幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと

文字の大きさ
5 / 85

5.家族との再会②

しおりを挟む
目の前では家族のやり取りが繰り広げられる。
何も分かっていない幼い我が子を諫めながらも必死で守ろうとする温かい家族。

六年前には確かに私もその中にいたはずなのに……。
今は見えない壁のようなものがあって、その中に入ることが出来ない。

それどころか幼い妹のたわいもない発言すら許さないと思われ謝罪されてしまうのが辛いて堪らない。

六年という空白によって自分が家族の輪から外されている現実に心が打ちのめされる。

 ねえ…私に会いに来てくれたのよね…。
 娘の私に、妹の私に…。
 それなのになんで、『番様』って呼ぶの?

 どうして私の名を呼んでくれないの…。
 もしかして忘れちゃった?
 
私に背を向けたままどうして自分が怒られるのか納得できなくて拗ねている妹を必死に宥める家族。

その背は近くにあるけれども、遠く…遠く感じてしまう。


縋って泣きつきたかった。私も家族なんだよって叫びたかったけど…出来なかった。
それは周りにいる侍女達の目を気にしてではなかった。

私が言った後に家族が困った顔をするのが見たくなかった。
『もうお前は家族ではない』と突き放される現実を知りたくなかった。

ただそれだけ……。

…怖かっただけ、現実を知る勇気なんてなかった。

だから私は微笑んで涙目になっている妹に優しく声を掛けた。

「私はね、竜王様の番なの。ここに住んでいるけど、あなたやあなたの家族にも時々会えたら嬉しいなって思っているのよ。良かったらお友達になってね」

「うん、わかった。番様よろしくね♪」

私を姉と認識していない妹は砕けた口調で話し、慌てたように両親と兄が妹の言葉使いを注意する。そして『娘がすいません』『妹がすいません』とまた謝罪の言葉を口にする。
それは他人に対する言い方…。

も、もう私のことではない…。
この可愛い女の子の為にだけ使われる言葉だ。

 六年前は私のだったのに…。


空白の六年間で私は『娘』と『妹』という温かい居場所を失っていた。


私は家族に向かってにっこりと笑い掛け『大丈夫ですから』と安心させる。
その様子に家族も周りの者達も満足げな表情を浮かべている。



問題なく家族とのが終わり、去って行く家族を静かに見送る。

傍に控えていた侍女が嬉しそうに話し掛けて来た。

「番様。良かったですね、ご家族と楽しい時間を過ごすことが出来て。
それに可愛い妹様にも懐かれていましたね。番様とは初めて会ったはずなのに、やはり血の繋がりですわね。またこのような時間が持てるように致しましょう。私達も番様の喜ぶお顔が見られるのは嬉しいですから」

「………」

返事が出来ずにいると、

「番様?なにか問題でもありましたか…」

怪訝な表情でこちらの様子を窺って来る。

竜王の番である私の言動一つが周りにどんな影響を及ぼすかこの六年間で嫌というほど分かっている。
私が家族ともう会わないという選択肢を選べば、家族がなにかしら不利な状況になるかもしれない…。

そんな非情な選択は出来ない。

また会って現実を見せられるのは辛い。でももしかしたらとうい希望も抱いてしまう。
生まれてから六年間は温かい家族だったのは間違いないのだから。

 もしかしたら前のように戻れるかもしれない…。
 時間さえあれば、きっと…大丈夫。
 今日はちょっとお互いに久しぶりで…ぎこちなかっただけ…。
 きっとそうよ…。


「…そうね。また家族に会いたいわ、よろしくね」

微笑んで答えれば、周りも嬉しそうな顔をした。

私の答えは間違っていなかったことに安堵する。

こうして私はあれほど望んでいた家族との面会を定期的に行えるようになった。

だが現実は甘くなく、淡い期待はすぐに砕け散った。
なんど面会を重ねても『番様』と呼ばれ、丁寧に話し掛けられる。決して誰も私の名を呼ぶことはない。

ただの一度も…。

目の前で家族の団欒を見せつけられ、私の心には黒い染みが広がり続けていく。



この面会に何の意味があるのかもう分からない。
毎回なにかが私の心を蝕んでいる気がする。もうどうやって笑うのか分からないけど、鏡に映る私はいつでも気持ちが悪いほど微笑んでいる。
 
 ふっ、なんだかおかしいわ。 
 私はなんでいつもこんな表情をしているのかしら?
 
 あっ、これは私ではないわ。
 だって私は笑っていないもの…笑えないから。
 
 この人、なんで笑っているのかしら…。
 いいな、きっと幸せなのね。
 
 

「番様、どうしましたか?先ほどからずっと鏡を見ていますが、髪型が気に入りませんか?」

「いいえ大丈夫よ。ちょっと幸せな人がいたから見ていただけ…」

「幸せな人、ですか…?ですがここには、」

侍女が辺りを見回し訝しげな顔をしている。
ここには私とその侍女しかいない。どうやら彼女にはこの鏡の人物が見えないようだ。でもそれをわざわざ教えてあげたりはしない。
きっと分かっては貰えないから。

いつだって私の気持ちは分かって貰えない、『竜王様の番』が最優先なのだから。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

かつて番に婚約者を奪われた公爵令嬢は『運命の番』なんてお断りです。なのに獣人国の王が『お前が運命の番だ』と求婚して来ます

神崎 ルナ
恋愛
「運命の番に出会ったからローズ、君との婚約は解消する」  ローズ・ファラント公爵令嬢は婚約者のエドモンド・ザックランド公爵令息にそう言われて婚約を解消されてしまう。  ローズの居るマトアニア王国は獣人国シュガルトと隣接しているため、数は少ないがそういった可能性はあった。  だが、今回の婚約は幼い頃から決められた政略結婚である。  当然契約違反をしたエドモンド側が違約金を支払うと思われたが――。 「違約金? 何のことだい? お互いのうちどちらかがもし『運命の番』に出会ったら円満に解消すること、って書いてあるじゃないか」  確かにエドモンドの言葉通りその文面はあったが、タイミングが良すぎた。  ここ数年、ザックランド公爵家の領地では不作が続き、ファラント公爵家が援助をしていたのである。  その領地が持ち直したところでこの『運命の番』騒動である。  だが、一応理には適っているため、ローズは婚約解消に応じることとなる。  そして――。  とあることを切っ掛けに、ローズはファラント公爵領の中でもまだ発展途上の領地の領地代理として忙しく日々を送っていた。  そして半年が過ぎようとしていた頃。  拙いところはあるが、少しずつ治める側としての知識や社交術を身に付けつつあったローズの前に一人の獣人が現れた。  その獣人はいきなりローズのことを『お前が運命の番だ』と言ってきて。        ※『運命の番』に関する独自解釈がありますm(__)m

ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?

ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。 一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?

さようなら、私の愛したあなた。

希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。 ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。 「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」 ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。 ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。 「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」 凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。 なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。 「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」 こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。

ミュリエル・ブランシャールはそれでも彼を愛していた

玉菜きゃべつ
恋愛
 確かに愛し合っていた筈なのに、彼は学園を卒業してから私に冷たく当たるようになった。  なんでも、学園で私の悪行が噂されているのだという。勿論心当たりなど無い。 噂などを頭から信じ込むような人では無かったのに、何が彼を変えてしまったのだろう。 私を愛さない人なんか、嫌いになれたら良いのに。何度そう思っても、彼を愛することを辞められなかった。 ある時、遂に彼に婚約解消を迫られた私は、愛する彼に強く抵抗することも出来ずに言われるがまま書類に署名してしまう。私は貴方を愛することを辞められない。でも、もうこの苦しみには耐えられない。 なら、貴方が私の世界からいなくなればいい。◆全6話

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

処理中です...