幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと

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55.別れ①

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穏やかな顔で眠っているアンの枕元に寄り添い髪を何度も優しく梳いている。人払いしたので今この部屋には私とアンの二人しかいない。

最初で最後となる二人だけの時間、番であるアンの甘い香りに惹きつけられ心が温かくなる。

二人だけで仲睦まじく過ごせる時を夢に見ていたあの頃が懐かしい。
狂気に囚われることを恐れ、アンに会えない日々を自傷で紛らわしていた時でも、確かに希望はあった。

『アンが成人したら番として真摯に愛を伝え、寄り添い一緒に歩んで行こう』と。

そうなると信じて疑うことなどなかった。

今考えるとあの時の私は正気ではなかったのだろう。大切な番を殺めてしまう恐怖に取り憑かれ正常な判断をせず、時が経つのをただ待つだけだった。

『なんで…』という後悔しかない。


眠っているアンに優しく話し掛ける。

「最初にあった時を覚えているか?アンは家族に向かって無邪気に笑っていたんだ。本当に嬉しそうにな…。私の番は天使なのかと思ったよ。
この笑顔を守ってあげたい、絶対に幸せにするとその瞬間心に誓ったんだ。
はっはは…もうアンに一目惚れで夢中だったんだ。
番として惹かれたのは私にとって始まりで、この出会いから愛を深めていけることに歓喜していた。アンが私の番として生まれて来てくれたことに心から感謝していたんだ。嘘じゃない…」

微かにアンの瞼が震えたような気がしてそっと閉じられた瞼に口づけを落とすが、目覚めることはなかった。

アンの頬を私から流れ落ちる涙がポツリ、ポツリと濡らしていく。


「それなのに、なんでアンを失うことになったのか…。私が間違えたのは分かっているんだ、…分かっている。
アン、‥‥本当にすまなかった。
愛してしまって…、苦しめてしまって…。

もう終わりにするから、次に目覚めたら苦しいことは何もないから。だから安心してくれ。
温かい家族がアンを待っているんだ、彼らは心から君を愛している。
もう大丈夫だよ、君を傷つけたものは取り除く。
心から笑えるはずだ、最初に会った時の無邪気な笑顔で。
…っ、アン愛している、幸せになってくれ」


アンとの別れを決めたのは自分自身だ。決断に迷いはない…はずなのに嗚咽と涙が止まらない。

見たことがない、これから見ることも無い16歳のアンの無邪気な笑顔を考えると胸が苦しくなる。

 早く…アンに笑顔を取り戻さなくては。
 誰よりも笑っていて欲しい。
 もう少しだからな、…アン。
 …待っていてくれ、すぐに終わらせる。
 ……アン…アン…、幸せになれ…。
 


アンの傷が開かないようにそっと身体を抱き上げ膝に乗せ、柔らかいその身体を片手で支える。そしてもう片方の手で自分の左の眼孔に指を差し込み竜眼を無理矢理抉り出そうとする。その痛みに顔が歪むが手を止めることはない。
アンに振動が伝わらないように細心の注意を払いながらことを進めていく。
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