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23.濡れ衣
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狩猟大会前日の夕方。
その日の報告書を作成している私のもとに王女付きの侍女がやって来てこう告げた――『ザラ王女様がお呼びです』と。
王族からの呼び出しを断れるはずもなく、私は溜息を飲み込んで席を立った。
連れてこられた場所はあの空中庭園だった。ザラ王女の後ろには数人の侍女達が控えていて、顔ぶれは前回と同じ。あの時のことは誤解だと分かっているはずなのに、私を見る目が厳しい。
「これをご覧になって、シャロン様。狩猟大会で着るために用意したものです。どう思いますか?」
ザラ王女はそう言うと、テーブルの上に置いてあるドレスを指し示した。
袖口や襟には銀糸で繊細な刺繍を施しており、裾には砕いた紫水晶を散らすように縫い付けている。そんな豪華なドレスだった。ただ、使われている薄紫の布は私が持っている服によく似ていた。
同じ? いいえ、そんなはずはないわ。
王族が纏うドレスに安価な布が使用されるはずがない。
「とても素敵だと思います。ザラ王女様によくお似合いか――」
――ダンッ。
私の言葉を遮るように、控えていた侍女が何かを乱暴にテーブルの上に置く。
それは支度部屋に置いたはずの私の服だった。一点物ではない。だけど、襟に自分で挿した刺繍が教えてくれた。
「シャロン様、あなたのですよね? どう見ても同じ布を使っていますわ。ザラ王女様の真似をするなど不敬です!」
声高に侍女はそう言った。他の侍女達もそうだ、と言うように私を睨んでいる。
もし真似したのなら、それは私ではなく王女のほうだ。だって、王族が安い布を使うなんてあり得ない。
でも、どうして……。
ここにはいないシャロンの顔が頭に浮かぶ。数日前、彼女は熱心にこの服について聞いてきた。私は気に入ったからだと思ったけれど、彼女の関心は違うところにあったのだ。
……キューリの忠告は正しかった。
シャロンは王女の想い人の髪色が紫銀だと知っている。そして、その想い人を私が兄と呼んで慕っていることも。
貴族令嬢は恋人や婚約者の色を纏って親密さをアピールする。
シャロンはあの時、薄紫の服を見て変なふうに誤解したのだろう。彼女は王女の親友だから、親切心から王女に忠告した。『あなたの想い人にちょっかいを出そうとしている者がいる』と。私から聞き出した情報を合わせて。
すべて私の憶測にすぎない。でも、たぶん合っている。安価な布と呼び出しが、それを証明している。
「私は真似しておりません」
「まず言うべき言葉は謝罪ですわよ、シャロン様」
王女はにっこりと微笑む。寛大な王女様という感じで。私に濡れ衣を着せようとしているくせに。
薄紫はルークライを意識したわけではない、たまたまだ。
愛しているからこそ誤解して、私を陥れようとしているのだろう。でも、それは人としてやってはいけないことだ。
……こんな人ではルークを幸せには出来ない。
そう思うと無性に腹立たってきた。私は毅然と王女に向き合う。
「王族の衣装を仕立てる部屋には、お針子など許された者しか入室出来ないはずです。事前に私がザラ王女様のドレスを盗み見て真似することは不可能です」
「そんなの針子から聞き出したに決まっているわ!」
侍女が口を挟んでくる。たぶん、今の状況を正しく把握している。友人である王女の手足となって動いたのだろう。シャロンといい、侍女達といい、友人として間違っている。普通なら王女を諫めるべきなのに。
「針子の名誉のために言いますがそのような事実はありません。仮に教えてもらったとしても、王族が纏うような高級な布を私が手に入れることは出来ません。そう思われませんか? ザラ王女様」
――パンッ。
空中庭園に似つかわしくない乾いた音が鳴った。
ザラ王女が私の頬を叩いたのだ。
彼女は怒りから唇を震わせている。安価な布を王族が手に入れることは容易だと、遠回しに言ったのが伝わったのだろう。
「王族に敬意を払うことも出来ないなんて……。これだから育ちの悪い者は嫌なのよ。同じく公爵令嬢なのに、親友のシャロンと大違いだわ」
王女のいう敬意を払うとは、理不尽なことをされても上の者には逆らうなということらしい。
これ以上ここで揉めても私の立場が悪くなるだけ。はぁ……と、心の中で思いっきり溜め息をつく。
腹が立つけどこちらが折れようと思ったその時。
「魔法士を急に呼び出したと聞きましたが、用件はなんでしょうか。まさか、前回のようなことではないでしょうね? ザラ」
現れたのはタイアンだった。王弟である彼もまた、この場所に足を踏み入れる権利を有しているひとりだ。
彼は私を見て、それから厳しい視線を王女に向けた。
それなのに、彼女は怯むどころか、零れ落ちんばかりの笑みを見せる。
「違いますわ、叔父様。見てくださいませ、これを。彼女が私の真似をして作ったんですのよ」
彼女はタイアンの袖を引っ張りながら甘えるように訴えた。
この先の展開――叔父が助けてくれる――を頭に思い描いているのだろう、彼女は勝ち誇ったような表情を私に向ける。
溺愛される王女は、こうして困った状況を乗り越えてきたのかもしれない。
彼は王女のドレスと私の服を手に取り見比べた。
「同じ布ですね。ですが、どちらが真似をしたかは判断できません。ザラのものは王宮の針子が作ったものですね。では、いつ作らせたか確認しましょう。ここ数日、仕立て部屋の灯りが消えなかったみたいですが……。ちなみに、リディアの服は私が六日前に確認しました。状態からみても購入はずいぶん前でしょうね」
「アクセル叔父様、いったい誰の味方なんですの!」
ザラ王女が悲鳴のような声を上げる。
「もちろん、正しいほうの味方ですよ。それと今回は変わった布を選びましたね、ザラ」
タイアンは微笑んでいたけど、その目は笑っていなかった。彼女とルークライの関係、姪の性格、それから布の質から察したのだ――形勢は逆転した。
その日の報告書を作成している私のもとに王女付きの侍女がやって来てこう告げた――『ザラ王女様がお呼びです』と。
王族からの呼び出しを断れるはずもなく、私は溜息を飲み込んで席を立った。
連れてこられた場所はあの空中庭園だった。ザラ王女の後ろには数人の侍女達が控えていて、顔ぶれは前回と同じ。あの時のことは誤解だと分かっているはずなのに、私を見る目が厳しい。
「これをご覧になって、シャロン様。狩猟大会で着るために用意したものです。どう思いますか?」
ザラ王女はそう言うと、テーブルの上に置いてあるドレスを指し示した。
袖口や襟には銀糸で繊細な刺繍を施しており、裾には砕いた紫水晶を散らすように縫い付けている。そんな豪華なドレスだった。ただ、使われている薄紫の布は私が持っている服によく似ていた。
同じ? いいえ、そんなはずはないわ。
王族が纏うドレスに安価な布が使用されるはずがない。
「とても素敵だと思います。ザラ王女様によくお似合いか――」
――ダンッ。
私の言葉を遮るように、控えていた侍女が何かを乱暴にテーブルの上に置く。
それは支度部屋に置いたはずの私の服だった。一点物ではない。だけど、襟に自分で挿した刺繍が教えてくれた。
「シャロン様、あなたのですよね? どう見ても同じ布を使っていますわ。ザラ王女様の真似をするなど不敬です!」
声高に侍女はそう言った。他の侍女達もそうだ、と言うように私を睨んでいる。
もし真似したのなら、それは私ではなく王女のほうだ。だって、王族が安い布を使うなんてあり得ない。
でも、どうして……。
ここにはいないシャロンの顔が頭に浮かぶ。数日前、彼女は熱心にこの服について聞いてきた。私は気に入ったからだと思ったけれど、彼女の関心は違うところにあったのだ。
……キューリの忠告は正しかった。
シャロンは王女の想い人の髪色が紫銀だと知っている。そして、その想い人を私が兄と呼んで慕っていることも。
貴族令嬢は恋人や婚約者の色を纏って親密さをアピールする。
シャロンはあの時、薄紫の服を見て変なふうに誤解したのだろう。彼女は王女の親友だから、親切心から王女に忠告した。『あなたの想い人にちょっかいを出そうとしている者がいる』と。私から聞き出した情報を合わせて。
すべて私の憶測にすぎない。でも、たぶん合っている。安価な布と呼び出しが、それを証明している。
「私は真似しておりません」
「まず言うべき言葉は謝罪ですわよ、シャロン様」
王女はにっこりと微笑む。寛大な王女様という感じで。私に濡れ衣を着せようとしているくせに。
薄紫はルークライを意識したわけではない、たまたまだ。
愛しているからこそ誤解して、私を陥れようとしているのだろう。でも、それは人としてやってはいけないことだ。
……こんな人ではルークを幸せには出来ない。
そう思うと無性に腹立たってきた。私は毅然と王女に向き合う。
「王族の衣装を仕立てる部屋には、お針子など許された者しか入室出来ないはずです。事前に私がザラ王女様のドレスを盗み見て真似することは不可能です」
「そんなの針子から聞き出したに決まっているわ!」
侍女が口を挟んでくる。たぶん、今の状況を正しく把握している。友人である王女の手足となって動いたのだろう。シャロンといい、侍女達といい、友人として間違っている。普通なら王女を諫めるべきなのに。
「針子の名誉のために言いますがそのような事実はありません。仮に教えてもらったとしても、王族が纏うような高級な布を私が手に入れることは出来ません。そう思われませんか? ザラ王女様」
――パンッ。
空中庭園に似つかわしくない乾いた音が鳴った。
ザラ王女が私の頬を叩いたのだ。
彼女は怒りから唇を震わせている。安価な布を王族が手に入れることは容易だと、遠回しに言ったのが伝わったのだろう。
「王族に敬意を払うことも出来ないなんて……。これだから育ちの悪い者は嫌なのよ。同じく公爵令嬢なのに、親友のシャロンと大違いだわ」
王女のいう敬意を払うとは、理不尽なことをされても上の者には逆らうなということらしい。
これ以上ここで揉めても私の立場が悪くなるだけ。はぁ……と、心の中で思いっきり溜め息をつく。
腹が立つけどこちらが折れようと思ったその時。
「魔法士を急に呼び出したと聞きましたが、用件はなんでしょうか。まさか、前回のようなことではないでしょうね? ザラ」
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彼は私を見て、それから厳しい視線を王女に向けた。
それなのに、彼女は怯むどころか、零れ落ちんばかりの笑みを見せる。
「違いますわ、叔父様。見てくださいませ、これを。彼女が私の真似をして作ったんですのよ」
彼女はタイアンの袖を引っ張りながら甘えるように訴えた。
この先の展開――叔父が助けてくれる――を頭に思い描いているのだろう、彼女は勝ち誇ったような表情を私に向ける。
溺愛される王女は、こうして困った状況を乗り越えてきたのかもしれない。
彼は王女のドレスと私の服を手に取り見比べた。
「同じ布ですね。ですが、どちらが真似をしたかは判断できません。ザラのものは王宮の針子が作ったものですね。では、いつ作らせたか確認しましょう。ここ数日、仕立て部屋の灯りが消えなかったみたいですが……。ちなみに、リディアの服は私が六日前に確認しました。状態からみても購入はずいぶん前でしょうね」
「アクセル叔父様、いったい誰の味方なんですの!」
ザラ王女が悲鳴のような声を上げる。
「もちろん、正しいほうの味方ですよ。それと今回は変わった布を選びましたね、ザラ」
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