6 / 9
6.何も知らない君へ嘘をつく〜ジャルイ視点〜
しおりを挟む
――何度も、何度も、何度も、俺のアオサが死んでいった。
目を背けたくとも、頭の中に直接その瞬間が飛び込んでくる。
『アオ‥サ…、アオ、アオっ―――』
冷たくなっていくアオサの体を抱きしめ叫んでいる俺の声に、一人で立ち尽くしている今の俺の声が重なる。
この記憶は今の俺のものではない。
だが、この苦しみは俺のものだ。
――これは現実に起こったこと。
『魔唱玉』が時間を巻き戻したという逸話は真実だった。
『アオサを助けてくれっ…』と魔唱玉に縋りついている俺は、……もう正気ではなかったようだ。
そして俺の願いは叶えられ、すべてがなかったことになる。しかし俺は巻き戻った記憶がないから、ただ同じことを繰り返すだけ。
何度も、何度も、残酷に殺されたアオサ。
……俺のせいだ。
『魔唱玉』がなぜ発動したのか。
悲惨な死が必要なのか、それとも俺の精神の崩壊がきっかけなのか。
そして、どうして玉についた血だけは今回そのままだったのか……。
たぶん、玉自体は巻き戻っていないのだ。
魔唱玉は俺に見せてくれた。
最後に巻き戻った時の俺が『これが さい…ごっ』と玉に書き殴る場面を。
そっと触れると、玉が帯びていた膨大な魔力が殆どなくなっていることに気づいた。
きっと最後の時の俺は玉から何かを読み取ったのだ。そして、時間を巻き戻せる玉の魔力がもう残り少ないことが分かった。だから『もうやり直せない』という意味であの血文字を書いたのだ。
消えてしまうかどうかなんて考えなかったのだろう。……もう狂っていた。
『アオ、アオ…。また、会いたい。永遠に一緒…だ…』と笑いながら、アオの血がついた自分の手を愛しそうに舐めていた。
――その気持ちは痛いほど分かる。
もう巻き戻れない。けれど、アオサはまだ生きている。
なんとしても助ける、運命を変えてみせる。どんな手を使ってでも……。
それから俺は秘かに調べ、黒幕が王妹ベルガナだろうと判断した。
アオサにはなにも言わなかった。
時間が巻き戻るなんて誰も信じない。
『殺されるんだっ』と教えたら、ただ怯えさせるだけだ。
二人で逃げるという選択肢も考えた。しかしあの残忍な殺し方を見れば、ベルガナは地の果てまで追いかけてくると思った。
俺がベルナガを選べばアオサを見逃すとも思えない。もしその気があるなら、権力を使って表向きは穏便に離縁させたはず。
記憶がないのに、残酷な死を毎回与え続けた――あの女は狂ってる。
いつアオサに魔の手が伸ばされるか魔唱玉は教えてくれなかった。
――だから、今日殺る。
王族付きの侍女を介して、あの女に『お会いしたい』と伝えた。もちろん返事は『いつでも待っております』だ。
待ってろ、すぐに殺してやるっ……。
王族には加護の魔術が掛かっているが、魔唱玉に残っている魔力を上手く使えれば勝算はある。
それに甘い言葉を耳元で囁いたら、あの女は発情期の雌豚のように何かを期待して、自ら加護の魔術が掛かっている装飾品を外すだろう。
どんな手段を使っても、アオサを今度こそ死なせない。
◇ ◇ ◇
「アオ、今日は魔術師長から仕事を頼まれたから少しだけ残業していく。だから、先に帰ってくれ」
「少しだけなら待ってるわ」
アオサと俺は最近毎日一緒に帰っていた。
俺が残業するときもアオサは、待っていたいからと待ってくれるのだ。普段は、彼女の優しさに甘えて待ってもらっていた。
だが、今日だけはだめだ。
「今日はアオサ特製煮込みハンバーグが食べたいんだよね。だめかな?」
甘えた口調で言う。アオサはきっと俺の好物を作ってくれるはず。
「分かったわ、リクエストに応えて煮込みハンバーグにしましょう。じっくり煮込んだほうが美味しいから、今日は先に帰っているわね」
「すぐに片付けて帰るから」
「待ってるわ。お腹をペコペコにして帰ってきてね」
俺がアオサの頬に口づけを落とすと『職場ではだめ』と叱ってきたが、顔は全然怒っていなくて、むしろ嬉しそうだった。
――俺はこの笑顔を守る。
それから、彼女の後ろ姿が見えなくなるまで見送ってから、あの女の元へと向かった。
「二人きりにしてちょうだい」
ベルガナは控えている護衛騎士と侍女を下がらせた。
あの女は媚びるように俺を見つめてくる。
完全に俺がここに来た目的を自分に都合よく勘違いしている。
「私に会いたいと聞きましたわ。ふふ、あなたの気持ちはよく分かっています」
「気持ちとは?」
「妻がいるから、本心を隠しているのですよね。大丈夫です、憂いはもうすぐなくなりますから。ジャルイ、私達の仲は国王も祝福してくれます。実はもう話してあるのですよ。驚きましたか?」
はっ、憂いはなくなるだと…。
気持ちの悪い女だった。自分しか愛せないそんな女だ。
俺はベルガナの背に周り、まずは彼女の髪に刺してある飾りを優しく外す。触れるだけで吐きそうだったが、彼女からは俺の顔は見えていない。
はっは…、それが分かっていたからこそ後ろに立ったのだがな。
「まだ私達は…、…だめ…」
頬を赤らめて俺を見上げてくる。口ではだめと言いながら、耳飾りを自ら外している。
俺が自分を求めていると勘違いしているが、わざわざ訂正はしない。
すぐに自分の愚かさに気づくはずだ。
次に俺はベルナガの首に掛かっている派手な飾りを力任せに外す。
――ブチッ!
「痛っ…。ジャルイ、もっと優しくしてちょうだい!」
「はっはは、優しいのはお嫌いですよね?ナイフで切り刻んだり、毒でのたうち回ったり、馬車で何度も引いたり。こういう残酷なことがあなたはお好きでした」
ベルガナは俺の様子がおかしいと気づいたようだ。後退りして、椅子にぶつかり無様に転んだ。
「誰か、早く来てっ!」
ベルガナの叫びはまだ誰にも届いていない。
彼女は自ら護衛騎士と侍女を遠くへと追いやった。それもしばらくは絶対に近づくなと念を押して。
いずれは異変に気づくだろう。
それまでに俺は加護の魔術を壊し彼女を殺る。
「今度こそアオサを殺させない」
俺は彼女自身に掛けられた加護の魔術を壊していく。複数人が掛けたものだから、複雑に絡み合って解くこと無理だ。
だから、無理矢理彼女から引き剥がす。
ベルガナの絶叫が聞こえ始める。生皮を剥がされたような痛みが伴うと言うからそうなのだろう。
――ゴフッ…。
俺の口からは鮮血が滴り落ちる。加護の魔術を壊そうとしているから、呪いの魔術が俺を蝕んでいるのだ。
やはりそう簡単にはいかないらしい。肝心の魔唱玉も今回は力を貸してくれないようだ。
「アオ、待っていてくれ。すぐに帰るからな…」
目を背けたくとも、頭の中に直接その瞬間が飛び込んでくる。
『アオ‥サ…、アオ、アオっ―――』
冷たくなっていくアオサの体を抱きしめ叫んでいる俺の声に、一人で立ち尽くしている今の俺の声が重なる。
この記憶は今の俺のものではない。
だが、この苦しみは俺のものだ。
――これは現実に起こったこと。
『魔唱玉』が時間を巻き戻したという逸話は真実だった。
『アオサを助けてくれっ…』と魔唱玉に縋りついている俺は、……もう正気ではなかったようだ。
そして俺の願いは叶えられ、すべてがなかったことになる。しかし俺は巻き戻った記憶がないから、ただ同じことを繰り返すだけ。
何度も、何度も、残酷に殺されたアオサ。
……俺のせいだ。
『魔唱玉』がなぜ発動したのか。
悲惨な死が必要なのか、それとも俺の精神の崩壊がきっかけなのか。
そして、どうして玉についた血だけは今回そのままだったのか……。
たぶん、玉自体は巻き戻っていないのだ。
魔唱玉は俺に見せてくれた。
最後に巻き戻った時の俺が『これが さい…ごっ』と玉に書き殴る場面を。
そっと触れると、玉が帯びていた膨大な魔力が殆どなくなっていることに気づいた。
きっと最後の時の俺は玉から何かを読み取ったのだ。そして、時間を巻き戻せる玉の魔力がもう残り少ないことが分かった。だから『もうやり直せない』という意味であの血文字を書いたのだ。
消えてしまうかどうかなんて考えなかったのだろう。……もう狂っていた。
『アオ、アオ…。また、会いたい。永遠に一緒…だ…』と笑いながら、アオの血がついた自分の手を愛しそうに舐めていた。
――その気持ちは痛いほど分かる。
もう巻き戻れない。けれど、アオサはまだ生きている。
なんとしても助ける、運命を変えてみせる。どんな手を使ってでも……。
それから俺は秘かに調べ、黒幕が王妹ベルガナだろうと判断した。
アオサにはなにも言わなかった。
時間が巻き戻るなんて誰も信じない。
『殺されるんだっ』と教えたら、ただ怯えさせるだけだ。
二人で逃げるという選択肢も考えた。しかしあの残忍な殺し方を見れば、ベルガナは地の果てまで追いかけてくると思った。
俺がベルナガを選べばアオサを見逃すとも思えない。もしその気があるなら、権力を使って表向きは穏便に離縁させたはず。
記憶がないのに、残酷な死を毎回与え続けた――あの女は狂ってる。
いつアオサに魔の手が伸ばされるか魔唱玉は教えてくれなかった。
――だから、今日殺る。
王族付きの侍女を介して、あの女に『お会いしたい』と伝えた。もちろん返事は『いつでも待っております』だ。
待ってろ、すぐに殺してやるっ……。
王族には加護の魔術が掛かっているが、魔唱玉に残っている魔力を上手く使えれば勝算はある。
それに甘い言葉を耳元で囁いたら、あの女は発情期の雌豚のように何かを期待して、自ら加護の魔術が掛かっている装飾品を外すだろう。
どんな手段を使っても、アオサを今度こそ死なせない。
◇ ◇ ◇
「アオ、今日は魔術師長から仕事を頼まれたから少しだけ残業していく。だから、先に帰ってくれ」
「少しだけなら待ってるわ」
アオサと俺は最近毎日一緒に帰っていた。
俺が残業するときもアオサは、待っていたいからと待ってくれるのだ。普段は、彼女の優しさに甘えて待ってもらっていた。
だが、今日だけはだめだ。
「今日はアオサ特製煮込みハンバーグが食べたいんだよね。だめかな?」
甘えた口調で言う。アオサはきっと俺の好物を作ってくれるはず。
「分かったわ、リクエストに応えて煮込みハンバーグにしましょう。じっくり煮込んだほうが美味しいから、今日は先に帰っているわね」
「すぐに片付けて帰るから」
「待ってるわ。お腹をペコペコにして帰ってきてね」
俺がアオサの頬に口づけを落とすと『職場ではだめ』と叱ってきたが、顔は全然怒っていなくて、むしろ嬉しそうだった。
――俺はこの笑顔を守る。
それから、彼女の後ろ姿が見えなくなるまで見送ってから、あの女の元へと向かった。
「二人きりにしてちょうだい」
ベルガナは控えている護衛騎士と侍女を下がらせた。
あの女は媚びるように俺を見つめてくる。
完全に俺がここに来た目的を自分に都合よく勘違いしている。
「私に会いたいと聞きましたわ。ふふ、あなたの気持ちはよく分かっています」
「気持ちとは?」
「妻がいるから、本心を隠しているのですよね。大丈夫です、憂いはもうすぐなくなりますから。ジャルイ、私達の仲は国王も祝福してくれます。実はもう話してあるのですよ。驚きましたか?」
はっ、憂いはなくなるだと…。
気持ちの悪い女だった。自分しか愛せないそんな女だ。
俺はベルガナの背に周り、まずは彼女の髪に刺してある飾りを優しく外す。触れるだけで吐きそうだったが、彼女からは俺の顔は見えていない。
はっは…、それが分かっていたからこそ後ろに立ったのだがな。
「まだ私達は…、…だめ…」
頬を赤らめて俺を見上げてくる。口ではだめと言いながら、耳飾りを自ら外している。
俺が自分を求めていると勘違いしているが、わざわざ訂正はしない。
すぐに自分の愚かさに気づくはずだ。
次に俺はベルナガの首に掛かっている派手な飾りを力任せに外す。
――ブチッ!
「痛っ…。ジャルイ、もっと優しくしてちょうだい!」
「はっはは、優しいのはお嫌いですよね?ナイフで切り刻んだり、毒でのたうち回ったり、馬車で何度も引いたり。こういう残酷なことがあなたはお好きでした」
ベルガナは俺の様子がおかしいと気づいたようだ。後退りして、椅子にぶつかり無様に転んだ。
「誰か、早く来てっ!」
ベルガナの叫びはまだ誰にも届いていない。
彼女は自ら護衛騎士と侍女を遠くへと追いやった。それもしばらくは絶対に近づくなと念を押して。
いずれは異変に気づくだろう。
それまでに俺は加護の魔術を壊し彼女を殺る。
「今度こそアオサを殺させない」
俺は彼女自身に掛けられた加護の魔術を壊していく。複数人が掛けたものだから、複雑に絡み合って解くこと無理だ。
だから、無理矢理彼女から引き剥がす。
ベルガナの絶叫が聞こえ始める。生皮を剥がされたような痛みが伴うと言うからそうなのだろう。
――ゴフッ…。
俺の口からは鮮血が滴り落ちる。加護の魔術を壊そうとしているから、呪いの魔術が俺を蝕んでいるのだ。
やはりそう簡単にはいかないらしい。肝心の魔唱玉も今回は力を貸してくれないようだ。
「アオ、待っていてくれ。すぐに帰るからな…」
212
あなたにおすすめの小説
氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―
柴田はつみ
恋愛
亡国との同盟の証として、大国ターナルの若き王――ギルベルトに嫁いだエルフレイデ。
しかし、結婚初夜に彼女を待っていたのは、氷の刃のように冷たい拒絶だった。
「お前を抱くことはない。この国に、お前の居場所はないと思え」
屈辱に震えながらも、エルフレイデは亡き母の教え――
「己の誇り(たましい)を決して売ってはならない」――を胸に刻み、静かに、しかし凛として言い返す。
「承知いたしました。ならば私も誓いましょう。生涯、あなたと褥を共にすることはございません」
愛なき結婚、冷遇される王妃。
それでも彼女は、逃げも嘆きもせず、王妃としての務めを完璧に果たすことで、己の価値を証明しようとする。
――孤独な戦いが、今、始まろうとしていた。
お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
こんな婚約者は貴女にあげる
如月圭
恋愛
アルカは十八才のローゼン伯爵家の長女として、この世に生を受ける。婚約者のステファン様は自分には興味がないらしい。妹のアメリアには、興味があるようだ。双子のはずなのにどうしてこんなに差があるのか、誰か教えて欲しい……。
初めての投稿なので温かい目で見てくださると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる