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3-8 航とDV被害女性たち

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 今を去ること1週間程前―

航は父から聞いた遠藤達也の事について調べていた。遠藤の事を調べるのは簡単な事だった。なぜなら彼は上野のドラッグストアに勤務していたからだ。上野と言えば航が拠点としている場所で、いわば航にとっては庭同然のようなものだった。

(一刻も早く美由紀を遠藤から救ってやらなければ・・・!)

だが、そう思う一方で航はもう二度と美由紀とやり直す気にはなれなかった。冷たい人間と思われても構わない。航の中では朱莉と美由紀では天秤にかけるまでもなく、朱莉に対する思いの方がはるかに勝っていたからである。

(悪い・・・美由紀・・・・!お前は俺と別れて・・それで深く考えずに、たまたまナンパしてきた男の事を・・・深く知る前に安易な気持ちで付き合ってしまったんだろう?)

そう考えると航は罪悪感で一杯になってしまう。だが、美由紀とよりを戻すかどうかと言えばそれはまた別問題であった。そう、今の自分に出来ることはDV男と美由紀を別れさせる事なのだと航は心に決めていた。
 今日で遠藤を張り込んで5日目になる。今、航は別の仕事の依頼も引き受けていて、その仕事と併用している為四六時中遠藤に張り付いているわけにはいかないが、時間の許す限り、航は遠藤の様子を探っていた。そして調べれば調べるほどにこの遠藤という男がいかに最低な男なのかということを目の当たりにするようになった。
 普段の遠藤は温厚そうに見えるが、それは表の顔に過ぎなかった。ドラッグストアの店員ということもあり、接客業はたいして問題は無かったが、彼の態度が豹変する時は卸売業者や販促物設置業者が来た時だった。彼らに対しては自分の方が上の立場にいると遠藤は勘違いしているのか、とにかくつらく当たっていた。中には訪れた業者の中では女性が数人彼に怒鳴られて泣きながら帰って行く場合もあった。
そして遠藤が付き合っている女性も美由紀一人ではなかった。ほかにも3人の女性と交際してるが、全員遠藤のDVに怯えていた事実も発覚した。

(くそっ!何て事だ!美由紀以外にも被害者の女性がいたなんて!だが・・逆にこれは好都合だな・・・)

航は笑みを浮かべた―。


 そして航は動いた。まず、一番遠藤と交際期間が短い女性に会った。彼女は遠藤に対して酷く怯えていたが、まだ洗脳まではされていなかった。隙あれば逃げたい、別れたいと思っていたのだ。そこで彼女にボイスレコーダーを渡し、デート中の音声を録音してきてもらった。そしてデート終了後、案の定そこには女性を恫喝する遠藤の音声がはっきりと録音されていた。さらに航はもう一人の女性とも接触した。自分がどういう立場の人間で、遠藤のDVの証拠集めをしていると説明すると、あっさりとその話を信じてくれて、最初の女性と同様、デートDVの録音をしてくれたのだ。3人目の女性は少々厄介だった。なぜなら彼女は遠藤と交際期間が一番長く、ある意味、洗脳状態にあったのだ。
そこで航はこの女性に先にDV被害にあった女性たちを引き合わせる事にした。すると女性は自分だけが遠藤と交際しているとばかり思っていた事実がひっくり返された事により、遠藤に対する洗脳が解け、分かれることを決意してくれた。
これらの全ての事を航は立った5日で成し遂げたのだった。ここまで航が頑張ったのは全て美由紀を遠藤から一刻も早く助け出す為であった。

(待ってろよ・・・美由紀・・・。必ずお前をあの遠藤から助け出してやるかな・・・っ!)

そしてついに航は遠藤と対峙することになったのだ・・。



「もしもし・・。」

航は美由紀から取り上げたスマホの電話に出た。

『ああ?何だ・・?てめえは。人の女の電話に勝手に出るんじゃねえよ。』

受話器越しからは相手を威圧する遠藤の声が聞こえてくる。

「俺はなあ・・美由紀の知り合いだ。」

『はあ・・?知り合いだぁ・・・?何だそりゃ。あ、お前かっ?!美由紀の前で別の女を抱きしめて傷つけたって言うのは・・・お前の事だろう?』

遠藤の声のトーンが大きいので航は耳から受話器を外して聞いていたので、遠藤の声は美由紀の耳にも届いていた。

(美由紀・・・こいつに俺と朱莉の事・・・話していたのか・・・。)

航は美由紀の方をちらりと見ると、美由紀は項垂れて視線をそらせた。

「ああ。確かにそうだ。だがな・・・・お前は俺の元カノにDVをふるっているな?それで助けを求められたんだよ。美由紀にな。」


『はあ?おいっ!お前・・・ふっざけるなよっ!出せっ!美由紀を今すぐ電話口に出せよっ!』

遠藤は大声でまくし立てた。しかし、航はそれに応じない。

「はあ?誰が電話に出させるかよ。とにかく一度話し合いしようぜ。お前の都合の良い時間に合わせてやるよ。ほら、言ってみろ。」

航はまるで遠藤を挑発するかのような口ぶりで言う。

『くっそ・・・!ふざけやがって・・・・!それじゃ・・・明日だっ!明日の19時に西郷隆盛の銅像前で待ってろっ!』

「ふん。よしいいぜ。それにしても西郷隆盛の銅像前なんて・・・お前、DV野郎のくせに随分可愛らしい待ち合わせ場所を指定してくるんだな?」

どこまでも航は挑発的に話す。

『な・・っ!て・・・てめえっ!俺を馬鹿にするのかよっ!!』

「いや。別に。それじゃあ、必ず来いよ。待ってるからな。」

航はそれだけ言うと有無を言わさず電話を切り、溜息をついた。

「わ・・・航君・・・。」

美由紀は信じられない思いで涙を浮かべて航を見た。

「美由紀・・・。」

航は美由紀の名を呼んだ。

(来てくれた・・・航君が・・私を助けに来てくれた・・っ!!)

「わ、航君。あのね・・・。」

「ごめん。」

航は美由紀が言葉を言い終わる前に頭を下げてきた。

「航・・・君・・・・?」

「ごめん、美由紀。俺のせいだろう?俺がお前を捨てたから・・お前はあんな奴に捕まってしまったんだろう?」

そして美由紀にスマホを手渡すと言った。

「美由紀。もう今日と明日は・・絶対にあいつからの電話には出るな。それに今夜はもうマンションに帰るな。今夜はどこかビジネスホテルに一泊するんだ。着替えが必要なら取りに帰るといい。マンションまでついて行ってやるから。」

航は美由紀に優しく言った。

「あ・・・ありがと・・・航君・・・・。」

美由紀はハラハラと涙を流した―。



 今、美由紀はマンションへ戻り、手早く一泊分の宿泊準備をしていた。そして玄関を見つめる。玄関の外では航が万一の為に見張りをしている。

(やっぱり航君は・・・すごく優しいし、格好良くて頼りになるな・・・。もう一度やり直せないかな・・・。)

美由紀は淡い期待を抱いていた。ここまでして自分を助けてくれると言うことは、まだ航との復縁は望めるのではないかと・・。

(うん、全て・・・解決したら、もう一度航君にやり直せないか聞いてみようっ!)

美由紀の顔には笑みが浮かんだ―。




「ねえ・・航君。」

夜道を航と並んで歩きながら美由紀は尋ねた。

「何だ?」

「今まで・・・どうしてた・・?あの・・朱莉さんて・・人とはどうなった・・の・・?」

美由紀はさりげなく航に尋ねた。すると航は言った。

「美由紀。今は朱莉の事は関係ないだろう?とりあえず・・俺たちが何とかしないといけないは、明日の遠藤との対決だ。・・・余計なことは考えるな。」

そしてそれきり航は口を閉ざしてしまった。

「航君・・・。」


航のその言葉を美由紀は悲しい思いで聞いていた―。
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