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ただ見ているだけだった(賢者視点)
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「なぜ、噂を否定してくれないのですかっ!」
ルトは第三王女に向かって声を荒げる。
この部屋にいるのはルトと私――アルドガルと第三王女と数人の侍女と護衛騎士だけ。
もちろん、国を救った勇者とてこんな不敬な態度は許されない。護衛騎士はすぐさま彼を拘束しようと動く。
しかし、それを第三王女は手で制す。
第三王女はルトの不敬な態度に気分を害することなく、優しげな笑みを浮かべたままだった。
私は彼女の寛大さに心のなかでそっと感謝した。今回の討伐で得た大切な友人を私は失いたくなかったから。
人付き合いが苦手な私は友人と呼べる存在とは無縁だった。
だが、彼とは不思議と普通に話せた。それは彼が俺が無愛想で無表情だろうとも、気にせずにいてくれる人だから。
『……ルトは気にならないのですか?』
『何がだ?』
『何を考えているか分からないとよく言われます。そのうえ言葉も足りないと』
……鉄仮面と私は陰で呼ばれていた。
『アルドガルは聞き上手なんだな』
私は無表情のままなにも言えなかったが、彼は私の肩を軽く叩いて笑ってくれた。それは、生まれて初めて『友人』を得た瞬間だった。
そんなルトがなぜこれほどまでに怒っているのか。
それは王宮に到着した後、彼は周囲から告げられる『おめでとうございます』の二つ目の意味を知ったからだ。
――聖女と勇者が育んだ愛。
彼は否定したが、人々は意味ありげな笑みで祝福を続けた。なぜなら、第三王女は曖昧に微笑むだけで否定の言葉を口にしなかったからだ。
痺れを切らしたルトは第三王女に『話がしたい』と願い出て、それが許されこの部屋に来た。
私は彼が心配で付いて来たのだ。
「落ち着いてくださいませ、ルト様。噂には私も驚いているのです。ですが、噂を否定する前に確かめなくてはなりません。すべてを把握せずにその場しのぎで答えるのは危険です。混乱を招きますから」
第三王女は冷静だった。確かに、彼女の告げた内容は正論かもしれない。
私達が耳にした噂は、聖女と勇者の恋がほとんどだったけれど、それ以外もあった。私と剣聖も聖女に求婚しているとか、今回の褒章としてすでに爵位を与えられているとか、賢者は女だったとか。……私の知る限りそんな事実はないのに。
しかし、ルトは既婚者だ。
第三王女の婚約は解消されたと先ほど聞いたが、彼の妻の気持ちを考えればその点だけでも先に否定してもいいだろうと思う。
けれども、第三王女は『王族は慎重に行動しなければならないのです』と首を縦に振らない。
「確認する時間をくださいませ、ルト様」
「……分かりました。ですが、この後の宴は欠席させて頂きます」
ルトの妻は王宮にいなかった。だから、彼は妻のもとに早く帰り、噂を自分の口で否定したいのだろう。
しかし、帰還を祝う場に勇者がいないなんてあり得ない。
当然この願いは却下されると思っていた。
「みなは大変残念に思うでしょうが、仕方がないですね。国王である父には、私が上手く伝えておきますわ。ですが、傷の手当てがありますから、早めに戻って来てくださいませ。ルト様」
「感謝いたします、ライシャリア様」
お咎めなしの寛大な対応を聞き驚いたものの、流石はライシャリア様だとも思った。
彼女は魔物討伐の時も、王族という身分を振りかざし、私達を見下すことはなかったから。
ルトは深々と頭を下げると、足早に部屋を出ていった。そして、私は宴が開かれる大広間へ向かう。
すると、前から歩いてきた男に声を掛けられる。
「勇者様はご一緒ではないのですか?」
彼は魔物討伐に帯同していた治療師だった。聞けばルトの怪我は重傷で、定期的に服用する薬を渡しに来たという。
「……知らなかった」
「強い薬のお陰で普通に動けますから、周囲の者は気づかないでしょうね。でも、薬の効果が切れたら、魔物の毒が全身に回って死に至ります」
「……っ!」
私は治療師の胸ぐらをつかむ。
「なんで、そんな大事なことを誰にも言わないんだ!」
「ちゃんと伝えていますよ。それに薬さえ飲んでいれば完治しますから」
……そうか、そうだよな。
第三王女は知っていたからこそあの言葉――『早めに戻って来てくださいませ、ルト様』――とわざわざ告げたのだ。
私は安堵しながらも仲間はずれにされたように思えて、少しだけ落ち込んだまま宴へと出席した。
第三王女は勇者の欠席を上手くみなに伝えてくれた。そのお陰でルトのことを悪く言う者はいない。
それは嬉しいのだが、またもや複雑な気持ちになる。
まるで友人の座を奪われたみたいで……。
飲めない酒を無理して飲んでいるとだんだんと酔っ払ってきた。
「……本当に大丈夫なんでしょうねー」
「大丈夫です、賢者様」
「ヒック……、本当に本当でしょうねー」
「本当ですから。突然死ぬわけじゃないんです。まず震えなどの症状があって、周りの者が異変に絶対に気づきます。それから服用しても間に合いますから」
酔っ払った私は、先ほどの治療師に絡んでいた。
ルトは今頃妻と一緒のはずで、妻が夫の異変を放置するはずはない。
ほっとしていると、どこからか噂を話す声が聞こえてきた。不愉快な話など聞きたくなかったが、否応なしに耳に入ってくる。
「っ……う、そだ…ろ」
私はさきほどの話は本当かと周囲にいた人達に手当たり次第に尋ねる。すると、誰もが頷いた。……彼らが嘘を言う理由はない。
私は知る――ルトの妻はもう待っていないという事実を。
ルトは知らなかった。私も、剣聖も、それに私達と一緒に行動していた者達も。
では、第三王女はどうだったのか。
本当に知らなかったのか、そんなことがあるのかと冷静に考える。知っていたとしか思えなかった。
……平然と嘘を吐いていたのか。
血の気が引いて酔いが覚める。
――『早めに戻って来てくださいませ、ルト様』
あの言葉は一体何だっんだ……。
第三王女はルトの怪我を正しく把握していた。そして、誰もいない家に帰らせた。もし勇者に何かあっても、『親切な言葉を告げたという事実』が第三王女を守る。
私はルトの願いを受け入れた第三王女を優しい人だと思っていた。だが、今は彼女のあの時の笑みを思い出すだけで震えが止まらない。
この場をすぐさま辞して、ルトを追いかけるべきなのに足が竦んで出来なかった。
何が起こっているか分からない。でも、私まで目をつけられたら……。
――王族という壁に逆らう勇気はない。
……私は臆病者だった。
恐怖と焦りから私は胃の中のものをぶちまけた。
幸いにも飲み過ぎだと思われ、その場から治療師が連れ出してくれた。
「賢者様、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫で…す。それよりもルトの、勇者の家がどこなのか教えてくださ…い……」
大広間の喧騒から遠のいた場所まで来ると、私は泣きながら懇願していた。
ルトは第三王女に向かって声を荒げる。
この部屋にいるのはルトと私――アルドガルと第三王女と数人の侍女と護衛騎士だけ。
もちろん、国を救った勇者とてこんな不敬な態度は許されない。護衛騎士はすぐさま彼を拘束しようと動く。
しかし、それを第三王女は手で制す。
第三王女はルトの不敬な態度に気分を害することなく、優しげな笑みを浮かべたままだった。
私は彼女の寛大さに心のなかでそっと感謝した。今回の討伐で得た大切な友人を私は失いたくなかったから。
人付き合いが苦手な私は友人と呼べる存在とは無縁だった。
だが、彼とは不思議と普通に話せた。それは彼が俺が無愛想で無表情だろうとも、気にせずにいてくれる人だから。
『……ルトは気にならないのですか?』
『何がだ?』
『何を考えているか分からないとよく言われます。そのうえ言葉も足りないと』
……鉄仮面と私は陰で呼ばれていた。
『アルドガルは聞き上手なんだな』
私は無表情のままなにも言えなかったが、彼は私の肩を軽く叩いて笑ってくれた。それは、生まれて初めて『友人』を得た瞬間だった。
そんなルトがなぜこれほどまでに怒っているのか。
それは王宮に到着した後、彼は周囲から告げられる『おめでとうございます』の二つ目の意味を知ったからだ。
――聖女と勇者が育んだ愛。
彼は否定したが、人々は意味ありげな笑みで祝福を続けた。なぜなら、第三王女は曖昧に微笑むだけで否定の言葉を口にしなかったからだ。
痺れを切らしたルトは第三王女に『話がしたい』と願い出て、それが許されこの部屋に来た。
私は彼が心配で付いて来たのだ。
「落ち着いてくださいませ、ルト様。噂には私も驚いているのです。ですが、噂を否定する前に確かめなくてはなりません。すべてを把握せずにその場しのぎで答えるのは危険です。混乱を招きますから」
第三王女は冷静だった。確かに、彼女の告げた内容は正論かもしれない。
私達が耳にした噂は、聖女と勇者の恋がほとんどだったけれど、それ以外もあった。私と剣聖も聖女に求婚しているとか、今回の褒章としてすでに爵位を与えられているとか、賢者は女だったとか。……私の知る限りそんな事実はないのに。
しかし、ルトは既婚者だ。
第三王女の婚約は解消されたと先ほど聞いたが、彼の妻の気持ちを考えればその点だけでも先に否定してもいいだろうと思う。
けれども、第三王女は『王族は慎重に行動しなければならないのです』と首を縦に振らない。
「確認する時間をくださいませ、ルト様」
「……分かりました。ですが、この後の宴は欠席させて頂きます」
ルトの妻は王宮にいなかった。だから、彼は妻のもとに早く帰り、噂を自分の口で否定したいのだろう。
しかし、帰還を祝う場に勇者がいないなんてあり得ない。
当然この願いは却下されると思っていた。
「みなは大変残念に思うでしょうが、仕方がないですね。国王である父には、私が上手く伝えておきますわ。ですが、傷の手当てがありますから、早めに戻って来てくださいませ。ルト様」
「感謝いたします、ライシャリア様」
お咎めなしの寛大な対応を聞き驚いたものの、流石はライシャリア様だとも思った。
彼女は魔物討伐の時も、王族という身分を振りかざし、私達を見下すことはなかったから。
ルトは深々と頭を下げると、足早に部屋を出ていった。そして、私は宴が開かれる大広間へ向かう。
すると、前から歩いてきた男に声を掛けられる。
「勇者様はご一緒ではないのですか?」
彼は魔物討伐に帯同していた治療師だった。聞けばルトの怪我は重傷で、定期的に服用する薬を渡しに来たという。
「……知らなかった」
「強い薬のお陰で普通に動けますから、周囲の者は気づかないでしょうね。でも、薬の効果が切れたら、魔物の毒が全身に回って死に至ります」
「……っ!」
私は治療師の胸ぐらをつかむ。
「なんで、そんな大事なことを誰にも言わないんだ!」
「ちゃんと伝えていますよ。それに薬さえ飲んでいれば完治しますから」
……そうか、そうだよな。
第三王女は知っていたからこそあの言葉――『早めに戻って来てくださいませ、ルト様』――とわざわざ告げたのだ。
私は安堵しながらも仲間はずれにされたように思えて、少しだけ落ち込んだまま宴へと出席した。
第三王女は勇者の欠席を上手くみなに伝えてくれた。そのお陰でルトのことを悪く言う者はいない。
それは嬉しいのだが、またもや複雑な気持ちになる。
まるで友人の座を奪われたみたいで……。
飲めない酒を無理して飲んでいるとだんだんと酔っ払ってきた。
「……本当に大丈夫なんでしょうねー」
「大丈夫です、賢者様」
「ヒック……、本当に本当でしょうねー」
「本当ですから。突然死ぬわけじゃないんです。まず震えなどの症状があって、周りの者が異変に絶対に気づきます。それから服用しても間に合いますから」
酔っ払った私は、先ほどの治療師に絡んでいた。
ルトは今頃妻と一緒のはずで、妻が夫の異変を放置するはずはない。
ほっとしていると、どこからか噂を話す声が聞こえてきた。不愉快な話など聞きたくなかったが、否応なしに耳に入ってくる。
「っ……う、そだ…ろ」
私はさきほどの話は本当かと周囲にいた人達に手当たり次第に尋ねる。すると、誰もが頷いた。……彼らが嘘を言う理由はない。
私は知る――ルトの妻はもう待っていないという事実を。
ルトは知らなかった。私も、剣聖も、それに私達と一緒に行動していた者達も。
では、第三王女はどうだったのか。
本当に知らなかったのか、そんなことがあるのかと冷静に考える。知っていたとしか思えなかった。
……平然と嘘を吐いていたのか。
血の気が引いて酔いが覚める。
――『早めに戻って来てくださいませ、ルト様』
あの言葉は一体何だっんだ……。
第三王女はルトの怪我を正しく把握していた。そして、誰もいない家に帰らせた。もし勇者に何かあっても、『親切な言葉を告げたという事実』が第三王女を守る。
私はルトの願いを受け入れた第三王女を優しい人だと思っていた。だが、今は彼女のあの時の笑みを思い出すだけで震えが止まらない。
この場をすぐさま辞して、ルトを追いかけるべきなのに足が竦んで出来なかった。
何が起こっているか分からない。でも、私まで目をつけられたら……。
――王族という壁に逆らう勇気はない。
……私は臆病者だった。
恐怖と焦りから私は胃の中のものをぶちまけた。
幸いにも飲み過ぎだと思われ、その場から治療師が連れ出してくれた。
「賢者様、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫で…す。それよりもルトの、勇者の家がどこなのか教えてくださ…い……」
大広間の喧騒から遠のいた場所まで来ると、私は泣きながら懇願していた。
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