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ただいま、……おかえりなさい(妻視点)
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今日、勇者一行は王都に帰還する。人々はその勇姿を最前列で見ようと張り切って家を出ていた。
でも、私はここにいる。
怖かったから……。
もし彼が私に気づいてくれなかったら、いいえ、気づいても視線を逸らされるかもしれない。
それに周囲から、またいないものと扱われるかもしれない。
……あんな思いはしたくない。
だから、私は一人っきりで待っている。
家の扉が開かれて『ただいま』と彼が帰ってくるのを。
……だって、約束したもの。
彼は私との約束を破ったことはない。
動かない扉を見続けて何時間が経っただろうか。気づけば窓の外は薄暗くなっていて、あと数時間で今日が終わる。
頬を伝っていた涙はもう乾いていた。枯れ果てたのか、それともこれから向き合わなければいけない残酷な現実に備えているのか。
もうなにも考えたくなくて蹲まっていると、ギギィと聞き慣れた音がして扉が動く。
「ただいま、ミワエナ」
――ルトは私のもとに帰って来てくれた。
私は震える声で言葉を紡ぐ。
『……おかえりなさい』
ルトは私を優しく抱きしめると、こんなに冷えてと言い、手際よく暖炉に火を起こしてくれる。
いろいろと辛いことばかりで、私は冬の寒ささえ感じなかったようだ。
私ったら馬鹿ね……、噂に振り回されて。
ルトの顔を見てほっとしたら、途端に涙が溢れてきた。
「ミワエナ、泣いているのか?」
暖炉の火に照らされ、お互いの顔がはっきりと見える。
良かった、涙が枯れていなくて。もし涙の跡に気づいたら、彼はどうしたんだと聞いてくる。
彼は私が嘘をつくとすぐに気づくから誤魔化せない。辛い話をするのは後でいい。
今はただ、彼と一緒にいられる幸せに浸りたい。
『ルトが無事に帰ってきてくれたから嬉しくて』
「嬉し涙?」
『そうよ、ルト』
私の頬を彼の指がなぞるように撫でていく。涙を拭っているのではなく、乾いた跡を追っているのだ。……気づかれてしまった。
「ごめん、ミワエナ。辛い思いをさせたな」
彼はきつく私を抱きしめながら耳元で囁いた。噂のことを言っているのだろう。
『あなたがいなくて辛かったわ。でもこうして帰ってきてくれた、それで十分よ』
「当たり前だろ。俺が帰る場所は君がいるところだけだ」
嬉しくて、それなのになぜか堪らなく苦しいのはどうしてだろ。私は嗚咽しながら言葉を紡ぐ。
『本当はね。あなたが帰ってこないんじゃないかと怖かったの。信じているのに、愛しているのに……。……ごめんね、ルト』
「君は悪くない。それに、こうして待っていてくれた、俺を信じて。ありがとう、ミワエナ」
彼はそっと私の額に口付けを落とす。そして、部屋は暖まったのに、まだ冷えたままの私の体を温めようと擦ってくれる。
「芯まで冷えていたようだな」
『平気よ、熱いスープでも飲んだらすぐに温まるわ』
そう告げてから、ハッとする。
食卓にはなにも並んでいない。それに机の上には薄っすらと埃が積もっている。いつもはちゃんとしているのに。
いろいろと有り過ぎて、私は掃除することすら忘れていたようだ。
『ごめんなさい。すぐに食事の支度をするわ。掃除は明日頑張るから』
「……」
部屋の中をゆっくりと見回しているルトから返事はなかった。
一年振りに帰ったのに出迎えがこれで、がっかりしているのだろうか。
改めて見ると酷いものだった。机だけではなく、椅子や食器にも埃が被っている。まるで数ヶ月使っていなかった部屋のような有り様で、自分でも驚く。いつからこんな状態だったのだろうか。
彼に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになる。片付けようとして彼から離れようとすると、彼の腕の中に引き戻される。
「いいんだ、ミワエナ。そんなこと……っ…もういいから、」
ルトは歯を噛み締めながら泣いていた。冷たいままの私の体を、痛いくらいに強く抱きしめて。
『どうして泣いているの? ルト』
「……嬉し涙だ。君と同じさ。待たせて、すまなかった。一人っきりで辛かったよな」
彼は何度も何度も謝ってくる。嬉しそうに、でも苦しそうに、顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。
私の嬉し涙とは違うと分かった。
でも、そのことには触れなかった。彼がそれを望んでいないと、なんとなく伝わってきたから。
『もう泣かないで、ルト。私は平気よ』
私が彼の涙を拭っていると、彼は私の目を真っ直ぐに見つめる。
「……っ……。俺の帰る場所を守ってくれて有り難う。なあ、もう一度言ってくれないか?」
なにをとは聞き返す必要はなかった。
『おかえりなさい、ルト』
「ただいま、ミワエナ」
見つめ合っていた私達は優しく笑いあう。
――平凡だけど幸せな日常をやっと取り戻した。
でも、私はここにいる。
怖かったから……。
もし彼が私に気づいてくれなかったら、いいえ、気づいても視線を逸らされるかもしれない。
それに周囲から、またいないものと扱われるかもしれない。
……あんな思いはしたくない。
だから、私は一人っきりで待っている。
家の扉が開かれて『ただいま』と彼が帰ってくるのを。
……だって、約束したもの。
彼は私との約束を破ったことはない。
動かない扉を見続けて何時間が経っただろうか。気づけば窓の外は薄暗くなっていて、あと数時間で今日が終わる。
頬を伝っていた涙はもう乾いていた。枯れ果てたのか、それともこれから向き合わなければいけない残酷な現実に備えているのか。
もうなにも考えたくなくて蹲まっていると、ギギィと聞き慣れた音がして扉が動く。
「ただいま、ミワエナ」
――ルトは私のもとに帰って来てくれた。
私は震える声で言葉を紡ぐ。
『……おかえりなさい』
ルトは私を優しく抱きしめると、こんなに冷えてと言い、手際よく暖炉に火を起こしてくれる。
いろいろと辛いことばかりで、私は冬の寒ささえ感じなかったようだ。
私ったら馬鹿ね……、噂に振り回されて。
ルトの顔を見てほっとしたら、途端に涙が溢れてきた。
「ミワエナ、泣いているのか?」
暖炉の火に照らされ、お互いの顔がはっきりと見える。
良かった、涙が枯れていなくて。もし涙の跡に気づいたら、彼はどうしたんだと聞いてくる。
彼は私が嘘をつくとすぐに気づくから誤魔化せない。辛い話をするのは後でいい。
今はただ、彼と一緒にいられる幸せに浸りたい。
『ルトが無事に帰ってきてくれたから嬉しくて』
「嬉し涙?」
『そうよ、ルト』
私の頬を彼の指がなぞるように撫でていく。涙を拭っているのではなく、乾いた跡を追っているのだ。……気づかれてしまった。
「ごめん、ミワエナ。辛い思いをさせたな」
彼はきつく私を抱きしめながら耳元で囁いた。噂のことを言っているのだろう。
『あなたがいなくて辛かったわ。でもこうして帰ってきてくれた、それで十分よ』
「当たり前だろ。俺が帰る場所は君がいるところだけだ」
嬉しくて、それなのになぜか堪らなく苦しいのはどうしてだろ。私は嗚咽しながら言葉を紡ぐ。
『本当はね。あなたが帰ってこないんじゃないかと怖かったの。信じているのに、愛しているのに……。……ごめんね、ルト』
「君は悪くない。それに、こうして待っていてくれた、俺を信じて。ありがとう、ミワエナ」
彼はそっと私の額に口付けを落とす。そして、部屋は暖まったのに、まだ冷えたままの私の体を温めようと擦ってくれる。
「芯まで冷えていたようだな」
『平気よ、熱いスープでも飲んだらすぐに温まるわ』
そう告げてから、ハッとする。
食卓にはなにも並んでいない。それに机の上には薄っすらと埃が積もっている。いつもはちゃんとしているのに。
いろいろと有り過ぎて、私は掃除することすら忘れていたようだ。
『ごめんなさい。すぐに食事の支度をするわ。掃除は明日頑張るから』
「……」
部屋の中をゆっくりと見回しているルトから返事はなかった。
一年振りに帰ったのに出迎えがこれで、がっかりしているのだろうか。
改めて見ると酷いものだった。机だけではなく、椅子や食器にも埃が被っている。まるで数ヶ月使っていなかった部屋のような有り様で、自分でも驚く。いつからこんな状態だったのだろうか。
彼に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになる。片付けようとして彼から離れようとすると、彼の腕の中に引き戻される。
「いいんだ、ミワエナ。そんなこと……っ…もういいから、」
ルトは歯を噛み締めながら泣いていた。冷たいままの私の体を、痛いくらいに強く抱きしめて。
『どうして泣いているの? ルト』
「……嬉し涙だ。君と同じさ。待たせて、すまなかった。一人っきりで辛かったよな」
彼は何度も何度も謝ってくる。嬉しそうに、でも苦しそうに、顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。
私の嬉し涙とは違うと分かった。
でも、そのことには触れなかった。彼がそれを望んでいないと、なんとなく伝わってきたから。
『もう泣かないで、ルト。私は平気よ』
私が彼の涙を拭っていると、彼は私の目を真っ直ぐに見つめる。
「……っ……。俺の帰る場所を守ってくれて有り難う。なあ、もう一度言ってくれないか?」
なにをとは聞き返す必要はなかった。
『おかえりなさい、ルト』
「ただいま、ミワエナ」
見つめ合っていた私達は優しく笑いあう。
――平凡だけど幸せな日常をやっと取り戻した。
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