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11.妻は再婚の条件を突きつけてから離縁する
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私が望み、夫に乞われ、『離縁』が目出度く叶うことになった。
私の計画ではここで『今までありがとう』とさらりと言いながら微笑む予定だったのに、笑えずにいる。いざその時になったら狼狽えるなんて…。
覚悟が足りなかったとは思わない。
夫のことを私は本当に好きなんだなって改めて実感する。
……まあ、嫌いなところもあるけどね…
どことは言うまでもなく暴れん棒だった過去だ。
夫は耳を塞ぐのをやめると、私の前で恭しくひざまずき右手を差し出してくる。
騎士だけあって、その姿は様になっている。
「愛しています、手術が終わったら俺と結婚してください!馬鹿なことして二度と傷つけないと誓います。だから隣で一緒に歳を重ねていく権利を俺にください。カサナがしわしわのお婆さんになっても愛し続けます、いざという時は介護もします!」
彼らしい直球の言葉だった。場所は我が家の小さな台所で、ロマンチックとは程遠いシチュエーション。
それでも私にとっては最高に素敵な二度目の求婚。
「…もうっ、私がお婆さんならリヴァイだってお爺さんのくせに…」
笑いながら拗ねてみせたのは照れ隠しだった。
結婚して娘まで授かっているのに、小娘のように頬を染めている自分がなんだか恥ずかしかったから。
「あっ、そうだったな……。それなら、カサナはヨボヨボのお爺さんになった俺を愛してくれ!」
私の言葉を照れ隠しだと気づかない夫は慌てて言い直し、そのあと打って変わって不安そうな表情になる。
――私の言葉を待っているのだ。
あんなに盛大な愛の告白をしたくせに、神の常識すらケロッと飛び越えようとするくせに、さっきまでの勢いはどこに行ったのか。
今の彼はまるで迷子の子供みたいだ。
――これが私が愛した人。
全然完璧じゃなくて、強くて、弱くて、愚かで、そしてどこまでも真っ直ぐで、私に常識から抜け出す勇気をくれた人。
私はこの人の隣にずっといたい…。
「裏切りはもう許しません。もしまたやったら大切な部分がなくなるから。その覚悟はある?リヴァイ」
求婚は嬉しくとも、それはそれ、あれはあれ!
だから返事をする前にちゃんと釘を刺すことは忘れない。だってこれからもずっと一緒に歳を取っていくのだから。
――これは二人の未来を見据えての約束であり再婚の条件。
どうか受け入れて、ねっ?旦那様。
愛する夫は首振り人形のように、コクコクと縦に首を振る。
私が手でハサミの形を作って、『チョキン、チョキンッ……ポト』と音声付きの仕草をしたから怖かったのだろう。
自業自得だからね…。
この点だけは決して甘やかさないと決めている。
「もう絶対にしない!!だけど覚悟はある。じゃあ、返事は……」
夫は気合十分な返事をしてから、上目遣いで私を見てくる。もうその表情から不安は消えていた。
その期待のこもった熱い眼差しに、一度目の求婚を思い出す。
彼はあの時もこんな目をして私の『よろしくお願いします』を待ってくれていた。だから私もあの時と同じ台詞を告げる。
「二度目の結婚もよろしくお願いしますね、旦那様」
「うぉっ――!」
「ちょっと静かにっ。ライラが起きちゃうわ」
彼が差し出していた手に、私がそっと手を重ねると、彼は立ち上がって抱きついてくる。…いや、縋り付いているのか。
だ・か・ら、木じゃないからね……
案の定、夫の歓喜の雄叫びで寝ていたライラが泣き出してしまった。
なので、『もうっ、駄目でしょ!』と私に叱られ、続いて『めっー』と娘にも怒られて、夫はしょんぼりとする。
感動の二度目の求婚だったが、その余韻に浸ることなく、こうして我が家らしく執行猶予が終わった。
◇ ◇ ◇
――翌日。
朝一番に三人で役所に行って離縁届と婚姻届を一通ずつもらって来る。
どちらの紙にもお互いに署名を済ませ、離縁届の日付は手術日当日、婚姻届の日付はその三日後とした。
手術が成功したかどうかは三日以内に分かると医者から言われていた。つまり成功なら三日のうちに私は目覚めるらしい。
「カサナが旧姓に戻るのは三日間だけだからなっ」
「はい、はい」
「寝坊は許さないからなっ!」
「はい、はい」
夫は『俺と一緒に生きて!』と遠回しに言っているのだ。
もちろん、そのつもりだ。
「私は早起きだから大丈夫よ、リヴァイ」
「…‥そんなの知ってる。寝坊するのは俺だけで、カサナはしない。今までもこれからもだ、そうだろ?」
夫は私と一緒に歩む未来を信じている。それでも不安も感じているから言葉を重ねてくる。
「これからもずっと変わらないわ。大丈夫よ」
そして私が夫の不安を言葉で塗りつぶしていく。
私のなかに不安はない。彼が寄り添ってくれているから、大丈夫だと思えるようになった。
五パーセントという数字は変わらない。
以前は私にとってそれは限りなく死を予感させるものだった。
でも今は『ゼロじゃないっ!』と、希望に変わっている。
不思議よね……
単純な自分と愛の力の相乗効果で奇跡が起こりそうな予感がしていた。
それから入院までの数日間を慌ただしく過ごし、あっという間に手術当日を迎えた。
お昼から手術予定の私はもう病院のベッドの上だったので、夫が朝一番で役所に行ってくれた。
そこではこんなやり取りをしたという。
『これお願いします。でも三日後にまた再婚します!』
『……なら出さなくてもいいでは?』
『この離縁届に気持ちは全く籠もってません。今でも破りたいです、でも形だけ出すって愛する妻と約束したんで』
『はぁ……』
役所の人は呆れながら受理したそうだ。
その気持ちは十分理解できる。こんなに最短で離縁と再婚をする人なんて普通はいない。
『ついでに、三日後に婚姻届を持ってくるんで予約お願いします!』
『……予約制ではありません』
『でも、どうせ来るのは決まっているんだからそこをなんとかっ!』
『……無理です』
夫は窓口で粘ったらしい。
その理由は役所の常識もいらないかなっと思ったそうだ。でもそれは常識じゃなくてルールだ――変更には手続きが必要となる。
『……次のかたどうぞ』
最後には追い出されるように役所を後にしたという。夫は役人って冷たいよなと文句を言っていたが、それは当然の仕打ちだ。
役所の人に多大な迷惑を掛けたが、こうして私達の離婚はなんとか無事に成立した。
私の計画ではここで『今までありがとう』とさらりと言いながら微笑む予定だったのに、笑えずにいる。いざその時になったら狼狽えるなんて…。
覚悟が足りなかったとは思わない。
夫のことを私は本当に好きなんだなって改めて実感する。
……まあ、嫌いなところもあるけどね…
どことは言うまでもなく暴れん棒だった過去だ。
夫は耳を塞ぐのをやめると、私の前で恭しくひざまずき右手を差し出してくる。
騎士だけあって、その姿は様になっている。
「愛しています、手術が終わったら俺と結婚してください!馬鹿なことして二度と傷つけないと誓います。だから隣で一緒に歳を重ねていく権利を俺にください。カサナがしわしわのお婆さんになっても愛し続けます、いざという時は介護もします!」
彼らしい直球の言葉だった。場所は我が家の小さな台所で、ロマンチックとは程遠いシチュエーション。
それでも私にとっては最高に素敵な二度目の求婚。
「…もうっ、私がお婆さんならリヴァイだってお爺さんのくせに…」
笑いながら拗ねてみせたのは照れ隠しだった。
結婚して娘まで授かっているのに、小娘のように頬を染めている自分がなんだか恥ずかしかったから。
「あっ、そうだったな……。それなら、カサナはヨボヨボのお爺さんになった俺を愛してくれ!」
私の言葉を照れ隠しだと気づかない夫は慌てて言い直し、そのあと打って変わって不安そうな表情になる。
――私の言葉を待っているのだ。
あんなに盛大な愛の告白をしたくせに、神の常識すらケロッと飛び越えようとするくせに、さっきまでの勢いはどこに行ったのか。
今の彼はまるで迷子の子供みたいだ。
――これが私が愛した人。
全然完璧じゃなくて、強くて、弱くて、愚かで、そしてどこまでも真っ直ぐで、私に常識から抜け出す勇気をくれた人。
私はこの人の隣にずっといたい…。
「裏切りはもう許しません。もしまたやったら大切な部分がなくなるから。その覚悟はある?リヴァイ」
求婚は嬉しくとも、それはそれ、あれはあれ!
だから返事をする前にちゃんと釘を刺すことは忘れない。だってこれからもずっと一緒に歳を取っていくのだから。
――これは二人の未来を見据えての約束であり再婚の条件。
どうか受け入れて、ねっ?旦那様。
愛する夫は首振り人形のように、コクコクと縦に首を振る。
私が手でハサミの形を作って、『チョキン、チョキンッ……ポト』と音声付きの仕草をしたから怖かったのだろう。
自業自得だからね…。
この点だけは決して甘やかさないと決めている。
「もう絶対にしない!!だけど覚悟はある。じゃあ、返事は……」
夫は気合十分な返事をしてから、上目遣いで私を見てくる。もうその表情から不安は消えていた。
その期待のこもった熱い眼差しに、一度目の求婚を思い出す。
彼はあの時もこんな目をして私の『よろしくお願いします』を待ってくれていた。だから私もあの時と同じ台詞を告げる。
「二度目の結婚もよろしくお願いしますね、旦那様」
「うぉっ――!」
「ちょっと静かにっ。ライラが起きちゃうわ」
彼が差し出していた手に、私がそっと手を重ねると、彼は立ち上がって抱きついてくる。…いや、縋り付いているのか。
だ・か・ら、木じゃないからね……
案の定、夫の歓喜の雄叫びで寝ていたライラが泣き出してしまった。
なので、『もうっ、駄目でしょ!』と私に叱られ、続いて『めっー』と娘にも怒られて、夫はしょんぼりとする。
感動の二度目の求婚だったが、その余韻に浸ることなく、こうして我が家らしく執行猶予が終わった。
◇ ◇ ◇
――翌日。
朝一番に三人で役所に行って離縁届と婚姻届を一通ずつもらって来る。
どちらの紙にもお互いに署名を済ませ、離縁届の日付は手術日当日、婚姻届の日付はその三日後とした。
手術が成功したかどうかは三日以内に分かると医者から言われていた。つまり成功なら三日のうちに私は目覚めるらしい。
「カサナが旧姓に戻るのは三日間だけだからなっ」
「はい、はい」
「寝坊は許さないからなっ!」
「はい、はい」
夫は『俺と一緒に生きて!』と遠回しに言っているのだ。
もちろん、そのつもりだ。
「私は早起きだから大丈夫よ、リヴァイ」
「…‥そんなの知ってる。寝坊するのは俺だけで、カサナはしない。今までもこれからもだ、そうだろ?」
夫は私と一緒に歩む未来を信じている。それでも不安も感じているから言葉を重ねてくる。
「これからもずっと変わらないわ。大丈夫よ」
そして私が夫の不安を言葉で塗りつぶしていく。
私のなかに不安はない。彼が寄り添ってくれているから、大丈夫だと思えるようになった。
五パーセントという数字は変わらない。
以前は私にとってそれは限りなく死を予感させるものだった。
でも今は『ゼロじゃないっ!』と、希望に変わっている。
不思議よね……
単純な自分と愛の力の相乗効果で奇跡が起こりそうな予感がしていた。
それから入院までの数日間を慌ただしく過ごし、あっという間に手術当日を迎えた。
お昼から手術予定の私はもう病院のベッドの上だったので、夫が朝一番で役所に行ってくれた。
そこではこんなやり取りをしたという。
『これお願いします。でも三日後にまた再婚します!』
『……なら出さなくてもいいでは?』
『この離縁届に気持ちは全く籠もってません。今でも破りたいです、でも形だけ出すって愛する妻と約束したんで』
『はぁ……』
役所の人は呆れながら受理したそうだ。
その気持ちは十分理解できる。こんなに最短で離縁と再婚をする人なんて普通はいない。
『ついでに、三日後に婚姻届を持ってくるんで予約お願いします!』
『……予約制ではありません』
『でも、どうせ来るのは決まっているんだからそこをなんとかっ!』
『……無理です』
夫は窓口で粘ったらしい。
その理由は役所の常識もいらないかなっと思ったそうだ。でもそれは常識じゃなくてルールだ――変更には手続きが必要となる。
『……次のかたどうぞ』
最後には追い出されるように役所を後にしたという。夫は役人って冷たいよなと文句を言っていたが、それは当然の仕打ちだ。
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