目覚めれば、自作小説の悪女になっておりました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売

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フレア ①

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1

 こんな家なんか大嫌い—。
私はいつも孤独だった。上級魔族で、しかも高位貴族として恵まれた環境の娘として生まれたのに、私はとても不幸だった。
私の家は代々水属性の力を持つ魔族の家系。父、母だけでなく兄も皆当然の如く水属性の力を持つ。
なのに私は・・・・。

 私が生まれた時、母も父も悲鳴を上げたそうだ。
魔族は生れた時に属性の力に包まれてこの世に誕生する。しかし、私は炎に包まれて誕生し、そのせいで危うく母は命を落としかけたという。
幸い一命は取り留めたものの・・・。
私を産んだことにより、瀕死の重傷を負った母には恐れられ、父と・・母に大怪我を負わせたと言う事で兄から私は酷く憎まれる事となった。

 同じ屋敷内の別宅に数人のメイド達によって育てられ、私の存在は家族の中で抹殺された。

 何故、水属性の家系から炎の属性を持つ私が生まれたのか・・両親は必死で原因を探ったが・・・結局のところ原因は不明、突然変異と言う事で処理された。
 そしてますます私の存在は無視される事となった・・・。


 やがて、時がたち学校へ入学する年となった。
兄は高位貴族達の通う学校へ通わせて貰っていたが、私が通う事になったのはこの第3階層でも低下層の魔族達が通う学校だった。
そこでも私は馴染むことが出来ず・・・毎日学校でいじめられていたが、それをただ一人、庇ってくれていたのがヴォルフだった。

 彼は私の家の使用人の息子で、同じ敷地内に住んでいた。
唯一、私が心許せる相手の1人ではあったが・・・正直な所、私はヴォルフに妬みを持っていた。
私の方がずっと身分が高いのに、家族からは居ないもの同然の扱いを受け、不幸な境遇で育っている。
一方の彼は裕福な家庭では無かったとはいえ・・・優しい両親の元で育てられ、余程私より幸せに見えた。
 
 しかも、この第3階層に住む魔族達は出生率も低く、男性の数は圧倒的に少なかった。その為、身分が低くても周囲から良い待遇をされていたのである。

 私は時がたつにつれ、ますますヴォルフを妬ましく思い、いつしか身分の差に物を言わせ、彼を自分の下僕のように扱うようになっていった・・・。

 やがて来年は学校を卒業する年になった頃・・・私は両親にもっと上の学校へ通わせて欲しいと懇願したが、両親がそれを許さなかった。
お前のような奴に学問は必要ない。適当に働き口を見つけ、出来ればさっさとこの家を出て行ってくれと言うのだから驚きだ。

 そう・・・私の事をそれ程までにこの家に置いておきたくない訳ね・・・。それなら今から猛勉強をし、家族が驚く程の仕事に就いてやるのだ・・・。そう、この魔界で一番の花形の職業・・・それは『ワールズ・エンド』の手前にある花畑の管理人。
ここに咲く幻の花は七色に輝き、1万本に1本しか咲かないと言われている、とても貴重な花。しかも・・・この花はただ本数が少ないから貴重と言われている訳では無い。何故、この花の管理が必要なのか・・・それは、この花からは全ての病気も怪我も一瞬で治してしまえるほどの効能を持つ、とても希少価値の高い魔法の効力を持つ花であったからだ。この花は決して人工的に作る事は出来ない。魔界の花畑にしか咲かないのである。そしてこの花は第3階層や第2階層の魔族達に常に狙われ、油断すればむしり取られ、人間界に高値で売られていた。
その花の管理人を目指すのだ。誰もが憧れる、エリートだけが任される花の管理人・・・私が家族に認めて貰うにはこの仕事に就くしかない。
そして私は・・・・死に物狂いで勉強し、努力を重ね、ついに花の管理人の座を手に入れる事が出来た—。

 しかし、結局それでも両親は私を認めず、仕事が決まったならすぐにでもこの屋敷を出て行ってくれと懇願され、私は学校を卒業と同時に、1人暮らしを始めた・・・。


「ヴォルフ、貴方・・・もうすぐ卒業なのに、将来どうするかまだ決めていなかったの?」

一人暮らしの私の家に遊びにやって来たヴォルフに私は尋ねた。

「う~ん・・・。いや、別に決めていない訳じゃ・・・多分フレアの家で親父と同じ使用人として働く事になるんじゃないかな・・・。」

ヴォルフは長椅子に寝そべり、欠伸を噛み殺しながら言った。

「何ですって?あの家の使用人として働くつもりなの?馬鹿な事言わないで頂戴。駄目よ、あんな家の使用人になるなんて、私が絶対に認めないわ。」
冗談では無い、ヴォルフをあんな家で働かせては、いつまでたっても私はあの家と縁が切れないでは無いか。

「ええ?何で・・・フレアがそんな事決めるんだよ。」

ヴォルフは起き上がると怪訝そうに私を見た。
全く、この男は・・・どうせ男なんて数が少なくて貴重なんだから、最悪良い家柄の女性と結婚して、一生楽して暮らしていけると考えているのでは無いだろうか?
だが、こう見えても私はヴォルフの友人だ。くだらない女に引っかかるのだけは昔からの友人として見過ごせない。ここはヴォルフにはちゃんと仕事に就いてもらわなくては・・・。

「あ、そうだ。いい事を考え付いたわ。私が会社を立ちあげるから、貴方そこで働きなさいよ。そうね・・・便利屋なんてどうかしら?」

「はあ?便利屋?一体何だよ、それは。」

ヴォルフは間の抜けた顔で私を見た。

「文字通り、便利屋よ。どんな仕事でも請け負うの。そうね・・・仕事内容は・・主に私の仕事の手伝いなんてどうかしら?」

そう、これからヴォルフは私の手足となって働いてもらうのだ・・・。花の管理人は七色の花を盗もうとする罪人を捕えて裁く権利がある。ヴォルフにもその手伝いをして貰おう―。


 それから少し時が流れ・・・私も少しずつ花の管理人の仕事に慣れて来た頃・・・
遠い昔、何処かで聞いたことのある歌が『ワールズ・エンド』の向かい側・・人間界の門の外で聞こえて来た。

え・・・?この歌声は・・・?
興味を持った私はこの日、初めて転移魔法で人間界の門へ渡った―。

 ここが人間かにある『ワールズ・エンド』・・・・。
私は初めて見る景色に目を見開いた。
なんて美しい世界なのだろう・・・・。空を見上げると、今まで一度も見た事が無い青い空・・・それに綿のような白いものが浮かんでいるのが見える。あれは一体なんだろう・・・?何処までも広く続く緑の草原に、魔界では感じた事の無い温かな風と空気・・・。どれもこれもが素晴らしい世界だった。
そして門の側に1人の若者が座って、歌を口ずさんでいる。
あれは・・・人間・・・?いや、でも違う。あの男からは魔界に共通する魔力が感じられる・・・。

「ねえ、貴方。その歌は何処で教えて貰ったのかしら?」

私は思わず声をかけていた。
驚いた様にこちらを見た青年は・・・何とも優しい顔立をしていた。
それが私とマシューの初めての出会いとなった―。


 このマシューと名乗る青年は人間と魔族とのハーフであった。
成程・・・道理で・・・。しかし、噂は本当だったのか。高位貴族の魔族達の一部はこっそり魔界を抜け出して、人間界へ渡っているという話は・・・。
でもこうしてみると確かに私達第3階層に住む高位魔族達は人間とさほど変わらない外見をしている。これならばれる事は無いだろう。

 私はマシューが門番をしている時は、度々彼の元を尋ねるようになっていた。
・・・どうもこの男は学院で人間と魔族とのハーフだと言う事で理不尽な扱いを受けているようだったが、あまりその事に対して不満は持っていないようだった。

 そんなある日の事・・・・。
門番をしていたマシューが妙に浮かれている様子に見えたので、私は尋ねてみた。

「あら、マシュー。久しぶりに会ったかと思えば・・今日は随分楽しそうにしてるわね?何かいいことでもあったの?」

するとマシューが言った。

「あ・・・やっぱり分かったかな?実はね・・・入学した時から憧れていた女性とついに初めて会話する事が出来たんだ!もうそれが嬉しくて・・・。」

マシューは少し頬を染めて楽しそうに言った。

「へえ~そうなんだ。どんな女性なの?」
少しマシューの恋の話に興味があった私は続きを促した。

「うん、彼女は栗毛色の長いウェーブの髪が特徴的で、紫色の瞳のそれは綺麗な女性なんだ・・・。成績も優秀で、彼女は学院でも人気のある男性達に常に囲まれていて、とても俺のような男が近づけるような存在じゃないんだけど・・・その彼女とこの間初めて会話する事が出来たんだよ。」

無邪気に笑うマシュー。
この男だって、十分美しい外見をしているのに・・・何故そのように自分を卑下するような言い方をするのだろう。だから私は言った。

「何言ってるの、マシュー。貴方は十分素敵な男よ。もっと自信を持ちなさい。その彼女だって、貴方の事を知れば・・・きっと・・・好きになって、貴方を選ぶはずよ。だってマシューにはそれだけの魅力があるもの。」
私が言うと、マシューは狼狽えた。

「そ、そんなはずは無いよ。でも・・・彼女ともっと親しくなりたいな・・。」

マシューの瞳は完全に恋する男の目をしていた。
ふ~ん・・・人間の女に恋ねえ・・・。
けれど・・・このマシューを虜にした女に私は興味を抱くのだった—。



2

マシューと出会ってから私は彼が『ワールズ・エンド』の門番をする時には必ず彼の元へ顔を出すのが日課になっていた。
何せ彼は1人で12時間、寝ずの番をしなくてはならないのだ。だから私はマシューに数時間だけ自分が代わりに見張りをし、仮眠を取らせてあげるようにしていた。
マシューは最初、私の提案を申し訳無いからと言って断っていたが、私はマシューの今置かれている状況が自分と重なって見えたので、つい他人事に思えず、協力を申し出たのだ。
 
 そんなある日の事・・・。

「はい。フレア。君にお土産だよ。」

マシューが私に紙袋を手渡してきた。

「え?私に?一体何かしら?」

「まあ、開けてみてよ。」

マシューはニコニコしながら言うので、私も笑みを浮かべて袋の中身を取り出した。

「これは・・・?」

「人間界で売られているクッキーだよ。いつもフレアには助けて貰っているから、ほんのお礼。・・・食べて見なよ。」

「え、ええ。そうね。」
薦められるまま、私はクッキーを一口かじってみた。
「・・・何、これ・・。すごく甘くて・・・美味しい。」

「良かった、気にいってもらえて。女性にはどんなプレゼントがいいのか、俺にはちっとも分からなくて・・・つい、教会の子供達と同じプレゼントにしてしまったんだけど・・・。」

マシューは照れたように笑った。

「あら、貴女の恋する女性にはプレゼントは渡したことないのかしら?」
私が冗談めかして言うと、途端にマシューは顔を真っ赤に染めた。

「む、無理言うなよ、フレア。俺は・・・俺なんかみたいなのはとても彼女に釣り合うような男じゃないよ。ただ、遠くから見ていられるだけで・・・それだけで十分なんだ。」

最期の方は口籠りながら言う。全くマシューときたら・・・。自分の容姿について無自覚なのだろうか?それともセント・レイズ学院にはそれ程の美形揃いばかりが通っている学院なのだろうか・・・?そしてマシューの恋する女性とは・・それ程魅力的なのだろうか?
・・・何だか胸の内がモヤモヤしてきた。別に私はマシューに恋をしている訳では無いが、彼程の素晴らしい人格者に溢れんばかりの好意を抱かれている事にちっとも気が付いていない、マシューの想い人に苛立ちを感じていた。

「ねえ、マシューの好きな女性の名前・・・何て言うの?」

「え?か、彼女の名前を知りたいの?」

マシューは驚いた様に私を見る。

「ええ、いいじゃない。教えてくれたって。別にどうこうする訳でも無いし。」

「う~ん・・。それもそうだけど・・・。まあ他ならぬフレアの頼みだからね。まだ誰にも話したことが無いけど、君にだけは特別に話すよ。」

マシューは真剣な面持ちで私をじっと見つめると言った。

「彼女の名前はね・・・ジェシカ。ジェシカ・リッジウェイって言うんだ・・。」

マシューは少し頬を染めて彼女の名前を口にした―。
そうか、女の名前はジェシカ・リッジウェイか・・・。念の為、忘れないように心にとどめておこう。


 マシューと親交を深めるようになり、少し経過した頃・・・。
私とマシューの中を決別する、ある出来事が起こった・・・。


『花の管理人』を任されている魔族は私を含めて全員で5名いる。そして私達の中で交代で花の見張りをしているのだ。私はメンバーの中でのリーダーを務めている。
その為、自分の都合のよいように当番日を決める事が出来たので、マシューが門番をする日は私も管理人の当番を入れるようにしていた。


 ある日の事—。
今日はマシューの門番を務める当番の日だ。
彼はもう、『ワールズ・エンド』にいるだろう・・・。私も出掛ける準備を始めていると・・・突然頭の中で激しい警告音が鳴り響いた。
『花の管理人』は管理人以外が花畑へ侵入した場合、侵入者を感知できるように訓練を受けている。
もし、この花畑へ足を踏み入れようものなら、すぐに駆け付けて不届き者を捕えるのが私達の仕事。
そしてこの日—私の頭中で突然激しい警告音が鳴り響きだしたのだ。

「ま、まさか・・侵入者が?!」
私は急いで転移魔法で『花畑』へ飛んだ―。


花畑へワープ移動した私はすぐに全神経を集中させて思念を放った。
「一体、何処の誰・・・?私の大切な花を奪おうとする者は・・・!!」
そして魔力を集中させ・・・見つけた!
え・・・?う、嘘でしょう・・・?
その侵入者は・・・私が信頼を寄せていたマシューだったのだ。
「お、おのれ・・・マシュー・・・。私を裏切ったのね・・・?所詮お前も半分は人間の血を持つ、ただの欲にまみれた男だったのね・・・。」
いつしか、怒りで私の全身の血は沸き立ち、無意識のうちに身体から青い炎を吹き上げていた。
マシュー・・・絶対に許すものか!!
私はフワリと宙に浮くと、身体から炎を拭きあげながらマシュー目掛けて飛んだ—。

 
 遠くでマシューの姿が見える。見つけた!

「マシューッ!!貴方だったのね?!」

マシューは私に気が付くとギョッとした顔を見せた。手には・・むしり取ったと思われる七色の花が握り締められている。
やはり盗んでいたのだ!

マシューは慌てたように転移魔法で姿を消したが・・・逃がすものか。実は彼にはないしょにしておいたのだが、私はマシューが『ワールズ・エンド』へ来た場合、動向を探る事が出来るように、マシューに対しての魔力探知の魔法をかけていたのだ。
だから彼の居場所は手に取るように分かる。 
私はマシューを追って『ワールズ・エンド』へ飛んだ—。

 
  門前でマシューが数人の人間の男達と向かい合っている。
私は背後から凄みを帯びた声でマシューに声を掛けた。

「マシュー・クラウド・・。貴方私から逃げられると思っていたの・・・?よくも私が管理している大切な花を盗んでくれたわね?」

すると、マシューはゆっくりこちらを振り向くと笑みを浮かべて言った。

「い、いやあ・・・。相変わらず綺麗だね?フレア。」
私はギリリと唇を噛んだ。嘘を言うな!今まで一度だってそんな事を話したことなどないくせに!いつもいつも貴方の頭を占めているのはジェシカ・リッジウェイだけでしょう?!

「そんな事を言っても胡麻化されないわよ。さあ、そこの人間。お前が今手にしている花を返しなさいッ!」

私はマシューから受けったと思われる花を握りしめている青年に言った。

「た、頼むっ!どうか1輪でいいから俺達にこの花を分けてくれッ!」

男は必死で懇願するが、そんな事はこちらの知った事では無い。私の煉獄の炎の魔法でも一発ぶつけてやろうか・・・。そんな考えが頭をよぎった時に、マシューが焦ったように私に叫んだ。

「やめろっ!フレアッ!今ある女性が毒によって死にかけているんだ。どうかその花を彼等に分けてやってくれっ!」

私はマシューをチラリと見ると、彼は今までにない青ざめた表情で私を見つめている。そこで私はピンときた。
さては・・・ここに男共が集まっている、しかもマシューのあの表情・・・恐らく死にかけている女と言うのはジェシカ・リッジウェイに違いない。
私の胸の中で訳の分からない嫉妬心が渦巻いて来た。

「そんなの私には関係ない・・・さあ、早く返せっ!」

私が叫んだその時・・・・。

「待ってくれっ!」

私の目の前に飛び出したのは・・・・金の巻き毛にグリーンの瞳、そして中世的な顔立ちのとても美しい男性・・・それがノア・シンプソンとの初めての出会いだった。

私はこの時、彼に一目惚れをしてしまった。
どうしても自分の物にしたい。あんなジェシカとか言う女に等くれてやるものか。
私は・・・・激しい欲求を押さえる事が出来ず、花と引き換えに無理やりノアを魔界へ連れ去る事にしたのだった—。

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