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39.聖女の救済①

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国境沿いに到着してから二週間が過ぎた。

小競り合いが続いていると聞いていたから覚悟していたが、意外にも状況は落ち着いていた。
隣国の騎士達は私達よりも数日早くにここに着いたようだが、目的は我が国と同じようで目立った動きがなかったからだ。


今は、両国の上の人達が話し合いを続けて落とし所を探っている最中だ。

そんななか騎士達の主な任務は周囲の治安維持となっていた。仕事を求めて集まってきた荒くれ者達が悪さをしないように目を光らせているのだ。
でも、騎士が見張っていると分かっていて悪事を働く者などいない。

そうなると薬師の出番は全くない。薬草水の効果もあってか、みな風邪ひとつ引かないから尚更だった。


これでは給金泥棒だと思い『帰ってもいいですか?』とルオガン団長に聞いたら、ルイトエリンに『駄目だ』と即答された。理由は一人で帰ってなにかあったら大変だからだという。


『乗合馬車に乗れば一人じゃないので大丈夫ですよ。必要がない薬師にお金を払うのは勿体ないですよね?』
『そんな心配はいらない。それにヴィアがいないと士気が下がる』

士気と言っても、武力行使しないと両国間で早々に取り決めていたはずだ。
そもそも私がいないとやる気が出ないとか有り得ないと笑い飛ばす。

『誰のですか?』
『俺のだ』

一人ぐらいいいのではと笑って聞き流すと『ヴィアが帰るなら、俺も帰る』とルイトエリンは真面目な顔で冗談を言ってくる。

 ……えっと、……冗談ですよね?


『僕の士気も下がりますよ、オリヴィアさん』

テオドルの言葉に第二の騎士達も『私も!』『俺もです』と続いた。ヤルダ副団長だけは『帰れ!』と少し離れたところから叫んでいたけれど、結局はルオガン団長の『認めない』の一言で残ることになった。



では私は暇なままなのかと言うと実はそうではなかった。一週間ほど前に聖女ロレンシアが奉仕活動をしたいと言い出したからだ。


田舎には薬師自体少なく、体調が悪くとも我慢している人が多い。だから、私も彼女の意見に賛同し『薬師として手伝います』と言った。

その気持ちに嘘はないけれど、蓋を開けてみたら彼女の茶番に付き合う羽目になっている。

どういうことかと言うと、聖女ロレンシアが微笑みながら具合の悪い人に手をかざし、その後に私がおまけで薬草を調合し渡す。それから元気になると『聖女様の奇跡の力』のお陰となる仕組みだ。

今、町で一番の話題は『聖女の救済』となっている。


 ……まあ、いいけどね。

困っている人が結果として救われるのなら、誰に感謝しようとも構わないと思っている。名声とか私には必要がないものだ。



――前世と今は違うと分かっている。でも私は二度と有名にはなりたくない。……やはり怖いのだ。



この奉仕活動は町中にある診療所で行われていた。ここは医者を呼び寄せようと町によって数年前に建てられたが、結局田舎に来てくれる者が見つからずに放置されていた建物だった。

今回活動する場所を貸して欲しいと頼んだら、町側がここを無償で提供してくれたのだ。


騎士団が拠点として使っている宿から少し遠いので移動手段は馬車と馬を使っている。もちろん、私は馬車には乗せてもらえたことは一度だってない。

聖女の心はどこまでも狭かった。



奉仕活動には騎士達が護衛でついてきている。
この国において聖女は本来お飾りでしかないので、その地位についたからと狙われることはない。

しかしロレンシアは別だった。高位貴族の令嬢は身代金目的で誘拐されることが実際にあるからだ。

第一からはヤルダ副団長、第二からはライカン副団長、そして数人の騎士達が護衛をしているが、ロレンシアのお気に入りは見目麗しいルイトエリンだった。

なにかというと、彼を呼びつけて自分のそばに置こうとするのだ。


「ルイトエリン様、降りるのを手伝っていただけませんか?」
「どうぞ、聖女殿」
「そんな堅苦しい言い方ではなく、ロレンシアと呼んでくださいませと言っているのに。ルイトエリン様、私達の仲なのですから遠慮無用ですわ」
「家の爵位が同じだけです、聖女殿」
「その『だけ』がとても重要ですわ、ふふふ。同じ立場の人間だから気心が知れてますでしょ」

馬車から降りる時も毎回ルイトエリンを呼びつける。もっと近くに他の騎士がいても目に入らないらしい。

ロレンシアの相手をするルイトエリンはいつも無表情だ。彼が嫌がっていると分かっているだろうに、お構いなしの彼女にイライラする。
それに馬車を降りたのに、ロレンシアは彼の手を握って離そうとしない。

 淑女教育ってどうなってるんですかっ!





「ライカン副団長も災難だな。ロレンシア嬢に狙われて」

私の近くにいたヤルダ副団長は心底同情するといった感じで呟く。

「でもパール侯爵はロレンシア様を王家に嫁がせたいのですよね? その前にこんな醜聞は駄目なのでは?」

それとも噂はあくまで噂だったのだろうか。

「結婚前に清らかな体だったらいいんだ。政略結婚後の王族なんてたいがい愛人を囲っている。その伴侶も然りだ。種さえ間違えなければ、ある程度は許される。お互い様だからな」
「……そうなんですね」

政略という犠牲が長きに渡って維持できるのは、こういう特典があるからなのだと知る。でも、平民の感覚では理解し難いものがある。


「今回の聖女が嘘をついてまで随伴した目的は、より箔を付けるためだけじゃなく、将来の愛人候補を漁りに来たのかもな」
「でも、ルイト様には私という婚約者がいますよ」

ヤルダ副団長の視線の先にいるのは、もちろんルイトエリンだ。

彼と私が正式に婚約しているのは周知の事実だ。
淑女が泥棒猫のような真似をしていいのだろうか。



「高貴な身分の者にとって平民の命など無価値だ」

ヤルダ副団長は私の目をまっすぐに見ながら忠告してくる。


――冷酷無慈悲な言い様だが、これは事実だ。


だから私は前世で呆気なく殺された。上の人達にとっては、消しても構わない命だったのだ。
それは今も同じ。……いいえ、孤児だからより軽くなっていると思ったほうがいいのかもしれない。


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