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26.追及と拒絶③
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――きっとこれは彼の本音。
心のどこかで思っていたことが、酔った勢いで言葉になった。
私の隣国での三年間をそんなふうに思っているなんて知りたくはなかった。
あんな馬鹿げた噂を彼は信じることはないとずっと思っていたのに…。
情けなくて悔しくて、そして辛すぎた。
私の三年間は一体何だったのだろうか。
国王である彼が思っているという事は貴族達もそう思っているのだろう。だからこそ立派な側妃とお飾りの王妃なのかもしれない。
民達だけだった、私の三年間を色眼鏡で見ることなく純粋に受け入れてくれていたのは。
呆然と立ち尽くす私を見て、アンレイは酔いが冷めたのか狼狽え始める。
「さ、さっきのは酔っていたせいだ。あれは本心でじゃない、きっと疲れていたせいだ。分かるだろう?誰だって思っていないことをつい口走ってしまうことはある。だからジュンリヤ、許し――」
パシッ!!
近づいてきて私を抱きしめようとする彼の手を冷たく跳ね除ける。
「ジュ…ジュンリヤ……」
お願い、近づかないで。
足の震えはいつの間にか止まっていた。
「これからどうするのかだけ聞かせて」
謝罪の言葉なんて聞きたくなかった。
謝られても『酔っていたから仕方がないわ』と許せるほど心は広くない。
だから必要なことだけを言葉にした。
「…少しだけ待ってくれ、考える時間が欲しい」
「いつまで…?もう時間はないわ」
彼だって分かっているはず、視察が終わる前に動かなかったら遅いのだと。
今更対処しても変わらないかもしれないけれど、何もしないよりはしたほうがいい。
「………視察最終日までにはなんとかする」
絞り出すようにそう言うアンレイ。
嘘ではないと今は信じるほかない。
「分かったわ、お時間をいただき有り難うございました」
微笑みながら優雅に臣下の礼をしたのは王妃としての矜持だった。
これ以上ここにいたらきっと私は彼を罵ってしまう。
そしてお互いに無意味に傷つけ合って、……心から憎しみ合うことになる。
――そこまで堕ちたくはない。
だから縋るような目で私を見てくる彼に背を向け、執務室から出ていった。
こんな時でも涙は出てこなかった。
私はもう二度と泣くことは出来ないのかもしれない。
◇ ◇ ◇
~アンレイ視点~
私の前から去っていくジュンリヤを追い掛けることが出来なかった。彼女からあんなに冷たい眼差しを向けられたのは初めてだったから。
いつだって温かく穏やかに私を見てくれ、微笑みを絶やさずにいてくれた。
――私の為に。
追い掛けて彼女を振り向かせたら、またあんな目で見られるのだろうか。
あの目には拒絶しかなかった…。
――耐えられない。
三年ぶりに帰国したジュンリヤは眩しかった。
人質として大変な思いをしていたはずなのに、愚痴一つこぼさずに真っ直ぐに私を見ていた。
三年前と同じで『清廉潔白な王妃』そのもの。それなのに私は……。
――急に怖くなった。
私の手が汚れていることを知ったら、軽蔑されてしまうのではないかと。
だから何も言えなかった、いや言わなかった。
そして湧き上がる不安を忙しさで蓋をし気づかないふりをして過ごす日々。
弱い自分を見せたくない。
三年前彼女を無様に差し出した自分とは違う、もう君を守れる力があると見せたかった。
――幻滅されたくない。
それだけだったはずなのに、私は間違えた。
なによりも守りたかった人なのに、ただ笑っていて欲しかっただけなのに…。
ただ彼女を傷つけてしまった。
誓ってあれは本心ではない。
自分の弱さを曝け出してしまって、どうすればいいのか分からなかった。
……気づいたらあんな酷い言葉を口にしていた。
本当に…そんなんじゃない…。
ただ、どうしていいか分からなくて…。
そんなふうに思ったことは一度だってないんだ!
彼女に会いにいく勇気が欲しかったから、棚から酒を取り出し瓶ごと一気に飲み干す。
酒の力を借りても足は固まったままで動かなかった。
――私は愚かで、そのうえ臆病だった。
「くそっ、そんなことは私が一番分かっているんだっーー」
浴びるほど一人で酒を飲み続け、暫くしてからふらつく足で向かった先は側妃の部屋だった。
いつもと違う私になにかを察したのか、余計なことは聞いてこなかった。
もし聞かれても答えるつもりはなかった、彼女には関係のないことだ。
彼女はいつものように義務として私を受け入れてくれた。その視線に愛情がないことにいつも以上に救われた。
――これは公務だ、裏切りではない。
愛しているジュンリヤのあの目を忘れたくて、愛していないアンナを夢中で抱いた。
――今は何も考えたくない。
…明日だ、明日になったら謝ろう。
お互いに頭に血が上っている時ではなく、時間をおいたほうがいい。
馬鹿な言い訳をしても心は苦しいままだった。
そしてことが終わると酒のせいですぐに睡魔に襲われる。……ほっとした。
『……あなたもこっちに堕ちて……』
アンナが何かを言ったようだが、眠りに落ちていく私の耳にはもう届かなかった。
夢の中でジュンリヤが泣いていた。それは分かっているのに、なぜか顔は見えない。
そういえば彼女の泣いた顔を最後に見たのはいつだっただろうか。思い出せなかった。
そうかこれは夢だからだ、目覚めたらきっと思い出せるはず…。
***********************
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心のどこかで思っていたことが、酔った勢いで言葉になった。
私の隣国での三年間をそんなふうに思っているなんて知りたくはなかった。
あんな馬鹿げた噂を彼は信じることはないとずっと思っていたのに…。
情けなくて悔しくて、そして辛すぎた。
私の三年間は一体何だったのだろうか。
国王である彼が思っているという事は貴族達もそう思っているのだろう。だからこそ立派な側妃とお飾りの王妃なのかもしれない。
民達だけだった、私の三年間を色眼鏡で見ることなく純粋に受け入れてくれていたのは。
呆然と立ち尽くす私を見て、アンレイは酔いが冷めたのか狼狽え始める。
「さ、さっきのは酔っていたせいだ。あれは本心でじゃない、きっと疲れていたせいだ。分かるだろう?誰だって思っていないことをつい口走ってしまうことはある。だからジュンリヤ、許し――」
パシッ!!
近づいてきて私を抱きしめようとする彼の手を冷たく跳ね除ける。
「ジュ…ジュンリヤ……」
お願い、近づかないで。
足の震えはいつの間にか止まっていた。
「これからどうするのかだけ聞かせて」
謝罪の言葉なんて聞きたくなかった。
謝られても『酔っていたから仕方がないわ』と許せるほど心は広くない。
だから必要なことだけを言葉にした。
「…少しだけ待ってくれ、考える時間が欲しい」
「いつまで…?もう時間はないわ」
彼だって分かっているはず、視察が終わる前に動かなかったら遅いのだと。
今更対処しても変わらないかもしれないけれど、何もしないよりはしたほうがいい。
「………視察最終日までにはなんとかする」
絞り出すようにそう言うアンレイ。
嘘ではないと今は信じるほかない。
「分かったわ、お時間をいただき有り難うございました」
微笑みながら優雅に臣下の礼をしたのは王妃としての矜持だった。
これ以上ここにいたらきっと私は彼を罵ってしまう。
そしてお互いに無意味に傷つけ合って、……心から憎しみ合うことになる。
――そこまで堕ちたくはない。
だから縋るような目で私を見てくる彼に背を向け、執務室から出ていった。
こんな時でも涙は出てこなかった。
私はもう二度と泣くことは出来ないのかもしれない。
◇ ◇ ◇
~アンレイ視点~
私の前から去っていくジュンリヤを追い掛けることが出来なかった。彼女からあんなに冷たい眼差しを向けられたのは初めてだったから。
いつだって温かく穏やかに私を見てくれ、微笑みを絶やさずにいてくれた。
――私の為に。
追い掛けて彼女を振り向かせたら、またあんな目で見られるのだろうか。
あの目には拒絶しかなかった…。
――耐えられない。
三年ぶりに帰国したジュンリヤは眩しかった。
人質として大変な思いをしていたはずなのに、愚痴一つこぼさずに真っ直ぐに私を見ていた。
三年前と同じで『清廉潔白な王妃』そのもの。それなのに私は……。
――急に怖くなった。
私の手が汚れていることを知ったら、軽蔑されてしまうのではないかと。
だから何も言えなかった、いや言わなかった。
そして湧き上がる不安を忙しさで蓋をし気づかないふりをして過ごす日々。
弱い自分を見せたくない。
三年前彼女を無様に差し出した自分とは違う、もう君を守れる力があると見せたかった。
――幻滅されたくない。
それだけだったはずなのに、私は間違えた。
なによりも守りたかった人なのに、ただ笑っていて欲しかっただけなのに…。
ただ彼女を傷つけてしまった。
誓ってあれは本心ではない。
自分の弱さを曝け出してしまって、どうすればいいのか分からなかった。
……気づいたらあんな酷い言葉を口にしていた。
本当に…そんなんじゃない…。
ただ、どうしていいか分からなくて…。
そんなふうに思ったことは一度だってないんだ!
彼女に会いにいく勇気が欲しかったから、棚から酒を取り出し瓶ごと一気に飲み干す。
酒の力を借りても足は固まったままで動かなかった。
――私は愚かで、そのうえ臆病だった。
「くそっ、そんなことは私が一番分かっているんだっーー」
浴びるほど一人で酒を飲み続け、暫くしてからふらつく足で向かった先は側妃の部屋だった。
いつもと違う私になにかを察したのか、余計なことは聞いてこなかった。
もし聞かれても答えるつもりはなかった、彼女には関係のないことだ。
彼女はいつものように義務として私を受け入れてくれた。その視線に愛情がないことにいつも以上に救われた。
――これは公務だ、裏切りではない。
愛しているジュンリヤのあの目を忘れたくて、愛していないアンナを夢中で抱いた。
――今は何も考えたくない。
…明日だ、明日になったら謝ろう。
お互いに頭に血が上っている時ではなく、時間をおいたほうがいい。
馬鹿な言い訳をしても心は苦しいままだった。
そしてことが終わると酒のせいですぐに睡魔に襲われる。……ほっとした。
『……あなたもこっちに堕ちて……』
アンナが何かを言ったようだが、眠りに落ちていく私の耳にはもう届かなかった。
夢の中でジュンリヤが泣いていた。それは分かっているのに、なぜか顔は見えない。
そういえば彼女の泣いた顔を最後に見たのはいつだっただろうか。思い出せなかった。
そうかこれは夢だからだ、目覚めたらきっと思い出せるはず…。
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