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第4章 4 魔族の呪い

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1

カチャリ・・・。
ドアを開けると、そこは『狭間の世界』の門の前でアンジュの姿が目に入った。

「ジェシカ。」

アンジュが笑顔で私を見ている。

「アンジュ・・・。」

名前を呼んでアンジュの方へ歩き出そうとした時・・・

「ジェシカッ!!」

突然眼前にヴォルフが現れて、一瞬強く抱きしめてくると、身体を離して言った。

「ジェシカ・・・何とか危機を乗り越える事が出来たぞ!」

「ヴォ、ヴォルフ?!」

よく見るとヴォルフの身体はあちこち傷だらけでところどころ血が滲んでいる。服も同様に破れていた。

「だ、大丈夫なの?ヴォルフ?あちこち怪我をしているじゃない・・・・。」

「ジェシカ・・・ひょっとして俺の事心配してくれてるのか・・・?」

言うと再び強く抱きしめて来る。ううう・・・く、苦しい・・・。魔族の男性の力で締め上げられ、息が詰まりそうになる。

「ヴォルフ!ジェシカを死なせる気なの?!」

フレアが強く非難し、ようやくヴォルフは私を締め上げている事に気が付いた。

「す、すまん、ジェシカ・・・・大丈夫だったか?」

慌てて私からパッと手を離した。

「だ、大丈夫・・。」

軽く咳き込みながらなんとか答える。

「あまり大丈夫そうには見えないけど?」

ノア先輩が眉を潜めながら言う。

「全く、君って男は本当に野蛮だね。大丈夫だったかい、ジェシカ?」

優しく私の背中を撫でながら言うアンジュ。

「それで?こいつらはどうするんだ?」

ヴォルフが光の輪に捕らえられた魔族達を見下ろすと言った。

「貴方たち・・・宮殿直々の魔剣士達ね。」

フレアが捕らえられた魔族達を見下ろしながら言った。魔剣士・・・そのような名称でよばれているという事は相当の精鋭部隊なのかもしれない。

「ああ・・・良く分かったな。だてに『花の管理人』を任されている訳ではなさそうだな?」

リーダー格らしき魔族の男が言う。

「じゃあ、魔界に戻って上官と総裁に伝えなさい。私とヴォルフはもう人間界へ行くので魔界に戻る事は無いとね。」

「ああ、もう魔界とはおさらばだ。」

ヴォルフも腰に手を当てて言った。

すると1人の魔族の男が言った。

「フン・・・・愚かな奴らめ・・・。本当に人間界へ行けるとでも思っていたのか?」

「何ですって?」

「どういう意味だ?」

フレアとヴォルフがその言葉に反応する。

私とノア先輩は顔を見合わせた。

「何だ・・・。お前、『花の管理人』を任されているくせにそんな事も知らなかったのか?」

その魔族はニヤリと笑った。

「・・・ねえ・・一体それはどういう意味なの?」

ノア先輩が詰め寄った。そこをさらに別の魔族が言う。

「うん・・・・?何だ、お前・・・・。どうやら見た所、魔族になりかかっているが、完全には魔族になっていない様だ。お前はまだ間に合いそうだな。」

妙に意味深な事を言って来る。

「間に合う・・・?一体どういう事なのよ?!」

フレアが声を荒げた時・・・。
突然上空に軍服に身を纏った年配の魔族の男性の映像が現れた。

「そ、総裁?!」

フレアが悲鳴の混じった声を上げた。
総裁?一体何の事だろう・・?ひょっとすると・・・魔界で一番偉い人物なのだろうか?
私を含めた、その場に居た全員が上空に浮かび上がった強面の男性を見つめている。

「どうだ?そこの2人・・・。大人しく、そこにいる人間の男と女を連れて魔界へ戻れば、お前達の罪を問わずに、再び魔界へ受け入れてやれるが?」

「断るっ!誰が・・・あんな場所に等戻るかっ!俺は・・・人間界へ行くんだっ!」

ヴォルフが総裁と呼ばれた男に向かって怒鳴りつけた。

「ほう・・・。この私に向かってそのような口を聞くとは・・・いい度胸をしているな。それだけは褒めてやろう。だがな、そんな余裕な態度を取れるのも今の内だ。」

「・・・それ、一体どういう意味なの?」

ノア先輩が尋ねた。

「お前が・・・フレアが連れて来たという人間の男か・・・。ふむ、まだ完全な魔族化はしていないようだな?・・・残念な事だ・・。後少しだったのに・・・。」

何故だろう?先程からこの魔族の物の言い方が気になって仕方が無い。

「貴方が・・・今の魔界を滑る魔族か?」

今迄黙っていたアンジュが口を開いた。

「おお・・・そのオーラは・・まさしく『狭間の世界』の王のものだ・・・。やはり噂は本当だったようだ。王が現れたと言う事は・・・我らの魔王も復活したと言う事だな・・・。」

「「な・・何だって?!」」

ヴォルフとノア先輩が同時に声を上げるが・・・フレアは何か気付いていたのだろうか、黙って話を聞いている。
でも・・・魔王が復活?一体どういう事なのだろう?もし、今の話が本当だとしたら・・?この先、魔族達が人間界に現れて争いが起こるのだろうか?
私はチラリと隣に立つアンジュを見たが、彼は黙って総裁を見つめている。

「まあ・・もう少し魔王が完全に目覚めるには時間がかかるかもしれんが・・・。さあ、もう一度言う。そこにいる人間の男と女を連れて魔界へ戻るのだ。」

「断る。彼女は魔界へ等やらせるものか。」

アンジュは冷たい声で言うと私を腕に囲いこんだ。

「・・・・・。まあ、良い・・・。どうせ近々魔王が現れれば・・・我等魔族の繁栄が再び蘇るのだから・・・。しかし、今まで耐え抜いていた甲斐があった。これで滅びの道を歩まずとも済むのだからな。」

不気味な笑みを浮かべながら総裁は言う。何故だろう?さっきから私は胸がざわついて仕方が無い。何か・・・何か、とんでもない事実が隠されているような気がしてならない。
その時、私は足元を見て驚いた。先程までは確かにアンジュの光の輪に捕らえられた8人の魔族達がいたのに・・・いつの間にか姿が消えているのである。

「ア、アンジュ・・・・。捕らえた魔族達が・・・。」

震える声で私が言うと、アンジュが頷いた。

「うん。知ってる。・・・どうやら逃げられたようだね。」

これにはヴォルフ達も驚いたようで、唖然とした顔をしていた。

「まあ、もう良い。どうせ、お前達2人は人間界へ行く事等出来ないのだからな・・。」

総裁の言葉にフレアとヴォルフが素早く反応した。

「何ですって?!」

「どういう事だっ!」

「ふむ・・・。今までこの秘密は幹部達しか知らぬ話だったが・・・この際、餞別にお前達に教えてやる。いいか?この魔界は今圧倒的に第3階層に住む魔族達の数が激減している。それはな・・・全てはこの『狭間の世界』の王と、人間界の英雄達のせいなのだ。」

総裁は語り始めた・・・。

 人間界をも巻き込んだ魔族と精霊たちの戦いは彼等の勝利で幕を閉じ、魔王は倒されてしまった。
魔王の魔力によって生きていた魔族達は急速に何故か第3階層に住む魔族の数だけを減らしていってしまった。その一方で数が増えて行くのは第1階層に住む魔族達ばかり。
さらに問題だったのが、魔界に住むのに嫌気が差した魔族達が、こっそりと魔界を抜け出し、人間界へと潜りこみ、魔界へ二度と戻らなくなってしまった事も数を減らす要因の一つであった。
 それまでの魔界では定期的に人間界へ渡り、人間を魔界へ誘拐して魔族化を繰り返し行って来たが、戦いに敗れ、契約をさせられてしまった。無理やり人間を誘拐した場合、その代償として魔族の力を奪い、人間に分け与えるという契約が交わされることになった。
 そして、ますます魔族達の力は後退してゆき・・・その数を補う為に第1階層に住む魔族達の生命エネルギーを奪い、第3階層に住む魔族達に分け与えているという・・。

「な・・何てことだ・・・。」

「ちっとも知らなかったわ・・・。」

ヴォルフとフレアは青ざめながら話を聞いていた。

「え?!と言う事は、ノアとジェシカが魔界へ来てしまったという事は・・・魔族の魔力が奪われると言う事なの?!」

フレアがはっとした表情で私とノア先輩を見ると言った。

「いや・・・人間の自らの意思で魔界へ来た場合は契約は発動しない。」

総裁は語る。

「そう・・・だからジェシカを魔界へ連れ戻す様に言ってたんだね・・?」

ノア先輩が総裁を睨み付けた。

「おい・・・それよりもまだ肝心な話を聞いていない。今までだって人間界へ行った魔族達は大勢いるんだろう?ならどうして俺達は人間界へ行く事が出来ないと言うんだ?」

ヴォルフが尋ねた。

「簡単な事だ・・・・。これ以上第3階層の魔族が人間界への流出を防ぐ為、20年前から新しく生まれて来た第3階層の魔族達に呪いをかけたのだ。人間界へ行く『門』を潜り抜けると、その身体が溶けて消えてしまうという呪いを・・・。」


総裁はぞっとするような笑みを浮かべて、私達を見渡した―。




2

 え・・・・・?ヴォルフとフレアは人間界へ行く事が出来ないの・・・?
私は皆の顔を見渡した。
フレアとノア先輩は顔色が青ざめているし、ヴォルフに至っては怒りに燃えたような顔つきをしている。

「お・・おい・・・。一体どういう事なんだよ・・。身体が溶けるだって・・?」

ヴォルフが声を震わせながら言った。

「言葉通りだ。・・・なら実際に試してみる事だな。」

そう言うと、総裁は消え失せてしまった。

「「「「・・・・・。」」」」

私達は皆言葉を失ってしまった。ただ一人、アンジュを除いては。

「君達・・・・これから一体どうするつもりなんだい?」

アンジュは何故か私にではなく、ヴォルフの方を見つめながら言う。

「そんなのは・・・もう決めた事だ。俺は・・ジェシカ、お前と人間界へ行く。」

ヴォルフは私を見つめると言った。

「ヴォ、ヴォルフ・・・。だ、だけど・・・。」
本当に大丈夫なのだろうか?

「あいつが言ってるのは、ただのはったりかもしれないだろう?まずは実際に通れるかどうか試してみるだけだ。」

ヴォルフは笑みを浮かべながら言った。

「・・・私も・・勿論行くわよ。」

「フレア・・・。」

ノア先輩はフレアの肩を抱くと言った。

「ねえ・・・フレア。僕は・・もう人間界へ帰らなくてもいいと思っているよ・・?君と一緒にいられれば、何処で暮したって構わないと思ってる。」

「ノア・・・。」

フレアはノア先輩の肩に自分の頭を預けた。え・・・?ノア先輩・・・。本当にそれで構わないとでも?あれ程人間界へ帰りたいと言っていたのに・・。だけど、もう私には2人の話に入っていける立場の人間では無い。愛し合う2人を引き裂く権利などないのだから・・・。
私は2人から視線を逸らすと、ヴォルフと目が合った。

「・・・・。」

ヴォルフは少し悲し気な瞳で私を見つめていた。
「・・・。」
どうしてヴォルフはそんな目で私を見るのだろうか・・?まさか、私がノア先輩に対して何か思う所があるのではと疑っている・・?

「ボクも『ワールズ・エンド』まで一緒に行くよ。」

アンジュが言った。

「アンジュ?」
私はアンジュを見た。

「ボクはね・・・治癒魔法を使う事が出来るんだ。もし、万一何かあった場合はボクが2人を治療できるからね。」

「え?そうだったの?!」

「何だって?お前・・・そんな魔法を使えたのか?」

腕組みをしながら何故か上から目線でアンジュに言うヴォルフ。お願いだから、あまり横柄な態度を取らないで欲しい。

「ボクを誰だと思ってるんだい?この国の王なんだよ?」

「あ、ああ・・・言われてみればそうだったわね。」

フレアはアンジュを見た。

「で、でもアンジュ。私・・・人間界の鍵を持ってないけど・・・。」

そう、私が持っている鍵は『魔界の鍵』と『狭間の世界の鍵』の2つのみで人間界へ行く時の鍵は持っていない。

するとアンジュは意外な事を言った。

「大丈夫、ジェシカ。もう君自身が『鍵』になってるんだよ。」

「え?私自身が・・・鍵・・?」
一体どういう意味なのだろう?

「本来、異世界へ行く為の鍵はね、そこに住んでいない人物が行く為に必要とする者なんだ。ジェシカは人間だから『魔界の鍵』と『狭間の世界の鍵』が必要だったけど、今度は人間界へ帰るんだから、鍵は必要無いんだよ。」

何故か至近距離で私の耳元で囁くように言うアンジュ。
「あ・・・ああ、そ、そうだったのね。」

そしてそんな私達をイライラした目つきで睨み付けるヴォルフ。

「取りあえず、総裁の言ってる事が本当なのか嘘なのかを確かめる為にも『ワールズ・エンド』へ行きましょう。

フレアが言い、私達は人間界を目指す事にした。



ギイーッ・・・。
アンジュが門を開けると、そこにはあの『ワールズ・エンド』が眼前に広がっていた。

「ここは『ワールズ・エンド』だけど、ジェシカ達が知ってる『ワールズ・エンド』とはまた違う場所なんだよ。『狭間の世界』に存在する場所なんだ。でも・・・そっくりだろう?」

先頭を行くアンジュが私達を振り返ると言った。

「うん、本当によく似ている・・・。そっくりだよ。この・・・素晴らしい世界は・・。」

ノア先輩は嬉しそうに空を仰ぎながら言った。
青い空に浮かぶ白い雲。温かな風が吹き、緑が生い茂った楽園—。
もう諦めていた人間界へ帰れるのだから、きっと喜びもひとしおなんだろうな・・・。私はそんな様子のノア先輩を見つめると、偶然目が合った。
ノア先輩がにっこり微笑んだので、私も笑みを返すと隣を歩いていたフレアがキッと私を睨み付けた。

「あなたたち・・・勝手に見つめ合わないでくれる?」

それを聞いたノア先輩は苦笑しながら言った。

「分かったよ、フレア。」

・・・それにしても・・・フレアという女性は随分嫉妬深い女性の様だ・・。
束縛されるのが嫌いなノア先輩だったはずなのに・・・ああいった気の強い女性の方がタイプだったのだろうか。
「何か以外・・・。」
思わず口に出して言うと、すかさずアンジュが私に近付いて来た。

「何?ジェシカ。今の言葉の意味は?」

アンジュが私の側に近寄って来ると言った。

「うううん、別に・・深い意味は無いの。」

しかし、次にアンジュは真剣な顔つきになると言った。

「ねえ、ジェシカ・・・。君から発せられる警報がちっとも鳴りやまないんだよ。ボクは・・・すごく嫌な予感がする。ねえ、今からでも考え直さない?人間界に戻る事を・・・。」

「ごめんなさい、アンジュ。私は・・・どうしても人間界へ戻りたいの。だって・・・。」

そこで私は言葉を切った。
そうだ、ノア先輩はマシューが死んでしまった事を知らないのだ。きっと知ってしまったら自分を責めるに決まっている。」

「だって・・・何?」

「あ、あの・・・人間界には会いたい人達が沢山いるから。ひょっとすると魔界へ行った私の事なんか誰も覚えていないかもしれないけど・・・」

「大丈夫だ、ジェシカ。」

そこへヴォルフが口を挟んできた。

「魔界へ行ったお前は確かに人間界で一時的にその存在を消されてしまっているが・・・人間界に戻れば、またお前に関する記憶が蘇って来る。だから心配するな。」

「それじゃ・・・ノア先輩も・・・?」

「ああ。そうだ。」

その時・・・・いつの間にか先頭を歩いていたフレアとノア先輩から声が上がった。

「みんな!着いたわよ!人間界への入口の門が!」

フレアが嬉しそうにはしゃいでいるが、何故かノア先輩の表情は暗い。

「ああ、ついに人間界へ行けるんだな!」

ヴォルフも嬉しそうにしている。

「それじゃ、ジェシカ。君が門を開けてよ。」

ノア先輩が私を仰ぎ見た。

「う、うん・・・。」
何とか返事をしたが・・・私の心臓は今にも口から飛び出しそうなくらいに波打っている。私の中で激しく警鐘が鳴っている。この門を絶対に開けては駄目だと—。
震える身体で門を見つめていると、皆の視線が一斉に集まる。

「どうした?ジェシカ。何故・・・門を開けないんだ?」

不思議そうに私を見るヴォルフ。

「ヴォ、ヴォルフ・・・。」

いけない、声が震えている—。

「ジェシカ・・・一体どうしたんだ?そんなに真っ青な顔で・・今にも倒れそうじゃないか?」

私の頭を抱き寄せながらヴォルフが言った。

「どうする?ジェシカ・・・。引き返そうか?」

ノア先輩が意外な事を言って来た。

「ノ、ノア先輩?!ひ、引き返すって・・・何処へ・・?!」

「何言ってるの。私達にはもう人間界へ行く道しか残されていないのよ?」

フレアの言葉にアンジュが言った。

「それはどうかな・・・。君達さえ良ければボクの国で面倒を見てあげるよ?」

「お、おい・・・冗談だろう?俺は・・・ジェシカと人間界に行きたいんだ。誰がこんな世界に・・。」

こんな世界に・・・は余計な話だけどもヴォルフの言葉の通りだ。私は・・・短い間だったけど・・・マシューと過ごしたあの世界に・・・戻りたい。

「あ・・・開けます・・・。」

私はそっと門に手を添えて、扉を開いた—。
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