても駄目だった。また流れ出した涙を隠すように俯く。床にポタポタと涙の染みができた。
「……前は僕が自分の手で射って……そして今度は、僕が防御を解いたばかりに……こんな、もう……耐えられないんだ。僕の魔力を使え。何なら全部使ってもいい。死んでしまっても構わない。だから頼む。僕の魔力を」
「…………俺の代わりにレオノアを守ってくれ」
ハッとして顔を上げた。
「俺の居なくなった世界で、最もレオノアを大切にしてくれるのはお前だ。お前以外には託せない。レオノアを慰め、愛してやってくれ。……大丈夫だ。必ず立ち直る。オスカーが言っていただろう。レオノアは嬉しそうに笑っていたと。だから、大丈夫だ」
この部屋の中で、ウィリアムただ一人が冷静だった。他の全員が混乱し、傷つき、胸を痛め涙している。だが、ここまで意志を固めたウィリアムを止めることは、誰にもできなかった。
「レオニー」
優しく呼ぶ。愛しい。愛しい。愛しい。昔は守れなかった。今度も。だが、もはや昔のことなどどうでもいい。愛しいレオニー。君だけは何としても助けてみせる。13年前に誓った。どんな苦痛を乗り越えてでも君を迎えに行くと。
「待っていて、レオニー。すぐに迎えに行く」
最後にもう一度口づけると、ウィリアムはレオノアの胸に両手を重ねて置いた。目を閉じ深呼吸する。そしてカッと目を開いたウィリアムの手を中心に光の線が浮き、レオノアの身体を包んだ。魔力で窓ガラスが揺れて音を立てる。まだだ。もっと深くに……。
「……ッウィル!!」
「団長!」
次の瞬間、爆風に似た魔力に窓ガラスは割れ、二人の身体は光に包まれた。
凍りついた空気は、ウィリアムの怒鳴り声によって破られた。
「どけ!」
ウィリアムは靴音を響かせ大股で歩き、エドワードの机の前、先ほど自らが跪いていた場所に片膝をついた。
「何をする気だ!」
「レオノアのところに行く。オスカー!」
「これやると僕死にそうになるんですけどね~……さすがに断れないや。はいはい。行きましょうか。白い塔のところでいいですよね」
ウィリアムの肩にオスカーが手を乗せた。
「待て!転移するつもりか?レオノアの居場所も分からないのにどうやって」
「あ、それはですね、僕の見たイメージを使うんです」
けろりとした様子で答えた。
「なッ………!」
「こんなこと普通はしないんですけどね。緊急事態なんで今回は仕方ないっていうか。あっ、これ知った人はみんな自分の心の中まで読まれるんじゃないかって心配するみたいですけど大丈夫ですよ。一応禁魔術ですし。体に触れないと分からない……ですよね?えッもしかして触れなくても分かったりしてます?」
聞いた二人は愕然とする他ない。転移魔術自体、自由自在に誰もが使えるようなものではないのだ。発つ側・着く側双方に陣を描き、力のある術者が詠唱して初めて成功する。それをこの男は単独で、しかも到着地点も明確でないまま行うというのか。
「行くぞオスカー。集中しろ」
「はいはいお待ちを」
二人の足元に放射状の光の線が浮かび上がる。ウィリアムの髪がふわりとなびいた。
「待てッ!私も行く!」
「俺も!」
「えーやめておいた方がいいですよ絶対。転移中に座標を探るから結構時間かかるし、僕、毎回気分悪くなって目を回しちゃうんです」
「そんなんどうでもいいから!ウィル!おいちょっと止めろって!」
光の線が内側に向かってサーッと引いて行く。ウィリアムは立ち上がり舌打ちした。強行したいのはやまやまだが、術の展開中に邪魔をされては困る。かといって、悠長に場所を選んでいる時間はない。ことは一分一秒を争うのだ。
「邪魔をするな!」
「だから俺たちも一緒に」
「ふざけるな。大人しくここで待て」
「ふざけているのはお前の方だ。レオノアに危険が迫っているのにこんな所で待っていられるものか」
「ああもう、そういうの一旦置いておけって。ウィル、俺たちも一緒だ。連れて行ってくれ」
一歩も譲らない意思を露わにした二人を説得する方が面倒だと思ったのだろう。苛立ちを飲み込み殺気の宿る目で一瞥すると、また片膝をついた。
「……座標が不明なまま飛ぶ。途中ではぐれても探すことはできない」
「自分の身は自分で守るさ。悪いが相乗りさせてもらうぞ」
ウィリアムとオスカーのすぐ後ろに立つ。フィリップは固い表情で並ぶ兄を見た。性格は全く違うがお互いの思考は熟知している。エドワードはレオノアの防御魔術を解いた自分を殺したいと思っているに違いない。それも、ウィリアムの探査を阻むためにしたことだ。自分の嫉妬が原因でレオノアに危険が及んでいる。エドワードの焦燥はウィリアムにも劣らないだろう。
今は余計なことに気を取られている場合ではない。オスカーはウィリアムの肩に手を置き集中するように目を閉じている。床についたウィリアムの手の平を中心に光の線が浮き走り、描かれた円の中にビシビシと音を立てて呪文と図形が現れた。
…………信じられん。これほどのものとは……!
ウィリアムの中にある膨大な魔力量は知っていた。だがそれをこれだけ近くで感じるのは初めてのことだ。エドワードも頬を引きつらせている。床から圧力が押し寄せ、風を頬に感じた。これは本気でしがみつかなければと腹の底に力を入れたフィリップは、眼底を焼く光に思わず目を閉じる。
ながされるッ……!
轟々と音が聞こえる。馬を全速力で走らせた時の、何倍もの速さで進むと空気がこんな音を立てるのではないか。いや。これは空気じゃない。
魔力の流れか!……クッソ……!あいつ、こんな力をどこに隠してやがった……!
上も下も判別がつかない。激流にながされもみくちゃにされる木の葉になった気分だ。
まだか。まだ着かないのか。フィリップはオスカーの言葉を思い出す。ぼく、毎回気分悪くなって目を回しちゃうんです――。
そんな生易しいもんじゃないだろ、クソッタレ!
一番に願うことは言うまでもなくレオノアの無事。二番目は、二度とこんな目に遭わずに済むことだ。吐き気をこらえ奥歯を噛みしめながら、フィリップは心の中で叫んでいた。
ズシャ、と頬に砂利の感触がして、突然重力を感じる。
「ウィル!」
レオノアの声だ。ああ、よかった。無事だった…!
「レオノアを放せ」
うん?レオノア……誰かに捕まってるのか……?くそ、しっかりしろよ俺の足!
「レオノアから離れろ!!」
エドまで叫んでる。ヤバい。懸命に両腕を突っ張って上体を起こし、ふらつきながら立ち上がる。よろけながら頭を振った。とたん視界がグラリと歪み、こみ上げる嘔吐感を喉をひくつかせながら飲み下す。どうにかやり過ごして目を開けば、足元でオスカーが転がったまま呻いていた。
「近寄るな!」
「…………レオノアに剣を向けるなど…………」
二人とも完全に逆上している。視線の先にいたのは……ああ!レオノア!無事だ、よかった……!
粗末な作りの家の前。両手首を鎖で縛められたレオノアは、剣を手に持つ屈強な男に腕を取られていた。その男は顔に傷を負い血だらけで、着ているのは……神父服?
違和感を覚えた。男は確かにレオノアに剣を向けている。だが、自分の要求を相手に飲ませようと交渉するためなら、もっと……そう、レオノアを盾にしようとするのではないか?剣を近く、首元にでも突きつけながら。
「何が望みなんだ」
レオノアがサッとこちらを見る。縋るような目。この違和感の理由は、差し迫った危機感の欠如だろうか。自分のことを案じているのではない。何か……レオノアが自分の周囲の、大切に思っている者を助けたいという時に似ている。
辺りを見回す。背後には高く白い塔が聳えていた。オスカーが見た場所はここで間違いないのだろう。だが……本当に、オスカーの視た未来は本当にこれだったのか?
「お前たちの国は、常に自分たちのことしか考えていない。自分たちだけが平和で、富み、幸せに暮らせばいいと、そう思っている。だから私たちが攻め込まれ大勢の人が死んでも、何一つしようとしなかった!」
「何を言う!ナジェンラが言い出したことだ。リングオーサのように富み、強い軍を持っている国と下手に軍事協力してしまえばいつ侵攻されるか分からん、交易のみに止めると」
「そのような理屈、我々市民が納得できると思うか!お前たちが力を貸してくれさえしていたら……それなら、私の娘はあのような無残な姿で死ぬことはなかったのだ!」
首筋の毛がゾワゾワする。フィリップは言いようのない不安に、地面でグニャグニャと蠢くオスカーに飛びついた。
「オスカー!起きろ!」
「うう……やめでぐだざい……」
「いいから早く!何か変なんだよ!」
頬を叩き肩を揺さぶる。
「ウィル!違うの。先生は悪くない、私を助けてくれた!」
「…………レオニー。じっとして」
男がレオノアから離れた。ウィリアムが右手を上げる。一瞬ホッとした。戦場のウィリアムを見たからこそ知っているが、あいつが本気で相手を瞬殺しようとするときには左手で術を放つ。右手を出すということは、命まで奪う気はないということか。レオノアの前で血を見せたくないだけかも知れないが。かといってのんびりしては居られない。
「おいオスカー、お前が視たのは剣を持つ大男の神父か?」
フィリップの言葉を咀嚼したオスカーは目を見開いた。がばっと起き上がり、またばったり倒れそうになったところをフィリップが支えた。
「だめ!だめなのウィル!先生を傷つけないで!わざとなの。死のうとしているのよ!」
オスカーは一瞬で見て取ったのだろう。ハッと息をのむと叫んだ。
「団長!それ違います!!別のやつです!!!」
全てはもう手遅れだった。
レオノアは素早い動きで立ち上がり、ウィリアムの前に飛び出した。なびく長い黄金の巻き毛。纏った白いケープがフワリと広がる。ドッ、と鈍く重い音だけが聞こえた。
「レオノア!!!」
頽れるレオノアをウィリアムが両腕で抱きかかえた。背中から貫通した矢が胸元に突き出している。あまりにも場違いで無骨なその武器が、なぜレオノアの身体を貫いているのか。こんな時で無ければ、あり得なさに笑ってしまっただろう。こんな……レオノアの身体から流れた血で、ケープの白が染まっていなければ。
「……な、んだよこれ……。何でレオノアにこんな……!」
もつれるような足取りで近寄ったフィリップが言う。エドワードは眦が裂けそうなほど目を見開き、呼吸すら止め一歩も動けなかった。
「…せ…ん……い……」
「レオニー!」
レオノアが口を動かす。横たえてやりたくとも背から胸へ大きく存在を主張する弓矢がそれをさせてくれない。
「せ……んせ………」
「分かった、先生だな。安心してレオニー。先生には何もしないよ。静かにして。傷に障るから」
レオノアの顔を覗き込みながらウィリアムが囁く。傷に障るも何も…………。フィリップは周りにある全ての物を破壊したい衝動を必死に抑えた。誰がみてもこの傷は致命傷だ……!
レオノアは自分の伝えたいことを理解してもらえて安心したようだ。わずかに微笑みながらまた口を開いた。
「ウぃ………ル」
「しぃーっ、静かに。レオニー、いい子だから」
魔力の化け物であるウィリアムは治癒も当然のように使えるが、元々の属性からか相性が悪く得意ではないと言っていた。この矢が刺さったまま術を施しても根本的な治癒に至らず、かといって矢を抜けば治癒する前に失血死するだろう。この最愛の存在、我が身よりも大切な愛しい人。目の前でその命が消えることを、なす術もなく見ているしかないなんて。
レオノアがウィリアムを見つめ、嬉しそうに目を細めて唇を動かした。声はなかったが、その形だけで何を言ったかわかる。
だいすき
「…………っ!レ、オニー」
抱きしめたいが傷を思うとためらってしまう。逡巡の次の瞬間、レオノアは一つ呼吸をした。そして、それっきり。あの鮮やかな緑の瞳から、光が消えた。
「レオノア!!!!」
エドワードがようやく呪縛から逃れ駆け寄ったとき。レオノアの瞳にはもう、何も映っていなかった。
「う、そだ……そんな……レオノア」
両腕を差し伸べる。エド兄さま、そう言っていつもこの腕に収まっていた。柔らかく小さな身体。いつも抱きしめて、キスして。ああほら、遠くで雷の音が聞こえるよ。早く隠れないと。早く、早く。
光を失った瞳。花びらのような唇は薄く微笑んだまま。赤い血がひと筋伝った。レオノアが血を流している。駄目だ、そんな。レオノアはいつも人のことばかり心配して、自分のことは後回しだ。だから僕がいつだってレオノアのことを守ってやらないと。痛いだろう?だってこんなに血が……。
「うわああーーーーっ」
髪をかきむしりながら地に伏せる。耐えられるはずがない。レオノア。僕のお姫さま。代われるものなら自分の命を投げ出しても惜しくはなかったのに。
「殿下、なぜこのようなことに……」
「団長……僕のせいです。僕がもっとちゃんと、伝えてさえいたら」
神父が剣を落として近づいていた。滂沱の涙。オスカーはいつもの軽口が嘘のように青ざめ、震えていた。
そしてレオノアを抱きとめたまま微動だにしないウィリアムは――。
「……レオニー?」
小さな小さな声。
「ちょっとだけ待っていて。ほんの少しだけ。いい子だから」
背に手を回した。身体から突き出していた矢に触れると、それは切断されぽとりと落ちた。ようやく横たえることができる。つややかにそよぐ緑の芝のうえにそっと下ろし、今度は胸の矢じりに手をかける。
「痛くないからね。安心して」
宥めるように言い、素早く抜き取った。赤黒い傷跡からこぽりと血が溢れた。それを隠すように右手を乗せる。
手のひらから漏れる光。傷を修復しているのだろう。そんなことをしても……。フィリップは言葉にできず目を伏せた。横たえられたレオノアの白いケープが広がっている。フードの中から零れ落ちたシロツメクサ。まるで白い翼を広げ、羽毛を散らしたかのような姿。生まれ変わりの王女……こんなことになるなら。神話と同じ死しか無かったのなら、なぜ今レオノアが生を受けたのか。唇を噛むフィリップは、血の味を感じながら世の全てを呪った。
カシャ、と音を立てて手枷が外れ、痣になった手首をウィリアムが指先で触る。みるみるうちに傷が消えた。足の裏も。素足で逃げなければならないような目に遭わせてしまった。優しい仕草で撫でれば、つるんとしてかわいい足が戻ってくる。これでいい。まぶたにに口づけて目を閉じさせる。指先で血を拭われれば、眠っているとしか思えないレオノアの姿があった。フィリップの目から堪えきれなくなった涙があふれだす。レオノア。俺のかわいい妹。拭っても拭っても止まらない涙をそのままに、元通りのレオノアに会わせてくれたウィリアムに礼を言おうとしてふと……疑問に思った。
どうしてここまで冷静なんだ?
「レオニー、いい子だ。よく頑張ったね」
ウィリアムがレオノアを抱き上げた。一体何をするのかと尋ねるまでもない。側にある家のドアを開けようとして、ふと気づいた様子で振り返った。
その視線の先にいたのは、弓を手にした茶色の髪の小柄な男。まだ若い。自分のしでかした結果に怯えたように立ちすくんでいる。
ウィリアムは全くの無表情だ。レオノアの頭を自分の肩に乗せ、右腕だけで抱きなおすと、その男に向かいおもむろに左手を上げた。
――ッいかん!
ギャーッと悲鳴が聞こえた。咄嗟に防御を張ったが、ウィリアムの放った熱線に焼かれたようだ。フィリップの防御が無ければ瞬時に炭と化していただろう。高温の空気にあぶられた男が痛みにのたうち回る様子を見れば、本人にとってどちらが良かったのかは分からない。
フィリップとしては、妹を死に至らしめた憎い犯人だ。だが、思惑を探り黒幕を吐かせる必要があると思っただけのこと。最終的な運命は死しかない。
抗議されればそう告げるつもりのフィリップだったが、ウィリアムはすっかり興味を無くしたように、今度こそ粗末な家の扉を開いた。鍵をかけていたとしても、この魔力の持ち主には何の意味も無かった。
薄暗い室内をぐるりと見まわし、遠慮する素振りも見せずに進む。奥の扉を開けばそこは寝室だった。レオノアを片手で抱いたままシーツを剥がし床に放る。後ろからついてきていた神父が意図を察したように、クローゼットから新しいシーツを取り出し手早くベッドにかけた。
そうっとベッドに寝かせた。ああ、本当に眠っているようにしか見えない。黄金の波うつ髪。ミルクにほんの少し、バラの花びらを溶かした肌。あの美しいエメラルドの瞳は瞼で隠されている。
「レオニー?」
なあに、ウィリアム
「いい子だ。よく我慢したね」
わたし、がんばった?
「ああ。とても頑張ったよ。……会いたかった。どうして居なくなってしまったの?」
……だって、わたし
「いや、いいんだ。こうしてまた会えた。何か聞きたいことがあったの?それなら何でも聞いてくれたらよかったのに」
ほんとう?
「レオニー。前も言ったよね。レオニーの心が手に入れば、他には何も要らなかった。君は俺の光。人生そのものだって」
うれしい。……ウィル、だいすき
「大好きだよ。レオニー」
ベッドに腰掛けた。髪に指を絡め、頬を撫で、肩から手首までを撫でおろす。たまらなくなって、笑んだ形の唇にキスをした。
「だ、団長、駄目です、そんなことしちゃ」
オスカーが泣きそうな声で言う。無視されるかと思っていたが、意外にも視線を返された。
「だって、団長。そんなことしたら団長死んじゃいますよぅ」
「――レオノアのいない世界で、なぜ俺が生きていられると?」
「だって団長、僕が、ぼくのせいで……っ」
冷静に返されて、とうとう泣き出した。あのオスカーが。フィリップは嫌な予感しかしない。
「ウィル、お前一体何を……」
「オスカー、視ろ。レオノアを視るんだ」
ビク、と身体を揺らし、ウィリアムを見る。
「俺のことはいい。レオノアを視てくれ」
唇をわななかせながら目を閉じる。ボロボロ涙がこぼれた。
「わ、らってます」
「…………」
「王女殿下、笑ってます。花に囲まれて……天使みたいに綺麗です。嬉しそうに……わらって、」
「そうか」
ウィリアムは微笑んだ。こんな顔、今までレオノアの前以外でしたことはないだろう。安心し、心を許し――思い残すことなどないと言いたげな。
「待てよお前、」
「――禁魔術を使う気か。……そうなんだろう?」
寝室の入り口に立つエドワードが言う。髪を乱し、目を血走らせている。
「禁魔術?」
「話に聞いたことがある。自らの魔力を全て使い、命を費やして死者を復活させる術があると。眉唾ものだと思っていたが――お前、それを」
……反魂の術……!
「いくら何でも、そんな」
「……僕の魔力も使ってくれ。お前ならできるだろう」
エドワードはベッドのすぐ側に行くと片膝をついてウィリアムを見上げた。リングオーサの誇り高き王太子であるエドワード。彼が跪くのは王であるカールに対してだけだ。それが……。
「いや。俺一人でやる」
「しかし、そうすればお前の命は」
「覚悟のうえだ。……さすがに禁魔術の中でもこれだけはやったことがない。他人を巻き込んでどうなるか、全く予想がつかないんだ。だから」
「お前が死んだらレオノアが悲しむだろう!!!」
エドワードは怒鳴った。
「たとえレオノアが蘇ったとして、お前の命と引き換えたと知ったらどんなに……ッ。レオノアは、お前のことを心から愛していた。自分を助けるためにお前を犠牲にしたと、それを知ったら……!」
ウィリアムは微塵も動かされる様子がない。エドワードは懸命に感情を抑えようとしたが、どうしても駄目だった。また流れ出した涙を隠すように俯く。床にポタポタと涙の染みができた。
「……前は僕が自分の手で射って……そして今度は、僕が防御を解いたばかりに……こんな、もう……耐えられないんだ。僕の魔力を使え。何なら全部使ってもいい。死んでしまっても構わない。だから頼む。僕の魔力を」
「…………俺の代わりにレオノアを守ってくれ」
ハッとして顔を上げた。
「俺の居なくなった世界で、最もレオノアを大切にしてくれるのはお前だ。お前以外には託せない。レオノアを慰め、愛してやってくれ。……大丈夫だ。必ず立ち直る。オスカーが言っていただろう。レオノアは嬉しそうに笑っていたと。だから、大丈夫だ」
この部屋の中で、ウィリアムただ一人が冷静だった。他の全員が混乱し、傷つき、胸を痛め涙している。だが、ここまで意志を固めたウィリアムを止めることは、誰にもできなかった。
「レオニー」
優しく呼ぶ。愛しい。愛しい。愛しい。昔は守れなかった。今度も。だが、もはや昔のことなどどうでもいい。愛しいレオニー。君だけは何としても助けてみせる。13年前に誓った。どんな苦痛を乗り越えてでも君を迎えに行くと。
「待っていて、レオニー。すぐに迎えに行く」
最後にもう一度口づけると、ウィリアムはレオノアの胸に両手を重ねて置いた。目を閉じ深呼吸する。そしてカッと目を開いたウィリアムの手を中心に光の線が浮き、レオノアの身体を包んだ。魔力で窓ガラスが揺れて音を立てる。まだだ。もっと深くに……。
「……ッウィル!!」
「団長!」
次の瞬間、爆風に似た魔力に窓ガラスは割れ、二人の身体は光に包まれた。
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