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2 湊の場合 9
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新社会人となったばかりの10月の出来事だった。
それはあまりにも突然の話だった。
仕事帰りにスマホをチェックしてみると、田中からの着信が入っていた。そこで駅に向かいながら電話を掛けた時に衝撃的な話を聞かされた。
「……は?何だって?今、何て言ったんだよ」
『だから、氷室さんが亡くなったんだよ。先月、仕事中に突然意識を失って……そのままだったらしい』
「それ、本当の話なのかよ!突然て……何か病気でも持っていたのかよ!」
興奮のあまり、つい口調が強くなってしまう。
『そんなの俺が知るはず無いだろう!たまたま知人が氷室さんの勤務していた会社の取引先に勤務していて……噂で聞いたらしいからな。お前、中学の時彼女のこと好きだっただろう?だから教えてやろうと思ったんだよ」
「そ、そんな……」
田中の話では家族を全て失っていた氷室さんは遠縁の親族たちに手によって密葬されたらしい。
あまりにも突然の話で頭が追い付かなかった。
今度、もし同窓会が開かれたら……。もし、誰とも付き合っていないなら今度こそ告白しようと思っていたのに……。
「ハハハ……まさか……死んでしまうなんて……」
これで、俺は永久に氷室さんに告白するチャンスを失ってしまったのだ――
****
社会人になり、俺は再び実家に戻って暮らしていた。
「ただいま……」
玄関の鍵を開けて帰ってみると姉が帰宅しているらしく、紺色のパンプスが玄関に置かれていた。
「姉貴の奴……帰ってきてたのか」
姉は今年の6月に結婚したばかりで、電車で数駅先の駅付近に住んでいる。
相手は一流商社マンで顔もいい。全くどんな姑息な手で手に入れたのだろう?謎だ。
リビングへ行くと、姉は母と女同士で仲良さそうに話をしている。
「あら、お帰り。帰って来たのね?」
玄関が開く音が聞こえなかったのか、母がこちらを振り向いて声を掛けて来た。
「ああ、ついさっき」
「御飯は?食べて来たの?」
「いや、食べてない」
「それじゃ、用意しようかしら」
立ち上がる母を止めた。
「いや、今夜はいらない。食欲が無いから」
彼女が死んだと言う話を聞かされて食欲なんかあったものじゃ無かった。
「あら?そうなの?でも少しくらい食べた方が……働いて帰ってきてるんだから」
すると、姉が口を挟んできた。
「いいじゃない、お母さん。いらないって言ってるんだから放っておけば。大体、働いて帰ってきてるからって気を使って食事の用意してやらなくたっていいじゃない。世間には一人暮らしで働いている人間なんか沢山いるんだから」
その言葉に俺はムッときた。こっちだって学生時代は1人暮らしで、勉強にバイトに掃除洗濯、料理全てを頑張って来たっていうのに。
「そう言う姉貴はなんだよ?新婚なのにここに来ていていいのかよ?」
「そうよ、うちの人はとっても理解ある人だからね~今日は出張だから実家に泊まりに行っていいよって言ってくれてるんだから」
「はぁ?何だ、それ。ひょっとして浮気されてるんじゃないか?出張だから実家に行っていいって浮気の常套手段じゃないか?」
「何ですって!!あんた!言っていいことと、悪いことの区別もつかないの!」
姉の目が吊り上がる。いつもの俺ならここで引き下がっていたけれども今夜の俺は氷室さんの死を知って落ち込んでいた。何も出来なかった自分に苛立ちもあった。
だから、つい口にしてしまった。
「ハン!そんなムキになって……怪しいもんだな!やっぱり浮気されてるんだろう!?」
「ち、違う!あの人は……そんなんじゃ……!」
けれど、見る見るうちに姉の目に涙が溜まっていく。
え……まさか……?
すると今まで黙っていた母が俺を睨みつけて来た。
「湊!お姉ちゃんに謝りなさい!」
それはものすごい迫力だった。
「う……お母さん……」
一方の姉は母にしがみついて泣いている。
嘘だろう?冗談のつもりで言ったのに……本当だったのか?だから実家に……。
けれど、今の俺は謝る気にもなれなかった。
「ふん!何だって言うんだよ!」
背広姿のまま、俺は再び玄関へ向かった。母が何やら大きな声で俺を呼んでいるけれども無視してやった――
****
「あ~全く……面白くねぇな……」
おぼつかない足取りで駅前の繁華街を歩いていた。結局あの後、俺は駅前の居酒屋で一人やけ酒を飲んできたのだ。
「姉貴に悪い事してしまったかな……」
どうも俺達姉弟は昔から仲が悪かった。きっと前世は敵と味方だったに違いない。
そこへいくと氷室さん兄妹は仲が良かった。ひょっとして彼女のお兄さんは一人残した妹が心配で迎えに来てあげたのだろうか……?
酔いのせいで頭がうまく回らないまま交差点に差し掛かった時……突然眩しい光が真横から迫って来た。
「え?」
振り向くと、俺の眼前にはヘッドライトを付けた車が突っ込んで来ていて……気付いた時には全身に激しい衝撃を感じた――
****
「う……」
気付けば俺は担架のようなものに寝かされ、何処かへ運ばれていた。
「湊!しっかりして!死なないで!死んじゃやだよ……」
薄目を開けると、姉がボロボロ涙を流しながら俺を見おろしている。
姉貴……?
俺のこと、嫌いだったんじゃないのか……?何で、そんなに泣いて……。ひょっとして嫌われていると思っていたのは俺の勘違いだったのだろうか‥‥?
「湊!死んだりしたら……絶対に許さないんだからね!!」
泣きながら怒る姉の顔はどこか滑稽に見えた。
「あ……姉貴……」
そこまで口にすると、急激に意識が遠のいていった。
****
次に目覚めた場所は天蓋付きのベッドの上だった。そのときに初めて思い出した。
今まで見ていた夢は自分の前世で、今はセドリックと言う名の王子であるということを――
<終>
それはあまりにも突然の話だった。
仕事帰りにスマホをチェックしてみると、田中からの着信が入っていた。そこで駅に向かいながら電話を掛けた時に衝撃的な話を聞かされた。
「……は?何だって?今、何て言ったんだよ」
『だから、氷室さんが亡くなったんだよ。先月、仕事中に突然意識を失って……そのままだったらしい』
「それ、本当の話なのかよ!突然て……何か病気でも持っていたのかよ!」
興奮のあまり、つい口調が強くなってしまう。
『そんなの俺が知るはず無いだろう!たまたま知人が氷室さんの勤務していた会社の取引先に勤務していて……噂で聞いたらしいからな。お前、中学の時彼女のこと好きだっただろう?だから教えてやろうと思ったんだよ」
「そ、そんな……」
田中の話では家族を全て失っていた氷室さんは遠縁の親族たちに手によって密葬されたらしい。
あまりにも突然の話で頭が追い付かなかった。
今度、もし同窓会が開かれたら……。もし、誰とも付き合っていないなら今度こそ告白しようと思っていたのに……。
「ハハハ……まさか……死んでしまうなんて……」
これで、俺は永久に氷室さんに告白するチャンスを失ってしまったのだ――
****
社会人になり、俺は再び実家に戻って暮らしていた。
「ただいま……」
玄関の鍵を開けて帰ってみると姉が帰宅しているらしく、紺色のパンプスが玄関に置かれていた。
「姉貴の奴……帰ってきてたのか」
姉は今年の6月に結婚したばかりで、電車で数駅先の駅付近に住んでいる。
相手は一流商社マンで顔もいい。全くどんな姑息な手で手に入れたのだろう?謎だ。
リビングへ行くと、姉は母と女同士で仲良さそうに話をしている。
「あら、お帰り。帰って来たのね?」
玄関が開く音が聞こえなかったのか、母がこちらを振り向いて声を掛けて来た。
「ああ、ついさっき」
「御飯は?食べて来たの?」
「いや、食べてない」
「それじゃ、用意しようかしら」
立ち上がる母を止めた。
「いや、今夜はいらない。食欲が無いから」
彼女が死んだと言う話を聞かされて食欲なんかあったものじゃ無かった。
「あら?そうなの?でも少しくらい食べた方が……働いて帰ってきてるんだから」
すると、姉が口を挟んできた。
「いいじゃない、お母さん。いらないって言ってるんだから放っておけば。大体、働いて帰ってきてるからって気を使って食事の用意してやらなくたっていいじゃない。世間には一人暮らしで働いている人間なんか沢山いるんだから」
その言葉に俺はムッときた。こっちだって学生時代は1人暮らしで、勉強にバイトに掃除洗濯、料理全てを頑張って来たっていうのに。
「そう言う姉貴はなんだよ?新婚なのにここに来ていていいのかよ?」
「そうよ、うちの人はとっても理解ある人だからね~今日は出張だから実家に泊まりに行っていいよって言ってくれてるんだから」
「はぁ?何だ、それ。ひょっとして浮気されてるんじゃないか?出張だから実家に行っていいって浮気の常套手段じゃないか?」
「何ですって!!あんた!言っていいことと、悪いことの区別もつかないの!」
姉の目が吊り上がる。いつもの俺ならここで引き下がっていたけれども今夜の俺は氷室さんの死を知って落ち込んでいた。何も出来なかった自分に苛立ちもあった。
だから、つい口にしてしまった。
「ハン!そんなムキになって……怪しいもんだな!やっぱり浮気されてるんだろう!?」
「ち、違う!あの人は……そんなんじゃ……!」
けれど、見る見るうちに姉の目に涙が溜まっていく。
え……まさか……?
すると今まで黙っていた母が俺を睨みつけて来た。
「湊!お姉ちゃんに謝りなさい!」
それはものすごい迫力だった。
「う……お母さん……」
一方の姉は母にしがみついて泣いている。
嘘だろう?冗談のつもりで言ったのに……本当だったのか?だから実家に……。
けれど、今の俺は謝る気にもなれなかった。
「ふん!何だって言うんだよ!」
背広姿のまま、俺は再び玄関へ向かった。母が何やら大きな声で俺を呼んでいるけれども無視してやった――
****
「あ~全く……面白くねぇな……」
おぼつかない足取りで駅前の繁華街を歩いていた。結局あの後、俺は駅前の居酒屋で一人やけ酒を飲んできたのだ。
「姉貴に悪い事してしまったかな……」
どうも俺達姉弟は昔から仲が悪かった。きっと前世は敵と味方だったに違いない。
そこへいくと氷室さん兄妹は仲が良かった。ひょっとして彼女のお兄さんは一人残した妹が心配で迎えに来てあげたのだろうか……?
酔いのせいで頭がうまく回らないまま交差点に差し掛かった時……突然眩しい光が真横から迫って来た。
「え?」
振り向くと、俺の眼前にはヘッドライトを付けた車が突っ込んで来ていて……気付いた時には全身に激しい衝撃を感じた――
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「う……」
気付けば俺は担架のようなものに寝かされ、何処かへ運ばれていた。
「湊!しっかりして!死なないで!死んじゃやだよ……」
薄目を開けると、姉がボロボロ涙を流しながら俺を見おろしている。
姉貴……?
俺のこと、嫌いだったんじゃないのか……?何で、そんなに泣いて……。ひょっとして嫌われていると思っていたのは俺の勘違いだったのだろうか‥‥?
「湊!死んだりしたら……絶対に許さないんだからね!!」
泣きながら怒る姉の顔はどこか滑稽に見えた。
「あ……姉貴……」
そこまで口にすると、急激に意識が遠のいていった。
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次に目覚めた場所は天蓋付きのベッドの上だった。そのときに初めて思い出した。
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