幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと

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73.拒絶

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私はその日ワンを連れて離宮へ行くとそこで待っていたアンに一方的に別れを告げた。


「アンすまないが、もう会うことは出来なくなった」

笑顔だった顔が一瞬で固まり、半泣きのような表情に変わる。こんな顔をさせたかったわけではない。

 笑って欲しいから別れを選ぶんだ。
 アンお願いだ、泣かないでくれ。


「どうしてなのエド?私なんか悪いことしちゃった?それとも仕事で遠くの土地に行くことになったの?ちゃんと訳を話して、いきなりそんなことを言われても納得できないよ」

必死に問い掛けるアンの表情は私がちゃんとした理由があって仕方なくアンの元を離れるんだと言うことを望んでいる。
きっとそうだと言えば、アンは笑って『それなら別れる必要はないね』と言ってくれるのだろう。

アンは真っ直ぐな子だ、適当な言葉ではきっと誤魔化されてはくれない。だからあえて辛い言葉をアンにぶつけ突き放す。


「アンの気持ちが迷惑なんだ。友人としてならいい、だがアンはそれ以上の気持ちを私に抱いているだろう。それに私は応えられない」

「め、迷惑…?だったの。嘘‥‥。だってエドはいつだって私の傍にいてくれたじゃない。
私の言葉をちゃんと聞いてくれていたじゃない。
いつだってその優しい瞳の奥に想いを宿してくれていた。
私、ちゃんと分かっていた、エドも私と同じ気持ちでいてくれているって。何も言ってはくれなかったけど、その気持ちは伝わっていたんだよ、だから、」

一生懸命話すアンの言葉を遮り、私は更に氷の槍を言葉に乗せアンを傷つける。

「私が君を愛していたと言うのか…。はっは、何を言っている、君も言ったじゃないかちゃんと分かっているだろう。私は君に愛を伝えた事なんてない。
ただの一度だってない!

君は勝手に自分の気持ちを私に押し付けていただけだ。
私も同じ気持ちだった?はっ、それは君の妄想だ。
止めてくれ、

「………っ、!」

アンは目を大きく見開き微動だにしなかった、その表情は一瞬で絶望に変わった。

自分の口から出た言葉に吐きそうになる。

 ‥‥っ、嫌いになってくれ。
 そうだ、それでいい‥‥。
 私は酷い奴なんだ、君が愛する価値もない。
 うっう…………アン…、すま、い。
 ……ありが、う。
 愛してくれて………アン…。


アンの目からはらはらと涙が流れている。だが決して私から目を背けることはない。真っ直ぐに私の残った右目だけを見つめ続けてくる。

嘘が見透かされそうで怖い。

「………本当にそれがエドの気持ち…?
嘘ではないの?」

震える小さな声で問うてくる。『嘘だ』と『愛している』と伝えたい、…だがそれをしてはいけない。


「そうだ、分かったらもういいか。私は忙しい」

「……エド」

最後に私の名を呟くようにアンが呼ぶ。

これでもう終わる、終わってしまう。

私が望んだとおりになったのに、笑うことは出来なかった。


今度は私ではなくアンが私達に背を向け離宮から去って行った。ワンが『ワン、キャンキャン』と悲しそうに鳴き声を上げ続けるがもうアンが戻ってくることはなかった。

『…アン、すまない。
だがこれしかないんだ、私ではアンを幸せに出来ない。
ああ、酷いことを言ってまた傷つけてごめん。だけど君には誰よりも幸せになって欲しいから…。
分かってくれ…、いや分からなくてもいいから、幸せに…今度こそ幸せになってくれ
ア…ン…、うああああーーー』

『ワォーンーー』

慟哭と遠吠えが静寂を破り離宮に響き渡っていたが、…アンはもうここに戻ってくることはない。

‥‥すべては完全に終わてしまった。






その後、最初から何事もなかったかのようにアンは侍女の仕事に熱心に取り組んでいた。
王宮で働く人々と元気に話してころころと笑うその姿を見ると分かる、もう私のことなど全く気にしていないのだろう。

 それでいい、それで‥‥。
 アンが笑っているから良かったんだ。


アンの幸せを守ることが出来たことに安堵を覚えながらもやりきれない想いを抱いていく。

元気に働くアンとは反対に私は日に日に憔悴していった。だが仕事だけはしっかりとやっていた、前に戻っただけだ…なにも問題はない。
宰相達は私の様子に何かを言いたそうにしていたが、それは私が許さなかった。


だがある日アンの姿が突然王宮から消えてしまった。私のことなど忘れて、あれ程元気に働いていたのに置手紙を残して遥か彼方の地に帰ってしまったのだ。
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