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9-15 不眠の朝

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 航は暫く朱莉のスマホが鳴り続けるのを無言で見つめていた。本音を言えば、この電話に出て文句の一つや二つ言ってやりたい。
だが、もし自分がこの電話に出たら?朱莉がひょっとすると男と浮気をしているかもしれないと疑われてしまう。契約違反だと言われて違約金を払わされでもしたら?
住む場所を追い出されてしまったらどうする?
色々と悪い考えばかりが航の頭の中に浮かんでくる。
だから航は耐えた。電話に出たい気持ちを・・翔に文句を言ってやりたい衝動を・・。
やがて、電話の音は鳴りやみ、航は溜息をつくと朱莉のスマホを手に取った。
悪いとは思いつつ、朱莉の涙の訳が・・・今まで航の知る限り一度も電話を掛けてきたことが無かった翔が何故突然電話を掛けてきたのか、航はその理由が知りたかった。
 
 朱莉をチラリと見ると、テーブルの上に突っ伏したまま眠っている。

「ごめん、朱莉。スマホの中・・・見せてもらうな。」

航は眠っている朱莉に断りを入れるとスマホをタップした。
ひょっとするとロックがかかっているのでは無いかと思ったが、その心配は皆無だった。
航はメールをタップしてメッセージを表示させた。それは本日翔が朱莉に当てて送って来たメッセージだった。
読み進めていき、徐々に航の顔が険しさを増していく。最後まで読み終えた時には航は翔に対する激しい怒りで一杯だった。

(くそ・・・っ!一体何なんだ?この内容は・・・。自分達の事しか考えていないじゃないかっ!朱莉の・・朱莉の気持ちを考えたことがあるのか?!こんな横暴な男は今まで見たことが無いっ!朱莉が・・・助けを求めているって事に気が付いていないのか?面倒な事は・・・全て朱莉に・・こんなひ弱な朱莉に丸投げじゃないかっ!)

航は深呼吸をして落ち着かせると、朱莉が翔に送ったメッセージを表示させた。
その内容を読み・・・航の顔には悲しみが宿った。
朱莉がとても困っている事が・・悩んでいることが、このメッセージからひしひしと感じられた。

(朱莉は・・どうやら京極の事で困っているようだな・・・。だったら尚の事、この俺に相談してくれればいいのに・・・。俺だったら・・。)

そこまで考えて航は思った。
俺だったら?本当に朱莉の力になれるのだろうか?何せ相手は億ションに住むような男だ。それに京極宛に朱莉が書いたポストカードによると朱莉は京極に恩義があるようだ。だから朱莉は京極の存在を無下にする事が出来ないのだろう。

「もっと・・・早く朱莉と俺が知りあえてたらな・・・。それこそ・・あの男と契約婚を交わす前に・・・。」

航は寂し気に、眠りについている朱莉に語り掛けるのだった―。



 翌朝-

朱莉はいつもセットしている自分のスマホのアラーム音で目を覚ました。昨夜航の前でビールを飲んでから後の記憶が朱莉には全く無かった。
しかし、ベッドの上で眠っていたと言う事は・・。

「自分でベッドに行ったか・・・航君に運んでもらったかのどちらかなんだろうな・・。後で航君に聞いてみよう。」

そしてベッドから起き上がると、着替えを済ませて朝の準備を始めた。

「航君・・・今朝もまだ眠ってるのかな?」

航には勝手に男のいる部屋に入って来るなと言われているので、代わりに玄関へ行って航の靴があるかどうか確認をしてみるとちゃんと靴は玄関にある。

「良かった・・・。まだ家にいるんだ。」

朱莉は安堵のため息をつくと、朝食の準備を始めた。航が朝ごはんを食べて行くかどうか分からなかったので、念の為に今朝は鮭と厚焼き玉子をおかずとして焼き、青菜の胡麻和えと、彩りにブロッコリーを茹で、なめこの味噌汁を用意する。
全てのおかずの準備を終えて時計を見ると時刻は7時になろうとしている。

「う~ん・・・。今度から夜、航君に翌朝の予定を確認しておこう。」

そしてネイビーに餌を上げている頃に、航が部屋から出てきた。

「おはよう、航君・・・って何?一体どうしたの?何だか・・・顔色が良くないけど・・?」

航は何だか疲れ切った顔をしている。

「ああ、おはよう。朱莉。」

返事をする声も何所か元気が無い。

「ねえ・・・航君。もしかして・・何所か具合でも悪いの?」

「い、いや・・・。ちょっと寝不足なだけだから・・・。」

航は無理に作り笑いをして朱莉に言う。

(くそ・・・っ!あんなメッセージを読んで・・・おちおち寝ていられるか。)

昨夜はずっとベッドの中で、どうすれば朱莉の手助けをしてあげる事が出来るのか、ずっと考え・・・結局何も良い考えが浮かばないまま夜が明けてしまったのだ。
寝不足で頭がぼんやりするが、今日は尾行をして、浮気の決定的現場の動画を撮影してこなくてはならない、一番憂鬱な仕事をしなければならないのだ。だが、これさえ済めば・・・。
航は朱莉の顔をチラリと見ると言った。

「なあ、朱莉。」

「うん。何?」

「あの・・さ、今日の仕事が無事終了すれば、もうあとは殆ど楽な仕事しか残っていないんだ。だから・・・明日からは・・俺も時間の融通が利くようになるから・・・。」

航は中々要件を切り出す事が出来ない。
すると朱莉が言った。

「そっか。それじゃ・・・明日からは少しはゆっくり過ごす時間が取れるって事なんだね?」

「そう、それだッ!朱莉、俺が言いたかったのはまさにその事なんだよっ!」

航は力を込めて嬉しそうに言う。

「それなら明日からは好きなだけ、この部屋でゆっくりしていればいいよ。もし1人の時間が欲しいなら、私は何所かに出かけていてもいいから。」

言いながら朱莉は考えた。

(この際だから、一度行ってみたいと思っていた美ら海水族館に行ってみようかな?)

「い、いや、朱莉っ!そうじゃなくて、俺は朱莉と・・・その、沖縄の色んな場所へ遊びに行ってみたいなって思って・・・。」

航はそこで言葉を切った。

「朱莉・・・?」

朱莉は俯いて、目を擦っている。

「あ、朱莉っ?!泣いてるのかっ?俺・・・何かまずい事言ってしまったか?!」

航はすっかり焦ってしまった。自分の今言った台詞の何が朱莉を泣かせてしまったのか全く見当がつかなかったからだ。
すると朱莉は目を擦りながら航を見上げるとニッコリ笑って言った。

「うううん、違う。そうじゃないの・・・・嬉しくて・・。」

「え・・?」

「私・・・沖縄に来てから・・・ずっと孤独で・・翔さんには親しい人を作るなって言われていたし・・・。だからなるべく出歩かないように過ごしていて・・でも、本当は沖縄の色々な場所に行ってみたいって思ってたから・・・。」

「朱莉・・・。」

「ありがとう、航君。」

「い、いや・・・お、大げさだな。朱莉は・・・。」

航は真っ赤になった顔を朱莉に見られないように、顔を背けた。

すると朱莉が航に言った。

「ところで・・・航君。朝ごはんはどうする?食べる時間・・・ありそう?」

「ああ、大丈夫だ。朱莉、一緒に食べよう。」

そして二人は向かい合わせに朝食を食べていると朱莉が言った。

「ねえ航君。この間・・・美ら海水族館に行って来たでしょう?」

「え!な、何故・・・それを・・・!」

航は思わず食事を喉に詰まらせそうになった。

「あ、あのね・・・実はこの間部屋の掃除をしているときにチケットの半券を見つけたからそれで・・・。」

「ああ・・そっか。それで分かったのか。」

「どんなところだった?」

「う~ん・・・それが俺は館内には行っていないんだよ。ずっと外にいたからな・・・。」

「そうなんだ・・・。それじゃあ・・・・航君さえ良かったら、明日一緒にそこの水族館に行ってみない?」

航の答えは・・・勿論YESだったのは言うまでも無かった―。

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