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6-8 引っ越す理由

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翌日―

オフィスで昼食を食べながら翔は不動産のHPを見ていた。目的は新しい住まいを探す為である。

(やっぱり会社から近い物件がいいな・・・。セキュリティもしっかりしていないと・・・。)

翔が見ているのは六本木周辺のマンションである。希望の部屋の間取りは2LDK~3LDK。明日香が戻って来ない今となっては、はっきり言ってしまえばあの億ションに住む意味は無くなってしまった。元々は明日香の強い希望で今の場所に住んでいたのだが、1人で住んでいる翔に取ってはあまりにも広すぎて無用の長物となっていた。何より朱莉自身が贅沢を好まない。実際朱莉が使用していない部屋は2つもあるのだ。

(それに・・・あそこには京極も住んでいる・・・。朱莉さんを守る為にも、引っ越しをしなければ・・・。)

そこで改めて翔は思った。朱莉に引っ越しを提言された時、話を聞いて希望を受け入れてあげるべきだった。そうしていればこのような事態にはなっていなかったかもしれない。

「俺は・・・何て自分勝手な男なんだ・・・。」

思わず翔はポツリと呟いた。

そこへ昼食を終わらせた姫宮がオフィスに戻ってきた。

「ただいま戻りました。」

「ああ、お帰り。姫宮さん。」

翔はPCから顔を上げると姫宮を見た。

「翔さん、お食事には行かれなかったのですね?」

「うん。少し調べたい事があってね。」

「調べたい事・・・ですか?」

「実は・・・引っ越しを考えているんだ。」

「引っ越し・・ですか・・?」

姫宮は首を傾げた。

「昨日朱莉さん宛てに明日香からもうすぐ出版される絵本が届いたんだ。それと一緒に手紙も添えられていて・・。俺とはもう修復は不可能だと書いてあったんだよ。」

自嘲気味に翔は言った。

「まあ・・・。」

眉を潜める姫宮。

「おまけに今は長野で恋人と暮しているそうだ。つまり・・・明日香と俺はもう終わったって事さ。」

「それで・・引っ越しを考えておられるのですか?朱莉さんと・・蓮君の3人で?」

「ああ。元々今住んでいる億ションは明日香の希望だったんだ。でも俺としてはあんなに沢山の設備が完備している必要は無いと思っていた。」

「そうですね・・・確かに今お住いの物件はかなり設備が整っていますね。フィットネスジムやスパ、サウナや図書室・・それにラウンジバー迄ありますし。」


「それだよ、もう引っ越しして2年が過ぎたのにまだ一度も使った事が無いんだ。だから今度住む場所はコンシェルジュと託児所が付いていればいいかと思っているんだ。」

「託児所・・・・。」

姫宮は呟いた。

「うん?どうかしたのか?」

「い、いえ・・・。託児所と仰ったので・・それでは、明日香さんとはお別れをしますが・・蓮君は翔さんが引き取るという事でしょうか?」

「手紙には・・・明日香は自分で育ててもいいような事が書かれていたけど・・蓮は俺の・・鳴海グループの大事な跡取り息子だ。だから・・俺が蓮を育てていく。」

「お1人で・・ですか?それとも誰かと・・・・?」

姫宮が言いにくそうに口を開いた。

「実は・・・。」




翔は昨夜の事を回想した—


「朱莉さん・・・引っ越し・・・しないか?」

「え・・・?」

朱莉は突然の申し出に目を見開いた。

「ど、どうしたんですか?突然・・・。」

すると翔が慌てたように言った。

「い、いや。朱莉さんも一時引っ越しを考えた事があるだろう?蓮が生まれて沖縄から東京へ戻って来る時に京極の事を考えて・・。」

「ええ・・・そうでしたね・・・。」

すると翔が謝って来た。

「あの時は本当にごめん。」

「翔さん・・・もういいですよ。」

朱莉は優しい声で言った。

「それで・・・今更かもしれないけど・・朱莉さん。ここを出よう。別の物件を探して、そこで暮そう。京極だってこの億ションにいるんだ。・・・あいつから離れるにはまずは引っ越しをした方がいい。怖いだろう?京極が。」

「・・・。」

朱莉は黙って頷いた。

「で、でも・・・いきなり引っ越しなんて・・・。」

「もともと・・・この億ションは明日香が気に入って決めたんだよ。だけど・・もう明日香がここに戻って来ないなら住み続ける意味も無いし。」

「確かにそうですね。私にとってもここは贅沢過ぎる場所だと思っていました。私には不釣り合いだとずっと感じていたんです。」

「本当かい?それじゃ早速・・・マンションを探そう。」

「同じマンションで隣同士が空いているといいですね。」

「え?」

朱莉の言葉に翔は固まった。

「翔さん・・・?どうかしましたか?」

「あ・・い、いや。そうだね・・・。部屋は隣同士か、上下の方が確かにいいね。」

「私の部屋の間取りは1LDKで大丈夫ですよ。蓮君と2人だけですから。」

「蓮と2人・・・。」

翔は小さく呟いた。その言葉で、朱莉は自分と一緒に暮らす意思は全く無いのだと言う事が十分伝わってしまった。

(やはり・・・朱莉さんは俺の事を蓮の父親としてしかみていないのか・・・。俺と家族になる事を考えてもいないって事なんだろうな・・・。)

空しさを覚えながら、翔は朱莉を見た。

「朱莉さんは・・・この契約婚が終わった後は・・どうするつもりなんだい?」

「え・・・?」

朱莉は改めて翔を見上げた。今迄一度も翔からそのような質問をされた事が無かったので、戸惑ってしまった。

(一体どうしちゃったんだろう・・?翔先輩・・・。)

「朱莉さん。答えてくれ。」

真剣な瞳で朱莉を見つめる翔。

「え・・・と・・・そうですね。翔さんから頂いたお金で2LDKのマンションを買おうかと思っています。母も体調が回復すれば・・いずれ一緒に暮らせるかもしれませし。」

「そうか、そうだったね・・・お母さんが元気になれば当然朱莉さんと
一緒に暮らす事になるしね。」

言いながら、翔は心の中で葛藤していた。

(どうしよう・・?今朱莉さんに自分の気持ちを伝えるべきなのだろうか・・?俺と本当の家族にならないかって・・・。朱莉さんにはその気が無くても・・蓮の事を持ち出せば・・・。)

翔は意を決して朱莉を見た。

「朱莉さん、俺と・・・。」

そこまで言いかけた時・・・。

「フエエエエエエン・・・。」

ベビーベッドで寝かされている蓮が突然泣き始めた。

「あ、夜泣きだわ!」

朱莉は急いで蓮の元へと向かった。

「夜泣き?」

「ええ、最近・・・・時々夜泣きをするんです。よしよし、レンちゃん。抱っこしましょうね~。」

朱莉は蓮を抱き上げると、優しく背中を撫でた。

「朱莉さん・・・。」

その姿は母性に満ちていた。やはり朱莉を手放したくない、ずっと自分の側にいて欲しい・・・。
翔は朱莉を見つめながら思った。

(だからこそ・・尚更だ。今朱莉さんは俺との将来を全く考えてはいないが・・もっと朱莉さんの信頼を得られるように努力して・・信頼して貰おう。そして・・伝えるんだ。俺と本当の家族になって欲しいと・・・)

朱莉は翔の視線に気が付き、振り向いた。

「そう言えば先程何か言いかけませんでしたか?」

「あ、いや・・・何でも無い。それじゃ俺はそろそろ部屋に戻るよ。」

「はい、お休みなさい。」

「おやすみ。朱莉さん。」

そして翔は朱莉の部屋を後にした―。




「それでは、結局朱莉様には気持ちを伝えなかったと言う事ですね?」

姫宮の問いに翔は頷いた。

「ああ・・・焦って気持ちを伝えて失敗したくなかったからね。」

「それで・・・良い物件は見つかったのですか?」

「いや・・まだだ。調べ始めたばかりだからね。」

すると姫宮は言った。

「翔さん、お2人の暮す新しい住まいですが・・・宜しければ私がお探し致しましょうか?」

「え?姫宮さんが?」

「はい、私は不動産物件について詳しい知り合いがおりますので。」

「でも・・・いいのかい?そこまで頼んでしまっても・・。」

「ええ、大丈夫です。必ずお二人がお気に召す物件を探します。お任せください。」

そして姫宮は会釈した—。
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