おかえりなさいと言いたくて……

矢野りと

文字サイズ
小 中 大 特大
4 / 9

ただいま、……おかえりなさい(妻視点)

今日、勇者一行は王都に帰還する。人々はその勇姿を最前列で見ようと張り切って家を出ていた。
でも、私はここ我が家にいる。

 怖かったから……。

もし彼が私に気づいてくれなかったら、いいえ、気づいても視線を逸らされるかもしれない。
それに周囲から、またいないものと扱われるかもしれない。

 ……あんな思いはしたくない。



だから、私は一人っきりで待っている。
家の扉が開かれて『ただいま』と彼が帰ってくるのを。

 ……だって、約束したもの。

彼は私との約束を破ったことはない。


動かない扉を見続けて何時間が経っただろうか。気づけば窓の外は薄暗くなっていて、あと数時間で今日が終わる。
 
頬を伝っていた涙はもう乾いていた。枯れ果てたのか、それともこれから向き合わなければいけない残酷な現実に備えているのか。



もうなにも考えたくなくて蹲まっていると、ギギィと聞き慣れた音がして扉が動く。



「ただいま、ミワエナ」

――ルトは私のもとに帰って来てくれた。

私は震える声で言葉を紡ぐ。

『……おかえりなさい』

ルトは私を優しく抱きしめると、こんなに冷えてと言い、手際よく暖炉に火を起こしてくれる。
いろいろと辛いことばかりで、私は冬の寒ささえ感じなかったようだ。


 私ったら馬鹿ね……、噂に振り回されて。

ルトの顔を見てほっとしたら、途端に涙が溢れてきた。

「ミワエナ、泣いているのか?」

暖炉の火に照らされ、お互いの顔がはっきりと見える。

良かった、涙が枯れていなくて。もし涙の跡に気づいたら、彼はどうしたんだと聞いてくる。
彼は私が嘘をつくとすぐに気づくから誤魔化せない。辛い話をするのは後でいい。


今はただ、彼と一緒にいられる幸せに浸りたい。

『ルトが無事に帰ってきてくれたから嬉しくて』
「嬉し涙?」
『そうよ、ルト』

私の頬を彼の指がなぞるように撫でていく。涙を拭っているのではなく、乾いた跡を追っているのだ。……気づかれてしまった。

「ごめん、ミワエナ。辛い思いをさせたな」

彼はきつく私を抱きしめながら耳元で囁いた。噂のことを言っているのだろう。

『あなたがいなくて辛かったわ。でもこうして帰ってきてくれた、それで十分よ』
「当たり前だろ。俺が帰る場所は君がいるところだけだ」

嬉しくて、それなのになぜか堪らなく苦しいのはどうしてだろ。私は嗚咽しながら言葉を紡ぐ。

『本当はね。あなたが帰ってこないんじゃないかと怖かったの。信じているのに、愛しているのに……。……ごめんね、ルト』
「君は悪くない。それに、こうして待っていてくれた、俺を信じて。ありがとう、ミワエナ」

彼はそっと私の額に口付けを落とす。そして、部屋は暖まったのに、まだ冷えたままの私の体を温めようと擦ってくれる。

「芯まで冷えていたようだな」
『平気よ、熱いスープでも飲んだらすぐに温まるわ』

そう告げてから、ハッとする。

食卓にはなにも並んでいない。それに机の上には薄っすらと埃が積もっている。いつもはちゃんとしているのに。
いろいろと有り過ぎて、私は掃除することすら忘れていたようだ。

『ごめんなさい。すぐに食事の支度をするわ。掃除は明日頑張るから』
「……」 

部屋の中をゆっくりと見回しているルトから返事はなかった。

一年振りに帰ったのに出迎えがこれで、がっかりしているのだろうか。

改めて見ると酷いものだった。机だけではなく、椅子や食器にも埃が被っている。まるで数ヶ月使っていなかった部屋のような有り様で、自分でも驚く。いつからこんな状態だったのだろうか。

彼に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになる。片付けようとして彼から離れようとすると、彼の腕の中に引き戻される。

「いいんだ、ミワエナ。そんなこと……っ…もういいから、」 

ルトは歯を噛み締めながら泣いていた。冷たいままの私の体を、痛いくらいに強く抱きしめて。

『どうして泣いているの? ルト』
「……嬉し涙だ。君と同じさ。待たせて、すまなかった。一人っきりで辛かったよな」

彼は何度も何度も謝ってくる。嬉しそうに、でも苦しそうに、顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。

私の嬉し涙とは違うと分かった。
でも、そのことには触れなかった。彼がそれを望んでいないと、なんとなく伝わってきたから。

『もう泣かないで、ルト。私は平気よ』
 
私が彼の涙を拭っていると、彼は私の目を真っ直ぐに見つめる。
 
「……っ……。俺の帰る場所を守ってくれて有り難う。なあ、もう一度言ってくれないか?」

なにをとは聞き返す必要はなかった。

『おかえりなさい、ルト』
「ただいま、ミワエナ」

見つめ合っていた私達は優しく笑いあう。


――平凡だけど幸せな日常をやっと取り戻した。


感想 68

あなたにおすすめの小説

あなたが大好きでした ――届くはずだった言葉―― 表紙

あなたが大好きでした ――届くはずだった言葉――

筆頭公爵令嬢クラリスは、自ら望んで子爵家三男アルベルトと婚約した。 アルベルトは公爵家へ婿入りし次期公爵となるため必死に努力し、その能力は公爵や王太子からも高く評価されていた。 しかし、アルベルトを誰より愛しているクラリスだけが、素直になれない。 褒めたい時には否定し、会いたい時には王城へ逃げる。 そして夜会で嫉妬したクラリスは、 「あなたが次期公爵候補なのは、わたくしの婚約者だからです。能力で選ばれたわけではありません」 と、アルベルトが最も恐れていた言葉を告げてしまう。 その夜を境に、アルベルトは心身を崩していく。 やがてクラリスが自分の過ちを理解した時には、彼女の名前を見るだけでアルベルトが体調を崩すほど、すべてが手遅れになっていた。
恋愛 完結 短編
文字数 16,636
すべてはあなたの為だった~狂愛~ 表紙

すべてはあなたの為だった~狂愛~

膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。 愛しているのは君だけ…。 大切なのも君だけ…。 『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』 ※設定はゆるいです。 ※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。
恋愛 完結 短編 R15
文字数 32,588
あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します 表紙

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。
恋愛 完結 長編
文字数 158,920
妻は不要とされた~壊れた夫の瞳に映るのは~ 表紙

妻は不要とされた~壊れた夫の瞳に映るのは~

 戦地へ赴いた夫の帰りを、エレナはずっと待っていた。  ようやく帰還した夫は心を壊していた。  妻であるエレナを見ても、その瞳はどこか遠くを見つめたまま。  そんな夫が連れ帰ったのは一人の妊婦だった。 「エレナ」  夫の口から紡がれるのはただ一人、妻の名前だけ。  妊婦の名前も素性も分からないまま、時間だけが過ぎてゆく。  それでもエレナは、夫と、彼が守ろうとした命を迎え入れる。  これは、帰る場所を見失った夫が、もう一度妻のもとへ帰るまでの物語。 「不要とされた」シリーズ第五弾。 ※本作は他サイトにも掲載しています。
恋愛 完結 短編
文字数 8,835
共に過ごした時間は愛にはならなかった、ただそれだけ 表紙

共に過ごした時間は愛にはならなかった、ただそれだけ

セデルにはこれまでの記憶がない。 婚約者に再び恋をしたが彼は双子の妹に夢中で、セデルを「これまでの君とは違う」と遠ざける。 記憶を取り戻した時。セデルはかつての自分の想いを知り、婚約者に別れを告げた。
恋愛 完結 短編
文字数 10,368
[完結]「私が婚約者だったはずなのに」愛する人が別の人と婚約するとしたら〜恋する二人を切り裂く政略結婚の行方は〜 表紙

[完結]「私が婚約者だったはずなのに」愛する人が別の人と婚約するとしたら〜恋する二人を切り裂く政略結婚の行方は〜

王子グレンの婚約者候補であったはずのルーラ。互いに想いあう二人だったが、政略結婚によりグレンは隣国の王女と結婚することになる。そしてルーラもまた別の人と婚約することに……。「将来僕のお嫁さんになって」そんな約束を記憶の奥にしまいこんで、二人は国のために自らの心を犠牲にしようとしていた。ある日、隣国の王女に関する重大な秘密を知ってしまったルーラは、一人真実を解明するために動き出す。「国のためと言いながら、本当はグレン様を取られたくなだけなのかもしれないの」「国のためと言いながら、彼女を俺のものにしたくて抗っているみたいだ」 二人は再び手を取り合うことができるのか……。 全23話で完結(すでに完結済みで投稿しています)
恋愛 完結 短編
文字数 36,740
【完結】侯爵家の冷血な未亡人――死んだはずの夫は私を忘れて、新しい家族ができていました。 表紙

【完結】侯爵家の冷血な未亡人――死んだはずの夫は私を忘れて、新しい家族ができていました。

「冷血な未亡人」と、社交界で噂の侯爵夫人タチアナ。 夫が行方不明になってから、たったひと月で――遺体のないまま葬儀を執り行なったのだ。 だが二ヶ月後、当主として訪れた村で、タチアナは“死んだはずの夫”が記憶を失い、別の女性と子供と暮らしている姿を目撃する。 なぜ、あなたは――。 過去の愛などなかったように、すべてを忘れてしまった夫と向き合うため、タチアナは陰謀の渦へと踏み込んでいく。 そして、傷つくタチアナに寄り添いながら――夫の親友であり補佐官である男もまた、彼女には言えない秘密を胸に秘めていた。 これは、傷つけられ傷ついた者たちが乗り越え、再生していく物語。 ※毎日、更新予定です。(完結保証、結末まで執筆済です) ※他に気軽に楽しめる短編(完結)や長編(完結)も掲載しています。こちらもお読み下されば幸いです。 ※AI画像を使用しています。
恋愛 完結 長編
文字数 60,508
最後のプレゼントを貴方に 表紙

最後のプレゼントを貴方に

「お嬢様、お手紙が届いております」 侍女が銀トレーに封蝋された手紙を乗せ、私に声を掛けた。 封蝋を見た私は、小さく体を強張らせた。 そして、そのまま目を伏せた。 とうとうこの時が来たのだと、覚悟を決めるときなのだと、自分に言い聞かせた。 これは、ある令嬢の淡い恋心の物語です。
恋愛 完結 ショートショート
文字数 2,736