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20.私は私①
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侍女は客人である私とマールにまず会釈してから、女主人であるミネルバのほうを向く。
「ご歓談中のところ失礼いたします。奥様、少し揉めていらっしゃるご夫人方がおります」
「何人ほどなの?」
ミネルバは綺麗な眉を片方だけ上げる。その仕草は報告に来た侍女へではなく、騒ぎを起こしてる者達に対するものだ。
客人同士が揉めることは珍しくはなく、そういう場合女主人が対応する。
「ホグワル侯爵夫人を中心に六人ほどです」
義母の名が出てくるとは思っておらず、私は目を見開く。義母は社交が上手なはずなのに……。
彼女はふぅと息を吐いてから、私とマールに向き直る。
「中座して申し訳ございませんが、私は他のお客様にご挨拶して参りますね」
「ミネルバ様、私も一緒に参ります」
私が席を立とうとすると、先に立ち上がっていた彼女は私の肩に軽く触れて押し止める。
「レティシア様にお願いがございます。聞いていただけるかしら?」
「はい、私に出来ることでしたら……」
彼女は私の返事を聞くとにっこりと頷く。
「では、マール伯爵のお相手をお願いします。多忙のなか時間を作って来てくださったのに、私は席を外してしまうので。マール伯爵、ご無礼をお許しくださいませ」
彼女は早口でそう言うと、侍女を連れて温室から出ていった。
ああ言っていたけれど、彼女は私に気を遣ってくれたのだ。……巻き込まれないようにと。
彼女の気遣いに感謝していると、マールが向かいの席に座る。温室内に控えている侍女は、すぐに淹れたてのお茶を彼の前に置くと、静かにこの場から離れていく。
「レティシア様、ミネルバ様とずいぶん親しくなったようですね」
「大変嬉しいことに、ご友人の一人に加えていただきました。気さくな方ですわね」
「彼女が気さく……ですか」
「はい、とても」
マールはなぜか苦笑いしながらお茶を一口飲んだ。
彼と一緒にお茶を飲んだことは”薬の処方”で何度もある。でも、友人としては初めて。
『共通の友人』から聞いたとミネルバは言っていた。……ということは、彼にとって私は患者でもあり友人でもあるのだ。
そう思っていいわよね……。
尊敬している人からそう思われていると知って素直に嬉しかった。
「マール先生はミネルバ様と付き合いは長いのですか?」
「彼女を最初に診たのは随分前ですから、かれこれ三年になります」
「では、彼女が再婚する前からのお知り合いなのですね」
ダイナ公爵家のかかりつけ医になった縁で知り合ったと思っていたけれど違うようだ。
そう言えば、彼女はダイナ公爵家に嫁ぐ前には何をしていたのだろう。
もともとは男爵令嬢だと言っていた。後妻とはいえ、男爵家から公爵家に嫁ぐ話は聞いたことがない。たぶん、私が聞いていない苦労があるのだ。波乱万丈な人生を歩んで、今の幸せがあるのだろう。
そんなことを思っていると、マールが口を開く。
「ええ、そうです。ミネルバ様には感謝しています。公爵夫人になると、立派な鴨を私に紹介してくれました」
「カモ? ですか……」
私が首を傾げていると、彼はわかり易く片方だけ口角を上げて見せる。
「おっと、私としたことが言い間違えました。立派な金蔓、うーん、これも気持ちが表れすぎていますね。では、高額な診察料を気前よく払う公爵。これならどうでしょうか? レティシア様」
悪いお医者様は片目をつぶって私に聞いてくる。その表情はいたずらを考えている子供みたいで楽しそうだ。
「ぎりぎり大丈夫? でしょうか」
私が笑いながら答えると、彼は真面目な顔で『実はこのお茶会には鴨がたくさんいるんですよ』と更に私を笑わせてくる。
――本当に彼は冗談が上手だ。
友人同士の楽しい会話をもっと続けたいけれど、やはり気になってしまう。
私は手にしていたカップをテーブルの上に置く。
「マール先生、大変申し訳ございませんが、席を外してもよろしいでしょうか?」
「ホグワル侯爵夫人のもとへ行かれるのですね」
「はい。ミネルバ様は気遣ってくださいましたが、やはり気になりますので行こうと思います。私が行ってどうなるものでもないと思いますが……」
「では、私も一緒に行きましょう」
彼がさっと立ち上がると、私も慌てて立ち上がる。無関係な彼に迷惑を掛けるつもりはなかった。
「マール先生まで行く必要はありません」
「確かに必要はないですね。ですが、レティシア様との会話があまりに楽しいので、私はもう少しだけ続けたいと思っています。どうか、歩いている間だけお付き合い願えませんか?」
彼は私の返事を待たずに先に歩き始める。
ミネルバといい、彼といい、今日私は素敵な友人を得たようだ。
私と彼は並んで庭園へと戻っていく。
私が到着した時よりも招待客は明らかに増えていた。もしかしたら三百人は超えているかもしれない。
夜会と違って昼間のお茶会のドレスは華美ではない。でも、色とりどりのドレスを纏った令嬢や夫人達で視界が遮られ、なかなか義母達を見つけられないでいた。
「もしかしたら、もうミネルバ様が収めたのかもしれませんね。あの方はやり手ですから」
「それならば良いのですが……」
長身のマールは辺りを見回しながらそう告げてくる。私はというと、彼のように背が高くないので首を動かながら目を凝らしていた。
彼の言う通りかも知れないと思っていると、彼が不自然に人が集まっている場所に気づいた。
「きっと、あそこですね。レティシア様、ついて来てください」
彼は人混みをかき分けて先に進み、私が通れる道を作ってくれる。そのお陰で私は難なく中心に辿り着く。
人混みの真ん中は円のようにあいており、そこには義母と数人の夫人達がいた。
ミネルバの姿はなく、どうしたのだろうと思っていると、彼女は少し離れたところにいた。周囲の人達と同じように立って見ている。
「メイベル様、いい加減お認めになったらいかがですか? 私は別に責めてはおりませんのよ。ただ正直になって頂きたいと思っているだけです。淑女たる者、嘘はいけませんものね」
「認めるも何も、違うと言っているではありませんか。認めたらそれそこ嘘を吐いたことになってしまいますわ」
ふたつの声――義母ともう一人は確かルーマニ伯爵夫人――が聞こえてくる。どちらも丁寧な物言いだったけれど、義母の声には苛立ちが、ルーマニ伯爵夫人の声に余裕が感じられた。
これだけでは状況が分からない。
私とマールは説明を求めて、円の内側に沿ってミネルバのほうへと歩いていった。
「ご歓談中のところ失礼いたします。奥様、少し揉めていらっしゃるご夫人方がおります」
「何人ほどなの?」
ミネルバは綺麗な眉を片方だけ上げる。その仕草は報告に来た侍女へではなく、騒ぎを起こしてる者達に対するものだ。
客人同士が揉めることは珍しくはなく、そういう場合女主人が対応する。
「ホグワル侯爵夫人を中心に六人ほどです」
義母の名が出てくるとは思っておらず、私は目を見開く。義母は社交が上手なはずなのに……。
彼女はふぅと息を吐いてから、私とマールに向き直る。
「中座して申し訳ございませんが、私は他のお客様にご挨拶して参りますね」
「ミネルバ様、私も一緒に参ります」
私が席を立とうとすると、先に立ち上がっていた彼女は私の肩に軽く触れて押し止める。
「レティシア様にお願いがございます。聞いていただけるかしら?」
「はい、私に出来ることでしたら……」
彼女は私の返事を聞くとにっこりと頷く。
「では、マール伯爵のお相手をお願いします。多忙のなか時間を作って来てくださったのに、私は席を外してしまうので。マール伯爵、ご無礼をお許しくださいませ」
彼女は早口でそう言うと、侍女を連れて温室から出ていった。
ああ言っていたけれど、彼女は私に気を遣ってくれたのだ。……巻き込まれないようにと。
彼女の気遣いに感謝していると、マールが向かいの席に座る。温室内に控えている侍女は、すぐに淹れたてのお茶を彼の前に置くと、静かにこの場から離れていく。
「レティシア様、ミネルバ様とずいぶん親しくなったようですね」
「大変嬉しいことに、ご友人の一人に加えていただきました。気さくな方ですわね」
「彼女が気さく……ですか」
「はい、とても」
マールはなぜか苦笑いしながらお茶を一口飲んだ。
彼と一緒にお茶を飲んだことは”薬の処方”で何度もある。でも、友人としては初めて。
『共通の友人』から聞いたとミネルバは言っていた。……ということは、彼にとって私は患者でもあり友人でもあるのだ。
そう思っていいわよね……。
尊敬している人からそう思われていると知って素直に嬉しかった。
「マール先生はミネルバ様と付き合いは長いのですか?」
「彼女を最初に診たのは随分前ですから、かれこれ三年になります」
「では、彼女が再婚する前からのお知り合いなのですね」
ダイナ公爵家のかかりつけ医になった縁で知り合ったと思っていたけれど違うようだ。
そう言えば、彼女はダイナ公爵家に嫁ぐ前には何をしていたのだろう。
もともとは男爵令嬢だと言っていた。後妻とはいえ、男爵家から公爵家に嫁ぐ話は聞いたことがない。たぶん、私が聞いていない苦労があるのだ。波乱万丈な人生を歩んで、今の幸せがあるのだろう。
そんなことを思っていると、マールが口を開く。
「ええ、そうです。ミネルバ様には感謝しています。公爵夫人になると、立派な鴨を私に紹介してくれました」
「カモ? ですか……」
私が首を傾げていると、彼はわかり易く片方だけ口角を上げて見せる。
「おっと、私としたことが言い間違えました。立派な金蔓、うーん、これも気持ちが表れすぎていますね。では、高額な診察料を気前よく払う公爵。これならどうでしょうか? レティシア様」
悪いお医者様は片目をつぶって私に聞いてくる。その表情はいたずらを考えている子供みたいで楽しそうだ。
「ぎりぎり大丈夫? でしょうか」
私が笑いながら答えると、彼は真面目な顔で『実はこのお茶会には鴨がたくさんいるんですよ』と更に私を笑わせてくる。
――本当に彼は冗談が上手だ。
友人同士の楽しい会話をもっと続けたいけれど、やはり気になってしまう。
私は手にしていたカップをテーブルの上に置く。
「マール先生、大変申し訳ございませんが、席を外してもよろしいでしょうか?」
「ホグワル侯爵夫人のもとへ行かれるのですね」
「はい。ミネルバ様は気遣ってくださいましたが、やはり気になりますので行こうと思います。私が行ってどうなるものでもないと思いますが……」
「では、私も一緒に行きましょう」
彼がさっと立ち上がると、私も慌てて立ち上がる。無関係な彼に迷惑を掛けるつもりはなかった。
「マール先生まで行く必要はありません」
「確かに必要はないですね。ですが、レティシア様との会話があまりに楽しいので、私はもう少しだけ続けたいと思っています。どうか、歩いている間だけお付き合い願えませんか?」
彼は私の返事を待たずに先に歩き始める。
ミネルバといい、彼といい、今日私は素敵な友人を得たようだ。
私と彼は並んで庭園へと戻っていく。
私が到着した時よりも招待客は明らかに増えていた。もしかしたら三百人は超えているかもしれない。
夜会と違って昼間のお茶会のドレスは華美ではない。でも、色とりどりのドレスを纏った令嬢や夫人達で視界が遮られ、なかなか義母達を見つけられないでいた。
「もしかしたら、もうミネルバ様が収めたのかもしれませんね。あの方はやり手ですから」
「それならば良いのですが……」
長身のマールは辺りを見回しながらそう告げてくる。私はというと、彼のように背が高くないので首を動かながら目を凝らしていた。
彼の言う通りかも知れないと思っていると、彼が不自然に人が集まっている場所に気づいた。
「きっと、あそこですね。レティシア様、ついて来てください」
彼は人混みをかき分けて先に進み、私が通れる道を作ってくれる。そのお陰で私は難なく中心に辿り着く。
人混みの真ん中は円のようにあいており、そこには義母と数人の夫人達がいた。
ミネルバの姿はなく、どうしたのだろうと思っていると、彼女は少し離れたところにいた。周囲の人達と同じように立って見ている。
「メイベル様、いい加減お認めになったらいかがですか? 私は別に責めてはおりませんのよ。ただ正直になって頂きたいと思っているだけです。淑女たる者、嘘はいけませんものね」
「認めるも何も、違うと言っているではありませんか。認めたらそれそこ嘘を吐いたことになってしまいますわ」
ふたつの声――義母ともう一人は確かルーマニ伯爵夫人――が聞こえてくる。どちらも丁寧な物言いだったけれど、義母の声には苛立ちが、ルーマニ伯爵夫人の声に余裕が感じられた。
これだけでは状況が分からない。
私とマールは説明を求めて、円の内側に沿ってミネルバのほうへと歩いていった。
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