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14.食事会
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ついに待ちに待った食事会の日になった。
騎士団員とその伴侶がみな来ているのでいつも通りに屋敷の庭は賑わいでいる。
テーブルには元妻の時には見たことがないような豪華な料理が並び、酒は種類も量もいつもの三倍以上用意されている。アマンダは本当に頑張ってくれたようで、夫として誇らしかった。
仲間達が談笑しながら交流を深めている姿を見て上手く行っていることに安堵する。
アマンダにとって妻としては初めての食事会だ。
今までは騎士として参加していたので仲間とだけしか交流していなかったはず。これからは食事会などで妻同士の交流を深めて上手く付き合っていく必要がある。
これも騎士の妻にとっては大切な仕事に一つだ。
夫が遠征で長期間留守にする時などお互いに辛さや心細さが分かる妻同士で助け合い乗り越えていくものだ。
だから俺はアマンダに同僚の伴侶を数人紹介した。みな気さくで話しやすい人を選んだのでアマンダと良い友人になれるだろうと思ってのことだった。
女性同士の会話に男の俺がいたのでは話が盛り上がらないだろうと気を利かせて早々にその場を離れた。そして俺は仲間と他愛もない話で盛り上がり笑っていると、ふと女性の大きな笑い声が耳に入ってきた。
それは楽しそうに笑うアマンダの声だった。
妻同士で仲良くやれているのかと思いながら声の方を見ればそこには楽しそうに笑っている彼女と数人の騎士団員達の姿があった。
騎士だった頃と同じように気軽に肩に触れて笑っているアマンダの姿は明らかに浮いていた。
あの頃は騎士だったので男性騎士への親しげな振る舞いも仲間だからこそ許されていた。だが今は退団して俺の妻だ、以前と同じでいいはずがない。
アマンダは何をやっているんだっ!
どうして妻同士で交流をしない?
紹介したのにどうしてだ…。
周りに視線をやれば先程紹介した伴侶達は戸惑った様子で少し離れた場所からアマンダを見ている。
どうやらこれではいけないと気を使って伴侶達は声を掛けてくれているようだが、元同僚と話に夢中になっている本人は気づきもしない。
アマンダの騎士達に対する以前と同じ親しげな態度も、立場が変われば馴れ馴れしく見え男に媚びている様にさえ思える。
他の伴侶達からの視線は厳しいもので、酒に酔っていない騎士達からも呆れたような視線を感じる。
当の本人と一緒になって酔っ払っている騎士達だけがご機嫌という様子だった。
そのうえアマンダは酒を飲んでいるせいか主催者の妻としての気配りも忘れ、料理が少なくなっても放置して客人よりも自分が楽しんでいる。
料理がなく酒ばかりのテーブルに困惑の表情を浮かべる人々。
こんなことは前代未聞だった。どの食事会でも妻が目を配るので料理が足りないことはなかった。
夫の恥とならぬように采配するのが妻の務めであったからだ。
務めを放棄しているアマンダの姿は完全に妻として失格だった。
慌てて使用人に俺から料理の追加の指示を出す。
「急いで準備してある料理を出してくれ」
「旦那様、もう料理はありません。豪華な料理をこの金額内で作れるだけと奥様からの指示されておりましたので。
人数に対して量が少ないと感じましたのでお酒を減らしてその分料理を増やすように勧めましたが、お酒は減らすなと言われまして…」
これはどういうことだ…?
張り切ってアマンダは準備をしていたはずなのに。
豪華だったが全然量が足りていないじゃないか。
酒しかないなんて…。
何を考えているんだっ!
有り得ない采配だった。この食事会は騎士達だけで酒を楽しむ場ではない、伴侶を伴っての交流の場だ。
酒を飲んで騒ぐのが目的ではないのに。
準備は万端だと言っていたがこの有様だった。一体何を準備していたのかと頭が痛くなる。
騎士の時に何度か食事会には参加していたから安心して任せていたのに。
エラの時はこんなことは一度だってなかった。
今更料理人に作らせても間に合うはずはない。もう料理の追加は諦めるしかなかった。
だがアマンダのことはなんとかしなくては。
俺ははしゃいでいる彼女のの手を掴むと人がいないところに連れて行き、振る舞いを窘めた。
「いい加減にしろ。碌なもてなしもしないで自分が楽しんでどうするんだ。
それに君はもう騎士じゃなくて俺の妻なんだ。
相応しい振る舞いをしてくれ」
「何を言っているの?私は一生懸命に準備をしたじゃない、今更私にだけ文句を言わないで。
いつもいつもそうよ、私にばかり我慢させて。
あなただって飲んで楽しんでいるだけでしょう?
何もやっていないじゃない。
こんな時くらい私だって気晴らしをしてもいいはずだわ!」
酒を飲んで酔っ払っている彼女は俺の手を邪魔だとばかりに振り払い酒ばかりある食事会にまた戻っていってしまった。
呆然としている俺の頭には『離縁』という文字が浮かんでいた。
そう考えても当然だった。
アマンダの妻として有り得ない振る舞いを考えれば、俺が離縁を言っても許されるだろう。
するといつの間にか俺の隣に来ていた団長から耳元で囁くように話しかけられる。
「トウイ・アローク、これはお前が選んだことだ。エラの献身を捨て息子を手放してまで求めたものだろう?
自分の欲を優先して家族を踏み躙ってまで手に入れたものを、また自分の勝手で捨てるなよ。
これがお前が選んだ結果だ。
『こんなはずではなかった』なんて、いい年した大人がくだらん言い訳なんてしてくれるなよ。
……分かっているな、逃げることは許さん。
この現実、いや…真実の愛とやらを受け入れろ。
お前にとってはそれが無情にも捨てた妻子への贖罪になる」
団長の声も表情もいつも通り穏やかだった。けれどもうちに秘めた怒りを感じずにはいられなかった。
否という選択肢は俺に用意されていなかった。
この時になって初めて俺は気づいた。
団長が俺の行いを快く思っていなかったことを、いや…嫌悪していたことを。
真実の愛だから分かってくれるという考えがいかに自分勝手だったかを知る。俺にとっては真実の愛でも、周りからしたらただの不貞でしかなかったのだと。…それも今となっては真実の愛でもないが。
冷たい団長の視線。
それが全てだった。
自分の甘い考えから目が覚めて現実が見えてくる。
エラとの幸せを捨て新しい幸せを求めたつもりだったが、俺はただ幸せを捨てただけだったのだ。
それも極上の幸せを…。
皮肉なことだがアマンダと再婚したからこそ分かったことだ、俺は自分がどんなに得難いものを手にしていたのか分かっていなかった。
…愚かだった。
俺は無様にその場で崩れ落ちる。
そんな俺の肩を叩きながら団長は『まあ…頑張れよ、トウイ』と再婚の報告をした時と同じ言葉を掛けてくる。
あの時は馬鹿な俺は祝福の言葉だと思っていたが、今ならそんな意味でなかったのだと分かる。
『自分で選んだことだ、せいぜい足掻け』
きっとそういう意味だろう。
もう俺には後戻りも別の選択も許されない。
これからあのアマンダとともに歩んでいくしかない、幸せな生活なんてきっと永遠に訪れることはないのだろう。
騎士団員とその伴侶がみな来ているのでいつも通りに屋敷の庭は賑わいでいる。
テーブルには元妻の時には見たことがないような豪華な料理が並び、酒は種類も量もいつもの三倍以上用意されている。アマンダは本当に頑張ってくれたようで、夫として誇らしかった。
仲間達が談笑しながら交流を深めている姿を見て上手く行っていることに安堵する。
アマンダにとって妻としては初めての食事会だ。
今までは騎士として参加していたので仲間とだけしか交流していなかったはず。これからは食事会などで妻同士の交流を深めて上手く付き合っていく必要がある。
これも騎士の妻にとっては大切な仕事に一つだ。
夫が遠征で長期間留守にする時などお互いに辛さや心細さが分かる妻同士で助け合い乗り越えていくものだ。
だから俺はアマンダに同僚の伴侶を数人紹介した。みな気さくで話しやすい人を選んだのでアマンダと良い友人になれるだろうと思ってのことだった。
女性同士の会話に男の俺がいたのでは話が盛り上がらないだろうと気を利かせて早々にその場を離れた。そして俺は仲間と他愛もない話で盛り上がり笑っていると、ふと女性の大きな笑い声が耳に入ってきた。
それは楽しそうに笑うアマンダの声だった。
妻同士で仲良くやれているのかと思いながら声の方を見ればそこには楽しそうに笑っている彼女と数人の騎士団員達の姿があった。
騎士だった頃と同じように気軽に肩に触れて笑っているアマンダの姿は明らかに浮いていた。
あの頃は騎士だったので男性騎士への親しげな振る舞いも仲間だからこそ許されていた。だが今は退団して俺の妻だ、以前と同じでいいはずがない。
アマンダは何をやっているんだっ!
どうして妻同士で交流をしない?
紹介したのにどうしてだ…。
周りに視線をやれば先程紹介した伴侶達は戸惑った様子で少し離れた場所からアマンダを見ている。
どうやらこれではいけないと気を使って伴侶達は声を掛けてくれているようだが、元同僚と話に夢中になっている本人は気づきもしない。
アマンダの騎士達に対する以前と同じ親しげな態度も、立場が変われば馴れ馴れしく見え男に媚びている様にさえ思える。
他の伴侶達からの視線は厳しいもので、酒に酔っていない騎士達からも呆れたような視線を感じる。
当の本人と一緒になって酔っ払っている騎士達だけがご機嫌という様子だった。
そのうえアマンダは酒を飲んでいるせいか主催者の妻としての気配りも忘れ、料理が少なくなっても放置して客人よりも自分が楽しんでいる。
料理がなく酒ばかりのテーブルに困惑の表情を浮かべる人々。
こんなことは前代未聞だった。どの食事会でも妻が目を配るので料理が足りないことはなかった。
夫の恥とならぬように采配するのが妻の務めであったからだ。
務めを放棄しているアマンダの姿は完全に妻として失格だった。
慌てて使用人に俺から料理の追加の指示を出す。
「急いで準備してある料理を出してくれ」
「旦那様、もう料理はありません。豪華な料理をこの金額内で作れるだけと奥様からの指示されておりましたので。
人数に対して量が少ないと感じましたのでお酒を減らしてその分料理を増やすように勧めましたが、お酒は減らすなと言われまして…」
これはどういうことだ…?
張り切ってアマンダは準備をしていたはずなのに。
豪華だったが全然量が足りていないじゃないか。
酒しかないなんて…。
何を考えているんだっ!
有り得ない采配だった。この食事会は騎士達だけで酒を楽しむ場ではない、伴侶を伴っての交流の場だ。
酒を飲んで騒ぐのが目的ではないのに。
準備は万端だと言っていたがこの有様だった。一体何を準備していたのかと頭が痛くなる。
騎士の時に何度か食事会には参加していたから安心して任せていたのに。
エラの時はこんなことは一度だってなかった。
今更料理人に作らせても間に合うはずはない。もう料理の追加は諦めるしかなかった。
だがアマンダのことはなんとかしなくては。
俺ははしゃいでいる彼女のの手を掴むと人がいないところに連れて行き、振る舞いを窘めた。
「いい加減にしろ。碌なもてなしもしないで自分が楽しんでどうするんだ。
それに君はもう騎士じゃなくて俺の妻なんだ。
相応しい振る舞いをしてくれ」
「何を言っているの?私は一生懸命に準備をしたじゃない、今更私にだけ文句を言わないで。
いつもいつもそうよ、私にばかり我慢させて。
あなただって飲んで楽しんでいるだけでしょう?
何もやっていないじゃない。
こんな時くらい私だって気晴らしをしてもいいはずだわ!」
酒を飲んで酔っ払っている彼女は俺の手を邪魔だとばかりに振り払い酒ばかりある食事会にまた戻っていってしまった。
呆然としている俺の頭には『離縁』という文字が浮かんでいた。
そう考えても当然だった。
アマンダの妻として有り得ない振る舞いを考えれば、俺が離縁を言っても許されるだろう。
するといつの間にか俺の隣に来ていた団長から耳元で囁くように話しかけられる。
「トウイ・アローク、これはお前が選んだことだ。エラの献身を捨て息子を手放してまで求めたものだろう?
自分の欲を優先して家族を踏み躙ってまで手に入れたものを、また自分の勝手で捨てるなよ。
これがお前が選んだ結果だ。
『こんなはずではなかった』なんて、いい年した大人がくだらん言い訳なんてしてくれるなよ。
……分かっているな、逃げることは許さん。
この現実、いや…真実の愛とやらを受け入れろ。
お前にとってはそれが無情にも捨てた妻子への贖罪になる」
団長の声も表情もいつも通り穏やかだった。けれどもうちに秘めた怒りを感じずにはいられなかった。
否という選択肢は俺に用意されていなかった。
この時になって初めて俺は気づいた。
団長が俺の行いを快く思っていなかったことを、いや…嫌悪していたことを。
真実の愛だから分かってくれるという考えがいかに自分勝手だったかを知る。俺にとっては真実の愛でも、周りからしたらただの不貞でしかなかったのだと。…それも今となっては真実の愛でもないが。
冷たい団長の視線。
それが全てだった。
自分の甘い考えから目が覚めて現実が見えてくる。
エラとの幸せを捨て新しい幸せを求めたつもりだったが、俺はただ幸せを捨てただけだったのだ。
それも極上の幸せを…。
皮肉なことだがアマンダと再婚したからこそ分かったことだ、俺は自分がどんなに得難いものを手にしていたのか分かっていなかった。
…愚かだった。
俺は無様にその場で崩れ落ちる。
そんな俺の肩を叩きながら団長は『まあ…頑張れよ、トウイ』と再婚の報告をした時と同じ言葉を掛けてくる。
あの時は馬鹿な俺は祝福の言葉だと思っていたが、今ならそんな意味でなかったのだと分かる。
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