愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと

文字の大きさ
38 / 57

35.覚悟の再会の後②

しおりを挟む
「では平等に行うことにしよう。
まずダイソン伯爵夫人を取り囲んでいた者達が先だな。それとクーガー伯爵令嬢に噛み付こうとして返り討ちにされた哀れな者達もか。そして最後にダイソン伯爵夫人としよう。これで順番はあっているかな?まあ多少前後しても問題はないだろう。
も夜会を堪能していたので報告に間違いはないと思うがもし事実無根なことがあったら遠慮なく申し出てるように。

なんだか大掛かりになってくるな。だが皆がそれを望むのなら仕方がない。平等にしなければ正義を求めている皆も納得できないからな。
そこの麗しい貴婦人もそう思うだろう?」

王太子から直接意見を求められたのは最前列からそっと抜け出そうとしていたパンター伯爵夫人その人だった。
まさか自分に話を振られると思っていなかったのだろう、逃げることも叶わず『わ、わたしくでございますか…』と声を震わせている。

「ああそうだ、貴女ほど麗しい人は他にいない。確かパンター伯爵夫人だったかな?」


『ヒィッ…』と叫んでしまったパンター伯爵夫人。
殿下に名を覚えられていて感激している様子ではない。これはまずいと状況を察し怯えている。


「…お、恐れながら殿下!これはただの余興ですわ。わ、私は聡明な殿下が最初におっしゃった事を支持しております。ただの戯言に目くじらを立てても意味はないですから、おっほっほ…」

狼狽えながら必死でそう訴える彼女に周りにいた貴族達は一斉に頷く。

「よ、よく考えたらそうだな…」
「私は最初っから殿下の言葉に賛同していたんだ。周りが勝手に言っていただけで…」
「あれくらいならただの戯言ですわ、殿下!」

処罰を求める人は誰もいなくなった。
どうやら後ろめたいことをした覚えのある人が殆どのようだ。

自分の不幸では蜜の味どころか毒にしかならないから、みんな必死だ。


その様子に微笑みながら頷いている殿下が口を開く。

「そうか?皆がそう言うならそうしよう。臣下の貴重な意見には耳を傾けることにしているからな。
これは他愛もない余興。後日話題にも登らないつまらないことだ、皆覚えておくように」

ここで起こったことは噂にするなと釘を刺す殿下。
王家に逆らう真似をする愚か者はいないだろう。これで醜聞は起こりえない。




これですべてが望むとおりに終わった。
人々も何事もなかったかのように夜会を楽しんでいる。ダイソン伯爵夫妻は殿下と私とヒューイに頭を下げ静かに去っていった。


私は殿下の素晴らしい采配に頭を下げて感謝の意を示す。

ヒューイは殿下の存在を無視するかのように私の手を取りこの場から離れていこうとするが、殿下はすれ違いざまに彼に話し掛けてくる。

「ヒューイ、これでチャラだぞ。書類の山積みはなしだ!」

「何を言ってるんです、こんな些細なことではチャラにはなりません。マリアが無駄に傷ついた償いはしっかりとして頂きます。そうですね、半年以内に国内の孤児院すべての改善を終わらせてください。休日返上で取り組めば終わりますよ。その結果を見て許すかどうか判断します」

「……おい、どっちが臣下だ…」

「勿論私です。だからこそ主人殿下の過ちを全力で正しているのです。これも忠実な側近の仕事ですから。こんな側近がお嫌でしたら首にしてくださって結構です」

「…………感謝する」


ヒューイと殿下の絶妙なやり取りにクスッと笑ってしまう。
そんな私にヒューイは優しく囁いてくる。

「マリア、殿下が休憩に使う為の特別室を使っていいと言ってくれている。控えの侍女や護衛の騎士もいるから二人っきりになることはないので問題はない。

まずはそこに行って休もう。君はよく頑張った、もう頑張らなくていい」

真剣でそれでいて心配そうなヒューイの眼差し。
もうすべて終わったというのにどうしたのだろう。
彼はなにをそんなに心配しているのか。

 どうしてそんな顔をしているの…?

微笑みながら首を傾げて彼を見つめ返す。

彼はしっかりと掴んでいた私の手をそっと離した。
離してほしくないと思ってしまう。

彼の温もりが残っている私の手は自分の意志に反してみっともなく小刻みに揺れている。

今まで…気が付かなかった。


そして彼はその握りしめられた私の指を一本一本優しく開いていく。
なぜか私の指は赤く染まっている。
開かれた手のひらには爪がくい込んだ跡があり、血が流れ出ていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子殿下との思い出は、泡雪のように消えていく

木風
恋愛
王太子殿下の生誕を祝う夜会。 侯爵令嬢にとって、それは一生に一度の夢。 震える手で差し出された御手を取り、ほんの数分だけ踊った奇跡。 二度目に誘われたとき、心は淡い期待に揺れる。 けれど、その瞳は一度も自分を映さなかった。 殿下の視線の先にいるのは誰よりも美しい、公爵令嬢。 「ご一緒いただき感謝します。この後も楽しんで」 優しくも残酷なその言葉に、胸の奥で夢が泡雪のように消えていくのを感じた。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」「エブリスタ」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎泡雪 / 木風 雪乃

〈完結〉だってあなたは彼女が好きでしょう?

ごろごろみかん。
恋愛
「だってあなたは彼女が好きでしょう?」 その言葉に、私の婚約者は頷いて答えた。 「うん。僕は彼女を愛している。もちろん、きみのことも」

氷の貴婦人

恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。 呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。 感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。 毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

旦那様は離縁をお望みでしょうか

村上かおり
恋愛
 ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。  けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。  バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。

【完結】そんなに好きなら、そっちへ行けば?

雨雲レーダー
恋愛
侯爵令嬢クラリスは、王太子ユリウスから一方的に婚約破棄を告げられる。 理由は、平民の美少女リナリアに心を奪われたから。 クラリスはただ微笑み、こう返す。 「そんなに好きなら、そっちへ行けば?」 そうして物語は終わる……はずだった。 けれど、ここからすべてが狂い始める。 *完結まで予約投稿済みです。 *1日3回更新(7時・12時・18時)

貴方にはもう何も期待しません〜夫は唯の同居人〜

きんのたまご
恋愛
夫に何かを期待するから裏切られた気持ちになるの。 もう期待しなければ裏切られる事も無い。

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜

矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』 彼はいつだって誠実な婚約者だった。 嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。 『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』 『……分かりました、ロイド様』 私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。 結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。 なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろうにも掲載中です)

処理中です...