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第16話 知られてしまった秘密
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カチコチカチコチ…
静かな部屋には壁に掛けた薔薇模様の時計だけが時を刻む音を奏でいる。
私は商売人の娘として育ってきたこともあり、じっとしている事が苦手だった。何もしないで時間が過ぎるのがとても無駄な事に感じてしまうからだった。
「胃の痛みも治まった事だし…刺繍の続きをしたいけれど、またセシルが戻ってきた場合、もっと風当りが強くなってしまうかもしれないわよね…」
兎に角今はセシルがこの離れを出て行くまでは…。
「ふぅ~…」
私は溜息をつくと、バルコニーへ出た。
外は素晴らしい天気で雲一つ無い快晴の空は澄み渡っていた。
こんなにも気持ちの良い4月だと言うのに、私の心は少しも晴れる事は無かった。
それどころか、青い空を見ていると何故か涙が滲んできてしまう。
フィリップの私に対する無関心を通り越した冷酷な態度。そして恐らく私の事を薄情な嫁だと思っている義父と義母…それにセシル。
せめてもの救いは、離れで働いている使用人達が皆とても親切にしてくれると言う事だった。これで周囲の人達全てが冷たかったら、私はとっくに心が折れていただろう。けれども既に…私の心は折れかかっている。昨日結婚したばかりだと言うのに…。
「やっぱり離婚届を手渡されたせいよね…。こんなにショックを受けているのは…」
ただ、冷たい態度を取られているだけならどれ程良かった事か。けれど結婚式を挙げたその日の内に離婚届を手渡されるなんて。
『この結婚を終わらせたくなったらいつでも役所に届けていいよ』
フィリップが告げたあの言葉が私の耳に蘇ってくる。
「う…」
駄目だ、あの言葉を思い出すだけで再び涙が溢れそうになって来る。
その時―。
ガサッ!
庭の茂みの奥で人の動く気配を感じた。
まさか…?
「え…?誰かいるの…?」
恐る恐る茂みに声を掛けると、ゆっくりと1人のメイドさんが私の前に現れた。彼女は竹箒を手にしている。
「あ、あの…も、申し訳ございませんでした!」
まだ年若いメイドさんは頭を下げて震えている。あの反応…やはり聞かれてしまったのかもしれない。
「お願い、頭を上げてくれる?」
私は静かな声で語り掛けた。
「は、はい…」
恐る恐る顔を上げる彼女。
「正直に話してくれる?ひょっとして…今の話、聞こえた?」
「はい…聞こえました…」
申し訳なさげにコクリと頷く。
「そう…。ええ、隠していてもしようがないものね。私…昨日、フィリップから離婚届を預かったの」
「えっ?!で、ですが…昨日結婚されたばかりでは無いですかっ?!」
竹箒を強く握りしめて、彼女は私を見る。
「ええ、そうなの…。私、どうやら結婚する前から…フィリップに捨てられる事が確定していたみたいなの」
不思議なものだ。
こうやって、誰かに話していると…まるで他人事のように感じられるのだから。
「そ、そんな…。フィリップ様…」
「私…でも離婚するわけにはいかないの。本来は私では無く、姉のローズが嫁いで来るはずだったのよ。けれど姉はある日、フィリップ以外の別の男性を好きになってしまって…駆け落ちしてしまったのよ」
私はいつしか、彼女に静かに語っていた。
「姉がフィリップを捨てて駆け落ちししてしまったことで…我が家の評判はすっかり落ちてしまったの。ここで私がフィリップとすぐに離婚してしまえば、もう…それこそ会社の取引先がいなくなってしまうかもしれないわ。私にはそんな親不孝な真似は出来ない…。それに何より、彼の事が好きだから」
「エルザ様…」
彼女の目には同情が宿っていた。
「夫から嫌われている妻ではあるけれど…、皆の迷惑にならないように心掛けるので、これから宜しくね?」
「は、はい!こちらこそ…お世話させて頂きます!」
「そう言えば、貴女の名前は何と言うの?」
「はい。クララと申します」
「そう…よろしくね。クララ」
私は笑みを浮かべて彼女を見た―。
静かな部屋には壁に掛けた薔薇模様の時計だけが時を刻む音を奏でいる。
私は商売人の娘として育ってきたこともあり、じっとしている事が苦手だった。何もしないで時間が過ぎるのがとても無駄な事に感じてしまうからだった。
「胃の痛みも治まった事だし…刺繍の続きをしたいけれど、またセシルが戻ってきた場合、もっと風当りが強くなってしまうかもしれないわよね…」
兎に角今はセシルがこの離れを出て行くまでは…。
「ふぅ~…」
私は溜息をつくと、バルコニーへ出た。
外は素晴らしい天気で雲一つ無い快晴の空は澄み渡っていた。
こんなにも気持ちの良い4月だと言うのに、私の心は少しも晴れる事は無かった。
それどころか、青い空を見ていると何故か涙が滲んできてしまう。
フィリップの私に対する無関心を通り越した冷酷な態度。そして恐らく私の事を薄情な嫁だと思っている義父と義母…それにセシル。
せめてもの救いは、離れで働いている使用人達が皆とても親切にしてくれると言う事だった。これで周囲の人達全てが冷たかったら、私はとっくに心が折れていただろう。けれども既に…私の心は折れかかっている。昨日結婚したばかりだと言うのに…。
「やっぱり離婚届を手渡されたせいよね…。こんなにショックを受けているのは…」
ただ、冷たい態度を取られているだけならどれ程良かった事か。けれど結婚式を挙げたその日の内に離婚届を手渡されるなんて。
『この結婚を終わらせたくなったらいつでも役所に届けていいよ』
フィリップが告げたあの言葉が私の耳に蘇ってくる。
「う…」
駄目だ、あの言葉を思い出すだけで再び涙が溢れそうになって来る。
その時―。
ガサッ!
庭の茂みの奥で人の動く気配を感じた。
まさか…?
「え…?誰かいるの…?」
恐る恐る茂みに声を掛けると、ゆっくりと1人のメイドさんが私の前に現れた。彼女は竹箒を手にしている。
「あ、あの…も、申し訳ございませんでした!」
まだ年若いメイドさんは頭を下げて震えている。あの反応…やはり聞かれてしまったのかもしれない。
「お願い、頭を上げてくれる?」
私は静かな声で語り掛けた。
「は、はい…」
恐る恐る顔を上げる彼女。
「正直に話してくれる?ひょっとして…今の話、聞こえた?」
「はい…聞こえました…」
申し訳なさげにコクリと頷く。
「そう…。ええ、隠していてもしようがないものね。私…昨日、フィリップから離婚届を預かったの」
「えっ?!で、ですが…昨日結婚されたばかりでは無いですかっ?!」
竹箒を強く握りしめて、彼女は私を見る。
「ええ、そうなの…。私、どうやら結婚する前から…フィリップに捨てられる事が確定していたみたいなの」
不思議なものだ。
こうやって、誰かに話していると…まるで他人事のように感じられるのだから。
「そ、そんな…。フィリップ様…」
「私…でも離婚するわけにはいかないの。本来は私では無く、姉のローズが嫁いで来るはずだったのよ。けれど姉はある日、フィリップ以外の別の男性を好きになってしまって…駆け落ちしてしまったのよ」
私はいつしか、彼女に静かに語っていた。
「姉がフィリップを捨てて駆け落ちししてしまったことで…我が家の評判はすっかり落ちてしまったの。ここで私がフィリップとすぐに離婚してしまえば、もう…それこそ会社の取引先がいなくなってしまうかもしれないわ。私にはそんな親不孝な真似は出来ない…。それに何より、彼の事が好きだから」
「エルザ様…」
彼女の目には同情が宿っていた。
「夫から嫌われている妻ではあるけれど…、皆の迷惑にならないように心掛けるので、これから宜しくね?」
「は、はい!こちらこそ…お世話させて頂きます!」
「そう言えば、貴女の名前は何と言うの?」
「はい。クララと申します」
「そう…よろしくね。クララ」
私は笑みを浮かべて彼女を見た―。
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