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2.予期せぬ再会

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ある日のこと、使用人が慌てた様子で私の元へやってきて、封筒に入った書類を差し出してきた。

それはルイアンが明日持っていくから忘れないようにと、昨晩のうちに玄関のそばにある飾りテーブルの上に用意していたのものだった。
今朝は慌ただしく出て行ったから、うっかり忘れてしまったのだろう。

「それは私が届けるわ」
「分かりました。すぐに馬車の用意をいたします」

そう言ってから私はすぐに外出の準備を始めた。
夫がくれる薬のお陰か最近は調子がいいから、届けるついでに外の空気を吸って気分転換しよう。

もともと深窓の令嬢だったわけではないので、ずっと家に籠もっているのはなんだか落ち着かない。


私は馬車に乗って、ルイアンの職場である騎士団へと向かう。
彼は伯爵位を継いでいるけれども、騎士として務めている。もともとナンバル子爵の意向でブラックリー伯爵となっただけで、伯爵としての仕事に興味はない人だった。
結婚後は領地の管理を子爵家の親戚に任せ、一度たりとも領地へは出向いていない。

もちろん私に相談せずに決められ、事後報告という形で告げられただけ。
お世話になった人達へ挨拶もせずに生まれ育った領地から去ってしまったことは今でも心残りだ。


騎士団の建物を訪れると街の見回りで夫は不在だった。だから私はその場にいた騎士に荷物を頼むことにした。ルイアンの妻だと認識されているから問題はないだろう。

「これをルイアンに渡していただけますか?」
「はいお預かりします。ですがあと少ししたら戻りますから、待っていてはいかがですか?」

そう言って親切に椅子を勧めてくれる。

「お気遣いありがとうございます。ですがこのあと用事があるので失礼します」

私は申し訳無さそうな表情を浮かべてそう言うと、その場から早々に去ることにした。
妻として必要以上に出しゃばるなの結婚当初から言われている。

最近優しいと言ってもそれはあくまでも人としてのことで、夫婦仲が劇的に変化したわけではない。
…愛人がいる事実はたぶん変わっていない。

隠しているつもりだろうけど、お飾りの妻とはいえ七年も一緒にいれば分かるものだ。

 



◇ ◇ ◇


廊下を歩いているといきなり後ろから若い男性の声に呼び止められる。

「そこ金髪の人、ちょっと止まって。こっち向いてっ!」

失礼とも言えるその呼び掛けに眉を顰めてしまう。
普通だったら名前も知らない人に声を掛ける時はもう少し丁寧な物言いをするべきだと思いながらも振り返る。


「うぁー!やっぱりシン姉だ。久しぶり、変わっていないなー。そうそう、その眉を顰めるところなんて七年前と全く同じ!あっはは、美人の無駄遣いだね」
「……大きくなったわね、ジェイ。でも中身は全く変わっていないわ…」

自分の眉間に指を当て皺を作り屈託なく笑っているのは、八歳年下の幼馴染みだった。

ミン子爵家と我が家は領地が隣同士だったから、子爵家の三男である彼は私にとって弟のような存在で、彼も懐いてくれていた。

とびきり手が掛かる子だったけれど、それでも皆から不思議と憎まれないそんな子でもあった。

体は驚くほど成長しているが、十七歳なった今もその顔つきに面影が残っているし、砕けすぎた口調とその失礼な物言いは変わっていない。

 ふふ、憎めないところも変わっていないわね。


「えへへ、シン姉に褒められちゃった」
「褒めていないから!ふふ、でもジェイらしいわね」
 
苦笑いしながらそう言っても、彼は笑いながら聞き流している。

彼は七年という空白を感じさせないほど自然に接してきた。貧乏だったけれど幸せだった頃の私に戻ったようで、じんわりと心が温かくなる。

 本当に変わっていないな…。

ジェイは良い意味でジェイのまま。
真っ直ぐに見つめるその目がなんだか眩しく感じてしまう。


彼は最近になってこの街の騎士団に配属されたのだという。ルイアンの名字がブラックリーだとは知っていたが、まさか私の夫とは考えなかったそうだ。
お世話になったミン子爵家へも挨拶もせずに去ってしまったから、彼が知らないのも無理はない。


「うーん、なんかシン姉と彼が夫婦ってピンと来ないんだよね…」
「夫婦なんて縁だからそんなものよ」

そう言って首を傾げているジェイ。
この子は変に勘が鋭いところがあるから、私とルイアンの相性の悪さを本能的に感じ取っているのかもしれない。

そもそも私は夫の好みとは違う。
見た目は儚げなくせに、その中身がどこまでも現実的なところが気に食わないと言われている。がっかりするそうだ。

そして私は現実と向き合わない人は苦手だ。
無いものを嘆いていても貧乏には立ち向かえないのを、苦労知らずのルイアンには分からないのだろう。

――お互いに永遠に分かり合えない関係。

最悪の組み合わせの夫婦もいるのだとはジェイには言わないでおく。
将来がある彼に結婚に対する変な先入観を植え付けないほうがいいから。

 
彼は私を馬車まで見送ると礼儀正しく申し出てくれる。
こんなところは大人になったなと感心していると、どこかの部屋から漏れ出ているようなくぐもった声が聞こえてきた。

 えっ、これって…。


「ねえ、まだなの?」
「もう少し待ってくれ、イメルダ」
「もっとたくさん薬を与えればいいじゃない。そうすれば私達はすぐに一緒になれるわ」
「急死したら怪しまれて調査が入ってしまう。待てば私達は正式に夫婦になれるんだ。数ヶ月のために危ない橋を渡るなんて馬鹿らしい。そうだろ?」

聞き覚えがある声でなかったら立ち止まることはなかっただろう。
でもその声は紛れもなく夫であるルイアンのものだった。



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