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24.六年ぶりの異母弟〜ルイトエリン視点〜
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オリヴィアが出ると同時に扉が閉まり、広間にいるのは俺と家令だけになる。
必要があれば連絡を取っていたが、直接会うのは六年ぶりだった。歳を重ねた変化はあれど、家令の見た目はそれほど変わっていない。
――その事実に安堵していた。
それはライカン侯爵家が上手くいっている証でもあったからだ。もしなにかあったならば、その苦悩が彼の容貌に刻まれているはず。
それがないということは、異母弟も健やかに育っているということだ。
家令からの手紙では心配は無用ですと伝えられていた。その言葉を疑っていたわけではないが、こうして実際に確認できると安心した。
「戻ってこないと約束しておきながら済まないな」
「……あの時は出過ぎたことを申し上げました、ルイトエリン様」
「いや、あれは最善だった」
仮病を使って宿に留まることだって出来たが、公私混同はしたくなかった。
家令の言葉に嘘はないだろうが、もし時間が巻き戻ったとしても、彼はまた同じ言葉を俺に告げてくるだろう。それがライカン侯爵家を支える者の責務だ。
……そうだ、あれしか選択肢はなかった。
今、ライカン侯爵家が平穏なのは俺という『カッコウの雛』がいないからだ。
異母弟も十歳になり、あと六年すれば成人する。
この国では嫡男以外を跡継ぎにする場合、成人してからでないと手続きは出来ない決まりになっている。
遥か昔、高位貴族は複数の妻を持つのが当たり前で、跡継ぎの座を巡って嫡男が幼少期に命を落とすことも多かった。
今は一夫一婦制となり悪習は撤廃されているが、嫡男を守ろうとした名残が法という形で残っているのだ。
現実に沿わない法でも遵守しなければならない。
六年後に俺を廃嫡して異母弟を正式に跡継ぎにすれば、ライカン侯爵家は完全に正しい形になる。
――父はもう二度と壊れることもないだろう。
「三日間だけだ。父上に会うことはないから安心してくれ。父上だって俺に会いたくないから、顔を出さなかったんだろ?」
「……いえ、多忙で――」
「誤魔化さなくていい」
普通はどんなに忙しくとも、同じ屋敷にいるならば時間を作って挨拶するのが礼儀というものだ。
真面目な父は誰に対しても礼を失する振る舞いをしない人だ。それなのにこの場に顔も出さないとは、よほど俺に会いたくないのだろう。
六年ぶりの再会を覚悟して緊張していた自分が馬鹿みたいだ。
その必要はなかったな……。
あの優しい人を狂わせてしまうほど自分は厭われて、それは今も全く変わっていないということだ。
俺だって六年経っても、あの時感じた恐怖と絶望を忘れやしない。
――一生会わないほうがいい。
俺に父上と呼ばれるのすら嫌だろう。俺だって父を目の前にしたら『父上』とは呼べない気がする。
書類上は親子だが、その絆は最初から父の犠牲の上に成り立っていた。子供だった俺にとっては本物だったが、父にとっては幻だった。その事実を身を以て知ったのは六年前の俺自身だ。
「ルイトエリン様のお部屋は元のままです。そちらをお使いになりますか?」
「いや、第二騎士達と同じ扱いでいい。あくまでも、ここでの滞在は任務だ」
「畏まりました。………有り難うございます、ルイトエリン様」
部屋がまだあるのは驚きだった。てっきり父が命じて残っていないと思っていたからだ。
家令が自分の部屋を使うかと尋ねたのは、形だけのことだったのだろう。絶縁状態とは言え、これでもまだ正式にはライカン侯爵家の嫡男だ。
だから『有り難うございます』という言葉が最後に出てきた。
俺が断り内心ではほっとしているのだ。
彼は波風立つことなく滞在期間が終わることを願っているはずだ。こうしてわざわざ話し掛けてきたのも、その確認の為だったのだろう。
これが彼の仕事だと分かっているから不愉快に感じたりしない。寧ろ、有り難く思っている。
あの時だって、この家令がいたから父は道を踏み外さなかった。
――俺を殺さずに済んだのだ。
家令との話が済むと、俺は割り当てられた客間に足早に向かった。十六歳まで住んでいた屋敷なので、侍女の案内は必要ない。
すると、ドンッと勢いよく後ろから俺に抱きついて来る者がいた。
「兄上っ!? ルイトエリン兄上ですよねっ!」
俺を兄と呼ぶのは一人しかない――異母弟だ。
六年ぶり会う彼は見違えるほど大きくなっていた。最後に会ったのは四歳だったから、今はもう十歳になっている。
大人と違って、子供は六年間で背だけでなく声も顔立ちも変化する。
でも俺は一目でケイルートだと分かった。
それは父にそっくりだったからだ。小さい頃から似ていたが、成長してますます父に似てきている。
少し毛先が波打っている髪、落ち着いた茶色の瞳、優しそうな顔立ち、片側の頬にだけ浮かぶ笑窪、柔らかい声音、そのどれもが父から譲り受けたものだ。
――俺が持っていないもの。
必要があれば連絡を取っていたが、直接会うのは六年ぶりだった。歳を重ねた変化はあれど、家令の見た目はそれほど変わっていない。
――その事実に安堵していた。
それはライカン侯爵家が上手くいっている証でもあったからだ。もしなにかあったならば、その苦悩が彼の容貌に刻まれているはず。
それがないということは、異母弟も健やかに育っているということだ。
家令からの手紙では心配は無用ですと伝えられていた。その言葉を疑っていたわけではないが、こうして実際に確認できると安心した。
「戻ってこないと約束しておきながら済まないな」
「……あの時は出過ぎたことを申し上げました、ルイトエリン様」
「いや、あれは最善だった」
仮病を使って宿に留まることだって出来たが、公私混同はしたくなかった。
家令の言葉に嘘はないだろうが、もし時間が巻き戻ったとしても、彼はまた同じ言葉を俺に告げてくるだろう。それがライカン侯爵家を支える者の責務だ。
……そうだ、あれしか選択肢はなかった。
今、ライカン侯爵家が平穏なのは俺という『カッコウの雛』がいないからだ。
異母弟も十歳になり、あと六年すれば成人する。
この国では嫡男以外を跡継ぎにする場合、成人してからでないと手続きは出来ない決まりになっている。
遥か昔、高位貴族は複数の妻を持つのが当たり前で、跡継ぎの座を巡って嫡男が幼少期に命を落とすことも多かった。
今は一夫一婦制となり悪習は撤廃されているが、嫡男を守ろうとした名残が法という形で残っているのだ。
現実に沿わない法でも遵守しなければならない。
六年後に俺を廃嫡して異母弟を正式に跡継ぎにすれば、ライカン侯爵家は完全に正しい形になる。
――父はもう二度と壊れることもないだろう。
「三日間だけだ。父上に会うことはないから安心してくれ。父上だって俺に会いたくないから、顔を出さなかったんだろ?」
「……いえ、多忙で――」
「誤魔化さなくていい」
普通はどんなに忙しくとも、同じ屋敷にいるならば時間を作って挨拶するのが礼儀というものだ。
真面目な父は誰に対しても礼を失する振る舞いをしない人だ。それなのにこの場に顔も出さないとは、よほど俺に会いたくないのだろう。
六年ぶりの再会を覚悟して緊張していた自分が馬鹿みたいだ。
その必要はなかったな……。
あの優しい人を狂わせてしまうほど自分は厭われて、それは今も全く変わっていないということだ。
俺だって六年経っても、あの時感じた恐怖と絶望を忘れやしない。
――一生会わないほうがいい。
俺に父上と呼ばれるのすら嫌だろう。俺だって父を目の前にしたら『父上』とは呼べない気がする。
書類上は親子だが、その絆は最初から父の犠牲の上に成り立っていた。子供だった俺にとっては本物だったが、父にとっては幻だった。その事実を身を以て知ったのは六年前の俺自身だ。
「ルイトエリン様のお部屋は元のままです。そちらをお使いになりますか?」
「いや、第二騎士達と同じ扱いでいい。あくまでも、ここでの滞在は任務だ」
「畏まりました。………有り難うございます、ルイトエリン様」
部屋がまだあるのは驚きだった。てっきり父が命じて残っていないと思っていたからだ。
家令が自分の部屋を使うかと尋ねたのは、形だけのことだったのだろう。絶縁状態とは言え、これでもまだ正式にはライカン侯爵家の嫡男だ。
だから『有り難うございます』という言葉が最後に出てきた。
俺が断り内心ではほっとしているのだ。
彼は波風立つことなく滞在期間が終わることを願っているはずだ。こうしてわざわざ話し掛けてきたのも、その確認の為だったのだろう。
これが彼の仕事だと分かっているから不愉快に感じたりしない。寧ろ、有り難く思っている。
あの時だって、この家令がいたから父は道を踏み外さなかった。
――俺を殺さずに済んだのだ。
家令との話が済むと、俺は割り当てられた客間に足早に向かった。十六歳まで住んでいた屋敷なので、侍女の案内は必要ない。
すると、ドンッと勢いよく後ろから俺に抱きついて来る者がいた。
「兄上っ!? ルイトエリン兄上ですよねっ!」
俺を兄と呼ぶのは一人しかない――異母弟だ。
六年ぶり会う彼は見違えるほど大きくなっていた。最後に会ったのは四歳だったから、今はもう十歳になっている。
大人と違って、子供は六年間で背だけでなく声も顔立ちも変化する。
でも俺は一目でケイルートだと分かった。
それは父にそっくりだったからだ。小さい頃から似ていたが、成長してますます父に似てきている。
少し毛先が波打っている髪、落ち着いた茶色の瞳、優しそうな顔立ち、片側の頬にだけ浮かぶ笑窪、柔らかい声音、そのどれもが父から譲り受けたものだ。
――俺が持っていないもの。
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