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35.覚悟の再会の後②
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「では平等に行うことにしよう。
まずダイソン伯爵夫人を取り囲んでいた者達が先だな。それとクーガー伯爵令嬢に噛み付こうとして返り討ちにされた哀れな者達もか。そして最後にダイソン伯爵夫人としよう。これで順番はあっているかな?まあ多少前後しても問題はないだろう。
私の友人達も夜会を堪能していたので報告に間違いはないと思うがもし事実無根なことがあったら遠慮なく申し出てるように。
なんだか大掛かりになってくるな。だが皆がそれを望むのなら仕方がない。平等にしなければ正義を求めている皆も納得できないからな。
そこの麗しい貴婦人もそう思うだろう?」
王太子から直接意見を求められたのは最前列からそっと抜け出そうとしていたパンター伯爵夫人その人だった。
まさか自分に話を振られると思っていなかったのだろう、逃げることも叶わず『わ、わたしくでございますか…』と声を震わせている。
「ああそうだ、貴女ほど麗しい人は他にいない。確かパンター伯爵夫人だったかな?」
『ヒィッ…』と叫んでしまったパンター伯爵夫人。
殿下に名を覚えられていて感激している様子ではない。これはまずいと状況を察し怯えている。
「…お、恐れながら殿下!これはただの余興ですわ。わ、私は聡明な殿下が最初におっしゃった事を支持しております。ただの戯言に目くじらを立てても意味はないですから、おっほっほ…」
狼狽えながら必死でそう訴える彼女に周りにいた貴族達は一斉に頷く。
「よ、よく考えたらそうだな…」
「私は最初っから殿下の言葉に賛同していたんだ。周りが勝手に言っていただけで…」
「あれくらいならただの戯言ですわ、殿下!」
処罰を求める人は誰もいなくなった。
どうやら後ろめたいことをした覚えのある人が殆どのようだ。
自分の不幸では蜜の味どころか毒にしかならないから、みんな必死だ。
その様子に微笑みながら頷いている殿下が口を開く。
「そうか?皆がそう言うならそうしよう。臣下の貴重な意見には耳を傾けることにしているからな。
これは他愛もない余興。後日話題にも登らないつまらないことだ、皆覚えておくように」
ここで起こったことは噂にするなと釘を刺す殿下。
王家に逆らう真似をする愚か者はいないだろう。これで醜聞は起こりえない。
これですべてが望むとおりに終わった。
人々も何事もなかったかのように夜会を楽しんでいる。ダイソン伯爵夫妻は殿下と私とヒューイに頭を下げ静かに去っていった。
私は殿下の素晴らしい采配に頭を下げて感謝の意を示す。
ヒューイは殿下の存在を無視するかのように私の手を取りこの場から離れていこうとするが、殿下はすれ違いざまに彼に話し掛けてくる。
「ヒューイ、これでチャラだぞ。書類の山積みはなしだ!」
「何を言ってるんです、こんな些細なことではチャラにはなりません。マリアが無駄に傷ついた償いはしっかりとして頂きます。そうですね、半年以内に国内の孤児院すべての改善を終わらせてください。休日返上で取り組めば終わりますよ。その結果を見て許すかどうか判断します」
「……おい、どっちが臣下だ…」
「勿論私です。だからこそ主人の過ちを全力で正しているのです。これも忠実な側近の仕事ですから。こんな側近がお嫌でしたら首にしてくださって結構です」
「…………感謝する」
ヒューイと殿下の絶妙なやり取りにクスッと笑ってしまう。
そんな私にヒューイは優しく囁いてくる。
「マリア、殿下が休憩に使う為の特別室を使っていいと言ってくれている。控えの侍女や護衛の騎士もいるから二人っきりになることはないので問題はない。
まずはそこに行って休もう。君はよく頑張った、もう頑張らなくていい」
真剣でそれでいて心配そうなヒューイの眼差し。
もうすべて終わったというのにどうしたのだろう。
彼はなにをそんなに心配しているのか。
どうしてそんな顔をしているの…?
微笑みながら首を傾げて彼を見つめ返す。
彼はしっかりと掴んでいた私の手をそっと離した。
離してほしくないと思ってしまう。
彼の温もりが残っている私の手は自分の意志に反してみっともなく小刻みに揺れている。
今まで…気が付かなかった。
そして彼はその握りしめられた私の指を一本一本優しく開いていく。
なぜか私の指は赤く染まっている。
開かれた手のひらには爪がくい込んだ跡があり、血が流れ出ていた。
まずダイソン伯爵夫人を取り囲んでいた者達が先だな。それとクーガー伯爵令嬢に噛み付こうとして返り討ちにされた哀れな者達もか。そして最後にダイソン伯爵夫人としよう。これで順番はあっているかな?まあ多少前後しても問題はないだろう。
私の友人達も夜会を堪能していたので報告に間違いはないと思うがもし事実無根なことがあったら遠慮なく申し出てるように。
なんだか大掛かりになってくるな。だが皆がそれを望むのなら仕方がない。平等にしなければ正義を求めている皆も納得できないからな。
そこの麗しい貴婦人もそう思うだろう?」
王太子から直接意見を求められたのは最前列からそっと抜け出そうとしていたパンター伯爵夫人その人だった。
まさか自分に話を振られると思っていなかったのだろう、逃げることも叶わず『わ、わたしくでございますか…』と声を震わせている。
「ああそうだ、貴女ほど麗しい人は他にいない。確かパンター伯爵夫人だったかな?」
『ヒィッ…』と叫んでしまったパンター伯爵夫人。
殿下に名を覚えられていて感激している様子ではない。これはまずいと状況を察し怯えている。
「…お、恐れながら殿下!これはただの余興ですわ。わ、私は聡明な殿下が最初におっしゃった事を支持しております。ただの戯言に目くじらを立てても意味はないですから、おっほっほ…」
狼狽えながら必死でそう訴える彼女に周りにいた貴族達は一斉に頷く。
「よ、よく考えたらそうだな…」
「私は最初っから殿下の言葉に賛同していたんだ。周りが勝手に言っていただけで…」
「あれくらいならただの戯言ですわ、殿下!」
処罰を求める人は誰もいなくなった。
どうやら後ろめたいことをした覚えのある人が殆どのようだ。
自分の不幸では蜜の味どころか毒にしかならないから、みんな必死だ。
その様子に微笑みながら頷いている殿下が口を開く。
「そうか?皆がそう言うならそうしよう。臣下の貴重な意見には耳を傾けることにしているからな。
これは他愛もない余興。後日話題にも登らないつまらないことだ、皆覚えておくように」
ここで起こったことは噂にするなと釘を刺す殿下。
王家に逆らう真似をする愚か者はいないだろう。これで醜聞は起こりえない。
これですべてが望むとおりに終わった。
人々も何事もなかったかのように夜会を楽しんでいる。ダイソン伯爵夫妻は殿下と私とヒューイに頭を下げ静かに去っていった。
私は殿下の素晴らしい采配に頭を下げて感謝の意を示す。
ヒューイは殿下の存在を無視するかのように私の手を取りこの場から離れていこうとするが、殿下はすれ違いざまに彼に話し掛けてくる。
「ヒューイ、これでチャラだぞ。書類の山積みはなしだ!」
「何を言ってるんです、こんな些細なことではチャラにはなりません。マリアが無駄に傷ついた償いはしっかりとして頂きます。そうですね、半年以内に国内の孤児院すべての改善を終わらせてください。休日返上で取り組めば終わりますよ。その結果を見て許すかどうか判断します」
「……おい、どっちが臣下だ…」
「勿論私です。だからこそ主人の過ちを全力で正しているのです。これも忠実な側近の仕事ですから。こんな側近がお嫌でしたら首にしてくださって結構です」
「…………感謝する」
ヒューイと殿下の絶妙なやり取りにクスッと笑ってしまう。
そんな私にヒューイは優しく囁いてくる。
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彼はなにをそんなに心配しているのか。
どうしてそんな顔をしているの…?
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離してほしくないと思ってしまう。
彼の温もりが残っている私の手は自分の意志に反してみっともなく小刻みに揺れている。
今まで…気が付かなかった。
そして彼はその握りしめられた私の指を一本一本優しく開いていく。
なぜか私の指は赤く染まっている。
開かれた手のひらには爪がくい込んだ跡があり、血が流れ出ていた。
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