悲恋の恋人達は三年後に婚姻を結ぶ~人生の歯車が狂う時~

矢野りと

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2.不穏な噂

リデックが騎士団の訓練が終了した後に執務室で副団長としての書類仕事を進めていると、後から戻ってきた団長に話し掛けられた。

「おい、リデック大丈夫か?」

「何がですか?」

団長の質問の意味が分からず、リデックは書類にサインする手を止め首を傾げながら、質問に質問で返した。
団長は少し困った顔をしながら、今度は分かりやすい言葉を口にした。

「あのタチアナ王女が帰還されるんだぞ。気持ちが揺れているだろう?仕事が手につかない様なら早めに帰っていいぞ」

「何を言っているんですか。あれはもう終わったことですから問題なんてありません。変な風に気を回さないでください」

---今更なんだというんだ。あれは過去のことなのに。

リディックは気を使っているつもりの団長を煩わしく感じていた。三年前に終わった恋を面白おかしく話されるのも嫌だが、変に気を使われるのはもっと不愉快だ。
団長はリディックの反応に意外そうな顔をして、『うーん、こんなはずでは…』と言いながら頭を捻っていた。

「おかしいな。タチアナ王女と相思相愛のお前が今回の事を知ったら、動揺するだろうからフォローをするように言われていたんだが…。まったく普段通りの無表情だよな、どういう事だ?」

そうリデックは感情があまり顔に出ない、女性達からは『またその冷たい感じが良いわ』と言われるが、騎士団の仲間からは『美形だと無表情も許さるのか!リデックの馬鹿野郎!』と八つ当たりをされている。
だが今の団長の発言で気になったのは無表情ではなくという言葉だった。
確かに王女とリデックは三年前清い関係を貫いていたが相思相愛だった。しかし今のリデックは既婚者なので、そんな言葉を使うのは相応しくないはずだ。

「団長。相思相愛ってどういう意味ですか?俺はもう妻帯者ですよ」

「それはそうだが、お前とタチアナ王女の悲恋は有名だ。別れた後もお互いを想い合って生きてきたんだろう?今回の帰還でその気持ちが抑えられなくなるだろうから、応援するようにと上からも言われているぞ」

「応援?いったい何をですか?」

「それはお前とタチアナ様の苦難を乗り越えた真実の愛の事だろう?貴族の婚姻は政略が多いから真実の愛は妻以外と育むことが認められている。お前も愛のない政略結婚だったからなー」

団長はリデックがまだ王女への恋心を持ち続けていると信じているようだった。一方的に決めつけて『頑張れよ』なんて言って、肩を叩いてくる。

リデックの知らない所で、過去の恋がまた動き始めているようだった。人は悲恋や美談といった噂話を好むものだ、また一部の貴族達がまことしやかに噂を広めて楽しんでいるのだろう。

そんな事は貴族社会ではよくある事だった。それは貴族であるリデックも良く分かっている。

変に否定して回ると噂とは逆に燃え上るのを知っているリデックは、団長の言葉を否定も肯定もせずに黙ったまま書類仕事を続けることにした。

早くに噂を消すにはそれに関わらないのが一番良い方法だと考えたからだった。
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