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5.魔唱玉が見せたもの〜ジャルイ視点〜
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結婚記念日のために一週間の有給休暇を勝ち取った。
最近、嫌がらせとしか思えないアオサに関する噂が流れている。本人は気にする素振りは見せず『大丈夫よ』と笑い飛ばしているけど、きっと傷ついているはずだ。
そんな妻を労りたかったし、なによりも二人の時間がもっと欲しかった。だから、脅迫まがいのことまでやって二人の休暇を認めさせた。
アオサは驚いていたが、凄く喜んでくれたから良かった。
正直に言えば意外な反応だった。『一週間も休んだら迷惑を掛けるわ』と嗜められると思っていたからだ。もしそう言われても『それなら短くする』と折れるつもりはなかったが…。
まあ、結果良ければ全て良しだよな。
とにかく、一週間二人で楽しい時間を過ごそう。そろそろ子供を欲しいと二人とも思っているから、その辺も頑張ってみるつもりだ。
上手くいけば、来年にはアオサに似た可愛い赤ちゃんに逢えるかもしれないな。
そんなことを考えてにやけながら、魔道具が保管されている部屋の中を歩いていた。月に一回の定期点検のためだ。
この部屋への立ち入りは数名しか許されていない。魔術師長と上位の魔術師八名と俺だ。
管理を任されている俺はすべての魔道具を把握している。だからもし破損や紛失があったらすぐに報告することになっている。
「問題なしだな」
すべての魔道具には傷ひとつ付いていなかった。
この部屋に誰かが無断で入れば、俺の魔術に引っ掛かる仕組みになっている。だから、たとえ魔術師長でも俺に気づかれずにこの部屋の魔道具をどうこうするのは不可能だ。
「あとは、あの魔唱玉だけだな…」
部屋の奥にある厳重に錠されている扉へと目をやる。
あそこに保管されているのは、膨大な魔力を帯びている『魔唱玉』だ。
数百年前に存在した偉大な魔術師が使っていたらしいが、今は使える者は誰もいない。
あれで時間を巻き戻したとか古い書物には書かれているが、誰も信じていない。
たぶん、その偉大な魔術師を讃えるために誇張されたのだ。
玉自体に魔力が宿っているのは珍しいが、いくらなんでもそれは有り得ない。だが貴重なものではあるから厳重に保管しているのだ。
――カチャ…。
扉を開けて、魔唱玉へと近づいていく。
いつもなら柔らかい光を放っているのに、今日はその光が弱く感じた。
……ほこりか?
いや、よく見ると赤黒い汚れが魔唱玉に付いており、それが光を遮っていた。
これはどういうことだっ!
――それは血だった。
たぶん、血を使って指で何かを書き殴ったのだ。文字のように見えるが、読み取ることは出来ない。
なんの目的で? そもそも俺に気づかれずに誰がこんな真似が出来るんだっ!
誰かが俺の魔術を解いたなら何らかの形跡は残る。それが全く無いとはどういうことだ……。
――……まさか、俺なのかっ……。
自分が掛けた魔術を自分で解くなら形跡は残らない。
だから理論上はこれを書いたのは俺だが――記憶にない。
俺は書いていない、だから当然だった。
本来なら魔術師長に報告して指示を仰いでから動くべきだろう。
けれども、なぜか手が玉へと伸びていく。
触ってもどうにかなることはない。
今までだって俺は幾度となく点検の時に触ったが、なにかを感じることはなかった。
それなのに、今は吸い寄せられるかのようだった。
俺は魔唱玉へと手を置いた。
「うわあぁぁぁっ―――……」
とぎれとぎれで不鮮明な映像、聞き取れない叫び、支離滅裂な記憶が頭に流れ込んできた。
俺は気が狂いそうだった。
最近、嫌がらせとしか思えないアオサに関する噂が流れている。本人は気にする素振りは見せず『大丈夫よ』と笑い飛ばしているけど、きっと傷ついているはずだ。
そんな妻を労りたかったし、なによりも二人の時間がもっと欲しかった。だから、脅迫まがいのことまでやって二人の休暇を認めさせた。
アオサは驚いていたが、凄く喜んでくれたから良かった。
正直に言えば意外な反応だった。『一週間も休んだら迷惑を掛けるわ』と嗜められると思っていたからだ。もしそう言われても『それなら短くする』と折れるつもりはなかったが…。
まあ、結果良ければ全て良しだよな。
とにかく、一週間二人で楽しい時間を過ごそう。そろそろ子供を欲しいと二人とも思っているから、その辺も頑張ってみるつもりだ。
上手くいけば、来年にはアオサに似た可愛い赤ちゃんに逢えるかもしれないな。
そんなことを考えてにやけながら、魔道具が保管されている部屋の中を歩いていた。月に一回の定期点検のためだ。
この部屋への立ち入りは数名しか許されていない。魔術師長と上位の魔術師八名と俺だ。
管理を任されている俺はすべての魔道具を把握している。だからもし破損や紛失があったらすぐに報告することになっている。
「問題なしだな」
すべての魔道具には傷ひとつ付いていなかった。
この部屋に誰かが無断で入れば、俺の魔術に引っ掛かる仕組みになっている。だから、たとえ魔術師長でも俺に気づかれずにこの部屋の魔道具をどうこうするのは不可能だ。
「あとは、あの魔唱玉だけだな…」
部屋の奥にある厳重に錠されている扉へと目をやる。
あそこに保管されているのは、膨大な魔力を帯びている『魔唱玉』だ。
数百年前に存在した偉大な魔術師が使っていたらしいが、今は使える者は誰もいない。
あれで時間を巻き戻したとか古い書物には書かれているが、誰も信じていない。
たぶん、その偉大な魔術師を讃えるために誇張されたのだ。
玉自体に魔力が宿っているのは珍しいが、いくらなんでもそれは有り得ない。だが貴重なものではあるから厳重に保管しているのだ。
――カチャ…。
扉を開けて、魔唱玉へと近づいていく。
いつもなら柔らかい光を放っているのに、今日はその光が弱く感じた。
……ほこりか?
いや、よく見ると赤黒い汚れが魔唱玉に付いており、それが光を遮っていた。
これはどういうことだっ!
――それは血だった。
たぶん、血を使って指で何かを書き殴ったのだ。文字のように見えるが、読み取ることは出来ない。
なんの目的で? そもそも俺に気づかれずに誰がこんな真似が出来るんだっ!
誰かが俺の魔術を解いたなら何らかの形跡は残る。それが全く無いとはどういうことだ……。
――……まさか、俺なのかっ……。
自分が掛けた魔術を自分で解くなら形跡は残らない。
だから理論上はこれを書いたのは俺だが――記憶にない。
俺は書いていない、だから当然だった。
本来なら魔術師長に報告して指示を仰いでから動くべきだろう。
けれども、なぜか手が玉へと伸びていく。
触ってもどうにかなることはない。
今までだって俺は幾度となく点検の時に触ったが、なにかを感じることはなかった。
それなのに、今は吸い寄せられるかのようだった。
俺は魔唱玉へと手を置いた。
「うわあぁぁぁっ―――……」
とぎれとぎれで不鮮明な映像、聞き取れない叫び、支離滅裂な記憶が頭に流れ込んできた。
俺は気が狂いそうだった。
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