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3-10 1人きりのクリスマス・イブ

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 今日はクリスマス・イブ。

朱莉は1人広々としたリビングのソファに座り、ため息をついた。

「ふう・・・。」

朱莉の前のテーブルの上には小さな箱の中に入っているカードが1枚置かれている。それは翔からのクリスマスプレゼントとして、3日前に朱莉の自宅に郵便物として届けられたギフトカードであった。

『クリスマス限定レディースプラン・エステ付き宿泊カード』

カードにはそう記されている。

要はクリスマスにお1人様向け女性の為のホテル宿泊限定カードが翔からのクリスマスプレゼントだったと言う訳である。

「・・・結局翔先輩から・・クリスマスプレゼントのリクエストの話・・来なかったな・・。クリスマス・・私が1人だから気を遣ってくれてこのプレゼントにしてくれたのだろうけど・・。」

朱莉は窓の外を見ながらポツリと呟いた。

「出来れば・・・プレゼントなんかいらないから・・・クリスマスプレゼント代わりに・・お母さんに会いに来て欲しかったな・・・。」

寂しそうに言うと、再びギフトカードに目を落した。本当は何処にも行きたくは無かった・・・。まして、こんなお1人様用のホテル宿泊カードをプレゼントされた日には、君には誰一人として一緒にクリスマスを過ごす相手がいない、寂しい人間なのだろうと翔に言われているようで、返って惨めな気分になってしまった。

だけど・・・。

「翔先輩が・・・わざわざ私の為に吟味してこのプレゼントを考えてくれたんだものね。私ったら・・・卑屈に考えすぎだ。これは先輩からの好意の気持ちが込められていると思って、ありがたく受け取って・・・使わなくちゃね。」

朱莉はソファから立ち上がると、ベッドルームへ行き、1泊宿泊分の着替えを用意してボストンバックに詰めると、自宅を後にした。
行き先はギフトカードに書かれた都心にある高級ホテル。折角初めての翔からの贈り物なのだから、無駄にすることは出来ない。

多分、翔は明日香と2人でクリスマスを過ごすはずだ。

翔先輩・・・ホテルの宿泊カードを私当てのプレゼントにしたのは私に寂しいクリスマスを過ごさせない為にですか?それとも・・・明日香さんと2人でクリスマス
過ごす事に対して私に気を遣ったからですか―?

そして朱莉は電車に揺られながら瞳を閉じた―。



 ここはベイエリアにある一流高級ホテル。今、このホテルの最上階にあるスイートルームに翔と明日香は宿泊している。

「ねえねえ。翔見て。海に夜景が映って、きらきら光ってすごく綺麗よ?」

明日香は巨大なガラス張りの窓から見える美しい夜景を背景に翔に声を掛けた。

「ああ・・・本当に綺麗だな。」

翔はグラスに二人分のシャンパンを注ぎながら返事をする。そのシャンパンを見ながら明日香が顔を輝かせた。

「うわあ!それって、フランス産のヴィンテージ・シャンパンじゃないの!よく手に入ったわね?」

「ああ・・・。ちょとつてをたどって・・・ね。明日香、シャンパン好きだっただろう?」

翔は笑みを浮かべながらグラスを明日香の方に向けた。

「ええ、シャンパンは大好きよ。」

明日香は笑顔で翔の側に駆け寄ると、グラスに注がれたシャンパンを受け取り、一気に飲んだ。

「おいおい、そんなに一気に飲んで大丈夫か?」

翔が声を掛けると、明日香はグラスを翔に手渡すと言った。

「うん、大丈夫よ。これ位・・・。」

そして背後から翔の首に腕を回して抱き付くと言った。

「有難う、翔・・・。私、今最高に幸せよ・・・。」

「俺もだよ、明日香。良かったよ、明日香が以前のように戻ってくれて・・・。」

明日香の髪を優しく撫でながら言う。

「・・・早くおじい様・・・引退してくれるといいのにね。」

明日香がポツリと言う。

「・・・そうだな。でも・・まだまだ元気だから後数年は引退はしないんじゃないのか?」

「・・・とういう事は・・まだ今の生活が暫く続くって事よね・・・・。」

明日香は翔の肩に頭を乗せると小さく肩を震わせた。

「明日香・・?泣いてるのか・・・?」

翔の問いかけに明日香は答えず、静かに肩を震わせている。

「すまない。後・・・もう少しだけ・・我慢してくれ・・。」

翔は明日香の方を向くと、強く抱きしめた。翔の言葉は、明日香と朱莉に向けて発したものであった―。


 明日香が以前のように快活な性格に戻ってくれた事は非常に嬉しい。
だが・・・その陰で朱莉には狭い生活をさせている事に翔は罪悪感を抱いていた。

今回・・・翔にとっては朱莉と夫婦になってからの初めてのクリスマスであった。
イブを迎える前も取引先のクリスマスパーティーの招待状を受け取っていたが、翔が1人で参加していた。そして先方には妻は病弱であまり外に出られる身体では無いので・・という理由で断りを入れてきたのだ。但し、カジュアルなパーティーに呼ばれた際は明日香のリハビリを兼ねて、2人で参加していたのである。

・・・当然、朱莉にはそんな話は一切していないし、琢磨からは白い目で見られていたが、これも全てカウンセラーからのアドバイスに従っていたのである。
だから翔は自分に言い聞かせて、朱莉に対する冷たい仕打ちを正当化して来たのだ。
これも全て明日香の精神状態を落ち着かせるための必要な措置だと・・・。
だからこそ、今回朱莉にはレディースプランのホテル宿泊ギフトカードをクリスマスプレゼントに選んだのである。

(朱莉さん・・・俺からのプレゼント、喜んでくれただろうか・・・。)

しかし、翔は知らない。
朱莉の胸の内を・・・本当に望んでいたプレゼントが何であったのかを・・・。

カウンセラーからは別に明日香に知られなければ朱莉にクリスマスプレゼントのリクエストを聞いても構わないのでは?とアドバイスを受けたのだが、翔はそれに従わなかった。
翔は自分が朱莉を喜ばせるような事をすれば、また明日香の精神状態がおかしくなってしまうのを苦慮して、無意識のうちに朱莉にリクエストを尋ねる事をしなかったのである。
その自分自身の本音の気持ちに肝心の本人は気付いていなったのであった—。



 夜の7時―

朱莉は美しい夜景の見える部屋でエステを受けた後、1人ルームサービスの食事を食べながら、たいして見る気も起きないバラエティー番組をつけていた。すると、その時画面に一匹の可愛らしい子犬が現れた。子犬はスタジオの中を縦横無尽に走り回り、ゲスト出演者達は笑顔でその様子を見守っている。

「・・・犬かあ・・・・。私も犬を飼えば・・・少しはあの部屋も寂しい雰囲気が無くなるかなあ・・?」

しかし、朱莉はある事に気が付いた。

「そうだ・・・あの億ション・・ペット飼ってもいいのかなあ・・?」

生憎、朱莉は億ションの規約を良く知らなかった。何せ、億ションの契約書だけは翔から託されていなかったからだ。


翔が契約書を朱莉に渡さなかった理由は・・・この契約婚が終了する時に朱莉が離婚を嫌がったり、契約書を盾にして離婚を拒否するのを防ぐ為に敢えて翔が朱莉に大事な契約書を渡さなかったという事実に・・・朱莉は気が付いてはいなかったのは彼女に取っては不幸中の幸いであったと言える。

「今・・・九条さんに連絡しておこうかな?今日は土曜日だからお仕事もお休みだろうし・・・。」

朱莉は早速手元に置いておいたスマホを取り出すと、琢磨に向けてメッセージを送った。


メッセージの内容はこの部屋では室内でペットを飼う事が許されているのかどうか。そして・・・もしペット可なら、・・・飼う事を許して貰えないか・・・。

「うん、文面はこれでいいかな・・・?よし、送信っと。」

朱莉はメッセージを琢磨に送信すると、再びクリスマスディナーを口に運ぶ。


こうして朱莉は1人きりのクリスマスイブの夜を過ごすのだった―。




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