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15.懐かしい故郷①

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あの食事会の後も騎士団での団長の態度は以前と変わらなかった。
俺を見る眼も言動も穏やかで、あの日耳元で囁かれた言葉が夢かと思えるほどだった。


それが返って辛かった。


団長の本心を知ってしまってからは、どんな言葉も額面通りに受け取ることが出来ない。その穏やかな態度の裏に隠されている真意を考えてしまう。


勿論悪いほうにだ。


人は一旦考えがマイナス思考になると全てがそうなってしまう。以前の俺はどうしてあんなに前向きでいられたのか、自分のことなのに分からない。


俺の再婚を祝福する言葉をくれた騎士団員達も団長と同じように思っているのではないかと…考えずにはいられない。

誰も表立ってそんな事は言ってこないし、仕事上では態度だって変わっていない。

だが俺はもう表面だけを信じることは出来なかった。


どれだけ酷いことをしていたのか自覚した俺は、自分がみなから蔑まれて当然の男だと分かっている。

『どうしようもない男だ』と影で嘲笑れていてもおかしくない。


それが分かっていながら自分からは『言いたいことがあったら遠慮なく言ってくれ』とは言えなかった。聞いたらこの騎士団での居場所を完全になくしてしまう。

騎士しかやってこなかった俺が今更他の仕事ができるとは思えないし、そんな覚悟もない。


 は、はは…どれだけ無様なんだ俺は。
 失うのが怖くてたまらない。
 エラからは容赦なく妻の地位を奪ったくせに…。

 



愚かな俺は今まで通りに過ごすしかなかった。



表面上は何も変わらない。

信頼してくれる上司と慕ってくれる部下。

笑ってしまうほど変わらないのが、今の俺には堪えた。


罵倒されたほうがいい場合がある、何も言ってもらえないということは見放されているのと同じだ。
『コイツには何を言っても無駄だ』と。



俺にとって騎士団は自分で地道に努力をして築いてきたかけがえのない居場所だった。

だからこそ家から逃れる救いにもなっていた、以前は…。

だが居心地の悪い場所になっても笑いながら居続けるしかない。


…自業自得だ。






それからの俺はアマンダとの生活に少しでも希望を見出だせるように努力をした。出来る限り家のことを手伝ったり、贅沢な贈り物は無理だったがささやかな物を送ったりしてアマンダとの溝を埋めようとしていた。

俺の必死な思いが伝わったのか、それとも妥協することを覚えたのか、お互いに声を荒げて諍うこともなくなってきた。

…でもそれだけだった。


そして三年が経った今となってはまるで数十年間連れ添った夫婦のような状態になっていた。

もちろん良い意味ではなく悪い意味での方だ。
夫婦の会話と言ったら、アマンダが愚痴を言い続けてそれを俺が聞いているふりをして聞き流すことの繰り返し。


お互いにこの結婚生活に未練があるわけではないが離縁する勇気もない。

ため息を吐きながら『こんなはずでは…』と呟きながら、毎日を義務のようにこなしていく。



…心を休めたい。





気が休まる場所を失った俺は無性に故郷が懐かしくなった。
忙しくてここ数年帰ってはいないが、昔馴染みの友人達が街に来たときは必ず屋敷に寄ってくれていたので定期的に酒を酌み交わす関係は続いていた。

だが最後に会ったのはいつだっただろうか。最近は会えていないことを思い出す。


『会いたい』と思った。

俺の友人達は元妻エラとも面識がある。エラは突然の訪問でも彼らを快くもてなしてくれていた。

そんなエラと別れたと伝えた時は『まあ夫婦のことは二人にしか分からないこともあるしな…』と深くは聞かずにいてくれた。


そんな気遣いをしてくれる本当の友人達。


きっと彼らなら今の俺の気持ちを分かってくれるだろう。
『お前は本当に馬鹿だなっ』と怒りながらも最後には『仕方がねーな、慰めてやるよ』と潰れるまで酒に付き合ってくれるはずだ。


それにエラとライが現在どうしているか知っている者もいるかもしれない。
風の噂では故郷に近いところにいると聞いている。


もしかしたら会えるのではないだろうか…。


月日は人の気持ちを変える。もしかしたらエラの気持ちもこの数年で変わっているかもしれない、俺だってあの時と気持ちは全然違うのだから。


淡い期待が湧き上がってくる。




俺は休日に実家に用事があるから行くことを伝え、一緒に行くかと誘った。

「嫌よ、あんな辛気臭い田舎には行きたくないわ。どうせ大した歓迎だってしてくれないしね。
それよりも、久しぶりに一人で羽でも伸ばしているわ」

アマンダが拒否するのは分かっていた。
彼女は田舎にある俺の実家を嫌っている、裕福でないのが許せないらしい。
再婚の報告に行った時も華々しい歓迎がなかったと不貞腐れていた。


俺はもともと一人で行くつもりだったが、それではアマンダが騒ぎ立てるのが分かっていたから一応は形だけ誘ったに過ぎない。

これで俺は堂々と行くことが出来る。


出立の日の早朝、俺を見送ってくれる為にアマンダが出てきてくれた。珍しいこともあるものだと思いつつ悪い気はしなかった。
俺はいつになく優しい声音で声を掛けた。元妻と息子に会えるかもと思って浮かれている自分に少しだけ疚しさを覚えたからだ。

 
「アマンダ、行ってくるよ。戸締まりには十分に気をつけてくれ。普段から家事を頑張っているのだから少しゆっくりしてくれ」

妻を労う言葉を掛けた。


「トウイ、お土産を忘れないでね。確かそこでしか買えない美味しい赤ワインがあるはずだから、それを買ってきてちょうだい」


「………ああ、分かった……」

アマンダらしい言葉しか返ってこなかったが、もう何も言わなかった。

それよりも早く故郷に行きたかった。ただ旧友に会いに行くのが目的だが、予期せぬ偶然はあるかもしれない。

例えば元妻と息子との感動的な再会とか…。


偶然なら自分にはどうしようもないことだ。




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