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5-6 恋心に気付かされ

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(え・・?だ、誰・・?この人は・・・。)

朱莉は思わずその男性をじっと見つめてしまった。そっくりとまではいかなくても、背格好や、雰囲気が翔によく似ていたので朱莉は思わず目を擦ってしまった。

「あ、あの・・・どうかしましたか?」

男性は少し困ったように首を傾げた。その声はとても優し気だった。そこで朱莉は初めて自分がいつまでも男性を見つめてしまっていた事に気が付いた。

「あ、も・申し訳ございませんっ!不躾に見てしまって・・・。」

朱莉は慌てて頭を下げて謝罪した。すると男性は笑みを浮かべると言った。

「お怪我は無かったようですね。良かったです。それでは失礼します。」

丁寧に頭を下げると、男性は会場を去って行った。その後ろ姿も翔によく似ていた。

(他人のそら似・・・?それにしても・・・一瞬翔先輩かと思っちゃった・・・会長とお話をしていたって事は・・お知り合いなのかな・・?)

その時・・・・。

「朱莉さんっ!」

背後で朱莉を呼ぶ声が聞こえた。振り向くとそこには息を切らした翔が立っていた。

「良かった・・・ここにいたのか。急に姿が見えなくなってしまったから探したよ。」

「あ、すみませんでした。お手洗いに行った後・・少し迷ってしまって・・・。」

「そうか・・・・ここは似たような造りになっているからね。会場はこっちだよ、戻ろう。」

「はい。」

翔に促されて、朱莉は返事をした。そして歩きながらもう一度先程の男性が去って行った方向を振り返った。

(あの人は・・・誰だったんだろう・・・?)



 会場へ戻ると、先程よりも人の数が増えているように朱莉は感じた。そこで隣に立っていた翔に尋ねた。

「あの・・翔さん。何だか先程よりも人が増えている気がしませんか・・?」

「ああ。そうなんだ。最初の式典では椅子を並べての式だったから人数制限が掛けられていたんだよ。今は立食パーティーの時間なんだけど、それに合わせてやってくる関連企業の人達も集まっているんだ。この式典の最後にもう一度会長からの挨拶があるからね。」

「そうだったんですね・・・。ところで姫宮さんの姿が見えませんけど?」

朱莉は先ほどから姫宮の姿が見えない事に気付き、翔に尋ねた。

「ああ、そうなんだよ・・・一体何処へ行ったのだろうか・・・?」


丁度その頃―


姫宮はホテルの駐車場裏手の人目の付かない所で京極と話をしていた。

「・・・どういう事よ、正人・・・。何故貴方がここに来ているの?」

「そんなのは決まっている。式典に参加する為じゃないか。招待状だってあるし。」

「招待状・・・正人の会社には届いていないはずよ?・・・偽造したわね?」

「・・・。」

京極は黙ったまま答えない。

「一体何を考えているの?目的は何なの?まさか・・・会長の前に姿を見せる気?それとも鳴海翔?もしくは・・・朱莉さんに関する事?」

「その全部さ。」

「正人っ!余計な真似はしないでと言ったはずでしょう?!」

「落ち着け、静香。少なくとも鳴海会長が俺の事を知ってると思うか?・・・知るはずは無いだろう?鳴海グループのトップにいる人間が・・その底辺で一体何が行われていたかなんて・・・全てを把握できるはずがない。」

「だとしたら会長に用はないはずでしょう?」

「だが、これからは色々お近づきになる機会があるだろうから、挨拶ぐらいはしておかないとな。・・・大丈夫、静香と俺は全く無関係だ。だからお前は何も心配する事は無い。・・・そうだろう?」

「だけど・・・鳴海翔にも会うつもりなんでしょう?そして朱莉さんにも。」

「朱莉さんは・・もう俺の事を警戒して2人きりでは会ってはくれそうにないからな・・。」

「正人・・・それは自業自得じゃないの?」

「そうだな・・・。彼女の為にと思って動けば動く程・・・怯えさせてしまったみたいだ・・・。だが、それでも俺は彼女を鳴海家から救わないとならない。須藤社長と約束したんだ・・・。」

「正人・・・。兎に角、ここまで来てしまったならもう私は止めないけど・・絶対に私に話しかけてこないでよ?今から貴女と私は他人同士。いいわね?」

「ああ、分かってるよ、静香。」

そして京極は笑みを浮かべた—。


 翔が取引先に挨拶をしに行ったので、朱莉は1人残された。そこで立食テーブルに行き、皿に料理を取り分けていると、自分のすぐ側に人の気配を感じて思わず振り向いた。そこには二階堂が立っていた。

「あ・・・二階堂社長・・・。」

「先程はどうも。」

そして朱莉にワインを差し出してきた。

「あ、あの・・私もうこれ以上お酒は・・。」

朱莉が言い淀むと二階堂は笑顔で言った。

「まあそう言わずに、一杯だけお付き合い下さい。」

「は、はい・・・。」

朱莉は断っては失礼かと思いワインを受け取ると、二階堂がグラスをカチンと打ち付けて来た。

「乾杯。」

そしてクイッと飲み干すと朱莉に言った。

「どうも鳴海と呼ぶのは苦手で・・・朱莉さん・・と呼んでも構いませんか?」

「は、はい・・。構いません。」

「それは良かった。」

二階堂は笑みを浮かべると言った。

「実は・・・私が九条をオハイオ州へ移転させたのは・・朱莉さん、貴女から九条を引き離す為だったのですよ。」

「え?!」

朱莉は突然の話に驚いた。

「昨年・・・いきなり私宛に匿名で届いたんですよ。貴女と九条が一緒に写っている写真と・・・九条に関する報告書が。」

「私と・・・九条さんに関する報告書・・・ですか?」

「ええ。その報告書には・・・九条琢磨が鳴海翔の妻・・鳴海朱莉に恋愛感情を抱いていると書かれていたんですよ。」

「え・・?!」

朱莉はその話に耳を疑った。まさか九条の身にそのような事態が起こっていたとは思いもしていなかった。

「だから一計を案じた私は九条をオハイオ州に行かせたんですよ。長くても後数年は日本には戻らないように言い聞かせてね・・・。」

「数年・・・。」

朱莉はポツリと呟いた。でもこれで納得がいった。何故突然琢磨がアメリカへ行く事が決定したのか・・・しかもそれを教えてくれたのは航だった。その時、朱莉はある一つの疑問が浮かんだ。

(もしかして・・・航君も脅迫されていたの・・?だから突然私の前から姿を・・?)

「あ、あの・・・二階堂社長!誤解ですから・・・。」

「誤解?何がですか?」

「私と九条さんは・・・噂を立てられるような仲では無いと言う事です・・。九条さんには私のせいであらぬ疑いを掛けてしまったのですね・・申し訳ない事をしてしまいました・・・。」

「・・・。」

二階堂は朱莉の話に一瞬驚いた表情を見せた。

「朱莉さん・・・気が付かなかったのですか・・・?九条が・・貴女の事を好きだと言う事に・・・。」

「え・・?ま、まさか・・。」

朱莉は二階堂の言葉に驚いた。確かに琢磨には色々親切にして貰ったが、それはあくまで翔の秘書だから朱莉に親切にしているとばかり思っていたのだ。その事を告げると二階堂は肩をすくめた。

「九条は・・・幾ら仕事でもそこまで踏み込むタイプじゃありませんよ。一緒に仕事をしている私が言うのだから間違いありません。全ては・・・朱莉さん、貴女の為ですよ。九条は・・・貴女の事が好きだったから・・そこまで踏み込んだんですよ。」

「そ、そんな・・・。」

朱莉は両手を握りしめると、今までの琢磨との記憶を回想した。確かに・・言われてみれば思い当たる節ばかりだった。

「九条さん・・・。」

朱莉はポツリと呟いた。

「・・・もし数年後・・九条が日本に戻ってきて・・貴女と再会する時があれば・・どうか普通に今迄通りに接してやって貰えますか?」

二階堂の言葉に朱莉は、はいと小さく答えた。


 其の頃・・・会場に現れた京極は朱莉と一緒にいる二階堂を睨み付けていた―。
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