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42.想いの行方②(トウヤ視点)
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石女という理由で離縁した前妻が子を身籠った。そして、ロイドの愛人が産んだ子は、彼にまったく似ていない。
このふたつの事実から人々は『もしやロイドのほうが種無しなのでは……』と囁き始めたのだ。
ホグワル候爵は噂を消そうと必死だが無理だろう。社交界がこんな美味しい噂を放っておくわけがない。……レティシアが石女と噂された時と同じだ。
あの時の発端は、ホグワル候爵がうっかり口を滑らせたことだった。
うっかりだと? あれは意図的だった。
離縁の理由がロイドにないことを公にしたかったのだ。レティシアを貶める意図はなかったとしても、結果は簡単に予想出来たはずだ。
今度は私が同じことをした。アリーチェの子がロイドに似ていない事実を裏で流したのだ。……もちろん、レティシアには内緒だが。
彼女を傷つけたお返しですよ、ホグワル候爵。
私は視界の端に映ったホグワル候爵に向かってほくそ笑む。その横顔は遠目から見ても窶れていて、以前の覇気はない。
噂が流れ始めると、ロイドの周囲に群がっていた令嬢達はいなくなった。血の繋がりを以て次代まで縁を結ぼうとしているのに、子が出来ないのでは意味がないからだ。
条件の良い再婚相手も見つからず、事業の拡大も頓挫したという。そのうえ、スペアは”カッコウの雛”かもしれないとなれば、ああもなるだろう。
本当にカッコウの雛なんですかね……。
アリーチェはプライドが高い女だ。未婚の令嬢だった自分を高く売る武器――清い体――をあっさり捨て去るとは思えない。ロイドと寝たのは想いがあったからだろう。
だから、私の推測ではスペアはロイドの子だ。まあ、他家の問題に口を挟むことは未来永劫ないが。
ホグワル候爵は腸が煮えくり返っていることだろう。診立てを誤った私を表舞台から引きずり下ろしたいと思っているはずだ。
だが、彼には出来ない。
私は自分が手にしている人脈を、夜会などで彼に見せつけるように披露していた。
ピロット公爵、ダイナ公爵など錚々たる顔ぶれを知って、私に手が出せるはずがない。
あなただって、自分の身が可愛いですよね? ホグワル候爵。
もし私を破滅させようとしたら、その前に自分が破滅すると彼は分かっている。
賢い男で良かったと思っていると、私が首を後ろに向けているのに気づいたレティシアが上目遣いで見てくる。
「知り合いがいたのなら、一緒に挨拶に行きましょうか? トウヤ」
「いいや、勘違いだったみたいだ」
私の視線の先を辿ろうとするレティシアを包み込むように抱いて、頬と耳元に口づけを落とす。
あんな奴らなど目に映したら胎教に悪い。
「……ミネルバ様がいます」
彼女は頬を赤く染めながら、咎めるような口調で告げてくる。だが、その口元は嬉しそうに上がっている。彼女が私を拒むことはない。
「私は君の夫だから権利がある。もし見たくないなら、ミネルバ様が離れればいいだけだ」
「はいはい、ご馳走さま。レティシア様、また遊びに行きますね」
「お待ちしております、ミネルバ様」
二度と来るなと思いながら、私は女狐に頭を下げた。噂が下火にならないように貢献しているのは、間違いなく彼女だ。レティシアのために動くならば、多少は目をつむろう。
……だが、頻繁に来るな。
緩やかな曲が流れ始め、踊るのを控えていた年配のご夫人方が夫ととも踊り始める。
これならレティシアも大丈夫だろう。私は恭しく彼女の手を取ると、その甲に口づける。
「私に君と踊る栄誉をくれないか? レティシア」
「はい、喜んで」
彼女の体に負担を掛けないように、ゆっくりと踊り始める。踊ると言うよりは、優雅な曲に合わせて抱きしめているという感じだ。
――彼女の瞳には、今、私しか映っていない。
その目には私への想いと、お腹の子への想いが溢れている。
こんな日が来るとは思わなかった。
私はただ彼女を守れる男になりたかった。それ以上を望んだりはしなかった。
しかし、自分の気持ちを抑えきれずに、レティシアに手を伸ばした。
だが、私は不安だった。自分なんかがそばにいたら、彼女を穢してしまうのではないだろうかと。
……杞憂だったがな。
彼女は変わらない。私が隣にいようが、彼女は私が愛した彼女のままだ。
――真っ直ぐで優しく、どこまでも強い。
「レティシア、ありがとう。愛してくれて」
彼女は一瞬きょとんとしてから、ふわっと柔らかく微笑む。それは、私の腕の中でしか見せない顔だった。
「あなたを愛せて私は幸せです、トウヤ」
嬉しくて泣きそうになる。そんな情けない顔を隠すように、私は彼女を慎重に抱き寄せる。お腹の子がびっくりしたらいけないから。
私とレティシアの子――だが、私はあの時の子だと思っている。大好きな母のもとに戻ってきたのだ。
私は彼女の耳元に口を寄せて、お腹の子への言葉を囁く。
「私達を選んで戻ってきてくれてありがとう。会える日を待っているよ。だが、焦らなくていい。これから子供部屋を作るんだ、五ヶ月掛けてね」
やることは山ほどある。まずはレティシアと一緒に壁紙選びから始めよう。
レティシアは私の腕の中でぽろぽろと涙を流している。
ずっと彼女もあの時の子が戻ってきたと思っていたはずだ。しかし、それを言葉にはしなかった。
私への遠慮もあったのかも知れない。……あの時はロイドの子だったから。
でも、それ以上に怖かったのだ。前回と同じような結果になるのが。
「レティシア、もう大丈夫だよ。この子は元気に生まれてくる。優秀な医者が言うんだから間違いない」
「ええ、そうですね。赤ちゃん、あなたのお父様は名医なのよ」
私は身を屈めて、コツンと彼女と額を合わせる。それから、彼女の頬に流れる嬉し涙を自分の唇で拭っていく。
これから何度でも彼女に嬉し涙を流させよう。そして、それを拭うのは私だけ。
――誰にも譲らない。
(完)
*********************
これにて完結です。
途中お休みをいただいたにもかかわらず、最後まで読んでいただき有り難うございました(=´▽`=)ノ
このふたつの事実から人々は『もしやロイドのほうが種無しなのでは……』と囁き始めたのだ。
ホグワル候爵は噂を消そうと必死だが無理だろう。社交界がこんな美味しい噂を放っておくわけがない。……レティシアが石女と噂された時と同じだ。
あの時の発端は、ホグワル候爵がうっかり口を滑らせたことだった。
うっかりだと? あれは意図的だった。
離縁の理由がロイドにないことを公にしたかったのだ。レティシアを貶める意図はなかったとしても、結果は簡単に予想出来たはずだ。
今度は私が同じことをした。アリーチェの子がロイドに似ていない事実を裏で流したのだ。……もちろん、レティシアには内緒だが。
彼女を傷つけたお返しですよ、ホグワル候爵。
私は視界の端に映ったホグワル候爵に向かってほくそ笑む。その横顔は遠目から見ても窶れていて、以前の覇気はない。
噂が流れ始めると、ロイドの周囲に群がっていた令嬢達はいなくなった。血の繋がりを以て次代まで縁を結ぼうとしているのに、子が出来ないのでは意味がないからだ。
条件の良い再婚相手も見つからず、事業の拡大も頓挫したという。そのうえ、スペアは”カッコウの雛”かもしれないとなれば、ああもなるだろう。
本当にカッコウの雛なんですかね……。
アリーチェはプライドが高い女だ。未婚の令嬢だった自分を高く売る武器――清い体――をあっさり捨て去るとは思えない。ロイドと寝たのは想いがあったからだろう。
だから、私の推測ではスペアはロイドの子だ。まあ、他家の問題に口を挟むことは未来永劫ないが。
ホグワル候爵は腸が煮えくり返っていることだろう。診立てを誤った私を表舞台から引きずり下ろしたいと思っているはずだ。
だが、彼には出来ない。
私は自分が手にしている人脈を、夜会などで彼に見せつけるように披露していた。
ピロット公爵、ダイナ公爵など錚々たる顔ぶれを知って、私に手が出せるはずがない。
あなただって、自分の身が可愛いですよね? ホグワル候爵。
もし私を破滅させようとしたら、その前に自分が破滅すると彼は分かっている。
賢い男で良かったと思っていると、私が首を後ろに向けているのに気づいたレティシアが上目遣いで見てくる。
「知り合いがいたのなら、一緒に挨拶に行きましょうか? トウヤ」
「いいや、勘違いだったみたいだ」
私の視線の先を辿ろうとするレティシアを包み込むように抱いて、頬と耳元に口づけを落とす。
あんな奴らなど目に映したら胎教に悪い。
「……ミネルバ様がいます」
彼女は頬を赤く染めながら、咎めるような口調で告げてくる。だが、その口元は嬉しそうに上がっている。彼女が私を拒むことはない。
「私は君の夫だから権利がある。もし見たくないなら、ミネルバ様が離れればいいだけだ」
「はいはい、ご馳走さま。レティシア様、また遊びに行きますね」
「お待ちしております、ミネルバ様」
二度と来るなと思いながら、私は女狐に頭を下げた。噂が下火にならないように貢献しているのは、間違いなく彼女だ。レティシアのために動くならば、多少は目をつむろう。
……だが、頻繁に来るな。
緩やかな曲が流れ始め、踊るのを控えていた年配のご夫人方が夫ととも踊り始める。
これならレティシアも大丈夫だろう。私は恭しく彼女の手を取ると、その甲に口づける。
「私に君と踊る栄誉をくれないか? レティシア」
「はい、喜んで」
彼女の体に負担を掛けないように、ゆっくりと踊り始める。踊ると言うよりは、優雅な曲に合わせて抱きしめているという感じだ。
――彼女の瞳には、今、私しか映っていない。
その目には私への想いと、お腹の子への想いが溢れている。
こんな日が来るとは思わなかった。
私はただ彼女を守れる男になりたかった。それ以上を望んだりはしなかった。
しかし、自分の気持ちを抑えきれずに、レティシアに手を伸ばした。
だが、私は不安だった。自分なんかがそばにいたら、彼女を穢してしまうのではないだろうかと。
……杞憂だったがな。
彼女は変わらない。私が隣にいようが、彼女は私が愛した彼女のままだ。
――真っ直ぐで優しく、どこまでも強い。
「レティシア、ありがとう。愛してくれて」
彼女は一瞬きょとんとしてから、ふわっと柔らかく微笑む。それは、私の腕の中でしか見せない顔だった。
「あなたを愛せて私は幸せです、トウヤ」
嬉しくて泣きそうになる。そんな情けない顔を隠すように、私は彼女を慎重に抱き寄せる。お腹の子がびっくりしたらいけないから。
私とレティシアの子――だが、私はあの時の子だと思っている。大好きな母のもとに戻ってきたのだ。
私は彼女の耳元に口を寄せて、お腹の子への言葉を囁く。
「私達を選んで戻ってきてくれてありがとう。会える日を待っているよ。だが、焦らなくていい。これから子供部屋を作るんだ、五ヶ月掛けてね」
やることは山ほどある。まずはレティシアと一緒に壁紙選びから始めよう。
レティシアは私の腕の中でぽろぽろと涙を流している。
ずっと彼女もあの時の子が戻ってきたと思っていたはずだ。しかし、それを言葉にはしなかった。
私への遠慮もあったのかも知れない。……あの時はロイドの子だったから。
でも、それ以上に怖かったのだ。前回と同じような結果になるのが。
「レティシア、もう大丈夫だよ。この子は元気に生まれてくる。優秀な医者が言うんだから間違いない」
「ええ、そうですね。赤ちゃん、あなたのお父様は名医なのよ」
私は身を屈めて、コツンと彼女と額を合わせる。それから、彼女の頬に流れる嬉し涙を自分の唇で拭っていく。
これから何度でも彼女に嬉し涙を流させよう。そして、それを拭うのは私だけ。
――誰にも譲らない。
(完)
*********************
これにて完結です。
途中お休みをいただいたにもかかわらず、最後まで読んでいただき有り難うございました(=´▽`=)ノ
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