5 / 9
守れなかった約束(賢者視点)
私――アルドガルが王都の外れにあるルトの家に着いたのは、早朝よりも少し前で、まだ辺りは薄暗かった。
治療師は『気力・体力がある騎士ならば朝まで大丈夫だと思います』と言っていた。薬が十分に間に合う時間に到着したことに安堵する。
家の明かりはついておらず、人の気配を感じない。
もしかしたらルトはここにいないのだろうか。
彼の妻は数ヶ月前に亡くなっていた。……不幸な事故だったという。
馬車に積んであった大量の荷が崩れ落ち、近くにいた人が巻き込まれた。負傷者はたくさんいたが、亡くなったのはルトの妻だけだったらしい。
みな勇者にも当然伝わっていると思い込んでいた。
――死別を乗り越え、勇敢に戦った勇者。
そんなふうに思われていたのだろうか。新たな幸せを掴もうとしている彼にみな気を遣って、祝福の言葉を送っていたのかもしれない。
……そんなこと、今はどうでもいい。
どうして悲報が伝わっていなかったとか、噂の真偽なんて、今の彼が知っても意味はない。
ルトは家に着く前に誰かから妻の死を知らされ、酒場で酔い潰れているのかもしれない、と思いながら足を進める。
それならいい。誰かがそばにいるということだから。
けれども、なんだか胸騒ぎがした。
――『ギギィ……』
手で押すと玄関の扉は簡単に開いた。中に入ると、消えているけれど暖炉に火を入れた形跡に気づく。外よりはましだけど、部屋の中も冷え切っていた。
「ルト、いますか?」
薄暗い室内に慣れてきて部屋の中が見えてくる。広くないけれど、手作りらしい家具が置かれて居心地の良さそうな部屋だった。
……い…た……。
最後に見た服装のままの彼が、壁を背にして床に一人で座っていた。
「……ルト」
返事はない。
彼の前に膝をつきその顔に手を伸ばす。……冷たかった。暖炉が消えてたからではない。
「起きてください、ルト。風邪を引きますよ。治療師から預かった薬を持ってきました。さあ、急いで飲んでください」
声を張り上げるように告げたが、返事は返ってこなかった。
――もう死んでいるから。
「ルト、どうして笑っているんですか? なにを抱いているんですか?」
彼はとても幸せそうな顔をしていた。それは私に妻への愛を語っている時と同じ。
彼は座りながら、大切な人を抱きしめているような姿勢をしていた。だが、その腕の中にはなにもない。
――とても穏やかな顔だった。
『なあ、アルドガル。無事に戻れたら、俺の家で一緒に飯を食べよう。自慢じゃないけれど、俺の奥さんの手料理は世界一なんだ』
『立派な自慢です』
『はっはは、そうだな。だけど、本当なんだ』
魔物討伐で心が折れそうになっている私に、彼は未来の話をしてくれた。
頑張れという叱咤激励ではなく、私が生き残る未来をさらりと口にしてくれたのが嬉しかった。
『嬉しいお誘いですが、私なんかがお邪魔したらご迷惑じゃ……』
『大切な友人だから妻に紹介したいんだ』
『必ずお邪魔します、ルト』
この約束があったから、私は頑張ることができ、生きて帰ってこれた。
約束は守るつもりだった。
口下手な私は、当日失礼があってはいけないと、彼の妻の手料理に対する賛辞を前もって考えてもいた。
なのに、なのにっ……。
「ねえ、ルト。約束を守ってください。私、楽しみにしていたんですよ。人から食事に招かれるのは初めてだったんです。……お願いですから、起きてくだ…さ、……い。ルト、その腕に抱いているのは自慢の奥様……ですよね? それでは挨拶をさせください。初めまして、私はアルドガルっ……と申し……っ、……ます。彼の友人で、あなたに会えるのを楽しみに…っ……しておりました」
もう声は届かないと分かっていても、私は馬鹿みたいに一人で喋り続けた。
この家で彼の身に何が起こったのか分からない。でも、奇跡が起こったのだと思いたい。
ルト、あなたは奥さんに会えたのですよね? だからこんなにも幸せそうな顔をしているのですよね……。
そして、ただ一つだけはっきりしていることがある。
――私はたった一人の友を救えなかった。
治療師は『気力・体力がある騎士ならば朝まで大丈夫だと思います』と言っていた。薬が十分に間に合う時間に到着したことに安堵する。
家の明かりはついておらず、人の気配を感じない。
もしかしたらルトはここにいないのだろうか。
彼の妻は数ヶ月前に亡くなっていた。……不幸な事故だったという。
馬車に積んであった大量の荷が崩れ落ち、近くにいた人が巻き込まれた。負傷者はたくさんいたが、亡くなったのはルトの妻だけだったらしい。
みな勇者にも当然伝わっていると思い込んでいた。
――死別を乗り越え、勇敢に戦った勇者。
そんなふうに思われていたのだろうか。新たな幸せを掴もうとしている彼にみな気を遣って、祝福の言葉を送っていたのかもしれない。
……そんなこと、今はどうでもいい。
どうして悲報が伝わっていなかったとか、噂の真偽なんて、今の彼が知っても意味はない。
ルトは家に着く前に誰かから妻の死を知らされ、酒場で酔い潰れているのかもしれない、と思いながら足を進める。
それならいい。誰かがそばにいるということだから。
けれども、なんだか胸騒ぎがした。
――『ギギィ……』
手で押すと玄関の扉は簡単に開いた。中に入ると、消えているけれど暖炉に火を入れた形跡に気づく。外よりはましだけど、部屋の中も冷え切っていた。
「ルト、いますか?」
薄暗い室内に慣れてきて部屋の中が見えてくる。広くないけれど、手作りらしい家具が置かれて居心地の良さそうな部屋だった。
……い…た……。
最後に見た服装のままの彼が、壁を背にして床に一人で座っていた。
「……ルト」
返事はない。
彼の前に膝をつきその顔に手を伸ばす。……冷たかった。暖炉が消えてたからではない。
「起きてください、ルト。風邪を引きますよ。治療師から預かった薬を持ってきました。さあ、急いで飲んでください」
声を張り上げるように告げたが、返事は返ってこなかった。
――もう死んでいるから。
「ルト、どうして笑っているんですか? なにを抱いているんですか?」
彼はとても幸せそうな顔をしていた。それは私に妻への愛を語っている時と同じ。
彼は座りながら、大切な人を抱きしめているような姿勢をしていた。だが、その腕の中にはなにもない。
――とても穏やかな顔だった。
『なあ、アルドガル。無事に戻れたら、俺の家で一緒に飯を食べよう。自慢じゃないけれど、俺の奥さんの手料理は世界一なんだ』
『立派な自慢です』
『はっはは、そうだな。だけど、本当なんだ』
魔物討伐で心が折れそうになっている私に、彼は未来の話をしてくれた。
頑張れという叱咤激励ではなく、私が生き残る未来をさらりと口にしてくれたのが嬉しかった。
『嬉しいお誘いですが、私なんかがお邪魔したらご迷惑じゃ……』
『大切な友人だから妻に紹介したいんだ』
『必ずお邪魔します、ルト』
この約束があったから、私は頑張ることができ、生きて帰ってこれた。
約束は守るつもりだった。
口下手な私は、当日失礼があってはいけないと、彼の妻の手料理に対する賛辞を前もって考えてもいた。
なのに、なのにっ……。
「ねえ、ルト。約束を守ってください。私、楽しみにしていたんですよ。人から食事に招かれるのは初めてだったんです。……お願いですから、起きてくだ…さ、……い。ルト、その腕に抱いているのは自慢の奥様……ですよね? それでは挨拶をさせください。初めまして、私はアルドガルっ……と申し……っ、……ます。彼の友人で、あなたに会えるのを楽しみに…っ……しておりました」
もう声は届かないと分かっていても、私は馬鹿みたいに一人で喋り続けた。
この家で彼の身に何が起こったのか分からない。でも、奇跡が起こったのだと思いたい。
ルト、あなたは奥さんに会えたのですよね? だからこんなにも幸せそうな顔をしているのですよね……。
そして、ただ一つだけはっきりしていることがある。
――私はたった一人の友を救えなかった。
あなたにおすすめの小説
悪女と呼ばれた令嬢は、親友の幸せのために婚約者を捨てた
由香
恋愛
婚約者である王太子を、親友のために手放した令嬢リュシエンヌ。
彼女はすべての非難を一身に受け、「悪女」と呼ばれる道を選ぶ。
真実を語らぬまま、親友である騎士カイルとも距離を置き、
ただ一人、守るべきものを守り抜いた。
それは、愛する人の未来のための選択。
誤解と孤独の果てで、彼女が手にした本当の結末とは――。
悪女と呼ばれた令嬢が、自ら選び取る静かな幸福の物語。
カメリア――彷徨う夫の恋心
来住野つかさ
恋愛
ロジャーとイリーナは和やかとはいえない雰囲気の中で話をしていた。結婚して子供もいる二人だが、学生時代にロジャーが恋をした『彼女』をいつまでも忘れていないことが、夫婦に亀裂を生んでいるのだ。その『彼女』はカメリア(椿)がよく似合う娘で、多くの男性の初恋の人だったが、なせが卒業式の後から行方不明になっているのだ。ロジャーにとっては不毛な会話が続くと思われたその時、イリーナが言った。「『彼女』が初恋だった人がまた一人いなくなった」と――。
※この作品は他サイト様にも掲載しています。
最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。
佐藤 美奈
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。
幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。
一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。
ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。
『話さない王妃と冷たい王 ―すれ違いの宮廷愛
柴田はつみ
恋愛
王国随一の名門に生まれたリディア王妃と、若き国王アレクシス。
二人は幼なじみで、三年前の政略結婚から穏やかな日々を過ごしてきた。
だが王の帰還は途絶え、宮廷に「王が隣国の姫と夜を共にした」との噂が流れる。
信じたいのに、確信に変わる光景を見てしまった夜。
王妃の孤独が始まり、沈黙の愛がゆっくりと崩れていく――。
誤解と嫉妬の果てに、愛を取り戻せるのか。
王宮を舞台に描く、切なく美しい愛の再生物語。
王子を助けたのは妹だと勘違いされた令嬢は人魚姫の嘆きを知る
リオール
恋愛
子供の頃に溺れてる子を助けたのは姉のフィリア。
けれど助けたのは妹メリッサだと勘違いされ、妹はその助けた相手の婚約者となるのだった。
助けた相手──第一王子へ生まれかけた恋心に蓋をして、フィリアは二人の幸せを願う。
真実を隠し続けた人魚姫はこんなにも苦しかったの?
知って欲しい、知って欲しくない。
相反する思いを胸に、フィリアはその思いを秘め続ける。
※最初の方は明るいですが、すぐにシリアスとなります。ギャグ無いです。
※全24話+プロローグ,エピローグ(執筆済み。順次UP予定)
※当初の予定と少し違う展開に、ここの紹介文を慌てて修正しました。色々ツッコミどころ満載だと思いますが、海のように広い心でスルーしてください(汗
どう見ても貴方はもう一人の幼馴染が好きなので別れてください
ルイス
恋愛
レレイとアルカは伯爵令嬢であり幼馴染だった。同じく伯爵令息のクローヴィスも幼馴染だ。
やがてレレイとクローヴィスが婚約し幸せを手に入れるはずだったが……
クローヴィスは理想の婚約者に憧れを抱いており、何かともう一人の幼馴染のアルカと、婚約者になったはずのレレイを比べるのだった。
さらにはアルカの方を優先していくなど、明らかにおかしな事態になっていく。
どう見てもクローヴィスはアルカの方が好きになっている……そう感じたレレイは、彼との婚約解消を申し出た。
婚約解消は無事に果たされ悲しみを持ちながらもレレイは前へ進んでいくことを決心した。
その後、国一番の美男子で性格、剣術も最高とされる公爵令息に求婚されることになり……彼女は別の幸せの一歩を刻んでいく。
しかし、クローヴィスが急にレレイを溺愛してくるのだった。アルカとの仲も上手く行かなかったようで、真実の愛とか言っているけれど……怪しさ満点だ。ひたすらに女々しいクローヴィス……レレイは冷たい視線を送るのだった。
「あなたとはもう終わったんですよ? いつまでも、キスが出来ると思っていませんか?」
最後に一つだけ。あなたの未来を壊す方法を教えてあげる
椿谷あずる
恋愛
婚約者カインの口から、一方的に別れを告げられたルーミア。
その隣では、彼が庇う女、アメリが怯える素振りを見せながら、こっそりと勝者の微笑みを浮かべていた。
──ああ、なるほど。私は、最初から負ける役だったのね。
全てを悟ったルーミアは、静かに微笑み、淡々と婚約破棄を受け入れる。
だが、その背中を向ける間際、彼女はふと立ち止まり、振り返った。
「……ねえ、最後に一つだけ。教えてあげるわ」
その一言が、すべての運命を覆すとも知らずに。
裏切られた彼女は、微笑みながらすべてを奪い返す──これは、華麗なる逆転劇の始まり。
悪女の最後の手紙
新川 さとし
恋愛
王国を揺るがす地震が続く中、王子の隣に立っていたのは、婚約者ではなかった。
人々から「悪女」と呼ばれた、ひとりの少女。
彼女は笑い、奪い、好き勝手に振る舞っているように見えた。
婚約者である令嬢は、ただ黙って、その光景を見つめるしかなかった。
理由も知らされないまま、少しずつ立場を奪われ、周囲の視線と噂に耐えながら。
やがて地震は収まり、王国には安堵が訪れる。
――その直後、一通の手紙が届く。
それは、世界の見え方を、静かに反転させる手紙だった。
悪女と呼ばれた少女が、誰にも知られぬまま選び取った「最後の選択」を描いた物語。
表紙の作成と、文章の校正にAIを利用しています。