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4.呼ぶ声
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「もうライったら!そんな昔のことを持ち出さないで、恥ずかしくなるじゃない。ふふふ、でも私だってあなたの恥ずかしい話はいくらだって知っているのよ。
お返しに言っちゃおうかしら」
「おいおい、やめてくれ。悪かったよ、つい昔が懐かしくて口が滑っただけなんだ。悪気はないから」
「ふふふ、どうしようかしら?
そうね、さっきのお願いを聞いてくれたら良いわよ。簡単でしょう?」
「分かった、分かったから。もう二度と君の恥ずかしい話をみんなに教えたりしない。
だからリーナ、もう勘弁してくれ」
軽快なやり取りと自然と紡がれるお互いの愛称が二人の親密さを表している。
「はっはっは、二人は昔に戻ったみたいだな。
本当に息があっているっていうか、まるで長年連れ添った夫婦みたいだな。では熟年夫婦に乾杯といこうじゃないか。ほら、カンパーイ!」
「「「乾杯!!!」」」
夫と彼女の会話にアーノルドが茶々を入れ、周りにいる友人達と一緒にふざけた調子で乾杯の音頭をとって盛り上がる。
からかわれている二人は必死に否定するがその姿は本気で嫌がっているようには見えなかった。
なぜなら垣間見えた彼女の表情は嬉しそうに笑っている。
困っているようには到底見えない。
ああ、そうなんだなと思った。
そこに私が入るこむ余地なんてなかった。
私は声を掛けることなくその場から離れていく。
『ライ』『リーナ』と呼び合う二人の声が耳から離れない。
その愛称は私と夫のものだと思っていた。
彼の家族だって彼に愛称を使うことはないし、親友であるアーノルドさえ『ライアン』としか呼ばない。
それなのに…カトリーナは自然に『ライ』と呼んでいた。それに彼だって『リーナ』と…。
カトリーナだから『リーナ』。
それは私の為に彼がつけてくれた愛称と同じだった。
お互いに結婚当初は名で呼び合っていたけれど、愛が芽生えてからは特別な愛称で呼び合うようになったのだ。
そう…それは彼からの言い出したことだった。
『アリーナのことをこれからはリーナって呼んでいいかな。愛する人を自分だけの呼びかたで呼びたいんだ。それに君の特別にもなりたいから、俺のこともライって呼んでくれないか?』
そう言われて素直に嬉しかった私は照れながらもすぐに彼のことを愛称で呼んだ。
『もちろんよ!ふふ…ライ?』
『君からそう呼ばれる日が来るなんて嬉しくてたまらないな。リーナ、ありがとう』
初めてお互いをそう呼んだ時、私達は抱きしめながら笑い合った。
『私が彼の特別で、彼は私の特別だ』と周囲に分かるように呼ぶのは、愛されているからこそだと今までは信じていた。
でもそうじゃなかったと知ってしまった。
彼はきっと本物の『リーナ』を思い出したかったのだ。そして彼女から『ライ』と呼ばれていた過去を思い出すために私に『ライ』と呼ばせていた。
そこに愛はあったけど、私への愛ではなかった。
ただ昔を懐かしむ為の行為。
そして今はその昔が蘇って手の届く現実になった。
それならば偽物はもういらないのだろう、だって本物が戻ってきたんだから。
『リーナ』と呼ぶ彼の声が好きだった。その声音はどこまでも甘く優しいもので愛を感じられたから。
私がそう感じても当然だった。
だって彼にとって『リーナ』はカトリーナのことでその名を口にする時は本物への想いがあったから愛が籠もっていたのだろう。
それを私は自分に向けられたものだと勘違いして、嬉々として愛を返していた。
私ったら馬鹿…みたいだ。
ふ、ふふ…、もう私が呼ぶ必要はないわね。
だって偽物が本物に勝てるわけはない。
もう私はいらない…のかな。
一人でバルコニーに出て静かに涙を流す。もう彼は私のところには戻ってこないことを知ったから。
彼は愛する彼女に手を差し出すだろう。
彼女が彼をどう思っているのか今まで分からなかったけど、今は分かる。彼女も彼に好意を持っている、そうでなければ愛称で呼ぶことはない。
お互いに既婚者で想い合っているなら、彼と彼女にはもうなんの障害もない。
その想いを公にしても受け入れられる。
私に残っている道は妻として愛人を快く受け入れることだけ。
愛されることはもうない。
どんなに私が彼を愛していても彼の愛は私には向かないだろう。
夜会終了する頃になってライアンは私のもとに戻ってきた。申し訳なそうな表情を浮かべて彼は私に謝る。
「すまない、戻るのが遅くなってしまって…。
もっと早くに戻ってこようと思っていたんだけど、アーノルド達につかまってしまって抜け出せなかったんだ。
一人でいる時に何か困ったことはなかったかい?
リーナは友達もいるから大丈夫だと思っているけど…。
ごめんな、リーナ」
彼はいつものように優しい声音で私を『リーナ』と呼んだ。
あれほど好きだったその呼びかたに吐き気が込み上げる。
「……っ!……」
手で口を押さえふらつく私を彼は素早く支える。
「どうした、具合が悪いのか?…リーナ??」
私の頭の中に『リーナ』という言葉が鳴り響く。でもその名はもう私のことではない。
『カトリーナ』にしか聞こえてこない。
やめて…やめて…、やめて…!
そう呼ばないで。
私はカトリーナじゃないわ…。
「リーナ、しっかりしろ!すぐに救護室に運ぶから、大丈夫だからな。
おい、リーナ、リーナ…リーナ!!」
崩れ落ちるようにしゃがみ込む私を抱き上げながら彼は言葉を掛けてくる。
聞きたくなくて耳を塞ぐが、彼は叫ぶようにその名を何度も口にする。
いや、もうやめて…。
カトリーナと呼ばないで…おねが…い。
ライアンが彼女の名を呼ぶのを聞きながら、私は彼に抱かれたまま意識を手放した。
お返しに言っちゃおうかしら」
「おいおい、やめてくれ。悪かったよ、つい昔が懐かしくて口が滑っただけなんだ。悪気はないから」
「ふふふ、どうしようかしら?
そうね、さっきのお願いを聞いてくれたら良いわよ。簡単でしょう?」
「分かった、分かったから。もう二度と君の恥ずかしい話をみんなに教えたりしない。
だからリーナ、もう勘弁してくれ」
軽快なやり取りと自然と紡がれるお互いの愛称が二人の親密さを表している。
「はっはっは、二人は昔に戻ったみたいだな。
本当に息があっているっていうか、まるで長年連れ添った夫婦みたいだな。では熟年夫婦に乾杯といこうじゃないか。ほら、カンパーイ!」
「「「乾杯!!!」」」
夫と彼女の会話にアーノルドが茶々を入れ、周りにいる友人達と一緒にふざけた調子で乾杯の音頭をとって盛り上がる。
からかわれている二人は必死に否定するがその姿は本気で嫌がっているようには見えなかった。
なぜなら垣間見えた彼女の表情は嬉しそうに笑っている。
困っているようには到底見えない。
ああ、そうなんだなと思った。
そこに私が入るこむ余地なんてなかった。
私は声を掛けることなくその場から離れていく。
『ライ』『リーナ』と呼び合う二人の声が耳から離れない。
その愛称は私と夫のものだと思っていた。
彼の家族だって彼に愛称を使うことはないし、親友であるアーノルドさえ『ライアン』としか呼ばない。
それなのに…カトリーナは自然に『ライ』と呼んでいた。それに彼だって『リーナ』と…。
カトリーナだから『リーナ』。
それは私の為に彼がつけてくれた愛称と同じだった。
お互いに結婚当初は名で呼び合っていたけれど、愛が芽生えてからは特別な愛称で呼び合うようになったのだ。
そう…それは彼からの言い出したことだった。
『アリーナのことをこれからはリーナって呼んでいいかな。愛する人を自分だけの呼びかたで呼びたいんだ。それに君の特別にもなりたいから、俺のこともライって呼んでくれないか?』
そう言われて素直に嬉しかった私は照れながらもすぐに彼のことを愛称で呼んだ。
『もちろんよ!ふふ…ライ?』
『君からそう呼ばれる日が来るなんて嬉しくてたまらないな。リーナ、ありがとう』
初めてお互いをそう呼んだ時、私達は抱きしめながら笑い合った。
『私が彼の特別で、彼は私の特別だ』と周囲に分かるように呼ぶのは、愛されているからこそだと今までは信じていた。
でもそうじゃなかったと知ってしまった。
彼はきっと本物の『リーナ』を思い出したかったのだ。そして彼女から『ライ』と呼ばれていた過去を思い出すために私に『ライ』と呼ばせていた。
そこに愛はあったけど、私への愛ではなかった。
ただ昔を懐かしむ為の行為。
そして今はその昔が蘇って手の届く現実になった。
それならば偽物はもういらないのだろう、だって本物が戻ってきたんだから。
『リーナ』と呼ぶ彼の声が好きだった。その声音はどこまでも甘く優しいもので愛を感じられたから。
私がそう感じても当然だった。
だって彼にとって『リーナ』はカトリーナのことでその名を口にする時は本物への想いがあったから愛が籠もっていたのだろう。
それを私は自分に向けられたものだと勘違いして、嬉々として愛を返していた。
私ったら馬鹿…みたいだ。
ふ、ふふ…、もう私が呼ぶ必要はないわね。
だって偽物が本物に勝てるわけはない。
もう私はいらない…のかな。
一人でバルコニーに出て静かに涙を流す。もう彼は私のところには戻ってこないことを知ったから。
彼は愛する彼女に手を差し出すだろう。
彼女が彼をどう思っているのか今まで分からなかったけど、今は分かる。彼女も彼に好意を持っている、そうでなければ愛称で呼ぶことはない。
お互いに既婚者で想い合っているなら、彼と彼女にはもうなんの障害もない。
その想いを公にしても受け入れられる。
私に残っている道は妻として愛人を快く受け入れることだけ。
愛されることはもうない。
どんなに私が彼を愛していても彼の愛は私には向かないだろう。
夜会終了する頃になってライアンは私のもとに戻ってきた。申し訳なそうな表情を浮かべて彼は私に謝る。
「すまない、戻るのが遅くなってしまって…。
もっと早くに戻ってこようと思っていたんだけど、アーノルド達につかまってしまって抜け出せなかったんだ。
一人でいる時に何か困ったことはなかったかい?
リーナは友達もいるから大丈夫だと思っているけど…。
ごめんな、リーナ」
彼はいつものように優しい声音で私を『リーナ』と呼んだ。
あれほど好きだったその呼びかたに吐き気が込み上げる。
「……っ!……」
手で口を押さえふらつく私を彼は素早く支える。
「どうした、具合が悪いのか?…リーナ??」
私の頭の中に『リーナ』という言葉が鳴り響く。でもその名はもう私のことではない。
『カトリーナ』にしか聞こえてこない。
やめて…やめて…、やめて…!
そう呼ばないで。
私はカトリーナじゃないわ…。
「リーナ、しっかりしろ!すぐに救護室に運ぶから、大丈夫だからな。
おい、リーナ、リーナ…リーナ!!」
崩れ落ちるようにしゃがみ込む私を抱き上げながら彼は言葉を掛けてくる。
聞きたくなくて耳を塞ぐが、彼は叫ぶようにその名を何度も口にする。
いや、もうやめて…。
カトリーナと呼ばないで…おねが…い。
ライアンが彼女の名を呼ぶのを聞きながら、私は彼に抱かれたまま意識を手放した。
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