あなたの『番』はご臨終です!

矢野りと

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2.卵は何より大切です!

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ゴキ!ドス!!

王妃スズの一切手加減なしの全力鉄拳制裁がトカタオ王子を床に沈めた。『卵』に続いてご臨終かと思われたが、さすが頑強な竜人、まだ息はあるようだ。ピクピクしているのが証拠である。

ヒビの入ってしまった『卵』だが、まだ辛うじて割れていない。
ミアが半狂乱になりながら、必死に抱卵している。サイガはそんなミアと『卵』を、大きな厳つい体でそっと抱き締め『大丈夫、大丈夫だ』と繰り返している。ミアと『卵』だけに呼び掛けているのでなく、自分自身でも大丈夫だと信じ込みたいのだろう。

王子を倒した後のスズは茫然と立ち尽くしている。大切な『卵』を自分の息子が駄目にしてしまったのだ、許されるはずはない。
ヒビの入った卵は直ぐに割れて完全に駄目になる、それが竜人の常識である。
周りの者達はその時まで『卵』を静かに見守ろうと待っていた。沈黙が部屋を支配している。
けれども10分経ったが、卵は一向に割れる気配を見せない。
これはおかしい?とみんな顔見合わせていると、突然竜の怒りに満ちた咆哮が城全体に響き渡る。
ドスン!という音と共に壁の一部が無残にも崩れ落ちていく。そして、崩れて出来た入口から、竜王バイザルが人型になって飛びこんできた。
青白い顔で立ち尽くす王妃と倒れている王子を前にし、怒りは頂点まで達していた。
バイザルは怒りにより金髪は逆立ち、金目をギラつかせ、周りの者全てを威圧してくる。

「スズ、無事か?お前の嘆きが俺にまで伝わってきた。トカは誰にやられたのだ!!」

我を忘れている竜王は完璧に誤解している。

(((息子をやったのはあんたの嫁だよ!)))
臣下達は教えたいが、威圧で口を動かすことさえ出来ない。

「トカタオを殺ったかもしれないのは、私です」
※この時点で母は息子の生存は確認していない…。

自白?したスズは泣きながら、バイザルに事の顚末を話した。
事情を把握したバイザルは、馬鹿息子の愚行に言葉がでない。『卵』は竜人にとって何よりも大切なものだ、その『卵』を傷つけるなどあってはならない事なのだ。
親として息子の不始末を詫びる為、バイザルはある決心をし、打ちひしがれているサイガとミアに近づいて行く。

「サイガ、ミア。本当に息子が済まない事をした。謝罪して許されるとは思ってないが、私に出来る事をしたい。『卵』に触れる許可をくれ」
「何を今更するというんだ!ヒビの入った『卵』は元に戻らん」
「この『卵』は強い竜力がある。だがらまだ割れずに頑張っているのだ。だがこのままでは、いずれ割れてしまう。私の竜力で『卵』の周りを覆えば、割れるのを防ぐことができるはずだ」
「「「………!!」」」

竜王の言葉に周囲は静まり返る。竜力で『卵』を覆う事は、普通の竜人には無理だ、圧倒的に竜力が足りない。膨大な竜力を持つ竜王なら可能だが、それは寿命千年分と引き換えになる行為だ。 
臣下達が必死に止めようと声を上げる。

「竜王様、お止めください!そんな事をしては、寿命が削られてしまいます。どう…」
「お黙りなさい!」

スズが臣下達を一喝する。

「私達の息子が犯した過ちを親が正すのは当たり前です。バイザル、私の竜力も一緒に使ってください。そうすれば、より一層『卵』が守れるはずよ」

竜王と王妃はミアが抱えるヒビの入った『卵』に近づき、ミアとサイガを見つめる。二人が頷くのを確認し、手を『卵』に翳した。
『卵』の周りに薄いベールのような膜が少しずつ張り始め、一時間もすると全体を覆っていた。
寿命千年分の竜力を削った二人は、肩で息をするほど疲れ切っていた。

「有り難う。スズ、バイザル様。これでこの子は孵化出来るかも。いいえ、絶対に孵化させてあげるわ!」

何とか『卵』が孵化する可能性が見えたことで、ミアは少し落ち着きを取り戻していた。だがサイガはまだ渋い表情だ。そんなサイガにバイザルが話し掛ける。

「分かっている、サイガ。トカタオの事だろう」
「そうだ。このままだと『卵』つがいの存在を知った王子はまた来るだろう。だが今後一切この子に近づく事は許さん。王子をどうするつもりだ?」
「トカタオの記憶を改竄する。一度知ってしまった『番』の存在を完璧に消すことは難しい。だから、『卵』の『番』を見つけたが、事故で亡くなったと思い込ませる。これはトカタオへの罰でもある。それでどうだ?許してくれるか?」
「分かった。それで手を打とう。馬鹿王子のやった事は絶対に許せんが、目を離した大人である我々にも責任がある。兎に角、『卵』を助けてくれた事には感謝する」

王子の記憶の改竄とこの場にいた者達には箝口令が出され、決着がつくことになった。

サイガは和解の意を示して手を出し、バイザルと握手をする。
ポッキ!…という音がして、バイザルの額からどっと汗が流れ落ちる。ワザと指を折られたのだ…。
サイガは南の辺境地を守っている竜人であり、帝国にとって重要な臣下の一人でもある。周りにいる者達はタイオン帝国の平和の為、竜王への暴行指折りに気づかないふりをする。
(((気づいてないから、何もしません、出来ません。竜王様ごめんなさい)))

ミアもスズに『馬鹿息子には首に縄をつけなさいね!』と怒りながら言っているが、親友への口振りに戻っている。

これからミファン夫婦が静かに抱卵する為に、この場を辞そうとバイザルが気を失っているトカタオを抱き上げスズの側に行く。

「スズ、帰るぞ。『卵』には静かな環境が必要だ、我々がいたら、差し障る」
「オイオイ、待て!このまま帰るつもりか?」
「ああそのつもりだ。トカは王宮で処置するから安心しろ」

サイガがトカタオの記憶を改竄していない事を案じていると思い、そう答える。

「はぁー、違う!何が静かな環境だ!この抱卵部屋を見てみろ、空中に繋がる入口があるぞ!」

そう『番』であるスズの嘆きを感知し、怒りのあまり外壁を破壊して馬鹿竜は乗り込んできたのである。子供トカタオも馬鹿であったが、バイザルも馬鹿であった。

「済まなかった。臣下に残らせて、直ぐに修復させる」

自分で壊しておきながら勝手な事言うバイザル。
(((俺達、壁を直したことないですって!)))
王妃のお供で一緒に来た臣下達はみな竜人、職人の技などマスターしてない。

「お前がやっていけ。一人で直せ。自分の事は自分でやれと一緒に学んだはずだ」
「いやでも、竜王の仕事があるし」
「今、スルガン師匠が我が領地に滞在している。呼ぶか…」
「……会わなくて大丈夫だ。絶対に呼ぶな!一人で修復をやる…」

乳兄弟サイガの静かな怒りとスルガン師匠の存在に、竜王は折れた。スルガン師匠とはバイザルとサイガの幼少期の教師で、年齢不詳の狼獣人なのだが、今でもバイザルにとって頭が上がらない存在なのだ。

城の修復係一名を残し、スズ達は気絶しているトカタオを連れて一足先に王宮へと帰っていった。
見送った後、一人で黙々と作業を始める孤独な竜王。---背中に哀愁が漂っている。
見兼ねた城の者達が『私達も手伝います』と一緒に修復に取り掛かってくれる。


「レンガをもっとくれ」

バイザルは前を向いて作業をしながら、近くにいるであろう者に指示を出す。
ドスン!と力強くレンガが渡される。ずいぶんな渡し方に後ろを振り返ると、そこには笑顔のスルガン師匠が立っていた。

「………」
(マズイ、あの笑顔は危険なやつだ…。サイガの奴、呼びやがったな)

「バイザル様、挨拶はなしですか?随分とお偉くなったのですね。ところで、私のお気に入りの杖を覚えていますか?」
「つ、杖で…す…か…」


頑張ったバイザルは壁の修復は二日で終了させたが、王宮に戻ったには三日後であった。
なぜか傷だらけで肩まであった金髪が短髪になっていたが、『訳を聞くなオーラ』が出ていて、誰もそのことに触れられなかった。
しかし竜王の幼少時から王宮に勤めている者達は薄々分かっていた。竜王に手を出せる者などそうはいない。
(((スルガン師匠に会ったのですか…、お疲れ様です)))




***********************************

---サイガとスルガン師匠---

「スルガン師匠、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「サイガ、久しぶりですね。そういえば、卵が生まれたと聞きました、おめでとう」
「有り難うございます!」
「抱卵中でしょう、早く戻った方がいいですよ、ミアが心配するでしょう」
「今、抱卵部屋が壊れていてバイザルが修理中なんです」
「?なんで竜王が…」
「バイザルが壊したので、自分で修理してるんです。そういえば、昔、バイザルが先生の杖で遊んでいて壊したな。懐かしいなーハハハ。後で謝って直すって言っていたけど、あれ直りましたか?」
「……そうですか、懐かしいですね。あれはバイザルでしたか…」
「良かったら、いつでも俺の城に遊びに来てください。歓迎します」
「有り難う。是非伺いますよ」


---幼少期やんちゃをしていたバイザルの歴史の一ページは、乳兄弟によって高く売られたのであった。

『卵』への父竜の愛は海より深いものである。
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